第二十四話 歯車に詰まった残響②
「……ビンゴです。九条さん、時計塔の最上階、あの大鐘の裏側に外部接続された『影の回路(Shadow Circuit)』の不審な端子を見つけました! 誰かがここを中継基地にして、熟成された後悔のエネルギーを根こそぎ吸い出そうとしています」
リコの鋭い声が、巨大な円筒状の塔の内部に反響する。彼女は即座に空中で指を走らせ、不正な接続に対するカウンターハックを開始した。リコの瞳に映るホログラムは、侵食されたシステムの深刻さを物語る真っ赤な警告で埋め尽くされている。
九条は、螺旋階段を一段ずつ着実に登りながら、執拗に絡みついてくる影の触手を銀の万年筆の一閃で切り裂いていった。
かつての彼なら、その影を強制的な清算によって強引に削り取り、ただ消滅させていただけだったろう。だが、レテを経て本質を取り戻した今の九条は違う。銀のインクが触れた影は、凍てつくような苦しみから解放されるように淡い光へと分解され、本来あるべき持ち主の「尊い記憶」の姿へと還っていくのだ。その動作は冷淡というより、むしろ峻厳な祈りにも似た静謐さを湛えていた。
「……不当な占拠だ。人々の心に刻まれた時間の重みは、君たちの所有物ではない」
九条が最上階の踊り場に辿り着いた瞬間、床一面に広がっていた影が猛烈な勢いで隆起し、巨大な「番犬」の姿を形成した。それは徴税人レヴィアが、この熟成庫を守るために設置したと思われる防衛用の自律プログラムである。
黒い獣は物理的な骨格を持たず、無数の悲鳴を凝縮したような咆哮を上げ、九条に向かって飛びかかった。
九条の瞳に、揺らぎはない。彼は万年筆を水平に構え、虚空に向かって一行の数式、あるいは契約の破棄を綴った。
「清算を開始する。代価は、この場所に固定された『停滞』そのものだ」
九条が放った白銀の閃光は、荒れ狂う番犬の眉間を正確に貫いた。光は獣の内側から溢れ出し、影を構成していた情報の結び目を、一瞬にして解き放っていく。
「九条さん、そのまま維持してください! その光の隙間から、リコが基幹システムへ直接介入します!」
背後で叫ぶリコの言葉に応えるように、九条は万年筆をさらに深く突き立てた。彼の足元からは、かつてないほど濃く、それでいて澄んだ影が伸び、周囲の闇を圧倒していく。
「見てくださいこのログ! 真っ赤な警告画面をカウンターハックで塗り替える快感、エンジニアの特権ですよね。九条さんも九条さんで、螺旋階段を登りながらスタイリッシュに影を浄化しちゃって。昔のゴリ押し清算も凄かったですけど、今の『祈るような一撃』は見ていてちょっと鳥肌モノです。……あ、でも番犬の遠吠えがスピーカー越しにうるさすぎて、リコの鼓膜がちょっとした受難でした。次からは、もう少し静かに霧散してくれる自律プログラムをお願いしたいものです。レヴィアのセンス、本当にリコとは合いません!」
―リコ―




