第五話 鏡の中の二重債務①
「自分を切り売りしてまで手にした成功に、どれほどの価値があるというのか。……鏡に映るその虚飾、僕がすべて清算しよう」 ―九条―
「九条さん、今日のお客さんはちょっと毛色が違いますよ。あ、コーヒー、そこ置いときますね」
事務所の窓際で端末を弄っていたリコが、画面をスワイプしながら言った。
九条はデスクに置かれたカップから立ち上る湯気を眺め、やってくる依頼人の情報を待つ。
「毛色が違う? 影取鬼に襲われた被害者ではないのか」
「それが、被害者でもあるんですけど……加害者でもあるっていうか。今回のターゲットは『鏡の影』です」
リコが提示した資料には、ある若手実業家の写真があった。最近、メディアで「不眠不休の鉄人」として持て囃されている男だ。
「この人、鏡に映る自分の影に『仕事』を肩代わりさせてるんです。二十四時間、自分は遊び歩いて、鏡の中の影がオフィスで数字を叩き出す。画期的なライフハックですよね」
「……ライフハックなどという洒落た言葉で片付けるな。それは単なる契約違反だ。影という資産の転貸、あるいは多重債務の一種だよ」
九条が苦々しく言うと、事務所のインターホンが遠慮がちに鳴った。
入ってきたのは、写真の男とは似ても似つかない、酷くやつれ、輪郭がボヤけた男だった。
「助けて……。鏡の中の『あいつ』が、もう僕の言うことを聞かないんだ。それどころか、僕を鏡の中に引きずり込もうとしてる……」
男が震える指で差し出したコンパクトミラー。そこには、男と同じ顔をしながら、不気味に口角を吊り上げた「もう一人の男」が映っていた。
「なるほど。貸した側が借りた側に飲み込まれかけているわけか」
九条はゆっくりと立ち上がり、男の持つ鏡を覗き込んだ。鏡の中の影は、九条と目が合うと、嘲笑うように中指を立ててみせる。
「リコ、解析しろ。この契約の『担保』は何だ」
「もうやってますよ。……九条さん、これ、最悪です。この人、影に仕事をさせる代わりに『心臓の鼓動』を半分貸し出してます。このままじゃ、鏡の影が本物になって、この人はただの反射光に成り下がりますよ」
リコは真剣な表情でキーを叩き、男の周囲に漂う異常な魔力波形を固定していく。
「リコなら三分で強制解約のコードを書けますけど、その間、鏡の中のあいつが黙ってないはずです。九条さん、ガードお願いしますね」
「三分か。カップのコーヒーが冷めるには十分な時間だ。……差し押さえを始めよう」




