第三十一話 徴税人の背信
「最後に綴るのは、決別でも復讐でもない。君と僕が信じた世界の在り方だ。すべての貸しを、ここで清算しよう」 ―九条―
降りしきる雨が、都会のネオンを滲ませる夜だった。事務所の重い扉の隙間から滑り込んだのは、一通の白い封筒。しかし、それはかつての穏やかな安否確認ではない。封筒の角は潰れ、何者かの指先から滴ったであろう乾いた赤黒い染みが、その切迫感を物語っていた。
「……九条さん、これ。解析が終わりました。最悪です」
リコの指先が、いつになく震えている。端末上に展開されたのは、闇のネットワーク『徴税人レヴィア』の内部機密データ。そこには、都心の全住民の精神を影の回路(Shadow Circuit)を通じて強制接続し、その「忘れたい記憶」や「守りたい想い」をエネルギーとして一括徴収する、大規模広域精算計画が記されていた。彼らは街そのものを巨大な『影の電池』に作り変えようとしていたのだ。
「リコ、位置を特定しろ。奴らが動く前に、心臓部を叩く」
九条は上着を羽織り、銀の万年筆を胸ポケットに収めた。現場は、街の最深部、情報の澱みが最も深く溜まる旧管制塔。雨の中、摩天楼の屋上で彼を待っていたのは、漆黒のコートを纏ったセーラだった。彼女の手には、かつての仲間を拒絶するように冷たい銃口が握られ、九条の眉間を正確に狙っている。
「そこまでよ、九条。これ以上進めば、あなたの影をここで徴収しなければならなくなる」
セーラの声は、雨音に混じってどこまでも低く、突き放すような響きを持っていた。だが、九条の瞳はその奥にある揺らぎを見逃さない。彼女の銃を握る指先が、微かに、だが致命的なほどに強張っていることを。
「……セーラ、君の『仕事』は、いつから無辜の民の涙を搾り取ることになった」
「組織に従えば、救える影もある。……そう信じていたわ」
セーラは自嘲気味に笑い、銃口をゆっくりと下げた。彼女が背負っていたのは、敵としての憎しみではなく、組織という巨大な闇に呑み込まれながらも、たった一人で反撃の機会を待ち続けた潜入者の孤独だった。かつて九条に送った「無事を喜ぶ手紙」は、組織の監視を潜り抜けるための偽装であり、同時に、彼に「自分を止めてほしい」と願う悲鳴でもあったのだ。
「このレヴィアは、もう内側から腐りきっている。上層部は影をただの燃料としか見ていない。……私一人では、心臓部のプロテクトを突破できなかった。でも、あなたとあの優秀なハッカーがいれば、話は別よ」
セーラは懐から、組織のマスターキーを投げ渡した。それは彼女が「徴税人」としての地位を捨て、反逆者となることを選んだ証だった。




