第十九話 対話
「ようこそ、とでも言って置こうか?」
日光が差し込んでいる奥から声がした。銀葉はそっちに目をやった。人がいるのは確かだが、その姿を確認できない。
「この地の妖怪か。気配で察するに、お前が・・・」
「あぁ、そうさ。護人さんよ」
どこか嫌味に聞こえるその言い方にカチンとくる銀葉は反論しようとして、それを悟った双輝にとめられた。妖怪は少しずつこちらにやってきた。そして、日光の降り注ぐ下まで来て足を止めた。その姿を目にして、銀葉は硬直した。ただの人間じゃないか?と。その姿は黒い髪を乱雑にし、袖の無い着物のようなものに、腰のところには鎧のようなものがついている。長い裾は地面につきそうなくらいだった。そして、やや吊り上った目は半目なのか、とにかく細かった。
「こんな奥までご苦労様、護人さん」
ククッとのどを鳴らすように笑いながら妖怪は双輝に向かって放った。双輝は一歩だけ足を進めた。妖怪の様子を伺っているようだった。
「ぞろぞろとまぁ・・・。そっちのは・・・。 あぁ、いい四季剣だな」
ガスイを見てニタリと笑う。双輝は多少の警戒心を持って相手を見据えている。
「で?そっちの女は何だ?巫女でもなければ護人でもない。ましてや、普通の人間でもない」
「何?!」
妖怪の言葉に双輝が声を発した。妖怪は笑いをやめ、双輝を見た。より目を細めて。そして、妖怪はまた笑った。
「ククク・・・。お前、傍にいるのにそんな事も判っていないのか?」
「くっ・・・」
双輝は妖怪の言葉に声を篭らせた。ガスイが双輝の後ろに立った。何かを言おうとしていた。銀葉は目の前の『妖怪』という存在が理解できなくて唖然としている。まったく人間と姿かたちが変わらない。もっと化け物じみたものを想像していたのに。
「で?護人さん。こんな奥までわざわざ何を?」
「・・・聞きたい事があってきた。戦うつもりは一切無い。俺は双輝。そして、こいつはガスイ。言ったとおり、四季剣だ。こっちは銀葉。少し訳あってここに滞在している」
「話し合いでもする気か?」
「そうだ。他にするつもりは何も無い。ガスイ、四季剣をつれているのは銀葉がいるための用心」
双輝の言葉をしばらく聞き残し、判断したのか、妖怪は一言、着いて来いと言った。
妖怪に誘われるがままに足を運んでいると、真っ暗な洞窟を抜けて森に出た。そこには古い高床式の小屋があった。
「念のため、警戒させてもらった。お前が危険分子であることには変わりないからな。あの洞窟に落ちるようにさせてもらったよ」
妖怪は、小屋のところに座ると、頬杖をついて双輝たち三人を軽視した。
「で?」
妖怪は愉しそうに言った。
「聞きたい事がいくつかある」
「そうだな。2つまでな。訊いていい質問は一人二つまで」
「・・・。なら、一つ目だ。お前は俺より遥かに強い。なぜ村を襲わない?」
ガスイが、一瞬だけ表情を崩したのを銀葉は見た。そんなことを言ったら誘発するに決まっていると、ガスイは言いたいようだった。
「村を襲わない理由? 簡単なことを訊くな。お前、前言を撤回しろ?悪いが俺はお前より強くなどない。だから死ぬのが嫌だからなぁ。襲わんだけさ」
「本当にそうか?お前は・・・」
「それは二つ目の質問か?」
妖怪の嘲笑うような表情に双輝は押し黙った。
「わかった。それでいい。お前は俺より強くないと言った。それは本当か?俺には嘘にしか思えない」
「本当さ。嘘じゃない」
「・・・この場で、簡単に殺すことができるだろう?」
「それは三つ目だ。応える義理は無い」
「・・・・」
余裕を見せる妖怪。双輝は困った表情の奥に何か別の表情を隠しているようだった。ガスイが堪らなくなったのか、妖怪に質問をした。
「この前の鳥の妖怪はどうした?帰ったのか?」
「・・・・一つ目。 あの鳥なら、俺が始末した」
「殺したのか?!」
ガスイが驚いた声を上げた。銀葉はその声に驚いた。それと同時に、双輝は妖怪を退治しなかったのか、という疑問が浮かんだ。
「それは二つ目か?なら、応えるが」
「・・・・いや・・・・」
ガスイは押し黙った。無駄に質問をしてしまって主の訊きたい事が訊けなければ意味が無い。銀葉はそんな様子を見て相談すればいいのにと、内心思って妖怪に目をやるとギラリと光るその目が相談をさせてはくれなさそうだった。
「それで?もう終わりなら帰れ?」
「いや・・・・」
双輝は声を濁らせた。
「ねぇ」
銀葉は何かに耐えられず声を発した。妖怪はにやりと笑っていた。
「何だ?」
「うんと・・・あなたは、双輝が強いから村を襲わないって言ったけど・・・それって本当なのかな、って思ったの」
「ほう」
「それで・・・・あくまで思ったことだから違ったらごめんなさい・・・・」
妖怪の目が銀葉を貫く。余計なことを銀葉が口走って妖怪の堪忍袋の緒を引きちぎったら、大変だと、双輝は気を張り詰めているようだった。ガスイは刀に転じる準備を軽くしているようだった。でも、銀葉は目の前の妖怪の威圧が強くてそんなことを気にしている余裕は無かった。
「あなたは、双輝が怖いんじゃなくて、あの村が好きなんじゃないの?」
「!?」
銀葉の発言に、目を丸くした妖怪。突拍子も無い発言に肩の力が抜け、張り詰めた気配をかき消していた。
「銀葉・・・・」
「あっ!ごめんなさい・・・!! なんとなく、そう思って・・・」
「アハハハハハ!!」
高らかに笑い声を上げたのは妖怪だった。
「面白い女だな、お前。俺があの村を好いていると? アホくさいな。あると思うか、そんなことが?」
「だって・・・そう思ったんだもん・・・・」
落ち込む銀葉を見た妖怪は笑いをやめた。それがあまりに冷たく見えた。双輝は警戒心を強めた。瞬間、妖怪が視界から消えた。驚く銀葉をよそに、すでに双輝は行動を起こしていた。
消えた妖怪は銀葉のすぐ真下まで移動していた。そして銀葉の喉元に向けてその鋭い爪を突き刺そうとしていた。それを止めるべく双輝はガスイを刀にし、妖怪の首を落とす寸前で止めていた。妖怪のほうも、銀葉の喉元に突き刺す前に手を止めていた。
「早いな。予想以上だよ、護人さん」
「それはどうも。その発言自体が、俺より強いと物語っているような気がするんだけどね」
「それは勘違いだ。俺はお前のスピードを予想していただけさ。自分より強いんだから想像位するだろう?」
硬直する銀葉を他所に話し合っている双輝と妖怪を少しだけ恨む。
妖怪は銀葉から手を引いた。双輝も刀を下げたが、ガスイを人型には戻さなかった。妖怪はククと喉を鳴らしながら笑う。
「さて。質問は以上かい?なら帰れや」
「話だけ、したいんだが?」
「・・・・人間と話するだけ無駄だ。帰れ」
「俺はお前と話がしたい」
「・・・・何が目的だ?何が故、話をしたい?」
「妖怪と人間は共存できないか?」
その質問に、妖怪は銀葉の質問以上に、表情を崩した。銀葉の時と更に違ったのは、笑うことは無かった。ただ無表情で双輝を睨んでいる。妖気が渦巻く中、双輝は冷や汗らしきものをかいていた。妖怪の放つ妖気が双輝を圧迫するようだった。
「本気でそれを言っているのか?お前は馬鹿か?」
「本気だ。撤回するつもりは無い」
妖怪は足を一歩引いて、飛び出す準備をした。双輝はそれに対し、構えを取った。そして妖怪が勢いよく飛び出した。双輝はガスイを構え、耐える体制になった。