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略奪愛に憧れる義妹に現実的な対処をすることにした。

作者: あかね
掲載日:2026/06/06

 私には義妹がいる。

 資産家だった父の従妹夫婦が急死し、その娘を引き取って我が家の娘になってもう6年。いい加減、落ち着いていただきたい年頃だ。

 それなのに、まだ自覚がなさ気なのである。本来なら婚約者候補の一人や二人は用意してもおかしくないのだが、立場を公にしていないのが悪いのかもしれない。いつまでも浮ついている。


「ラドリー様って素敵よね」


 その言葉が多く聞かれるようになったのは、この数ヶ月だ。その前はリンド様。さらにその前はルースター様。

 我が義妹は恋多き、というより、流行には乗ってみる派だった。周囲の話に乗せられて、いっしょにきゃーと言う、それだけでいつも終わるはずだ。しかし、今回はちょっと違うような予感がした。


 大事な金づる、いや、義妹なので変な男に引っかかって賠償金などをとられてはかなわない。

 いっちょ現実とやらを教えてやるべきだ。領地にいる両親に代わり後見人を務めているのは私と兄であり、なにかあったら対処すべきなのは私たちである。


 お出かけの準備をしている義妹を捕まえて強引にお茶に誘った。いつもは忙しいと言っているので久しぶりの二人だけのお茶会だ。予想通り予定など放り出して、私の招きに応じた。

 お茶と簡単な焼き菓子だけのお茶会なのに義妹は嬉しそうに最近の良いことを話している。そのうちにやっぱりラドリー様の話が出てきた。


「フェリ、彼は婚約者がいるわ」


「知っているけど、素敵なんですもの。

 人生を共にしたらどんなに楽しいでしょうね」


 義妹の背後に花畑が見えた気がした。

 寒気がする。


「この間なんて偶然お会いしたから一緒にお茶までして」


 義妹はきゃっと頬に手を当て恥ずかしがる仕草がはまる。イラッとするが、持たざるものとして深呼吸する。


「他の方もいらっしゃったの?」


「え? ああ、ばあやと一緒だったわよ。それでね、私を美しいって! それから聡明で」


 よく聞くようなお世辞を言われたようだった。それを聞き流しつつ、状況を確認する。

 義妹はよく城下町に遊びに行く。一人ではなく、護衛とばあやが常にいる。このときもちゃんといたようだったが、それでも頭が痛い。

 報告もなかったこともそうだが、貴族、あるいはそれなりの資産階級になれば、実質、二人きりと同じである。人と会う時、使用人は数に数えないものだ。単独行動する貴族はほとんどいないし、いたら後ろ暗いところがあるのかとか、金銭的に苦境にあるのかという疑いを持たれる。


「ラドリー様は?」


「お一人だったわよ。気軽な時間が欲しいのですって。素敵だわ」


 どこも素敵ではない。プラッと歩いている不審者だ。


 ラドリー氏は、財閥系貴族の5男だ。カネがない。しかし、顔と体格の良さはある。それは金では買えない。血を継げばある程度の恩恵はあるであろうと武闘派の貴族家に婿入り予定だ。要するに種馬。

 そのためいくら言ったところで我が家には適さない。

 という身も蓋もない話をこのうら若き義妹にしたら卒倒する。お姉様ひどいですと泣きながら抗議してきて当のラドリー様の胸に飛び込みかねない。


 いらない。そんな、駆け落ちフラグ。


 正直そう言いたいがぐっと呑み込む。


「たしかに素敵ね」


 そう同意してひとまずはガードを下げさせる。

 義妹はへにゃりと笑う。たいへん愛らしい。コレに落ちぬ男はおらぬというのは義妹贔屓過ぎるかもしれないがそのくらいかわいい。

 守りたい、この笑顔。

 であるからして、クズ野郎(言い過ぎ)に幻滅してもらわねばならない。それもやつはクズなのだよと言わずに、である。難関任務だ。


「でも、お仕事はなにをされているの? わたし、よく知らないのだけどあの家って貿易が主体じゃない? あちこちお出かけになることが多いのではないかしら」


「王都でよくお見かけしますわ。

 この間も劇場で少しお話を」


「話を!?」


「な、なんですの? ちょっと立ち話ですわ。お友達と一緒だったのだもの。ほら、シリン様。滅多に領地から出てきてくださらないから……あとお兄様もご紹介されましたけど、その話はしましたよね?」


「え、ええ。

 シリン様ね、ええ、そっちのほうが意外だったから覚えてなかったのかしら」


「ラドリー様のことは言ってませんわよ」


「……そう」


 ま、まあ、立ち話程度なら聞かれない限り会ったともいわないだろう。義妹は幅広く愛想を振りまきその振りまいた先を忘れるたちだ。悪質である。

 私の態度を気にしたのか義妹がだめでしたの? としょんぼりしている。慌てて違うのと否定したけれど、猜疑的視線が刺さる。


 ひとまず、話を戻すことにした。ラドリー氏が劇場に一人でいたのかと聞けば、知り合いの方がいたといたらしい。ただの友人ということで紹介されるどころか姿も見ていないそうだ。

 怪しい。

 何もかも怪しく思えてくる。劇場の個室なんて定番の浮気現場だ。いや、そう断定するのは時期尚早。


「劇場でお仕事の話なのかしらねぇ」


「ええ! デラ様のお手伝いかもしれませんね」


「そうね。でも、デラ様は今は各地視察に赴かれてますわ。次期当主としての気概がありますわね」


 ラドリー氏の婚約者であるデラ嬢は王女の護衛も務めたことのある女傑だ。憧れのあの方と言われることもある。

 それなのに王都にあまりいないからお会いできないという話は有名だ。義妹もそれに思い至ったのだろう。眉を寄せている。


「……なぜ、ラドリー様はぷらぷらしているのかしら?」


 さすがに義妹でも疑問に思ってくれたらしい。良かった。


「仕事をしている男は暇していないものだよ。

 ほら、うちの兄みたいな」


「あれは仕事中毒というより仕事と結婚した男ですわ。

 ああいう方の妻は可哀想」


「そこは否定しない。

 でも、女遊びもしないんだから良いとおもうわよ?

 婚約者が仕事している最中にぷらっと若い子引っ掛けてお茶するのってどうかな」


「…………素敵ではございません」


 ちょっと露骨過ぎたらしい。義妹はブスッとした顔でそう言う。


「わかってくれてよかった」


 了承してませんけどぉ? と言いたげな片眉の上げ方をしたけれど、義妹はそのまま立ち上がった。儀礼的な退室の挨拶をし、ばたんと音を立てて扉をしめていった。


 これで効くといいのだけどね。

 それはそれとして。


「ばあやを呼んで」


 どうにもきな臭い。


「それからシリン嬢についても確認して。デラ嬢もね」


 偶然、城下で義妹に会う可能性なんてとても低い。誰かの手引きがあったと思ったほうがいいだろう。

 手を焼くわがまま娘だけど、大事な資産をもっている。ぶんどられるわけにはいかない。


 指示の結果はすぐわかった。ラドリー様がと言い始めた頃から情報を集めていたらしい。兄の指示だったと聞くと危機管理なのか過保護なのか微妙なところだが。

 それを聞いたあと、私は出かけることにした。ばあやと侍女を連れて、義妹の予定通りの店まで。


 近頃流行りの菓子の専門店は混んでいた。しかし、すぐに名を呼ばれる。


「フェリ嬢」


 私が連れた侍女を見てそう声をかけてきたのはラドリー氏だ。お一人のようだった。全く、油断も隙もない。

 侍女が私の方に視線を向ける。私が頷いたのを確認した後、彼に近づいていった。

 彼女は義妹の身代わり役だ。見た目はさほど似ていないが、背丈は合っている。顔は化粧で寄せることはできるし、仕草を合わせればよく知らないものなら騙せる。

 面倒事にはとても役に立っていた。


「偶然ですね。いや、運命かも」


 侍女は首を傾げて、そうかしらと疑問を提示する。勝手に喋ってもらうにはとても有効な手段だ。


「どうぞ、お座りください。

 なにを召し上がりますか? この店は……」


 偽義妹が誰を連れているかは気にもとめず、つらつらと話す。こんな一方的にいつも話しているのだろうか。私はため息を吐きそうになりながらも聞き流す。それより重要なことがなければ来ない一択だ。


 店内は女性客が多い。紛れるのにはちょうどいい。揉め事を起こすのにも。


「この間の話は考えてくださいましたか?」


 偽義妹の手を握りながら、ラドリー氏がそう訴えていた。


「何の話です?」


 そう割って入ったのは私だ。ラドリー氏が誰だこいつという顔をしていたが、気にすることもない。大事な観客は、彼ではない。


「私は、イルザ。その子の姉です」


 唖然としているラドリー氏の前で、冷ややかに偽義妹を見下ろす。


「待ち伏せされているようで怖いと言うからついてきたらこのようなことを……。

 誰にでも優しくするからこんなことになるのです。少しは反省なさい」


「ごめんなさい」


 小さい声はちょっとだけ義妹に似ている。いや、似すぎてない?

 薄ら湧いた疑惑。じーっと見ると偽義妹のほうがうつむいた。そのほうが、らしい演技だが……。


「ちょっと待ってください。彼女とは今度、観劇をする予定だっただけでなにもおかしなことは」


 まあ、疑惑は、一度置いておこう。

 なにも悪びれていない男を先になんとかしたほうがいい。


「成人前の娘が、婚約者のある男といっしょに出かける。それだけで、婚姻に支障が出るほどの傷になるとご存じないのですか?

 疑われひどい目にあうのは、フェリです。

 もしご友人というのであれば、配慮いただけるものでしょう? 我が妹の幸せを願っていただけるのが友人であると思います」


「少しばかりの遊びでそんな」


「男性には少しばかりの遊びが許されておりますものね?」


「女性にも許されるべきです」


「そうですか。

 では、デラ様も同じことが許されるとお考えですね?」


「彼女が? ありえませんよ」


「もし、ありえたら?」


 淡々と告げる私に彼は少しばかり不安になったようだった。まあ、はったりだが。しかしこのくらいの嫌がらせ許されてもよいだろう。


 自分の婚約者に嫌気がさしたからって放置するのも、放置を自由と勘違いして遊ばれるのも迷惑だ。

 どうせ、遊びが過ぎると婚約解消を申し出る時期を狙っているに違いない。そうでもなければ苦言を呈されるかラドリー氏の実家に実情報告をされ、指導してもらう話をする。


 ここまで無防備に遊びまわっているのなら裏では話がまとまっている可能性すらあった。

 完全な失態を犯して絶縁するというかたちで。


 まだるっこしいが、うちのバカがすまない、という話のほうが家として傷が浅いし、相手の女性がいるならそいつが悪いという言い分さえ通すこともあるだろう。


 嘆かわしい。


「大変申し訳ないのですが、嫁入り前の成人前の娘ですので、今後のお付き合いはお断りいたします。我が家の当主からの意向です。ちゃんと、考えて行動なさってください」


 そう言いつつ、私は一枚の紙をこっそり差し出した。

 それを見てラドリー氏は顔色を変える。こくこくと頷いて誤解をさせるようなことをして申し訳なかったと謝罪する。


 これで話はついた。

 観客もうちが悪いというわけではないし、なにもなかったことという認識は得ただろう。義妹はちょっとの間、領地に戻してほとぼりが冷めるまで監視だ。

 本当なら縁談の一つでもあったほうがいいんだけど……。

 死んだはずの元王族の娘、というだけで厄ネタだ。さらに母親の方の資産は大金持ちと言っても過言ではない。うちで保護していなければどうなっていたことか。

 まあ、うちもその資産を後見人という立場で運用益を上げているので善意だけの話ではないが。


「騒がせて申し訳なかったわ。

 支払いはこちらでするので許してくださるかしら」


 にこりと笑って皆に謝罪した。それでこちらも良いだろう。私たちに好意的な噂には期待している。店主に支払いの総額を計算させている間に持ち帰れそうな菓子を用意してもらう。

 勝手に行ったと拗ねる義妹への機嫌取りだ。


 支払いを済ませ店を出る前に店を見回す。

 見覚えのある顔の二人をじっと見つめる。笑いもしない顔に、ざまあみろと小さく呟く。侍女が不思議そうに見上げてきたが、説明するつもりはない。


「それでは、ごきげんよう」


 そのまま機嫌よく店を出た。馬車留に家の馬車を置いてきたのでそのまましばらく歩くことになる。


「お嬢様、私にはなにがなんだか」


 困惑したような声で偽義妹のほうが聞いていくる。じーっと見るとなにか?と言いたげなキョトンとした顔を作っている。

 ほんと、この子は。ため息が出るが、今は置いておこう。


「別に大した話ではないわ。

 大げさな痴話喧嘩。それから、略奪愛ってやつ。それから、借金」


「借金、ですか?」


「そう。我が家にもそこそこ。踏み倒したいというのはいい根性ね」


 デラ嬢の家の借金だ。あるというのは兄からの話で聞いていたが、それがここにつながるとはおもっていなかった。おそらく、一挙両得を狙ったのだろう。

 面倒な婚約者と借金相手の娘を浮気相手に仕立て上げて、慰謝料の請求代わりに借金の帳消し。

 大変都合よく解決する。


 ラドリー氏も借金があったがかわいいものだ。帳消しにするから二度と手を出すなと言えば素直になるくらいだから悪辣さはない。もっと引き出そうとするなら、夜歩けないことになるくらい察したのだろう。

 その危機管理、悪くはない。まあ、クズだが。


「略奪愛のほうがわかりませんけど……」


「それは後でね」


 後ろをついてきている誰かがいないとも限らない。というよりいたら都合よく勘違いさせるための会話をしているわけだけど。


「ばあや?」


「なんでしょう。お嬢様」


「いる?」


「ネズミが3匹ほど。仕留めますか」


「いらないわ。あなたももうちょっとしてくれるといいんだけど」


「勤めにございません」


 このばあやもね……。義妹の世話はするけど、自由意志にまかせてばかりだから。護衛としては役に立つのだけど。

 そう言っている間に馬車につく。そのまま何事もなく帰宅の途につく。


「……フェリ」


「はい?」


「…………ヴィオは、どうしたのかしらぁ」


 素直に返事をした義妹を問い詰める。侍女のはずだがおかしいと思った。似すぎていたのではなく、本人だった。拗ねて部屋にこもると思ったのは見込み違いだったらしい。


「え、ええとぉ。ちょっと、おネムかなぁ」


「フェリ、どうなるかわかってるでしょうね?」


「だって、お姉様だけ行くのずるいぃ」


「あなた、安全なところにいなさい。余計な悪いこと覚えるんじゃありません」


「お姉様のかっこいいとこ見たかったんです。素敵です」


「やっすい、素敵ね」


「そんな事ありません!

 ところで、よくわからなかったんですけど、略奪愛って? 私以外の誰が狙ってたんです?」


「シリン嬢じゃないかしら。今日の予定を言ったでしょう?」


「言いました。なんで分かるんです?」


「いつもべらべらと今度どこに行きますのとかいつも言っているからでしょ」


 この間はどこそこに行ってとか、自衛意識の欠片もない。ぺかーっとした満点の笑顔で楽しかったですわとか言う。

 影のイキモノには眩しすぎて、引きこもりたくなる。


「相手は選んでますけど……。

 そうですわね。確かにシリン様からラドリー様のことを手紙で聞いて、この間お見かけしてと詳しく書き送ったことはあります」


「それから一緒にお茶したとも、書いたでしょう?」


「隠すほうがおかしくありません?」


「そうね……」


 友人であったはずの相手の気持も全く想像できてないあたりが、鈍すぎる。きゃーっと言うだけのものともっと湿度の高いものと判別つかなかったのか。

 劇場でも仲よさげに話をしていたのだろう。予想がつく。

 じっとりとした湿度が。


 そこにガッツリ目をつけられ、嵌められかけたのをこの義妹は気がついているのか。


「しばらく劇場に行くのはやめなさい。領地に戻って大人しく」


「嫌です」


「だから、安全」


「いーやーでーすーっ!

 そんなに言うなら、お兄様もお姉様も私にもっとかまって遊びに連れて行ってくれればいいんです。

 仲良しなのをアピールすべきですーっ!」


「ばあや、なんとかして」


「お嬢様、遊びましょう」


「……三回。三回行ったら、領地に帰宅」


「お姉様もご一緒なら」


「わかったわよ」


 私は諦めて、二回ほどを兄に振ることにした。どうせならここで話をまとめてしまえば簡単に済むのにな。お互い趣味が違いすぎて少しも折り合いそうにない。


 その後、三度、観劇につきあわされた私と遠乗りという名のピクニックに連れて行かれた兄とでどちらが疲れたかについて議論することになった。

 さらに領地にいるため予定も聞かれなかった両親が、それなら家族で出かけようと言い出して大変だった。


 余談ではあるが、ラドリー氏はデラ嬢との婚約を解消した。お互いの性格の違いという穏便な言い回しで済まされたのは、別の横槍が入ったからかもしれない。

 その後、ラドリー氏はどこかに婿入り予定と聞いたが、それ以上は探らなかった。

 余計なことは知らないほうがいいだろう。じっとりとした薄暗いものは見ないほうが……。

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