第三十話 影取鬼の狂宴②
街外れに佇む、廃墟と化した旧時代の劇場。かつては人々の喝采を浴びていたその場所は、今や影取鬼たちが「獲物」を持ち寄り、自らの歪んだ審美眼を競い合う呪われた品評会の会場となっていた。
舞台裏の広大な空間。その壁一面には、本来の主から奪われ、生命の色彩を失った影たちが、標本のように無数のピンで釘付けにされていた。影たちは額縁の中で苦悶に満ちた形を成し、音のない叫びを上げ続けている。
「美しいだろう? 恐怖に染まり、極限まで熟成された影は、このように深く、甘美な漆黒を放つのだ。これこそが、命の最も輝かしい瞬間を切り取った究極の芸術だよ」
舞台の中央で、狂信的な笑みを浮かべる男がいた。その男――影取鬼の首謀者の瞳には、もはや人間としての光はなく、他者の苦痛を啜る怪物としての昏い悦悦だけが宿っている。彼らは他者の影を蒐集し、自らに取り込むことで一時的な万能感に浸る。だが、奪えば奪うほど自らの影は歪に肥大化し、ついには自分が何者であったか、何を求めていたのかさえも忘却していく。それは、終わりなき渇きを癒やすために他者を犠牲にし続ける、呪われた空虚の連鎖だった。
「……あなたのコレクション、どれもこれもノイズだらけで見るに堪えません。それ、ただの『死んだ記録』の墓場ですよ。リコが全部、一括でフォーマットして差し上げます!」
劇場の照明が、突如として激しい放電音とともに弾け飛んだ。闇に包まれた客席から、リコの鋭い宣言が響き渡る。彼女の周囲には数十枚のホログラムウィンドウが展開され、劇場の基幹システムに怒涛の勢いで介入を開始していた。
リコの指が鍵盤の上で爆発的な速度で躍るたび、影取鬼たちが築き上げた偽りの展示室のセキュリティが、一枚ずつ無残に剥がれ落ちていく。
「九条さん、枷の座標を転送しました! 全て、一気に解放しちゃってください!」
九条は銀の万年筆を水平に構え、舞台を埋め尽くす標本たちに向かって一歩を踏み出した。迫りくる影取鬼たちの用心棒や、男が操る「蒐集された影の獣」たちの攻撃を、九条は峻厳な身のこなしで受け流していく。
彼が白銀のペン先で虚空に一線を引くたび、影たちを拘束していた「所有」という名の呪縛が、清らかな光とともに断ち切られていった。清算されるべきは影そのものではない。他者の生を弄び、その痛みを愛でるコレクターたちの底なしの傲慢だ。
「影を取って、一体何を満たしたつもりだ。君たちの手元に残ったのは、奪った数だけ積み上がった『虚無』の死山血河だけだ。他者の人生を幾ら着飾ったところで、君たち自身の空虚が埋まることはない」
九条が万年筆を深々と振り下ろすと、劇場の空間全体が白銀の輝きに貫かれた。影取鬼たちの偽りの楽園は、断末魔のようなノイズを撒き散らしながら崩壊していく。
枷から解き放たれた無数の影たちは、今や九条の導きに従い、夜空へと立ち昇る美しい光の粒子へと還っていった。それを見上げる九条の背中はどこまでも孤独で、だが何よりも気高く、沈黙を守っていた。
とある行間の声
「(……もう、今回の現場は流石にリコも本気で怒ってます。影は『その人のもの』であって、誰かのコレクションアイテムじゃないんです。あいつら、まるでレアカードを自慢するみたいに他人の人生を並べて……。九条さんのペン先がいつもより鋭いのも、きっと同じ気持ちだからですよね。あー、もう! 早くこんな陰気な場所の清算を終わらせて、九条さんに温かいコーヒーでも淹れてもらわないとやってられません!)」
―リコ―




