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世紀末美食伝説ムラサキ  作者: 白洲柿人


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第7話

第7話「三大伝統遊戯! 闇をぶっ飛ばせ!!」


 まだ西歴と呼ばれた時代。

 文字通り世界を巻き込んだ大戦が、この世の文化のすべてを焼滅せしめた。


 初代新生首相の掲げた標語が、その年の流行語大賞となった。それすなわち『理系にあらずんば人にあらず』。




 ――世界の『大崩壊』から百年。


 人々の努力と幾許かの奇跡により、文明の再興は成った。


 しかし、重要度が低いと見做された文化の再現は遅れ、時に見下され、その連続性を絶たれていった。

 伝統芸能、スポーツ、そして美食――


 世紀末美食伝説。


 それは、絶望を覆す鋼の心。






 世紀末美食伝説 ムラサキ、前回までは――


「良いでしょう……ただし、この事実は貴方にとって些か以上に不都合な真実を含みます――それでも良いと仰るのなら」


 美食マフィアの頭脳ブレーン木手(キテ)劽斎(レッサイ)の語る内容に驚きとショックを隠せないムラサキ。

 そんな師を元気付けるため、シローは気晴らしのために遊興施設での息抜きを提案する。


(あん)ちゃん、気分転換にゲーセンでも寄って行かないか? お、おいら欲しい景品があってさぁ! 取るの手伝ってくれよ」


 しかし、そこは競争社会の生み出した負の側面たる不良共の巣窟であった! 因縁を付けられ、不利な条件でのゲームを強制されるシローとムラサキ。だが、多才なる美食五聖天は腕に覚えがあった! 仕組まれた罠に物怖じせず、むしろ踏み抜く覚悟で勝負に挑んだのだった!


 Pain killed Murasaki


「??!!」


 とは言え数的不利は容易に覆すことができない! ヘッドホンやキーマウといった最先端のチート級設備を駆使する不良達に防戦一方を強いられる。そこへ――


「…………何、してるの?」


 シローの従姉弟、いなり参戦! 忍びのワザを駆使して戦場を駆け回る彼女に、不良達は幾度も眉間を撃ち抜かれた。


 こうして、我らが美食五聖天ムラサキは、辛くも勝利をもぎ取ったのだった!






◇市内


 不良共の巣食う時代錯誤のゲームセンターを後にしたムラサキ達は、夕食を適当に済ませた後、時間も時間ということでいなりと別れた。


 明けて翌日。


 ムラサキら一行は、市内の目抜き通りを闊歩していた。


「――んで、いなりは何で付いてきてるんだ?」


「べ、別にいいじゃん……修行も終わって、暇になったし」


「ふーん。まあ、昨日は世話になったし、いいけどさ」


 早朝の涼やかな風が肌に心地よい。

 繰り広げた激戦による熱気はすっかり冷め、ムラサキの心で燻っていた蟠りもそれと一緒に何処かへと吹き飛んでいた。


「ところで、どこに向かってるんですか?」


「……敵の居城、澤パレス。その城下町だ」


「なあ兄ちゃん、向こうに見えるアレって、まさかひょっとして――」


 シローの指差す先には、鋼鉄製と思しき重厚な壁がそびえ立っている。

 周囲の建物の大きさから推察するに、その高さおよそ三メートル。

 侵入者を、あるいは脱走者を拒むように、壁の上には有刺鉄線らしきものの姿も。


「『ニンジャ・アイ』! ……出入り口に人が立ってますね。どうやら検問してるみたいです」


「え、今の何? 声に出す必要あったの?」


 忍びの秘術で視力を常人の二倍(2.0)に強化したいなりが、壁周辺の様子を観測した結果を報告する。


 彼女の言う通り、ムラサキらの進む先には、遮断器とそこを通る人・車両の検問に携わっていると思しき人影とが待ち構えている。


「ひゃー、随分厳重って言うか……それにしても澤パレスって、案外近くにあったんだな」


「いやそうではない。本丸はもっとずっと奥にあるはずだ。奴は金に物を言わせて勢力圏を拡大し、今や市一つを丸ごと治外法権としているのだ」


「まじかよ……」


 その強大な権力を持つヴィネガー澤が、同様に強大なソルレオーネと手を組んだ。

 その事実を改めて思い知ったシローの背中に、冷たいものが走った。




 壁の前まで辿り着いた一行は、サイトシーイングと連呼するなど、ごくごく自然な振る舞いで門衛をスルーしようとするも、当然の如く呼び止められていた。


「失礼。入園には、マイナンバーカードのご提示をお願いしております」


「マイナンバーカード?! 県境でもないのに?!」


 驚愕! なんという国家レベルの防犯対策意識の高さか!


「…………断る」


 しかしムラサキ、これを拒否!


 シオ奪還に向けて彼が動いていることは、当然既に敵の知る所となっているだろう。だがここで正体を明かし、徒にその動向を知らせることもあるまい。


「なるほど、お聞きしていた通りの慎重派なようですね」


「!!!」


 身分を隠そうとしたムラサキだったが、その試みはいとも容易く看破された。

 それは至極当然!

 出入りを監視する者に、情報が伝達されておらぬ道理など無い!


「ムラサキ様……私のお仕えする澤様と同じ美食五聖天……門ごとに設定された試練を突破すれば、通して良いと仰せつかっております」


「いいのかよ」


「そして此処なるは『遊戯の門』! 日本古来より伝わる、伝統的遊戯にてその実力を示すことかなえば、この鋼鉄の門もその重き口を開くことでしょう!」


「重き口って……単なる遮断器じゃん」


 怪し気な男が勝負を仕掛けてきた! 対するムラサキは――


「受けよう」


 即断!


「良いのかよ兄ちゃん?! 『遊戯の門』ってことは、また料理とは無関係のことをやらされるんじゃないか? 料理人が料理しなくてどうするんだよッ!」


 これに異を唱えたのはシローだ。

 元はと言えば、将来なし崩し的に継ぐことになりそうな実家の寿司店にプラスになるかと思い立ったのが、この同道の発端だ。

 それが蓋を開けてみればどうか。

 そこそこためになる話は聞けているものの、本人がこれと言った料理をする場面など数えるほどしか目にしていない。

 遊興に明け暮れる様など、シローが見たかった光景では断じて無いのだ。


 こんな調子で禄に成長できなければ、店先に『美食五聖天に師事しました』というポップを掲げる際に少々心が痛む可能性がある!


「そこなジャリボーイは、未だ美食の深奥を覗いてすらいないと見える……名高き五聖天についていながら、何たる破廉恥な」


「?!」


 そんなシローの訴えは、門衛に斬って捨てられた。


「『料理をするものは料理人に非ず』」


「??!! どういうことだ?!」


「料理人は料理をしない、ということだ」


「??!! どういう……ことだ?!」


 何かの冗談のようなその物言いに、しかしシロー以外の全員が納得の表情を浮かべている。

 すなわちそれは、少なくともこの場におけるコモンセンスであるということ。


「料理の道を志す男が、下働きとして店に入った……男は腕と頑張りが認められ、コミに昇格……めきめきと頭角を現し、部門シェフ、スーシェフを経て、晴れてシェフの座を手に入れた……」


 門衛の男が、シローに言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「一心不乱に走り続けた男は、そこでようやく気付いた……シェフとは料理を監督する者……マネジメントが真なる業務……時には新たなメニューの試作をする事もあるが、運営・経営の多忙には勝てず、そのうちにスーシェフのアイデアに頷くだけとなった……」


「そ、そんな……」


理解(わか)っただろう? 真なる料理人とは、料理をしない。養わねばならない従業員(ファミリー)のため、日夜宣伝に勤しむ者の事を言うのだ。だから世の勇名料理人達は、期間限定おにぎりを監修したり、『合格』の札を上げ下げしたりしているのだ。それは、大学教授が自身では実験をしなくなるのと同じ構図――」


「なんてこった……おいら、想像もしていなかった……」


 冷静に考えれば全員が全員そうではないだろうし、そもそもゲームに興じる理由になっていないのだが、含蓄と巧みなレトリックとに気圧されたシローがそれに気付く余地は残されていなかった。


 打ちひしがれるシローを挟み、門衛とムラサキ、両者の視線が交差した。


「合意と見てよろしいですね?」


「ああ。望む所」


 入園をかけた闘いが、今開幕する――!




「まずは小手調べ――一種目目は、ルールが比較的単純で、さらに短時間で終わる『囲伍』です」


「――!」


 ムラサキの表情に一瞬、焦りの色が浮かぶ。偶然、シローはその様を目にしていた。


(兄ちゃん、まさか――!)


 そう、まさしくそのまさか。

 料理に人生を懸けてきた漢ムラサキ、日本伝統の遊び『囲伍』すらよく知らぬ!


(なんてこった! いや、こんな時こそ、一番弟子のおいらの出番だ!)


 これは挽回の好機だ。シローは意気込み、


「その勝負、まずはおいらが相手だッ!」


 そう宣言した。


「ふむ、いいでしょう。私も勘を取り戻したいと思っていたところ。では余興に一席、お相手をば」


(おいらの役割は勝つことじゃあない。わざと失態を演じて、兄ちゃんに繋ぐ――! それが今できる最大の貢献だ!)


「ではこの私、笹宮トシがお相手致す! ルールはそうですね……珠型交替五珠二題打ちでいかがでしょう」


「応ともよ!」


「がんばって、シロちゃん!」


(?????)


「では仮先はそちらで。お手並みを拝見させて頂きましょう」


 笹宮が指を鳴らすと、地面から木目調の台がせり上がって来た。

 上面には日本刀で引かれた漆黒の縦横線。伍盤である。


 シローは伍笥(ごけ)から三つの石を取り出すと、そのうちの一つを黒い面を表にして中央に置いた。心地よい石音が響く。



(二十六型のどれを選択するか……その重要性は、勝ちを狙わないこの状況でも同じ――! おいらはなるべく対局を長引かせて、できる限り多くのヒントを兄ちゃんに届けなくちゃならないッ。そのためには、相手に侮らせ、油断させるのが一番手っ取り早い)


 シローは残る石のうち一つを裏返すと、


(先手有利の『花月』の型を展開し、相手にまんまと先手を取られる――いや、それじゃあ流石にあからさまだ。逆に疑われる可能性が高い。何て考えていても、これと言って良い手は思い浮かばない……いずれにせよ、あまり迷っていると怪しまれる。とりあえず『直接打ち』だ!)


 その白い面を表にして、先程の石の直上に置いた。



(あとは黒二手目を置くだけ……決めたぞ。ここは、相手の棋力を測る! そのためには――)


 そして最後の一つを、最初に置いた黒石の隣に。


●●


「ふむ、『雨月』ですか。ならば私は後手を頂きます」


(『雨月』と『雲月』とを見分けているッ――こいつ、かなりの実力者だッ!)


 焦るシローを尻目に、笹宮が後手番二手目を投じた。


×○

○●●


(注:表示ズレ解消のため、空白を×で表現しています)


「……」


 シローは少し悩んだ後、二箇所に黒石を置く。


×××●

××○

×○●●


 『囲伍』では先手番圧倒的有利を解消するため、先手の三手目は候補手として二箇所に石を置き、後手番がどちらか一報を選択するのだ。


「こちらで」


「はい」


 その内の一方を、笹宮が盤面から取り除いた。


××○

×○●●


「では始めましょう! 持ち時間は一分! 後手番である私からです!」


 笹宮は言いながら、文字盤を二つ擁する時計の頭を叩いた。チェイス・クロックと呼ばれるそれは、盤上競技に欠かせないアイテムだ。


(一分――ッ!)


 一打が致命となり得る『囲伍』にとって、その短さは極めて苛烈な制限だ。

 互いに互いの持ち時間をも有効活用し、読みの速度と精度を高めなければ即、死あるのみ!


「フンッ――!」


×○○

×○●●


 笹宮は素早く白石を打ち、その動作の延長で時計の頭を叩いた。なんと迷いのない打ち方、そしてなんと無駄のない熟練した手際!


(まずいッ、『棒』の『二二』を作られたッ――! ここから勝てた試しが無い、必敗の形ッッ! これを躱す手段なんてあるのか? あったとして、それを見出すことができるのか? 今、ここでッ?!)


『三十秒~』


「!!」


 苦悩するシローに追い討ちをかけるように、残り時間を告げる朴訥な声が時計から上がった。

 追跡者(チェイス)の名が表す通り、聞くものの焦燥感を煽るような有無を言わせぬ秒読みだ!


(お、落ち着けシロー。今回は勝つことが目的じゃあない。一つでも多く、後に控える兄ちゃんに遺すこと! 何よりもただそれだけを考えるんだッ)


『十秒~、九、八――』


「ええいままよ!」


×○○

×○●●

●●


 シローによって盤上の黒の面積が高まる。だがそれも一時のこと。笹宮の次なる一手がすかさず繰り出される。


○○○

×○●●

●●


 両端のどちらもが敵石によって閉ざされていない三、すなわち『棒三』。それは囲伍における必勝パターンの一。序盤の攻防に思えた僅か数手によって、勝敗は決したのだ。


「う、うわぁ三つ繋げられちまった! これは何だかすごく不利そうだぞ!」


 わざとらしいシローの演技!

 しかしそれは、出来得る限り『囲伍』のルールを師に伝えんとする、涙ぐましいダイイングメッセージなのだ!


『三十秒~』


「お、おいらも負けじと三を作っちゃうぞ!」


○○○●

×○●●

●●


「愚かな……これで――」


 シローの甘い手をすかさず咎める白石の閃き。それが今しがた置かれた黒石の隣に着弾する。


○○○●○

×○●●

●●


「終いです!」


○○○○○

×○●●

●●


 挟まれた黒石が裏返り、敵たる白石にその姿を変じた。

 それはすなわち、白による『伍』が達成された事を意味する――!


返転(リバーシ)した次のターンは一回休みとなるが、『伍』が成立したならばその時点で勝敗は決する。私の勝利です」


「……まいりました」


 時間にして十分にも満たない、しかし濃密な闘いが終わった。

 だが敗北したはずのシローの顔は、何かを成し遂げたかのように晴れやか。


(おいらが伝えられることは、できる限り伝えられた! まだ『コミ』や先行の禁則については十分じゃない気もするけど……兄ちゃんなら何とかしてくれるはずッ! だから兄ちゃん、あとは頼むぜ――!)


 その一番弟子の期待の眼差しに、ムラサキは力強く頷いた。


「ウォーミングアップは済みました。ここからが真の勝負――」


「ああ、本番と行こう」


 両者から、圧倒的強者のみが発するオーラが発生する。今ここに、伝説として語り継がれることになる一局が幕を開けようとしていた!




(………………啖呵を切ったは良いが、ルールがまるで分からん。とりあえず、真似してみるか)



(真横に置いて負けていたから、流石にそれは避けよう……しかし置いていい場所かどうか、皆目見当がつかない……とりあえず、それが打ってはならない手だったとしたら、手元が狂ったとでも言おう)


○ ●


(あ)


 ムラサキの手から滑り落ちた石は、彼が想定していたマスと別のマスに落ちた。


「ふむ、五号『残月』ですか。これは中々」


(どうやら当たりを引いたようだな……)


「では先手を頂きましょう」


(つまり俺がまた打つのか……とりあえず、この辺に――)


○ ●


「え」


「なッ」


「あー」


 聴衆が思わず発した三者三様の反応に、ムラサキは己が失策を悟った! 白石に挟まれた黒石が、磁力によって自動的に裏返る。


○ ●


「えーと……」


 笹宮は戸惑いながら自身の次の手を打つ。


○ ●


「ここで私の手をどちらか選んで頂く所ですが、ムラサキ様は次の手番がスキップされるので、私が二連続でこちらに置いて、詰みです」


「兄ちゃん……」


 シローの非難がましい視線をムラサキは、


「フッ…………次の勝負は何だ?」


 それを華麗に受け流すのであった。






「き、気を取り直して――次なる種目もまた日本の誇る伝統的遊技、『将戯』です」


「!」


 『将戯』! それは限られた盤面の中で繰り広げられる、一つの戦争!


 残念ながらその全容を事細かに記すには紙面がまったく足りないため、戦況の行方はダイジェストにてお送りする!




**********




「こ、これは――?!」


「ほぅ、自陣近くに転職クリスタルが置かれるとは。流石は美食五聖天、()()()おいでだ」


「よし、試しに『成』ってみるか――」


「待ってくれ兄ちゃん! レベル20まで上げてからクラスチェンジした方が、最終的に強くなるぜ!」


「……なるほど」


「それも一つの戦略。ですが悠長に構えていてよろしいのですか?」


「何ッ」


「捕虜とした敵『歩兵』を生贄に捧げ、『桂マスター』の特殊能力を発動ッ!」


「ああッ! クリスタルがッ?!」




**********




「『急いで子供がほしい』!」


「SON値チェック」


「1d20です」


「ぬおぉぉぉ?!」




**********




「ぐっ……王手!」


「無駄だッ! 『魔王』と()()()『王将』は、『龍凰』『龍魔』を倒さなければダメージを受けないッッ!」


「ぐぁあああああ!」


「しかも同時に、だ!!」


「ぬぁあああああ!!」


『三十秒~』




**********




「――――――」


「――――」


「――」




**********




「兄ちゃん…………」


 激闘を制したのは、笹宮。すなわち、ムラサキの敗北。

 三戦中の二連敗、それが意味するのは、決定的な敗北!


「フッ……なんて顔をしている、シロー」


「え?」


 だがしかし、美食五聖天に焦りの色は見られない。

 危機的状況を飛び越えて、もはや勝敗が決しているにもかかわらず、一体何故なのか?!


「こうした三回勝負の場合、得てして最後の勝者には100ポイントくらいが与えられるものだ」


「「??!!」」


 それはしばしば敵が使用する悪辣な戦術の一つ!

 ムラサキはまんまとこれを逆手に取り、優位に立ったのだ!


「そこまで見抜かれていたとは、やはり油断ならないお方だ……いいでしょう、最後のゲームの勝者を、この三番勝負の覇者とすること、異存はありません」


「やったぜ兄ちゃん! 言ってみるもんだなぁ」


「いいや、安心するのはまだ早い。奴の余裕綽々といった態度を見ろ。とても目論見を看破された直後とは思えない」


「! そ、そうか。最後の種目に100ポイントを設定していた――つまりそれは、万一の保険をかけていたって事!」


「ああ。恐らく次のゲームこそ、奴が最も得意とするものに相違ない」


(それもう兄ちゃんの敗け確定では?)


「クックックッ……ハハハハハハッ!」


 突如哄笑する笹宮!

 今までの慇懃無礼な態度は消え失せ、鋭い目付きで挑戦的に睨めつける様はまさに別人だ!


「ご名答だ! そしてこれが最後のゲーム! 由緒正しい古典遊戯! それが『タベレルモンスター』!!」


「『タベレルモンスター』だって?!」


 ――『タベレルモンスター』! ちぢめて、『タベモン』!


 プレイヤーはその辺の草むらから飛び出してくる可食生命体『タベモン』を、時に仲間に、時に食糧にしながら世界各地を旅するオープンワールド・サバイバル・クラフト・ロールプレイングゲームだ。

 犯罪シンジケートの企みを阻止したり、行き過ぎた環境保護団体を一喝したり、偏食主義者の芸術作品破壊に加担したりしながらすべての事件の裏に消息を絶った父親の存在があることを匂わせてストーリーが終わるため、続編の発売を今最も心待ちにされている作品の一つである。


 ムラサキと笹宮の間に、特徴的な形状の携帯型ゲーム機本体を載せたテーブルが、地面からせり上がってきた。


「良いだろう。だがこちらから一つ条件を出させてもらおう」


「……聞こう」


「通常、『タベモン』の対戦では手塩にかけて育てたモンスター同士を用いるが――今回は特別ルールだ。互いに『はじめから』スタートし、一時間程度ゲームを進めた状態で対戦するのはどうだろうか」


 背水の陣を敷くムラサキの提案に、笹宮はしばし沈思する。


(プリセットのタベモンを用いる『レンタル戦』を行う予定だったが……恐らく、こちらが準備したデータへの不信感ゆえ、条件をイーブンにしたいと考えての事だろう。だがその程度で、『タベモンマスター』の称号を持つこの俺様に対抗できるはずもない)


「面白い。その条件、飲むぜ」


 その後、両者は細やかな取り決め――対戦に用いるタベモンの数など――を交わし、育成と言う名の冒険へと旅立ったのだった!




(――さて、どんな条件だろうとこの俺様が敗けることなど有り得ない……とは言え相手の実力は未知数。この一時間の育成において、一秒たりとも無駄にはできない)


 『では はじめに きみの なまえを おしえて もらおう!』


 【あ】


 『ふむ……あ と いうんだな!』


(一時間……ゲーム進行としては、早くても料理教室(ジム)三つ程度といった所か。初期選択のタベモンとタイプ相性の補完が可能なタベモンのうち、序盤で出会えてかつ被捕捉率の高い、入手性の良いものは――)


『こいつは わたしの……なんだったかな?』


(いや、このレベル帯で習得可能なわざなど高が知れている。その上、個体の厳選やがんばりポイントといったオワコン(終わってから楽しめるコンテンツ)まで極める事は不可能だ。つまりは相性差をひっくり返すほどのレベル差! それこそが、このルールにおける最適解! すなわち、初期タベモンによる単騎無双を目指す!)


『ゆめと ぼうけんと! びしょくの せかいへ! レッツゴー!』


(方針は定まった! 問題はどのタベモンで無双するかだが……これは迷うまでもない。序盤有利をとれる『やさい』タイプ! これならスムーズにレベルを上げられ、詰まる可能性も低い!)


『そうか! やさいタベモン コノキーが いいんじゃな?』


【はい】


(最も危惧すべきは俺様と同じ戦法、すなわち初期タベモン単騎の集中レベリング。だが、コノキーに有利を取れるチョイヨワビンは、序盤がキツいためスタートダッシュに難がある。よって、それにより生じたレベル差で押し通せるはず――! どれだけレベルを上げられるかが鍵だ! タイムロスになる農協(センター)での回復頻度をいかに減らせるかが、腕の見せ所!)


 我が意を得たりとばかりに、笹宮は驚異的スピードで攻略を進めた。

 日頃から『目をつぶっていても踏破できる』と豪語するだけのことはあり、その足取りに一切の無駄も見られない。

 相棒も順調に進化を遂げ、今やそのレベルは40を超えた。

 開始一時間にして、もはや終盤に差し掛かろうかという育ち具合!


「――一時間、経ちました!」


 決戦の刻を告げるいなりの声。

 忍者はリアルタイムで進行する海外ドラマのアイキャッチを脳内再生することで、正確に秒数をカウントすることができるのだ。すごいね。


 笹宮は久しぶりに現実世界の光景を視界に入れた。直前までゲームの世界に入り込んでいた彼は、鮮やかな色味と無限のフレーム・パー・セカンドに軽い目眩を覚えた。

 この異常とも言える集中力こそが、何よりの強み。

 タベモンマスター(シーズン5)の座を勝ち取った、主たる要因と言えるだろう。


「さぁて、こちらの準備は整った。早速対戦と行こうじゃないか」


「…………ああ」


 対戦フィールドに向き合って立った両雄が、どちらからともなくゲーム機を突き出す。

 上部に備えられたドッキングシステムが作動し、通信が開始される。


 対戦の準備は整った。


「シェイク五秒、ペンデュラムエントリー、特別オプションバトル!」


「シェイク五秒、ペンデュラムエントリー、特別オプションバトル!」


 ルールの宣言の後、連結を解除した二人は、それぞれのゲーム機を振り始めた!


(タベモンの戦闘の肝はこのペンデュラム・シェイク! その回数、間隔、そして振り方が、繰り出すタベモンや技に影響する――ゆえに、相手のそれを観察することで、ある程度戦略を看破することが可能! 無論、こちらにとってもそれは同じ。ゆえに、フェイクを交えて真の狙いを隠す、高等技能が要求される!)


 ムラサキと笹宮は、それぞれ特殊な体さばきをしつつゲーム機をリズミカルに振り続ける。


(シェイク開始時の絶対座標が初期seedを決定する。よって、どのタイミングで振り始めたかを悟らせぬよう、身体でうまく目隠しをするのがタベモントレーナーの常識だが――奴さん、その程度の事は弁えているみたいだな。となればやはりシェイク法の洞察が鍵だ! シェイク時間は五秒! このわずかな猶予で、相手の『方針』を見極める――!)


 ムラサキはクネクネと腰を動かしながら右手、左手、また右手とゲーム機を持ち替えている。それは百五十通り存在するシェイク法を悟らせぬためであり、乱数調整のためでもあるのだ!


(だがそんなもの、俺様には通用しない! フェイク・シェイクはプロでさえ真のシェイクよりも単調になりがちだ。それさえ分かっていれば、脳内リアルタイム周波数解析によって見切ることなど造作もない! このシェイクは――最もオーソドックスな『オールドファッションド』! 面白い、正々堂々の直球勝負というわけか)


「「バトル!!」」


 シェイク・タイムの終わり、それすなわち戦いの始まり!

 再び接続されたゲーム機の画面には、繰り出された互いのタベモンが対峙している。


(相手のタベモンは――)


 ムラサキのタベモンは、成長途中の中途半端な見た目のモンスターだ!


「ナンノキー! レベル22! シケタもん使っていやがる! どうやら満遍なくパーティを育てたようだが、そんなタベモンじゃあ俺様のキニナルキー レベル43の前では無力だ!」


 勝ち誇る笹宮は、相手を攻撃する『わざ』を思案する。

 奇しくも同じ初期タベモンを選んだ二人だったが、やさいタイプのわざはやさいタイプのタベモンに効果が今一つ。

 よって、メインウェポンである『なっぱキッター』は使うべきでは無い。


(それを見越してのタベモン交替という択もある。この高度な読み合いができるか否か――この最序盤の行動で、それを見極めてやるぜ……!)


「俺様はわざを選択!」


「…………こちらもだ」


 互いに選択が済んだ事を確認した二人は、再度ゲーム機の接続を解除。わざ判定のためのシェイク・タイムだ。

 

「「ペンデュラム・シェイク!!」」


 両者は先ほど同様の奇っ怪な踊りを繰り返す。

 『タベモン』バトルでは何か行動を起こす度にこうして振りますモンモンしなければならず、常人であれば既に足腰に来ていてもおかしくない程の負荷がかかる!

 だがしかし、歴戦のタベモントレーナーはこの程度で屈する事は無い!


「「バトル!!」」


 ゲーム機が接続され、先だっての選択の結果が画面に表示される。


「俺様の先攻だ! どうやら交替はしなかったようだな! なら遠慮なく行かせてもらうぜ! キニナルキー、『のしかかる』攻撃!」


 笹宮の堂に入った指令に従い、キニナルキーがナンノキーへと迫る。

 『ふつう』タイプの攻撃技『のしかかる』は、上位の対戦環境では特殊な構成以外で採用されることの無い平凡な技だが、このレベル帯では十分な威力を持っている。

 それがステータスという絶対的な隔絶のある進化前後のタベモン同士であれば、尚更だ!


『ナンノキーッ!』


 ナンノキーは特徴的な断末魔を上げて倒れた。

 ムラサキは瀕死のそれを、無言でタッパーに戻した。


「一撃か。どうやらそうとう防御の低い個体だったようだな……さあ次のしもべを出しな!」


「……」


 ムラサキは黙したまま次なるタベモンを繰り出す準備をする。

 だが相手は最終進化を遂げたレベル43の強敵だ。

 抗する術が、果たして残されているのか――?!


(高レベルのデカツヨビンを出されていたら危なかったが、ナンノキーが出てきたことでその心配も無くなった。まだ『やさい』タベモンが苦手とする『かりょく』『れいしょく』『がいちゅう』『とりにく』タイプをレベリングした可能性が残っているが……『がいちゅう』や『とりにく』には高威力のわざが殆ど存在せず、『れいしょく』は『やさい』で有利を取れる『ソース』タイプ複合ばかりだ。ゆえに注意すべきは、そこそこ育った『かりょく』タベモンのみ!)


 笹宮の口元が妖しく歪んだ。


(とは言え恐れる必要は薄い。理由は主に二つ! 『かりょく』タベモン一筋で育てるという選択は、そもそも俺様が『やさい』一筋で育てることを読んでいなければ出来ない。だが読んでいたならば、捕獲の手間を考えれば初期タベモンにはチョイヨワビンを選んだはず。つまりは、こちらの戦法が読まれたわけでは無いということ! もっとも、ゲームを進める中で俺様の狙いに勘付き、方針を変えた可能性もある。だがそれも上手く行きはしない! なぜならば、二種類あるゲームソフトのバージョンのうち、そもそも強い『かりょく』わざを覚えるタベモンが手に入らない方のバージョンを渡しているからだ! そうさ! 何があろうと、どんな手を使おうと、俺様の勝利が揺らぐ事は無いッ!!)


「次の餌食が決まったようだな……どれどれ」


 ムラサキが選択を終え、ナンノキーの代わりとなるタベモンが選出された。事前の取り決めにより、手持ちにできるタベモンは合計三体。ムラサキにはまだ二体の相棒が残されているのだ。


 そうして画面に表示されたそれは――


【ホロホロ Lv3】


「……」


「……」


 序盤も序盤、最初の草むらで遭遇する『とりにく』タベモンだ。だが驚くべきはそのレベル! これは捕まえた時から1レベルも上昇していない、未育成の個体に違いない。


(まだ様子見、というわけか?)


 ここに至り笹宮の背に薄っすらと冷たいものが流れる。先ほどのナンノキーがレベル22。そして次のホロホロがレベル3。つまり、最後に控えるタベモンはそれなりに高いレベルを持っているはずだ。


(い、いや落ち着け。何を育てていようが、ナンノキーに無駄な経験値を与えた分、どうしたって俺様よりもレベルは低いはず! こちらが有利なことに変わりは無い。貴重な一枠を雑魚に割いてくれて助かったと考えるべきだ。クックッ……そうさ、トンデ火に入る何とやら――美味しく頂くとしようじゃないか)


「一体どういう作戦かは知らないが……遠慮なくバトルと行かせてもらうぜぇ!」


「……」


 両者は行動の選択の後、一旦連結を解除し、シェイク・タイムに移る。


(!!!)


 笹宮に衝撃が走る! ムラサキの奇っ怪な動きは、奇っ怪であることに変わりは無いが、先程までと明らかに異なっていたのだ。


(運命を司る軌跡を描くこの動きはまさしく『ホーセズネック』! タベモンに持たせた『どうぐ』の発動率を僅かながら上昇させる振り方ッ! こいつ、素人だと思わせておいて、その実かなり精通しているッ!)


「チィッ、だがそれがどうした! バトル!!」


「……バトル!」


 宣言と共にゲーム機を連結。選択の結果が画面に表示される。


「キニナルキー、『なっぱキ――」


「そう、『なっぱキッター』だ。控えに居る『かりょく』タイプを見越してな」


「?!」


 『キニナルキーの なっぱキッター!』


 『キニナルキーの こうげきは はずれた!』


「何だとッ?!」


「最後の一体は『かりょく』タイプ。そして放つことのできるわざの回数には限りがある。ゆえに、通りの良い『ふつう』タイプのわざは温存しておこう――そのように考えるのは道理だ。さて、このレベル帯における『やさい』タイプのメイン火力である『なっぱキッター』は、急所に当たる確率も高い優秀なわざだが、一つ欠点がある。命中率だ」


「――ッ」


 『ホロホロの じょめいたんがん!』


 『キニナルキーの こうげきが さがった!』


「そしてこのホロホロには、相手のわざの命中率を下げる効果を持つ『あやしいこな』を持たせている」


「そ、そんなもの! かけ合わせた所で八割以上は命中する計算だ! たまたま一度決まったからといって、いい気になるなッ!」


「一度? それはどうかな」


 不敵に笑うムラサキから醸し出される凄味に怯む笹宮。

 だが冷静になって考えれば、未だ自身の有利は覆ってはいない。

 このターンこそ凌がれたものの、対峙するのは所詮は弱小モンスターなのだ。


「戯言はそこまでだ! さあ次の選択をしな!」


「……」


 シェイクの後のバトル。その結果は――


 『キニナルキーの のしかかる!』


 『ホロホロは たおれた!』


 憐れ、エクラゼされたホロホロは倒れ伏し、ムラサキのタッパーへと戻って行った。


「それ見たことか! 幸運なんてものは、そう何度も続かない! カルハずみな言動は慎むんだなッ!」


「……」


 今度は何ら問題のない鎧袖一触。

 本来あるべき展開が繰り広げられた事で落ち着きを取り戻した笹宮は、挑発的にムラサキを煽った。

 そうした彼の言動はしかし、言い知れぬ不安感を払拭せんとする心の現れでもあった。


(コイツの眼! 諦めた奴のソレじゃあねぇッ! 確実に何か企んでやがる……一体何だッ?!)


「……」




 白熱する両者のバトルを見守るのは、幼い二人だ。心配そうな表情のいなりが、シローに声を掛ける。


「ムラサキさん、勝てそうなの? もし駄目でも、このくらいの壁なら忍法でどうとでもなるけど……」


 一方のシローは俯いたまま震えていた。


「お、おいらも不安になって……ゲームを進めてる最中の、兄ちゃんの様子を見に行ったんだ……そ、そしたら――――」


「そしたら?」


 不意に上げたシローの顔は、何か恐ろしいものを目撃したかのように蒼白だった。


「あ、兄ちゃん、遊んでたんだ……レベル上げそっちのけで……! 開店待ちまでしてッ!」


「えっ」




「……さあ、最後のしもべを繰り出す時間だ。見せてみろよ、どんなタベモンを育てたのか」


「……」


 ムラサキの選択が完了する。両者の画面に表示された、その真打ちたるタベモンは――


【ホロホロ Lv4】


「??!!」


 笹宮は画面を二度見した。

 見間違いかと思ったその表示は確かにそこに存在したままだ。

 あるいは画面の焼き付きかという現実的でない考えも浮かんだ。

 それ程までの非現実に、彼は困惑した。


「…………なんだそれは。選択ミスカ?」


 バトル前の準備の際、本来選択すべき三体を間違えてしまった――笹宮の考えられる範囲で、最も可能性の高い理由がそれだった。


「……いいや、本気だ」


「――ッ?! キサマ、神聖なタベモンバトルを舐めているのかッ?!」


 思わず激昂する笹宮。

 タベモンマスターとしての誇りを傷つけられたという思いが、眼前の漢に対する激情を生んだのだ。


 だが、笹宮の問いにムラサキは応えない。

 その一点の曇りも無い表情に、彼の本能的な勘が警鐘を鳴らす。


(何だッ?! この状況から、逆転する手立てがあるとでも言うのか? 何か、何か見落としている?)


 思えばこのバトルのはじめから、いやその前の、育成の最中から頭をもたげていた不安感が、確かな違和となって笹宮の全身に纏わりついた。


「考えるのは止めだッ! どうせこれで決着(ケリ)がつく――わざを選択! シェイク・タイムだッ!」


 得体の知れないものの正体も気になる所だが、今最も優先すべきは門衛としての責務だ。

 圧倒的なレベル差の前に、敵の雑魚タベモンが出来る事など無く、自身の勝利は揺るがない。であれば、後は粛々と遂行するのみ。


「??!!」


 恐らくこの試合最後になるであろう、運命のシェイク・タイム。にもかかわらず、対面する漢は無造作に手首をスナップさせるのみ。神前に捧げる舞いにも似たこの儀式に対する侮蔑と捉えられかねない暴挙だ!


(これは『ステア』! 敗北を認めた者か、踊るのに気恥ずかしさの残る初心者くらいしか使わない、最弱のシェイク! だが当然だ、この状況を挽回するなど不可能! やはり勝負を諦めたていたのだ!)


 勝利を確信した笹宮の踊りに熱が入る! そして――


「「バトル!!」」


 『キニナルキーの のしかかる!』


 『ホロホロは ぎたいのタヌキで もちこたえた!』


「!!」


 決着、つかず――!


(『ぎたいのタヌキ』はHP満タン状態から一撃で倒される場合にのみ発動する『どうぐ』! こんなものまで用意していたのか!)


 『ホロホロの じょめいたんがん!』


 『キニナルキーの こうげきが さがった!』


 攻防が終われば、次の行動の選択をし、またシェイク・タイムだ。笹宮はムラサキを油断なく睨む。


(だがこれも決定打足り得ない……結局は、死期を引き伸ばす時間稼ぎにしかならない。次で本当に終いだッ!)


「「バトル!!」」


「これで終わりだッッ! キニナルキー、『のしかか――」



『ムラサキは ホロホロに いのちのこまぎれを つかった!』



「???!!!」


 予想だにしない表示に目を疑う笹宮。

 『いのちのこまぎれ』はひんし状態のタベモンを復活させることのできる、ストーリーの攻略中、いざという時に頼りになるアイテムだ。

 いや、そんな事はどうでも良い。なぜ対戦でこのような事が――


(「シェイク五秒、ペンデュラムエントリー、特別オプションバトル!」)


「――あ」


 笹宮の脳内で点と点とが繋がった。

 ムラサキは狙っていたのだ。最初から、この展開を!


「だ、だが『こまぎれ』にも限りがある! ナンノキーのレベルは20かそこらだったはず! その進み具合で手に入る賞金は高が知れ――」


「午前十時」


 笹宮の言葉がムラサキによって遮られた。


「……は?」


「午前十時。それが、()()の来店する時刻……プロの占有する台は、朝のわずかな時間のみ打つことが許される……」


「ま、さか――」


「九十九個。スロで勝ったすべてを注ぎ込み、購入した『こまぎれ』の数だ」


 笹宮の全身に、雷に打たれたかのような衝撃が走る!

 この漢は今何と言ったのか!

 ゲームの攻略やレベル上げなどをほっぽって、ゲームセンターに籠もり、ひたすらスロットを回していたとでも言うのか!


 もしそれが事実であれば、ムラサキの言葉が持つ意味は明白!

 彼は九十九回の復活(コンティニュー)が可能な状態で、この戦いに挑んできたのだ!


 先にムラサキが述べた通り、タベモンの放つことのできるわざの回数には限りがある!

 笹宮のキニナルキーならば合計はおよそ六十五!

 しかもこの数字は攻撃以外も含んでいる。


 使用可能な回数を使い果たした場合は、自動的に威力の低い専用のわざが放たれるようになっている。

 しかしこのわざ、自傷ダメージを伴うため連発は不可能!

 すなわち、そのような事態に陥ることは、敗北とほぼ同義なのだ!


「最初からこれが……」


「タベモンマスターたるお前に、真っ向勝負や戦略の読み合いでは勝ち目がないからな」


 無論、『こまぎれ』やその他の回復アイテムは、笹宮とて複数所持している。

 だが、タイムロスになる農協(センター)での回復を可能な限り避けるため、手に入れた殆どを攻略の道中で使い果たしていたのだ。


 所持数の絶対的な差。

 残るわざの回数とそれらを冷静に計算した笹宮は、自身に勝ち目が残されていないと結論付けた。


『こうさんが えらばれました』


 思いも掛けない手段――それもおよそ褒められた物では無い――で敗北を喫した笹宮だったが、不思議と清々しい気分であった。

 完全なる意想外の事態は逆に彼を冷静にさせ、それゆえ感情と切り離された俯瞰的視点から状況を分析できたためだろうか。


「――今回は俺様の負けにしておいてやるぜ。だが、精々気をつけるんだな。この門の先は正真正銘の伏魔殿。あんたと同じ五聖天が、手ぐすね引いて待ち構えている」


「覚悟の上だ」


 腕組みをする偉丈夫からは、迷いの色は伺えない。

 笹宮は短く息をつき、緊張の糸を解く。

 逆だった髪の毛が、最初に会った時のように静まった。


「それでは入園を認めましょう。良い旅路を」


「ああ」


 かくして、激闘を乗り越えたムラサキ一行は、怨敵の待つ居城へと足を踏み入れたのだった!


 彼らの行く末に、果たしてどんな試練が待ち受けているのか!

 そしてそれは料理勝負なのか!

 尽きぬ疑念を孕みながらも、その足取りは止まることはない!






 ムラサキらの通り過ぎた後、遊戯の片付けをしていた笹宮は、徐ろにゲーム機の電源を入れた。

 それはムラサキが用いていた端末だ。


「!!! これは……何と言う……」


 『のぼる』と名付けられた主人公の所持するアイテム欄は、『いのちのこまぎれ』がわずかに三個残るのみであった。





第7話「三大伝統遊戯! 闇をぶっ飛ばせ!!」・了





――次回


『裏切りの脱出』

わしは今こそシローに一つの試練を与えようと思う

それは奴にとっては手痛い裏切りになるかもしれない

さぁ、料理の神髄に目覚めたシローの、明日はどっちだ?



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