第二十五話 歯車に詰まった残響③
「止まった時間は、白銀の雨に洗われて動き出す。奪われる記憶があるならば、僕がそのすべてを清算しよう。たとえそれが、かつての同僚からの宣戦布告であったとしても」 ―九条―
白銀の光に貫かれた番犬が、断末魔のようなノイズを撒き散らしながら霧散すると同時に、リコは勝利を確信して最後のエンターキーを力強く叩き伏せた。
「不正アクセス完全遮断! 徴税人どもが勝手に繋いでいたバックドア、全部リコがパッチを当てて塞いであげました! 熟成されかかっていた影、および凍結されていた後悔の全データ……今すぐ正常な因果のサイクルへと強制還付します!」
リコの宣言とともに、時計塔の深部から地響きのような震動が沸き起こった。数十年の間、重なり合った人々の後悔と影によって固着し、錆びついていた巨大な歯車たちが、重い腰を上げるようにギギ、と軋んだ音を立てて動き始める。
歯車同士が噛み合うたび、そこから剥がれ落ちた闇の残滓は、九条が放った白銀の輝きと混ざり合い、美しい光の雨となって塔の内部へと降り注いだ。それはこの場所に沈殿していた「停滞」を洗い流し、澄み渡る静寂へと書き換えていく、極上の浄化作業だった。
やがて、塔の最上部にある機械仕掛けが、かつての正確さを取り戻したように「カチッ」という小気味よい音を響かせた。次の瞬間、街の端々にまで届くほど深く、厳かな鐘の音が一度だけ鳴り響く。それは深夜に響いていた呪わしい怪音ではなく、止まっていた街の時間が、ようやくあるべき明日へと歩み始めた合図だった。
「ふぅ……。即早、とはいきませんでしたけど、休暇明けのリハビリにしては上出来ですね。なんとか無事に片付きました!」
リコは額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、会心の笑みを浮かべた。その横で九条は、石造りの窓枠から差し込む、燃えるような夕日を見つめていた。その手には、先ほどまで戦っていた銀の万年筆の、かすかな温もりと重みが残っている。
「リコ。今回の件で確信した。レヴィアは、もはや影を単なるエネルギー源としてだけではなく、この街全体の『記憶』そのものを組織的に徴収し始めている。セーラから届いたあの手紙は……単なる無事を喜ぶ挨拶などではなく、これから始まる収奪への、暗黙の合図だったのかもしれない」
九条の言葉はどこまでも低く、しかし鋭い警戒を孕んでいた。
「宣戦布告、ってことですか? ……いいですよ、望むところです。九条さんが取り戻した影も、この街の思い出も、リコが守る金庫番の目の前で好き勝手させませんから」
二人は、規則正しく響き始めた時計の鼓動を背に受け、長い影を引き連れながら塔を後にした。
夕闇が忍び寄る街のどこかで、未だ清算されぬ影が蠢き、徴税人たちの影が蠢いている。だが、今の二人には、どれほど歪んだ理であろうとも解き明かし、清算するための確かな力があった。
「さて、九条さん! 仕事が終われば腹は減る! 約束通り、帰りに駅前の特製ドーナツ、全種類買ってもらいますからね!」
「……ほどほどにな。あまり買い込むと、君の言う『金庫』が空になるぞ」
精算屋の長い夜は、まだ始まったばかりだった。




