第十四話 忘却の監獄・レテへの門②
足元に広がるのは、砂のように細かい灰の地面だった。踏みしめるたびに、カサリと乾いた音が静寂を乱す。
九条はリコを支えながら立ち上がり、周囲を警戒した。上空を旋回する鴉たちは、二人を攻撃する様子はないが、その赤い眼差しは執拗に二人の一挙手一投足を記録しているようだった。
「九条さん、見てください。この棚……全部、誰かの『記録』です」
リコが指差した先には、遥か上空まで届く巨大な木製の整理棚が、整然と、しかし不気味なほど無機質に並んでいた。棚の引き出しには一つ一つに識別番号が振られ、中には古い羊皮紙から、最新のホログラムストレージまで、時代も形式もバラバラな「記憶」が詰め込まれている。
リコは震える指で、手近な棚の Shadow Circuit(影の回路)に端末を接続しようとした。だが、端子が触れる直前、パチリと黒い火花が散り、彼女の指先を弾いた。
「……拒絶されました。この領域の回路は、リコたちが知っている論理で動いてません。もっと古い、それこそ『契約』そのものを動力にしてるみたいで」
「深入りするな、リコ。ここは法という名の暴力が支配する場所だ。無理にこじ開ければ、君の存在そのものが『規約違反』として抹消される」
九条がそう警告した瞬間、背後の書類棚の影から、カチカチと規則正しい音が響いてきた。
それは、古いタイプライターを叩く音のようでもあり、あるいは巨大な昆虫が顎を鳴らす音のようでもあった。
「招かれざる債務者が、勝手に金庫室へ入るとは。……無作法が過ぎるのではないかね、執行官一号・九条」
音の主は、背の高い、痩せ細った男だった。
顔の半分を古い帳簿のような仮面で覆い、手には長い羽ペンと、黒い墨汁が滴るインク瓶を持っている。男の足元には影がなく、代わりに彼が歩いた後には、ドロリとした黒いシミが Shadow Circuit のように地面に刻まれていった。
「徴税人か。僕の影を不当に差し押さえたのは、貴様だな」
九条は、残された僅かな影墨の万年筆を強く握りしめた。
男は仮面の奥で、粘りつくような笑い声を漏らした。
「不当? 心外だな。あれは正当な『通行料』だ。だが……なるほど。半分失ってもなお、これほどの存在感を保っているとは。君の過去には、よほど重い『付加価値』がついているらしい」
「あんなの、徴税人じゃなくてただの強盗ですよ! 人の記憶に勝手な値段をつけて楽しむなんて、エンジニアとしても、九条さんのパートナーとしても絶対に許せません。九条さんの『付加価値』がどれだけ高いか、リコの全力のデバッグで思い知らせてやりますから!」
―リコ―




