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世紀末美食伝説ムラサキ  作者: 白洲柿人


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第5話

第5話「未来人たち」


 まだ西歴と呼ばれた時代。

 文字通り世界を巻き込んだ大戦が、この世の文化のすべてを焼滅せしめた。


 全人類理系化計画が推し進められる中、ひっそりとその裏の目的が進行した。


 それすなわち、世界征服。




 ――世界の『大崩壊』から百年。


 人々の努力と幾許かの奇跡により、文明の再興は成った。


 しかし、重要度が低いと見做された文化の再現は遅れ、時に見下され、その連続性を絶たれていった。

 伝統芸能、スポーツ、そして美食――


 世紀末美食伝説。


 それは、真理を見通す禁じられた叡智。






 世紀末美食伝説 ムラサキ、前回までは――


「――やっと見つけた」


 情報収集を進めるムラサキとシローの前に、突如くノ一が現れた!

 少女の名はいなり。シローの従姉弟であった!


「どれだけ腕が上がったか、私と勝負して証明して!」


 よくわからない理由で挑まれる料理対決!

 だがこれを受けねば男として、いや料理人として立つ瀬が無い!


「望む所だやってやろうじゃん!」


 だが!


「ぐぅっ……うっ……」


 完膚無きまでに叩きのめされたシローは心を折られてしまう!


 『コテンパンにすれば仕返しにまた昔のようにいじわるとかしてもらえる』といういなりの複雑な想いはまったく届かず、あわや廃人と成りかけたシローに手を差し伸べたのは、我らが五聖天、ムラサキ!


「だがなシロー。それこそが始まりだ。お前の欠点は、言い換えればすべて伸び代だ」


「ム、ムラサキの兄貴ぃ……」


 出会ってまだ三日の他人同士に、絆めいた何らかが芽生えた瞬間であった!






◇路地裏、夕刻


 陽の落ち掛かる街並は、昼日中とは異なった表情を見せる。

 幻想的な夕焼けに照らされるメインストリートの陰には、そうした陽の当たらぬ領域が生まれる。


 街の裏の顔。


 一体どこに潜んでいたのか、明るい時間帯には姿を見せない悪漢共が、我が物顔で路地裏を占拠する。


 帰宅途中のサラリーマンらしき男性が、俯きながら足早に過ぎ去る。

 少しでも連中の目に留まる確率を下げるためだ。



『んでよぉ、コイツがまた救いようのねぇバカでよぉ~』


『あ、あにきぃまたあの話ですか? やめてくださいよぉ~』



 そうした胡乱な一画から、これまた胡乱な輩の下卑た声が聞こえてくる。

 耐性のない常人が聞けば、恐怖のあまり四、五分は鳥肌が止まらないことだろう。



『正月の三が日が過ぎて、お節にも飽きたってんで買い出しに出かけた時によぉ、サラダのコーナーに「1/3日分の野菜」が売ってたんだ。そしたらコイツ、なんて言ったと思う?』


『なんて言ったんです?』


『コイツ、「これは昨日の分だから、賞味期限が切れているんじゃないか」、だとよ!』


『『ハハハハハ!!!』』


『傑作だろぉ? そんで俺ぁ言ってやったんだ、「一日くらい平気だろこのボケが」ってな!』


『『ハハ…………え?』』



 決して表に出られない者達の毎日は、このような無為の集会に充てられている。

 ある古文書曰く、『健全な肉体に振ったらスキルポイントが足りない』とはまさにこうした事象を言い表したものだ!



『もぅあにきはどこ行ってもその話するんだから――あれ、誰か来やすぜ?』


『ガハハ――あン?』



 そんな悪漢共の(たむろ)する魔窟に、あまりに似つかわしくない二つの影!


 それは、偉丈夫と少年という、今ひとつ関係性の分からない取り合わせだった。


「――――歓談中に邪魔をする。お前達、()()()()()の者か?」


 偉丈夫は、近寄るだけで性的ハラスメント案件が成立し得る猥雑顔面達と対峙しても、臆した様子が無い。


 それもそのはず!

 偉丈夫の名はムラサキ。

 かの高名な美食五聖天に名を連ねる漢!

 蛮族共とは立っている社会的地位(ステージ)が違うのだ!


「てめぇ……俺達をレオーネファミリーと知ってて言ってんのかッ?!」


「問答の手間がだいぶ省けたな」


「……下っ端に用は無い。上の者を出せ」


「てめぇ、舐めやがってッ!」


「あ、あにき待ってくだせぇ! コイツ、もしかしてアレじゃあないですか? 連絡にあった、確かムラサキとか言う――」


 今にも掴みかかろうとする悪漢を、舎弟らしき小男が諌める。


「――――」


 悪漢はムラサキを睨みつけたまま、歯を食いしばりながら荒くなった呼吸を整えた。

 アンガーマネジメント!


「ちっ…………キテの旦那を呼べ」


「その必要はありませんよ」


 冷静さを取り戻した悪漢が舎弟に指示したまさにその時、狙いすましたかのようなタイミングで一人の男が現れた。


 仕立ての良いスーツに身を包んだオールバックの優男。

 どう見てもこのような場にはそぐわない外見だが、醸し出すオーラは反社のそれだ!


「ムラサキ様とお見受けします。私は木手(キテ)――ファミリーで、まあフロント企業の経営などをやらせて頂いております」


 男の名は木手(キテ)劽斎(レッサイ)

 ファミリー内において、悪漢どもよりも遥か高みに位置する地位の持ち主だ。


 只者では無い――対峙した瞬間、ムラサキはそう感じ取った。

 一挙手一投足に隙が無い上、何より一定以上の知能指数に達したもののみ着用を許されるシャレオツ装備品、『眼鏡』を掛けているのだ!


 ――美食マフィア、ソルレオーネファミリー。


 小規模な暴力組織と異なり多角的経営を求められる巨大マフィアは、有象無象の筋肉ダルマだけでは到底成り立たない。

 そこには必ず、何らかの理由から正道を踏み外した頭脳(ブレーン)の存在がある。


 眼の前の男は、間違いなくそういった類だ。


「何やら、ボスの周囲を嗅ぎ回っているとか――まあそれは良いでしょう、珍しくもない。ただ、いつまでも彷徨(うろつ)かれては迷惑だ」


 キテは不敵に笑うと、懐から一枚の紙を取り出した。


「既に手配を済ませておきました――()()()()のね」


「!!!」


 おお、何たる手回しの早さ!

 敵は予め戦いの場を用意していたのだ!


 しかしこれは――


「わ、罠だよ(あん)ちゃん! 絶対、何か良からぬ事を企んでるに違いないぜ!」


 小学生にも看破されるほどにあからさまに怪しい申し出!

 どこにどんな落とし穴があるか、分かったものではない!


「――良いだろう。その勝負、受けよう」


 しかし! ああしかし!

 ムラサキは躊躇なくこの提案を受け入れる!


 それもすべては情報のため。古文書曰く、『硬貨を入れずんばトイを得ず』!


「よろしい。詳細はこちらに――精々、準備に余念無きよう」


「言われるまでもない」






◇市内、飲食店


 一度腰を落ち着ける必要がある――そう結論付けたムラサキとシローは、手近の店で夕食を摂りつつ作戦を練る事にした。


「――それで兄ちゃん、その紙にルールとかが書いてあるのか?」


「ああ……」


 ムラサキが広げた紙には、厳かなセリフ体で様々な要綱が記されていた。


「も、文字が多いッ! これじゃあ隅々まで読んで理解するのは不可能だ! だいたい甲とか乙とかいうのは一体どこのどいつの事なんだ?!」


 一般人の範疇に過ぎないシローは、一目見ただけで音を上げた!

 これが恐るべき書類の力! 読ませたくない文章は、読む気の失せる書き方をするのが最も効果的なのだ!


「――一見、複雑怪奇極まりない文章だが……よく読めば意外と公平な試合形式のようだ」


「兄ちゃん、解読できるのか?!」


 流石は美食五聖天!

 目の滑る書面も、彼にかかれば意図を汲む事など造作もない!


「ここの所――『審査員は会場に集まった者の中から無作為に選出』、とある」


「! ならこの前みたいな――」


「ああ。八百長というわけでは無さそうだ。……恐らくは、ファミリーの威信を背負った戦いで、それと分かる不正は出来ないという事だろう」


「そうか! なら安心だな!」


「いいや。寧ろ、簡単には気付けない所に策が講じてあるという事を意味する……油断ならない相手だ」


 その後、ムラサキは隅々まで文章を確認した。

 だが、自分達の不利となるような条件は見つけることが出来なかった。


「……案外、こうやってヤキモキさせる事自体が目的なのかもな」


 シローのふとした呟きに、なんかそんな気もしてきたムラサキは一旦熟読するのを止めた。

 そろそろコーヒー一杯で居座るのも厳しくなってきた事もある。


「そうだな。準備もしなければなるまい」


「! そうだ、肝心な事を聞くのを忘れてた! 今回の勝負の『お題』は何なのさ?!」


「うむ。『お題』は――」


「『お題』はッ……?!」




「――――()()だ」






◇美食争覇会場


 ムラサキ達がインテリヤクザと遭遇した裏路地のほど近く、市民の憩いの場である公園の広場には、今回の対決のための簡易的なステージが設営されていた。


 会場は既に温まり、今か今かとその時を待ち侘びている。


「観客には、入場料と引き換えにこのような番号の書かれた紙、番号札を渡してあります。貴方が指定した番号を持つ五名が、今回の審査員を務める事になります」


「――なるほど、公平だ」


 キテはトレードマークである眼鏡のブリッジを指で持ち上げた。その手には、数字だけが描かれた簡素な紙が握られている。


 ルールの公平さに意識の向くムラサキは、自身が集客のために利用されたことに気付かない。

 何と狡猾な拝金主義的行為か!


「さて、そろそろ開始時刻ですが――」


 懐中時計を確認するキテの下に、客席側から部下の一人が進み出て何事か耳打ちをした。


「――用意した番号札百枚がすべて捌けたとのことす。それではムラサキさん、審査員の指定を」


「…………ならば、『四』『八』『十五』『十六』『二十三』」


 選ばれた観客らが、嬉しそうに審査員席に座った。

 外見からは、裏社会との繋がりの無い一般人のように見える。


 疑っていても仕方がない。

 ムラサキは余計な思考を振り払った。

 どのような搦手で来ようとも、真っ向から打ち倒せば良いのだ!


「――では始めましょう! 美食争覇を! ……今回、素材は各自持ち寄り! ぬか床とそれを入れた壺のみ、こちらで用意させていただきました! 両陣営共、こちらを用いて漬物を漬けていく事になります!」


「……あのキテとか言う奴が調理するんじゃないんだな」


「自分の手は汚さない……それがインテリの流儀だ」


 シローの言う通り、胡瓜や人参を切り分けるのは路地裏にいた悪漢達だ。

 キテは進行役に徹する腹積もりなのだろうか。


「包丁捌きに躊躇いが無い。下っ端とは言え流石は美食マフィアの構成員って事か……」


 然り。

 悪漢らはその外見からは想像もつかないほど料理に慣れた様子だ。

 特に胡瓜の切り落とし方など鮮やかで、まるで日常的にやり慣れているかのようだ!


「――せいッ!」


 包丁の先端をまな板に当てがい、左手を添えた根本部分を勢いよく下方に落とす様は不思議と様になっているのだった。


「こりゃ負けていらんない! 兄ちゃん、おいら達も――」


 奮起するシローが振り返ると、


「あれっ、作業は?!」


「終わった」


 既に一仕事終えて休憩するムラサキの姿が!


「い、いつの間に……」


 どこから持ってきたのか、デッキチェアでのんびりチルタイム中にも見えるムラサキ。

 だがその両の瞳は油断なく相手方を観察している。


 確信しているのだ。なにか仕掛けてくるはずだと!


「…………しかし漬物、漬物かぁ。美食争覇の『お題』としては、こう言っちゃあ悪いけどちょっと渋い気がするな」


 シローの独り言。

 それは意図的に言葉に出してアウトプットすることで、脳内を巡る情報を整理するためのものである。


「と言うか、何か引っ掛かっているんだよなぁ……漬物、漬物かぁ……」


 腕組みをしながら唸るシローは、何とは無しに周囲を見回す。

 審査員席に座る五名の、試食品の出来上がりを今か今かと待ち望んでいる様子が、ふと目に留まる。


「そんなに期待されても、ぬか漬けが漬かるには半日以上――」


 その瞬間! シローの頭上に雷が直撃したかのような衝撃が走る!


「そ、そうだ! 漬物が漬かるには時間が掛かるッ! あのキテって奴、こんな状態であと何時間もたせるつもりなんだッ?!」


 その通り!

 ごく当然の事ながら、ぬか漬けは漬けすぎても漬からなすぎても味に支障が出る。

 このような時間の限られたイベントで披露するに適した料理では決して無い!


「――だからこそ、そこに敵の真なる狙いがある。そら、もうそろそろ動く頃合いだ」


 今更ながら慌てふためくシローを尻目に、ムラサキはその鷹のような目を逸らさず観察し続けていた!


「さぁ、粗方準備が整ったようです――ですが今少しご辛抱を。ここで一つ、我が社の新製品をご紹介させていただきたく思います……こちらを御覧ください!」


 芝居がかった仕草で示したのは、棚に置かれた木製と思しき謎の立方体だ。

 目算で、一辺五十センチほど。


 ちなみにキテの言う()()()とは、彼が代表取締役を務めるソルレオーネ・ファミリーのフロント企業に相違ない!


「今しがた漬けたばかりのこのぬか漬けの壺、こちらをこの箱の中に入れます――」


 そう言いながら箱前面を開放するキテ。どうやら中は空洞のようだ。


 キテはぬか漬けの入った壺をそこに入れ、蓋を閉める。


「――我が社は限定的ながら、再現することに成功したのです。そう、かつて旧文明の市井では、テレビなどで当たり前のように使われていたとされる『時を操る技術』……」


 キテの眼鏡が妖しく光る。そして箱から取り出したのは、先程の壺!


「こちらが、()()()()()()()()()()


「何ィッ??!!」


 どよめく会場! 高まる興奮!


 まさか、成功したと言うのか! 神のみに許された御業を!


「我が社はこの箱を、()という海を()海するもの――その名も『タイムボヤージ』と名付けました!」


 何と言うことか!


 漬かった漬物と漬かっていない漬物、その差は火を見るよりも明らか!

 キテの語る言葉が真実であれば、この勝負、万に一つも勝ち目は無い!


「今はまだ漬物の時間を進めることしか出来ませんが、いずれは他のものへの応用も視野に入っております――」


「兄ちゃんまずいっ、まずいよぉっ! 相手は時間を操れるんだ、これじゃあ勝ち目なんて無いよ!」


 技術的特異点との予期せぬ遭遇に、完全に恐慌状態に陥るシロー。

 さしもの美食五聖天と言えど、この不利は流石に覆せないか!


 いや――


「落ち着けシロー。言っておいたはずだ。この試合、正々堂々と戦うと」


「?! 聞いた覚えは無いけど、なら勝てるってのか? よく漬かった漬物にっ?!」


「お前の言う通りだ、シロー。よく漬かった漬物に、よく漬かっていない漬物は勝てない」


「???」


 ムラサキはデッキチェアから決断的に立ち上がった。


「さあ! 早速、審査員の皆様には試食をして頂――」


「――待ってもらおうか」


 小皿によく漬かった胡瓜を盛ろうとするキテを止めたのはムラサキ!


「……どうかされましたか? これはあくまで我が社の技術、すなわち私の力にほかなりません。時を超越せし漬物――その圧倒的話題性の前では、いくら美食五聖天と言えど勝てる見込みも無い!」


 そう断定するキテ。

 このように強い口調で言われれば、心の弱い者ならば何となくそんな気がしてくるものだが、ムラサキにそうした動揺は見られない!


「『タイムボヤージ』と言ったか……実現すれば革命が起きる代物だ。そう、()()()()()、な」


「な、何を――」


「疑義を申し立てる――その壺の中身、確かに今日この場所で作ったものかどうかについて!」


「!!!」


 ムラサキの指摘の意味する所、それすなわち――


「ふ、不正だ! そうか、よく漬かった方は事前にっ! そう、今から十時間前に漬けておいたものだったんだ!」


 ざわめく会場! 高まる疑念!


「何を根拠に!」


「壺の文様だ。俺は確かにこの目で見た。元の壺は、底の方の釉薬の具合が、もっとこう、何と言うか、こう侘びを感じさせる感じの曲線だった」


「そんなもの、言い掛かりにしか聞こえませんねッ!」


 糾弾されたキテはしかし、一歩も譲らない。


「ああその通りだ。だが一つだけ、確かめる方法がある」


 ムラサキはそう言うと、ある一点を指差した。


「これが偽物である以上、本物はまだその中にあるはずだ」


「!」


 ムラサキのもっともな指摘!


「……良いでしょう。ではご覧になってください――ほら、中は空! つまり壺はその一つしか無いということッ!」


 大胆にもキテは箱の前面の蓋を開け放った。

 そして箱の中はと言えば、彼の主張する通り、何も入っていないではないか!


「……」


「さあこれで貴方のいちゃもんだと言う事が証明されました。五聖天ともあろうお方が! この落とし前、どうつけて――」


 目を細めたムラサキは、一歩ずつ、静かに箱に近付いていく。


「なっ……止まりなさい、それ以上は――!」


 キテの制止にも耳を貸さず、ついに箱の前に辿り着いたムラサキがその中に手を入れると――


「ふんッ!」


「ああっ! 鏡! 鏡が斜めに置いてあったのか!」


 シローの感嘆の通り、箱の中にはその対角線上に一枚の鏡が置かれていたのだ!

 そうして取り除かれた鏡の裏には、見覚えのある壺が!


「きったねぇ! こんなズルをするなんてッ!」


 会場全体が非難の雰囲気に包まれる。

 もはや万事休すか。


 キテの持つ小皿から、一欠片の胡瓜が転がり落ちる。

 それは自身の小指の行く末を示しているかのようだった。


「勝負はまだ終わっていない」


 意外にも、救いの手を差し伸べたのはムラサキだった。


 そう、考えてみれば漬かっていないのはどちらも同じ。

 ならばまだ逆転の目は残されているはずだ。


「そ、その通り! 審査員の皆さん、ひとまず今までの事は脇に置き、我々の漬物をご賞味ください!」


 多少勢いを取り戻したキテが、改めて漬かっていない漬物を振る舞う。


「漬かっていないな……」


「これは……単なる切った胡瓜?」


 偶然審査員に選ばれたスキンヘッドの男と肥満体型の男が微妙な表情で供された野菜を食す。


「こんな漬かっていないなら、漬物じゃなくて物じゃねえか」


 ワイルドな見た目の男がそう評する。

 直接口に出しはしないものの、他の審査員達も同様の感想を抱いているようだ。


(ぐぅっ……だが相手も条件は同じッ……互いに漬かっていない事を理由に、ノーゲームに持ち込む事も不可能では無いはずっ!)


 屈辱に顔を歪めるキテ。だがまだ諦めたわけでは無い!


「さあムラサキさん、そちらの番です! お出しするのです、漬かっていない漬物を――?!」


 そう叫んだキテが目にしたのは、壺から何か透明な袋のようなものを取り出すムラサキの姿!


「それは……ジッパー付きのポリ袋?!」


 そう、それはジップでロックすることのできる便利なポリ袋に相違ない!


「まさか、貴方も事前に漬け込んだものを――」


「いいや。これは正真正銘、今日この場で漬けたものだ。この袋に入れて、な」


 ムラサキの掲げる袋には、白菜や胡瓜といった野菜が何らかの液体に漬かっている。


「そ、その液体は一体――」


「これか? これは『還元水あめ、食塩、砂糖調製品(砂糖、食塩)、果糖ぶどう糖液糖、醸造酢、醤油/調味料(アミノ酸等)、塩化マグネシウム含有物、香辛料抽出物、(一部に小麦・大豆を含む)』だ」


「「??!!」」


 ムラサキの始めた呪術の如き詠唱は、耐性の無い者が聞けばたちまち啓蒙され正気を失うほどの禁忌的真実の羅列!


 このような重大な機密を、公衆の面前で安々と開示して問題はないのだろうか?

 その心配はまさしく杞憂だ。

 この場に集った者の中で、ムラサキ以外の一体誰がこの呪文を正しく理解できようか!


「ま、さか……それが噂に聞く、2BD(ザ・ロスト)……?」


「――――そうではない。それに類するものではあるが」


 目を剥くキテに応えながら、ムラサキは手ずから漬物を取り分け、審査員に配った。


「朝起きてから慌てて漬けても間に合う……ゆえに俺はこれを、『朝漬け』と呼ぶ」


「……ふむ。香辛料の入っていないアチャールのような感じで、浅く漬かっていてうまい」


 インド風の審査員が頷く。好評のようだ。


「うん、普通にうまい」


 五人目の、主人公風の審査員がそう言い、勝敗はここに決したのだった。




「私が、敗けた?」


「読んでいた……最初から、な。漬物を選んだ時点で、狙いは明白だった」


 へたり込むキテとそれを見下ろすムラサキ。


「では約束通り教えてもらおうか――貴様らの目的を。シオを拐かした理由をッ!」


「兄ちゃんそんな約束してたっけ?」


「…………」


 打ちひしがれるキテはしばし黙した後、腹を括ったかのような溜息を吐くとムラサキを見上げて語り始めた。


「良いでしょう……ただし、この事実は貴方にとって些か以上に不都合な真実を含みます――それでも良いと仰るのなら」





第5話「未来人たち」・了





――次回


 素人とはいえ……シロー、今までの手際はあざやかだったぜ

 だが、所詮奴らは店からはじき出された連中だ

 今度の相手は、ちょっとばかり歯応えがありそうだ

 なにせマッド商店街にその人ありと言われたサトシ少年が率いるヤンキー一中隊だ

 さてシロー、不良相手にどう戦う?



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