第一話 沈黙するシルエット①
「影を失い、喋ることすら忘れた姿をシルエットと呼ぶのは、皮肉が過ぎるな。……その静寂ごと、僕が引き取ろう」 ―九条―
「リコ、この街の夜景がなぜこれほど美しいか知っているか」
九条は、地上四十階のオフィスビルから眼下の光の海を見下ろしていた。手元にあるクリスタルグラスの中では、琥珀色の液体ではなく、ただの炭酸水が弾けている。
「電気代の無駄遣いだから、とかですか?」
背後のデスクで、リコが三台のモニターを同時に操作しながら素っ気なく答えた。
「いや。光が強ければ強いほど、その陰に隠せる『ゴミ』が増えるからだ。……解析はどうだ」
リコの指が止まる。モニターの一つに、奇妙な波形が映し出された。
「出ました。SNSで話題の『顔のないモデル』。彼女、実在はしてますけど、影だけがデジタル空間に流出してます。現在、裏サイトで一秒一万円のレートでオークションにかけられてますね」
九条はゆっくりと振り返り、冷めた笑みを浮かべた。
「一秒一万円か。僕の昼寝の時間よりは価値があるらしい。リコ、そのオークションのサーバーごと、彼女の影を『差し押さえ』に行くぞ」
「了解です。九条さん、その前に。……その炭酸水の代金、経費で落とそうとしてませんか?」
「……何のことかな」
九条は視線を逸らし、おもむろに漆黒のコートを羽織った。
三十分後。港区にある会員制バーの地下二階。
そこには最新のホログラム投影機が設置され、物理的な「影」が電子化されて競り落とされる異常な光景が広がっていた。
「いいですか、九条さん。今回はデジタル化された影ですから、物理的な印鑑じゃなくて、このリコのハッキングソフトと同期した特製デバイスを使ってください」
リコは耳元のインカムを通して、会場の入り口に立つ九条に指示を出した。
「わかっている。だが、僕のやり方は一つだ。不法に占拠された資産を、正当な所有者のもとへ戻す。……たとえそれが、データの一部だとしてもな」
九条は会場の重厚な扉を蹴り開けた。集まっていた投資家たちの視線が一斉に突き刺さる。
「皆様、オークションの途中失礼する。今この瞬間から、本会場の全資産を執行官として差し押さえさせていただく」




