第十二話 欠落した登記簿④
事務所内に、電子音の激しいビープ音が鳴り響いた。リコの目の前で、無数の幾何学模様がモニターを埋め尽くし、やがて一つの座標へと収束していく。
「……見つけました。九条さんの影が運ばれていった、裏の流通経路。これ、通常のインターネットどころか、既存のネットワークのさらに奥に隠された『Shadow Circuit(影の回路)』です。リコの最新アルゴリズムじゃなきゃ、一生辿り着けませんでしたよ」
リコは額の汗を拭い、達成感と不安が混ざり合った表情で九条を振り返った。
九条は、リコが施した安定化プログラムのおかげで、ようやく実体の揺らぎが収まっていた。しかし、足元の影は依然として半分しかない。
「座標は、どこだ」
「この街の地下深くに眠る、放棄された古い地下鉄の連絡通路です。でも、ただの廃墟じゃありません。特定の周波数の音と影を同期させた時だけ接続される、レテへの門になってます」
リコは椅子から飛び降りると、使い慣れたデバイスや予備のバッテリーを次々とポシェットに詰め込んだ。
「九条さん、準備はいいですか? リコはもう、いつでも行けます。九条さんの影の半分、絶対に取り戻して、ついでにレテの管理者に延滞利息をたっぷり請求してやりましょう」
九条は、デスクの上に置かれた万年筆を手に取った。影墨の残量はあとわずかだ。
「利息か。それは頼もしいな。……だがリコ、ここから先は今までとは違う。僕の過去を知る者たちが、手ぐすねを引いて待っているはずだ。君を危険に晒すことになるかもしれない」
九条の言葉に、リコは少しだけ不満げに頬を膨らませた。
「今さら何言ってるんですか。リコは九条さんのパートナーですよ? それに、九条さんの過去の登記簿が空っぽなのが、リコは一番気に入らないんです。きっちり埋めてもらわないと、帳尻が合いません」
九条はわずかに口角を上げると、上着の襟を正した。
「……そうだな。資産の不備は、執行官として見過ごせない。では、行こうか。忘却の、監獄の、その奥へ」
二人は、静まり返った事務所の明かりを落とした。
暗闇に包まれた部屋で、九条の欠けた影だけが、幽かに不気味な光を放っていた。
「影の回路(Shadow Circuit)の奥なんて、普通の人なら一生縁のない場所です。でも、九条さんの過去がそこにあるなら、リコが道案内するしかありませんよね。……半分になっちゃった九条さんの影、リコが責任持って支えてあげますから。……その代わり、帰ってきたら最高級のピザ、三枚は奢ってくださいね!」 ―リコ―




