第三十三話(最終話) 精算の向こう側
白銀の閃光と漆黒の衝撃が重なり、中央精算塔の核が沈黙した。
次の瞬間、塔を支えていた情報の柱が砂のように崩れ落ち、貯蔵されていた数百万人の影が、一気に外の世界へと溢れ出した。それは夜空を埋め尽くす光の奔流となり、かつて奪われた場所、本来あるべき持ち主の元へと、導かれるように還っていく。街の人々は、寝静まったベッドの中で、あるいは深夜の路上で、ふと失っていた「大切な何か」を思い出したかのように、空を見上げた。
崩壊していく塔の瓦礫の中で、九条とセーラは静かに向き合っていた。周囲を漂う光の粒子が、二人の顔を淡く照らしている。
「……終わったわね。これで、私の『徴税』も終わり」
セーラは晴れやかな、しかしどこか寂しげな笑みを浮かべた。組織を壊滅させた彼女は、これからレヴィアの残党や、その背後にいる闇の勢力から追われる身となるだろう。彼女は、自らが背負った罪と、奪ってきた影への贖罪として、再び一人で闇の中を歩む道を選んだ。
「次は……もう、敵として会うことはないでしょうね。もしまた会うことがあったら、その時は美味しいコーヒーでも奢ってちょうだい」
彼女はそれだけ言い残すと、夜の霧の中へと消えていった。九条はその背中を追わなかった。彼女には彼女の、精算すべき「時間」があることを知っていたからだ。
朝の光が差し込む頃、九条は事務所「リコルヘイズ」へと辿り着いた。扉を開けると、そこには徹夜でモニターにかじりつき、今にも寝落ちしそうなリコの姿があった。デスクの上には、彼女が買い込んできたであろう、少し冷めたドーナツの袋が置かれている。
「九条さん……! お帰りなさい……。もう、リコ、一歩も動けません……」
「ああ。……よくやった、リコ」
九条は、使い込まれた銀の万年筆をいつものペンスタンドに戻した。レテから始まった長い旅路、そしてセーラとの因縁。すべてがこの朝の光の中に溶け込んでいく。
「九条さん、次は……次は、ちゃんとしたバカンス、取りましょうね。南の島で、影の回路なんて一切ない、ただの海を見るんです……」
「……そうだな。だが、まずは目の前のドーナツを片付けてからだ」
朝日がデスクに並んだ二人の影を、長く、温かく照らし出していた。精算屋の看板は、今日もしずかに、そして誇らしげに掲げられている。彼らの物語は、新しく書き込まれた白紙のページのように、ここからまた始まっていくのだ。
とある行間の声(完結編)
「(……もう、あんな無茶苦茶な同時ハッキング、二度と御免ですからね! 脳みそがオーバーヒートして、甘いものどころか氷水でもぶっかけたい気分です。でも……九条さんとセーラさんが並んで歩く姿、ちょっとだけ、ほんの少しだけ格好いいと思っちゃったのは内緒です。さて、組織もなくなったし、明日からは平和な小口案件だけをサクサクこなして……えっ、また新しい依頼? 九条さん、少しは休ませてくださーい!)」
―リコ―
ご拝読ありがとうございます。
探偵のようで探偵じゃない影を取り扱うお話しを思いついたまま進めて来ました。
楽しんで頂けたのなら幸いです。




