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シャドウ・コレクターの憂鬱 〜鏡のなかに、誰も立っていない〜  作者: 弌黑流人


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第三話 消えた放課後の足音①

 「未来ある若者の足取りを重くするのは、大人の役割ではない。……その不自由な音、僕がまとめて引き受けよう」  ―九条―

 「九条さん、見てください。昨夜からこのデータが気になって夜も眠れませんでした」


 事務所のソファでくつろぐ九条の前に、リコがタブレットを突き出した。画面には、ある私立高校の裏サイトに投稿された、不気味な動画が再生されている。

 夕暮れの校舎。誰もいないはずの廊下で、持ち主のいない「足音」だけが響き、床に伸びた影が独りでに踊っている。


 「リコの解析によると、これはただの心霊現象じゃありません。影取鬼の一種、エコー・シャドウの仕業です。放課後の生徒たちの活発な影を少しずつ切り取って、自分のコレクションにしているみたいなんです」


 九条はカップの縁に唇を寄せ、香ばしいコーヒーの香りを吸い込んだ。


 「エコー・シャドウか。懐かしいな。かつては古い劇場に棲みついていたものだが、最近の怪異は学校の偏差値まで気にするようになったのか」

 「茶化さないでください。もう三人の生徒が、自分の影の一部を奪われて、歩き方がわからなくなって入院してるんですよ。影は身体のバランスを司る重りでもあるんですから」


 リコは立ち上がり、腰に下げたポシェットから最新のセンサーを取り出した。


 「リコはもう準備万端です。九条さん、教育委員会から感謝状をもらうチャンスですよ。まあ、リコは感謝状より臨時ボーナスの方が嬉しいですけど」


 九条は深くため息をつき、お気に入りの万年筆を胸ポケットに差した。


 「感謝状でコーヒー豆は買えないからな。だが、未来ある若者の足取りを重くするのは、大人の役割ではない。……よし、放課後のパトロールと洒落込もう」


 放課後の静まり返った校舎は、特有の物悲しさに満ちていた。

 オレンジ色の斜光が廊下を長く引き伸ばし、無数の影が壁に張り付いている。


 「九条さん、来ます。三階の音楽室前。音の波形が乱れ始めました」


 リコがデバイスを操作すると、廊下の空気が急激に冷え込み、カツン、カツンと乾いた音が聞こえ始めた。

 それは紛れもなく、そこに誰もいないはずの軍靴のような足音だった。


 「……不法侵入の上に、騒音撒き散らしとは。マナーの欠片もないな」


 九条が指を鳴らすと、彼の足元の影が猛然と波打ち、廊下の突き当たりへと伸びていく。


 「リコ、トラップを展開しろ。奴の音を視覚化して、実体を固定するんだ」

 「了解! リコの特製プログラム、発動します!」


 リコが画面をタップした瞬間、廊下全体に青いグリッド線が走り、透明だった足音の主が、漆黒の巨大な影としてその姿を現した。

 それは、複数の人間の足を繋ぎ合わせたような、歪な多脚の影だった。


 「うわ、悪趣味……。リコのセンサー、レッドゾーンです! 九条さん、あいつ、今まで奪った足音を弾丸にして飛ばしてきますよ!」

 「資産の不適切な運用だな。リコ、その弾道の計算を頼む。僕はその間に、奴の所有権を抹消してくる」


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