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シャドウ・コレクターの憂鬱 〜鏡のなかに、誰も立っていない〜  作者: 弌黑流人


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第ニ話 沈黙するシルエット②

 会場にいた男たちが、一斉に椅子を蹴って立ち上がった。その中央で、司会をしていた男が冷笑を浮かべる。


 「執行官だと? 笑わせるな。ここは法の及ばぬ暗闇だ。お前のような身の程知らずが踏み込んでいい場所じゃないんだよ」


 男が指を鳴らすと、四方の壁からヘドロのような影が滲み出し、実体を持って九条を取り囲んだ。


 「九条さん、正面と左右。影取鬼の戦闘員です。数は六。……一応言っておきますけど、スーツのクリーニング代は予算外ですよ」


 耳元のインカムから、リコの冷静な、しかし少し呆れたような声が響く。


 「リコの方で、奴らの影の接続パスワードを解析しています。あと十秒だけ稼いでください」

 「十秒か。リコ、君にしては時間がかかるな。僕の寿命が十秒も縮まってしまうじゃないか」


 九条は優雅な所作でコートを脱ぎ捨てると、右手に銀色のデバイスを握り直した。

 襲いかかる黒い触手を、九条はミリ単位の回避で受け流す。


 「悪いが、闇に法が及ばないのではない。僕が法そのものとして、君たちを裁きに来たんだ。……リコ、まだか」

 「完了。全個体の同期を解除しました。――今です! リコ、頑張りました!」


 リコの叫びと同時に、九条がデバイスの起動スイッチを押し込んだ。

 九条が握ったデバイスから、透き通るような青い電子の糸が放射状に広がった。それはリコが解析したパスワードを鍵として、影取鬼たちの黒い身体を内側から縛り上げていく。


 「な、何だこれは……動けん!」


 司会の男が絶叫する中、九条は一歩、また一歩と優雅に歩みを進めた。


 「これは『資産凍結』だ。君たちが他人の影を弄ぶ権利を、今この瞬間をもって剥奪した」


 九条がデバイスのトリガーを引き抜くと、会場を埋め尽くしていた影の怪物たちが、まるで電源を切られたモニターのように一瞬で霧散した。


 「ふぅ、お疲れ様です。リコもデータの回収、バッチリ終わらせましたよ」


 インカム越しに、少し得意げなリコの声が聞こえる。


 「でも九条さん、さっきの決め台詞。リコ的には、もうちょっと短くした方がオシャレだった気がします」

 「……アドバイスとして受け取っておこう。それより、件〈くだん〉のモデルの影は無事か」


 九条は、ホログラム投影機が置かれていた壇上を見上げた。そこには、光を失い、透き通ったガラス細工のようになっていた一人の少女のシルエットが浮かんでいた。


 「はい。リコがオークションサイトのサーバーから直接引き抜いて、このデバイスに一時保存しました。あとはこれを彼女に戻すだけです」

 「そうか。では、夜明け前に『納品』を済ませるとしよう」


 九条は脱ぎ捨てていたコートを拾い上げ、埃を払った。


 「リコ、帰りにコンビニに寄るぞ。頑張った君に、新作のアイスでも差し押さえてやろう」

 「あ、リコは特大パフェがいいです! 経費じゃなくて九条さんの自腹でお願いしますね」

 「コンビニにそんなもんねーよ」

 「喋れない相手の解析デバッグって、実は一番神経使うんですよ。九条さんは格好つけてましたけど、あの沈黙を破ったのはリコの仕事ですからね。さ、ご褒美に特大のパフェでも奢ってもらいましょうか!」 

―リコ―

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