第十八話 欠落の貸借対照表(バランスシート)④
「リビルド(再構築)ですよ。……ただ元に戻すだけじゃ面白くないから、ついでにレテの管理サーバーの奥深くまでハッキングさせてもらいました。九条さんの本当の資産、あなたが隠していた『核心のデータ』を今から掠め取って、新しい『九条』という個体をここに直接書き込みます!」
リコの指先が、光速を超えたリズムで空中のキーを叩きつける。彼女の背後で、影のエネルギーが収束し、一本の巨大な光の柱となって天を突いた。
「いっけえええええ!」
リコが渾身の力で最後のエンターキーを叩き伏せた瞬間、崩壊する書類棚の瓦礫の山から、目も眩むような純白の光が溢れ出した。それは闇を塗り潰す光ではなく、すべての記録を正しく定義し直す「真実」の輝きだった。
その光の渦の中から、一歩。
重厚な足音を響かせ、再び確かな実体を得た九条が、静かに歩み出た。
だが、その姿は先ほどまでとは決定的に異なっていた。消えかけていた影は以前よりも遥かに濃く、その背負う空気には、凍てつくような厳しさと、それを上回る苛烈な意志が同居している。
そして何より、彼の右手には、瓦礫の中から呼び戻された「もう一本の万年筆」が握られていた。それは鈍い銀色の輝きを放ち、九条がかつて執行官になる前、ある一人の少女の未来を救うために自ら切り離し、担保としてこのレテに差し出した「人間としての記憶」そのものだった。
「待たせたな、リコ。……計算通りだ。不備のある不当な契約は、君のおかげですべて破棄させてもらった」
九条の声には、かつてないほどの力が宿っていた。彼の足元から伸びる影は、もはや欠落した半分ではない。過去と現在が一本の線で繋がった、完成された執行官の影だ。その影は生き物のように蠢き、周囲の崩壊した情報の残骸を次々と飲み込んでいく。
「そんな……ありえん……。差し押さえた資産を、自らの力で奪還するなど……!」
腰を抜かし、後退りする記録官に向けて、九条は新しく取り戻した銀の万年筆を鋭く突きつけた。ペン先からは、影墨を超えた「純粋な理」の雫が滴っている。
「記録官。ここからは僕が主導する清算の時間だ。不当な差し押さえ、および管理義務違反。それらすべての代価を請求させてもらう」
九条の瞳が、仮面の男を射抜く。
「代価は、君がこれまで不正に積み上げてきた、その全記録だ。……一文字残らず、僕が執行(消去)する」
「……リコがこれほど不遜なエンジニアでなければ、僕の再構成は叶わなかっただろう。取り戻した銀の万年筆は、かつて僕が切り捨てた『迷い』そのものでもある。だが、今の僕なら、この過去の重みを正しく清算の力に変えることができる。記録官……君の不正な帳簿に、僕が終止符を打とう」 ―九条―




