哲学エッセイ『問いのカタチをした命令』
私が小学五年生くらいの頃、教室の後ろの本棚に、戦争の写真集のような本が置かれていた。
歴史雑誌だったのか、戦争資料集だったのか、今となっては正確には覚えていない。ただ、そこに掲載されていた写真だけは覚えている。
白黒ではあったが、戦場で傷つき、死んでいった人々の姿が、ほとんど無修正のまま載せられていた。
今なら、小学生の教室にそのような本を置くことは、まず考えにくいだろう。
担任教師は、おそらく戦争の悲惨さを伝えようとしたのだと思う。
だが、教師がどのような意図で本を置いたとしても、子どもたちは必ずしもその意図どおりには受け取らない。
当時の生徒たちは、凄惨な写真が載っているページを探し、まるで度胸試しでもするように見せ合っていた。
怖がった者を笑い、平気なふりをし、より残酷な写真を見つけた者が得意げになる。
戦争の悲惨さを伝えるはずの本は、教室の中で一種の見世物になっていた。
私もその本を見た。
そして、今も目に焼き付いて離れない写真がある。
写真の中にいた人が誰だったのか、どこの国の人だったのか、私は知らない。
しかし、その人が確かに生きていたことと、その命が理不尽に壊されたことだけは、子どもの私にも分かった。
その翌年、私は六年生になった。
道徳の授業で、担任教師は私たちに問いかけた。
「なぜ人を殺してはいけないのか?」
その教師は、前年に戦争写真の本を教室へ置いた人物でもあった。
写真集と道徳の授業が、教師の中でどのようにつながっていたのかは分からない。
しかし、子どもの私の中では、二つの出来事を切り離すことができなかった。
授業の最後に、教師はこう結論づけた。
「自分がされたら嫌なことは、他人にしてはいけない。だから、人を殺してはいけないのです」
その答えが間違っているとは思わなかった。
人にされたくないことを、人にしてはいけない。
子どもにも分かりやすい、道徳的な答えだった。
それでも、私はなぜか納得できなかった。
反論するための言葉も知識も持っていなかった。
教師の答えより正しい答えを知っていたわけでもない。
ただ、授業が終わったあとにも、胸の奥に何かが残った。
答えではなく、問いの立て方そのものに、何か引っかかるものがあった。
当時は、まだインターネットが普及していなかった。
疑問を検索することも、同じことを考えた誰かの文章を読むことも、手軽にはできなかった。
身近な大人に相談するという発想もなかった。
当時の私には、教師や大人の言うことは、自分よりも正しいはずだという感覚があったからだ。
私は休み時間にノートを開き、授業で与えられた問いを書いた。
「なぜ人を殺してはいけないのか?」
そして、一つずつ言葉を分けてみた。
「なぜ」。
「人を」。
「殺す」。
「いけない」。
小学生の私が進めたのは、そこまでだった。
違和感はあっても、それを説明するための知識も、言葉も、経験も足りなかった。
あの戦争写真を見せたのは、「こうなりたくなければ、人を殺してはいけない」と教えるためだったのだろうか。
そんなことを考えたが、やはり何かが足りなかった。
中学生になると、私は少しずつ、大人が必ずしも正しいわけではないことに気づき始めた。
教師や周囲の大人たちの態度が、明らかに変わったからだ。
優秀で従順な子どもには優しく接し、そうでない子どもには、失望や軽蔑の入り交じった目を向ける。
能力によって、接するに値する子どもと、そうでない子どもを選別しているように見えた。
もちろん、すべての大人がそうだったわけではない。
子どもの成績や従順さによって態度を変えず、分け隔てなく接する大人も、確かにいた。
しかし、そうした大人の中にさえ、ときどき「私はほかの大人とは違う」と、自分の善良さを示そうとしているような態度が見えた。
私は、大人の言葉をそのまま信じなくなった。
何を言っているかよりも、その言葉の裏で何を期待しているのかを見るようになった。
どの答えを言えば褒められ、どの答えを言えば面倒な子どもだと思われるのか。
大人は口では「自由に考えなさい」と言いながら、歓迎する答えと、歓迎しない答えを持っている。
私はその頃から、ひねくれ始めたのだと思う。
高校生になった私は、もう一度ノートに同じ問いを書いた。
「なぜ人を殺してはいけないのか?」
そして、小学生の頃と同じように言葉を分けた。
「なぜ」――疑問。
「人を」――対象。
「殺す」――行為。
「いけない」――否定。
そこで、ようやく私は、あの違和感の一部を言葉にすることができた。
「なぜ人を殺してはいけないのか」という問いには、すでに「人を殺してはいけない」という結論が含まれている。
だからといって、その問いに意味がないわけではない。
「なぜいけないのか」と、その理由を考えることは大切である。
倫理について考える問いの多くは、何らかの前提を含んでいる。
問題は、前提があること自体ではなかった。
その前提を疑うことも、別の角度から考えることも許されず、教師が用意した一つの答えへたどり着くことだけが求められていたように感じられたことだ。
あの授業で、私たちは本当に考えることを求められていたのだろうか。
それとも、社会が正しいとする結論を、自分の言葉で言い直すことを求められていただけなのだろうか。
教師の答えは、最初から決まっていた。
「自分がされたら嫌なことは、他人にしてはいけない」
もし生徒がまったく別の答えを出したら、教師はそれを受け止めただろうか。
もし誰かが、「戦争では、なぜ人を殺しても英雄になることがあるのですか」と尋ねたら。
もし誰かが、「自分の大切な人が殺されたのに、相手を殺してはいけないのですか」と尋ねたら。
もし誰かが、「国家が命令した殺人と、個人の殺人は何が違うのですか」と尋ねたら。
その問いを、授業の中で最後まで考えさせてもらえただろうか。
おそらく、教師が子どもたちに教えたかったのは、殺人をしてはいけないという社会の最低限の規範だった。
学校には学校の責任がある。
子どもたちの前で、殺人を肯定するような授業を行うわけにはいかない。
限られた時間の中で、分かりやすい結論を示さなければならない事情もあったのだろう。
今では、私も当時の教師と同じように、大人と呼ばれる年齢になった。
教師にも事情があり、教育にも限界があることは分かる。
戦争写真の本を置いたことも、教師なりの善意だったのかもしれない。
戦争を年号や地名としてではなく、生身の人間の死として覚えてほしかったのかもしれない。
道徳の授業も、子どもたちに人の痛みを想像してほしいという願いから行われたのかもしれない。
大人になれば、大人たちが抱えていた事情も見えるようになる。
しかし、事情が分かることと、違和感が消えることは同じではない。
むしろ、大人になった今だからこそ、つくづく思う。
大人というものは、子どもをなめすぎではないか。
子どもは、大人が思うほど単純ではない。
言葉にできなくても、大人が答えを誘導していることに気づく。
理屈を説明できなくても、どの答えを言えば大人が満足するのかを見抜く。
納得していなくても、授業を終わらせるために、納得したような顔をすることも覚える。
子どもは、何も考えていないのではない。
考えていることを、大人に分かる言葉で説明できないだけである。
大人はしばしば、その二つを取り違える。
説明できないことを、考えていないことだと思う。
反論しないことを、納得したことだと思う。
黙って従うことを、理解したことだと思う。
だが、子どもの中には、言葉になる前の問いが残っている。
教室で口にできなかった疑問が、何年も消えずに残ることがある。
大人たちも、かつては子どもだったはずだ。
大人の説明に納得できなかったことも、答えを押しつけられたことも、子ども扱いされた悔しさもあったはずである。
それなのに、なぜ大人になると見えなくなるのだろう。
忘れてしまうのか。
それとも、大人として社会を維持するうちに、忘れたふりをするようになるのか。
写真に写っていた人々を殺した者も、初めから怪物だったとは限らない。
誰かの子どもであり、誰かの親であり、日常の中で笑っていた人間だったはずだ。
その人間が、なぜ別の人間を殺すに至ったのか。
憎しみのためか。
恐怖のためか。
命令に従ったためか。
自分の家族や国家を守るためか。
利益のためか。
正義を信じたためか。
あるいは、自分が殺されないために、先に相手を殺したのか。
「人を殺してはいけない」という言葉だけでは、人間が人間を殺す現実には届かない。
殺してはいけないと教えられた人間が、なぜ殺すのか。
殺人を禁じる社会が、なぜ戦争では殺人を命じるのか。
自分がされたら嫌なことを他人にしてはいけないと知っている人間が、なぜ他人の苦痛を無視できるのか。
戦争の悲惨さを本当に考えるということは、死体の写真を見て「恐ろしい」と感じることだけではない。
普通の人間が、どのような状況で殺す側になり、殺される側になるのかを考えることではないか。
あの道徳の授業から、長い時間が過ぎた。
私も歳をとり、少しずつ昔のことを忘れ始めている。
しかし、あのとき言葉にできなかった違和感だけは、今も私の中に残っている。
哲学とは、誰もが納得する立派な答えを求め、与えることではない。
誰かが問いの中に置いた前提を見つけ、その前提をいったん外してみることである。
考えてよい範囲を囲う柵に気づき、なぜそこに柵があるのかを問うことである。
結論へ誘導するための問いは、ときに問いの形をした命令になる。
「なぜ人を殺してはいけないのか」と問われたあの日、私は本当は、こう問い返したかったのだと思う。
「なぜ人は、人を殺すのですか?」
なぜ大人は、答えの分からない問いを子どもに渡すことを恐れるのか。
そして、なぜ大人たちは、子どもがその恐れに気づかないと思っているのか、と。




