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世紀末美食伝説ムラサキ  作者: 白洲柿人


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第12話

第12話「よみがえる! 伝説のお菓子」


 ――世界の『大崩壊』から百年。


 人々の努力と幾許かの奇跡により、文明の再興は成った。


 しかし、重要度が低いと見做された文化の再現は遅れ、時に見下され、その連続性を絶たれていった。

 伝統芸能、スポーツ、そして美食――


 世紀末美食伝説。


 それは、変革を齎す神々の福音。






 世紀末美食伝説 ムラサキ、前回までは――


「シオ! 何があったかは知らない。だがそれでもいい、戻って来るんだ!」


「のぼりゅ……」


 長い旅路の果て、ようやく出会えたシオは敵の手中に落ちていた。


「…………シオ、それならこちらにも考えがある。美食争覇だ。お前と俺と、五聖天同士の美食争覇で、すべての決着をつけよう」


「………………それが美食争覇であるのなら、受けなければなりません」


 激闘の傷も癒えないまま、ムラサキはシオとの美食争覇に臨む。内容はシオの得意とする『マナー対決』。


 名のある厳しいマナー講師も呼ばれ、その一挙手一投足が試されるムラサキ。ヒヤリとする場面もあるものの、持ち前の胆力でマナー巧者であるシオに追い縋る。


(この作法を教えてくれたのは、他でもないシオだった――)


 出会った頃に思いを馳せるムラサキ。

 傍から見れば両者一歩も譲らぬ強者の演舞。

 だがその内実は極限への挑戦。

 臨界点という名の暗雲は、既にムラサキを包み込もうとしていた!


「あの二人、今何皿目だと思う?」


「――あッ?!」


「しかも、だ。あれでムラサキの奴は食が太くない。そしてシオは、奴の数倍健啖家だ」


(もってあと三――いや二皿)


 自らの限界を悟ったムラサキが取った選択は、勝負の根幹を揺るがしかねない、およそちゃぶ台返しともとられかねない行為だった!


「?!?!?!?!?!」



 ズキュウウウン!



「シオ。俺がここまでのマナーを身に着けることが出来たのは、何故だと思う?」


「?????」


「それはお前が居てくれたからだ。全部お前のお陰じゃないか。俺は、お前が居なきゃ何も出来ない。それはお前も同じだ。そうだろう? 俺達が争っても、良いことなんか一つもありはしない。むしろ俺達二人が手を取り合えば無敵だ。あの日誓ったように」


 久方ぶりの衝撃で生まれた思考の空白を埋めんがばかりの甘い言葉に、もう試合とかどうでも良くなったシオは――


「マナーマイスター。この勝負、棄権させていただきます」


 自らの敗北を宣言するのだった!


 そして――






「――これは少々妬けてしまいますわね。二重の意味で」


 会場を支える大黒柱(メインブレドウィナ)が、音を立てて開帳されていく。

 中から現れたのは、ピンクの花柄ルックでキメた、なよやかなる男。


「次はワタクシの相手をしていただきます。美食五聖天としての、誇りを賭けてね」


 コクトー・三上(さんじょう)。美食五聖天、砂糖を究める甘味の覇者。


「コクトー……盗み見とは、マナー違反な」


「フフ、人聞きの悪い。それに、想定していたはずでしょう? ワタクシがこの場にいた事くらい。きっと丈さんも、どこかで同じように見ているはずですよ」


「……目的は果たした。お前と争う理由は、もう無い」


 ムラサキの旅の目的。それは、美食マフィアファミリー、ドン・ソルレオーネに拐かされたシオの救出であった。

 それが成された今、彼の言う通り戦う意味などないのだ。


「そうだそうだ! それに、二連戦もしたんだ。今の(あん)ちゃんにはもう戦う力なんて残っちゃいない!」


「おや、もうお忘れですか? 『それが美食争覇であるならば、受けなければならない』。ワタクシ達、美食に携わる者達の不文律を」


「……」


 何たる皮肉! シオに対して自身の利用した鉄の掟が、今、ムラサキを縛る鎖となったのだ!


「それに、ここまでされてすごすご帰るなどと……本気でおっしゃっているので? 一矢報いてやろうと、そうは思わないのですか?」


「……」


「ですがこちらとしても、そう安々とドンのもとへ案内するわけには参りません。ワタクシと丈さん、双方を打破せしめる。それが出来てはじめて、謁見の許可が得られる事でしょう」


「……」


「とは言え、其処なボーイの言うことも一理ある。ある程度、状態は整えていただかなくては、美食争覇に対する侮辱となるでしょう。ですからそう、休息の時間を一晩差し上げます。そうそう、テーマも決めておきましょうか。さあ、例の箱を」


「ぬぅ……」


 ムラサキはうまい言い訳を見つけることができず、ゆえにコクトーに言われるがまま黄金選定箱(パンドラボックス)から紙を一枚引いた。


「次のお題は~」


「お、おお! これは!」


 掲げられた紙片に記されていたのは、嗚呼! まさか!


「そ、そんな……」


「……」



『スイーツ』



 コクトー・三上が最も得手とする『スイーツ』!


 ジロウの『中華』、シオの『マナー』に続き、またも、またも対戦相手の得意分野!


 美食の神々は、ムラサキに如何なる試練をお与えになるというのか!


「なんてこった! ムラサキの兄ちゃん、また相手に有利な種目を引いちまった! 一体どんだけ運がわるいんだよぉ!」


 シローの嘆きがステージ上に木霊する。

 それはモデらスタッフや観客の総意でもあった。


 ただし、彼らに共通するのは、食に関して素人同然であるということ。

 美食五聖天たる四名は、まったく異なる見解を持っていたのだ。


「フッ……浅いな、坊主。ムラサキのツキは少しも陰ってなんざぁいないさ……相手の得意分野を引いた。それは、極めて()()()()()有利にはたらく。下手に両者それほど得手としないお題が選ばれるよりも、遥かにな」


「えっ……一体どういうことなんだってばよ?!」


 ジロウの主張に言い知れぬ深奥を感じ取ったシロー。

 およそ論理的思考の帰着とは思えないそれは、だからこそ興味を掻き立てられる。


「いいか坊主、考えても見ろ。コクトーの奴からすれば、得意なスイーツで敗けたとあっちゃぁ今後の美食人生にも少なからず影響が出る」


「それブーメランじゃないか?」


「そのような懸念は馬鹿にならない。本来の力を発揮できずに、終わってしまうことすらあるのだ」


「これアレか? 自分への言い訳か?」


「翻ってムラサキはどうだ。勝てば称賛の嵐。敗けてもお題のせいにできる。何なら敗けた後、条件の不平等を理由に無効試合を訴えることすら視野に入る。これぞ、ローリスクハイリターンって奴だ」


 ジロウの展開した完璧な理論に、シローは大きな感銘を受けた。


「な、なるほど……相手の土俵に立つことに、そんなメリットが……」


 未だ見通せぬ美食の真髄、その一端に触れたシローと観客は、自分達とは異なるステージの存在に対する畏怖を深めることになった。

 かくも世界とは広いものなのか!


 その高みの頂点、美食五聖天コクトー・三上が、物理的高みからムラサキを見下ろす。


「色々とご意見はあるようですが……後攻は譲って差し上げましょう。スイーツ使いの、最低限の矜持としてね」


 その言葉と共に、コクトーの居る柱が、会場を鳴動させながら閉じていく。


「――予め申し上げておきますが、明日はワタクシも出させていただきますよ。()()を」


「!!!」


 締まり切る間際に放たれたコクトーの言葉。それはあたかも、ジロウ戦の意趣返しのようで。


「のぼりゅ……」


 気遣わしげに声を掛けるシオに、しかしムラサキは振り向かず、舞台袖へと歩いて行く。


「……話は後だ。すべての決着が付いた、その時に。今はただ、備えなければ」






 明けて、翌日。

 有り得ざる美食争覇二日目、その特設ステージ上。


 不安気なシローの瞳に映るのは、勝負に挑まんとするムラサキの背中であった。


(兄ちゃん……本当に、勝てるんだろうか……)


 シローの懸念の発端は、昨夜に遡る――






◇ジロウ宅、昨夜


 激動の一日を終えたムラサキら一向は、ジロウ宅にて旅の疲れを癒やすことになった。

 この『城下町』に参上するにあたり、彼がドンから下賜された物件である。


 独りで使うには多すぎる部屋を持て余し気味だったジロウだ。

 久方ぶりの賑やかな一夜になると、少しは期待していたのだったが――


「…………今夜は集中したい」


「の、のぼりゅ、私も――!」


 早々に引っ込んでしまったムラサキと、それを追いかけるシオ。

 残されたのは、シローといなりの若年コンビであった。


「……何だか残念そうな顔してるけど、話し相手がおいら達じゃ不満かよ?」


「別段、そういうわけじゃあないが――いや、まあ違うとも言い切れねぇか。積もる話が無かったわけじゃないしな。それになぁ、やっぱり齢が離れ過ぎてるとだなぁ。どうにも、育ってきた環境が違いすぎて価値観も全然擦り合わねぇもんだ。そうなると、会話を楽しむにも一苦労。大抵の場合、どちらか一方が我慢を強いられる。だからなぁ、坊主。相手はなるべく齢の近い所から選んだ方がいいぞ」


「一体何の話だよ……」


 困惑気味なシローの隣で、いなりは腕組みしながら激しく頷いていた。


「て言うか、おいら達には共通の話題があるだろ!」


「……コクトーの事か。何が知りたい?」


「おっちゃんの知ってる事、全部だ!」


「そうだな、何から話すべきか……美食五聖天、『砂糖』のコクトー・三上。最初に会った時、奴はまだ男だった」


「えぇ……」


 予想とは異なる話の展開に、シローは困惑の色を隠せない。


「慌てるな。これは重要な事なんだ。奴の強さの秘訣が、そこにある」


 ジロウは自分で淹れた熱い茶を啜った。


「昔も現在(いま)も、パティシエと言えば、小学生くらいの女子のなりたい仕事ランキング上位常連だ。だが、現実には男のパティシエの方が多い。それは何故か」


「なんだよ急に……てか男の方が多いっていうのさえ、今初めて知ったよ」


「うーん……どの職業でも同じですけど、やっぱり出産とかで休職期間があると不利になるのかも」


「まあ、それもあるだろう。だが一番の理由は、その業務内容にある。パティシエと言えば笑顔溢れる華やかな職業。そういったイメージが先行しがちだが、現実はそう優しくない。仕事の大半は小麦粉や砂糖の入った重い袋を機械に放り込むことに終始するし、基本的に朝から晩まで立ち仕事だ。細かな飾りつけは一つ仕上げるだけでも一苦労なのに、それを何十何百と繰り返さにゃならない。恐ろしく重労働な環境なのだ、パティシエと言うのは。だから『ケーキ屋さんになりたいです』とか文集に書いた女子児童どもは、この事実に打ちのめされてレジ打ちで満足する事も多い」


「はぇー」


「同じような職業に『お花屋さん』がある。あれも相当に重労働だ」


「おいらこの年にして何だか未来への希望を失いそうだよ」


 遠い目をするシローを置き去りに、ジロウの話は続く。


「これが、パティシエに野郎が多い理由だ。一方で、スイーツには取り分けセンスが求められる。そしてこのセンス、言い換えれば美的感覚は、平均的に女性の方が優れる。無論、個人差はあるがな。だが事実として、例えば色を識別する能力は女性の方が有意に高く、カラーコーディネーターなどに向いていると言われている」


「ああ、確か白って二百色あるっていう……」


「えっと、じゃあもしかして――」


「ああ、嬢ちゃん、その通りだ。男と女。それぞれに得手不得手が分かれるパティシエ。そうであるがゆえに、奴は選んだ――自分が、両方であることを。美食の高みを目指す、ただそのために」


「「!!!」」






◇美食争覇会場、現在


 ジロウの語ったコクトー・三上という男、いや女、いや人間の、並々ならぬ覚悟。果たして、スイーツにそこまで人生を捧げた存在に、ムラサキは勝てるのだろうか。


(それに――)


 懸念はそれだけでは無い。




『奴は()()を出すと、そう言った。間違いない、開放するはずだ。禁じられし宝具。人類には早すぎた神の遺産――』


『――2BD(ザ・ロスト)』を




 その事実は、シローに緊張を強いるに十分であった。


 2BD(ザ・ロスト)

 ムラサキとジロウの持つ、この世の理の外から齎されたとしか思えない、神秘の先史遺産。


 美食五聖天たるコクトーもまた、所持していてもおかしくは無い。




『おっちゃんは、何か情報は無いのかよ! 兄ちゃんが少しでも有利になるような情報はさぁ?!』


(オレ)(ムラサキ)も、知ってる内容にそう大差は無いさ。ロストの存在は、五聖天にとっても秘中の秘。互いにライバルでもある己達が、手の内をおいそれと明かすわけがない。それが分かっているから、余計な問答などせず、明日に備えることにしたんだろうよ』


『ただ、そうだな。一度だけ、戯れに聞いたことがあった。お前が先代から譲り受けたのは、どういう類のものだ、とな』


『その時奴はこう言った――それはまるで、魔法の液体だと』




「…………」


 シローの心配を余所に、開会の時間は刻一刻と迫っている。

 今も壇上では実姉、シャーリーと司会のモデが綿密な打ち合わせを行い、設営スタッフはポジションゼロにバミったりと忙しい様子だ。


「シロちゃん、緊張してるの?」


 隣に寄り添うようにして立ついなりが、シローを気遣う。


「……そりゃするさ。兄ちゃんの、いや師匠の真剣勝負が今から始まるんだ。緊張しないわけがない! ……それにさ。料理人の端くれとして、こんな場面に、こんなに近くで立ち会えるなんてさ……その事実にも緊張してるよ」


 余計な事を考えていないからだろうか。

 いなりの前だと言うのに、普段とは異なり、不思議と素直な気持ちを言葉にできる。


 だからシローは、勿論緊張で心臓は高鳴りっぱなしだったけれど、何だか晴れ晴れとした気持ちにもなっていたのだった。


「緊張で吐きそうじゃない? 出そうになったら言ってね。少なくとも十秒前には」


「え? あ、ああ。わかった……え、なんで?」






「皆様お待ちかね! いよいよ――いよいよこの時この瞬間がやってまいりましたッ! 前代未聞、前人未到の美食争覇二日目! ムラサキさんにとっては三回連続となる、まさに空前絶後の大舞台! 会場の皆様に置かれましては! この歴史的瞬間に立ち会えた幸運をどうか噛み締めていただきたい!」


 興奮を抑えきれないモデの口上が、美食争覇の開幕を告げる。


 並び立つ美食五聖天。ムラサキ、そしてコクトー。


 勝敗を決するその注文(オーダー)は、『スイーツ』。


 先攻はその極点、コクトー・三上。


「では、調理を開始させていただきます」


 そう言ってコクトーが用意したのは、金属製のボウルと『おいしい』と書かれたおいしそうな牛乳、そして大きなスプーン。たったそれだけであった。


 その事実に会場はざわめく。


「今からお見せするのは、そう魔法――」


 コクトーは、自身の懐に手を伸ばす。取り出されたそれが、ステージを照らす光を反射し、観衆の視力を一瞬奪う。


 回復した視力が映すのは、どこか宇宙を思わせる銀色の袋。


「――登録名(コード)奇跡の一雫(スイーチェ)


 コクトーはそう唱えると、銀の袋を横方向に引き裂き、その中身をボウルに注いだ。

 透き通った鮮紅の液体。そこに、苺様の固形物が見え隠れする。


 コクトーはそこへ牛乳を注ぐと、スプーンでこの混合した二液を撹拌する。

 大きな弧を描くように、まるで円舞曲(ワルツ)を踊るかのような優雅さで。


「ふ、不思議な光景です……果たしてこれが、本当にスイーツになるのでしょうか」


 期待と疑念の入り混じった声音で、司会のモデがボウルを覗き込む。

 まさにそのタイミングで、コクトーの混ぜる液体に変化が起き始めていた。


「? おや、気のせいでしょうか、これは――」


 モデに付き従う撮影スタッフも、彼に続いてボウル内にカメラを向ける。

 会場に設置された巨大スクリーンに大写しにされるその様に、観客達は――


「なんだ? なんとなく、これは」


「まさか――」


「牛乳が!」


「えっ、牛乳が?!」


「牛乳が、固まって?!」


「ぎゅ、牛乳がッ! 牛乳がッ!!」


「牛乳が固まっていくーーッッ!!」


 繰り広げられたる驚愕の光景に、その場に集った全員が目を剥いた

 液体である牛乳が、次第に粘性を帯びていき、そしてまるでヨーグルトのように固まる。


 コクトーの言葉通り、それはまさに魔法が如し。


「最後にこちらを、一滴――」


 更に、ポケットから取り出した瓶から別なる真紅の液体を垂らし、再度これをかき混ぜた。


「ペアリングはやはり、紅茶の高貴なる(かぐわ)しさが相応しいでしょう」


 ティーバッグを入れたポットに熱湯を注いだコクトーは、余った湯でカップを温める。


 その後、コクトーはティーバッグの紐を持ったまま、その場で何度も飛び跳ね始めた。


 物を知らぬ一般人には奇行に走ったように映るかもしれないが、これは『ジャンピング』と呼ばれる、日本のみに伝わる紅茶抽出の高等技能である。


「さあ、こちらが『スイーツ』のお題に相応しき一皿。美食五聖天が一人、『砂糖』のコクトーが送る至上の甘味。お上がりあそばせ」


 桜色のブラマンジェじみた物体。それが、審査員達の前に供される。


 此度の審査員に選出されたのは三名。


 井坂ジョージ。岡山四郎時貞。そして、北大路雄山。


 いずれも名だたる美食通である。


 彼らが未知の物質に小さなスプーンを入れる。それは、手に伝わるほどのぷるぷる感を有していた。井坂がそれを恐る恐る口に運び――


「うッ…………うまいッッ!!」


 驚愕に打ち震えた。


「芳醇な苺の香りと、それを包み込む牛乳の柔らかさ……ただ混ぜただけとは思えない、凄まじい完成度!」


 その言葉に意を決した残りの審査員も、コクトーの用意したスペシャリテを口にした。


「ほ、本当だ!」


「美味すぎる……しかし、なぜ牛乳が急に固まったりするのだ?!」


 そう、それこそ会場に集う全観客が知りたい摩訶不思議現象。

 果たして、如何なる絡繰がコクトーの『スイーチェ』に隠されていると言うのか!


「フフフ……スイーツは科学ですよ。理解しやすいよう簡単に説明すれば、『スイーチェ』に含まれる何らかの物質と、牛乳に含まれる何らかの物質が何らかの反応を起こすことで何だか固まる――この現象をフルに活用しているのです」


「なんと、科学!」


「高度に発達した科学は魔法と区別がつかないと言われるが、まさにこの事だ!」


 科学!


 理系至上のこの社会において、これを手足のように使いこなす者は尊ばれ、そしてこれを利用した事物には惜しみない賛辞が送られる。

 すなわち、この科学的甘味である『スイーチェ』は、こと美食争覇において、存在そのものが果てしなく有利なのだ!


「しかも、ただ甘いだけではない……もしや、最後に入れたあの液体が何か重要な役割を果たしているのでは?」


 審査員の言葉にコクトーは満足そうに微笑む。


「そこに気付かれるとはオメガ・エクスペンシヴでいらっしゃる。ご推察の通り、あの調味料が完成度を高めるために一役買っております。その正体は――」


 コクトーが先程の瓶を取り出し、掲げる。


「――タバスコです」


「何ッ?!」


「あの、辛い?」


 タバスコ!


 それはオーク樽の中で発酵させた唐辛子を用いた、鮮烈な辛さの中に芳醇な香りを併せ持つ調味料。パスタやピザのお供に用いられる、米国を代表する逸品だ。


「なぜスイーツにタバスコを?!」


「……フフフ。甘さに方向性を持たせるため。そう表現すれば、お分かりになるでしょうか」


「!! そうか、甘みという名の羊達を統率する、そのためのタバスコというわけか! まるで軍用犬のように統率された動きで、私の味蕾という厩舎に絶え間なく突撃を繰り返してくるのは、タバスコの辛さが一役買っているのだ!」


「味をぼやけさせないために、そのようなテクニックがあったとは!」


「仰る通り、甘味とは自由奔放な天使のような存在。ともすれば方向性を見失い、ただただ甘いだけの塊になってしまう。しかし、ひと度司令塔たる統率者が現れれば、それは天界を守護する戦乙女の姿へと変貌し、神のための聖戦をはじめる! そう、現人神たる私のためのね!!」


「現人神、だと?!」


 狂気! 穏やかな語り口で始まったコクトーの言葉は、次第に熱を帯び、遂には盲言じみた内容にまで発展した!


「男と女、生物の両面を併せ持った完全なる個、ブラフマンにまで存在を昇華したワタクシこそ、美食の神に最も近い存在であることは疑いようもない! そのワタクシが科学的見地から構成したこの新規的スイーツは、そう! 旧世界に存在したと言う分子美食学(ガストロノミー)、それを超えた、まさに量子美食学(ガストロノミー)! それが、ワタクシの至った境地!」


「量子美食学(ガストロノミー)!」


「なんて科学的な響きなんだッ」


「下等な貴方達にとって、ワタクシの御業はまさに魔法そのもの。神たるワタクシに敗北の二文字は存在しない!」


 何たる傍若無人な理論武装か!

 だが、即座の反論が求められるこうした場面においては、勢いこそがすべて。

 深く考えれば筋道が立っていなかろうと、大した瑕疵にはならないのだ。


 この挑戦的物言いにムラサキは――


「…………魔法、魔法か」


 静かに呟き――


「見せてやろう。本物の魔法を」


「…………なんですって?」


 懐から、謎の包装を取り出した。


「俺が使うのは、こいつと水。それだけだ」


 ムラサキの立つ調理場には、彼の言う通り先の包装と水の入ったカラフェのみが置かれている。


「そ、その包みは、一体――」


「――登録名(コード)魔女の大釜(ヴァルプルギス)


「「「!!!」」」


「そんな……ま、まさか!」


「そう。これはシオから譲り受けた『ロスト』。男女が合わさることで完全となる、そうお前は言ったな? ならばこちらも同じと言える。究極の美食を背負った男女二人が手を取り合い完成させる――本当の魔法を」


 ムラサキがおもむろに包みを開ける。中から降臨するは、白い器と更なる包の数々だ。それぞれの包みには、意味深な数字が刻まれている。


「この儀式を完成させるために重要なのは、順番だ。記載された順番を守らない者に、一体何が起こるのか――それは誰にもわからない」


 これから始まるという、その禁忌的魔術の行く末を見守る会場は静寂に支配されていた。

 物音を立てれば何か得体のしれないものに見つかってしまうような、名状しがたい恐怖感が彼らをそうさせているのだ。


「まず、『聖別されし器』の欠片を用意し、これに水を満たす」


 ムラサキは儀式の手順を唱えながら、慎重に容器の端を切り離すと、カラフェの水を静かに注いだ。


 この時、近くに居る者は気付いただろう。

 常は冷静沈着なムラサキの顔が、冷や汗に濡れていることを。

 美食五聖天たる彼でさえ極度の緊張を強いるこの儀式。

 ひとたび手順を過てば、生まれ出るは鬼か悪魔か。


「まずは『1ばん(ファースト)』だ……この『1ばん(ファースト)』を、丸いくぼみに投入する――」


 封印されし三つの包み。ムラサキはそのうち、『1』の文字が刻印された袋を恐る恐る開封した。


 その中身は謎の白い粉であった。白き器に白き粉。ムラサキは細心の注意を払い、器の一部、丸く窪んだ箇所にこれを投じた。


「そして、『聖別されし器』に満たされた『聖水』を――」


 白き粉が水で濡れる――その直後に起きた現象は、静まり返っていた会場を震撼させるに十分であった。


「なんだ? 光の屈折――いや、これは」


「まさか――」


「白い粉が!」


「えっ、白い粉が?!」


「白い粉が、青色に?!」


「こ、粉がッ! 白い粉がッ!!」


「白い粉が青く染まっていくーーッッ!!」


 粉末に水が触れるやいなや、それは始まった。

 信じられない事に、純白であった粉は今や蒼玉(サファイア)のごとき青に変色し、粘性も帯び始めている。


 しかもその変化は、ムラサキがこれを撹拌する度広がっていき、ついには粉全体が青く染まったのだ。


 まさに神の御業! 神話の再現! これは会場の騒乱も致し方なしと言えよう!


「ト、トリックだ! 恐らく水溶性の白色粉末で、青い粉末を被覆していたのだ! それが溶けただけ! な、何が魔術だ、所詮は子供騙しに過ぎない!」


 想定外の事態に慌てたコクトーの、苦し紛れの叫び。

 喩え言いがかりのようであったとしても、それが美食五聖天の口から出たのであれば、一般市民たる聴衆に与える影響は大きい。

 彼らのうち幾人かは既に、そう言われれば何となくそんな気がしてきたと、考えを変えつつあった。


「いいやまだだ。儀式はまだ、完了していない」


「?!」


 ムラサキは『2ばん(セカンド)』と記された袋を開けると、その中身を青い物体の上にまぶした。それもまた、先程と同様の白い粉であった。


「ここからが、本物の魔法――」


 青と白、その二つを混ぜるムラサキ。


 変化は突然にやってきた。


 二種の物体が混ざり合うにつれ、次第にその色が再度変化し始めたのだ。


「また変わった?!」


「紫色だ!」


 先程まで青かった物体は、今度は紫水晶(アメシスト)のごとき紫に変貌していた。


「――そう、それは貴方の色」


 魔女の大釜(ヴァルプルギス)本来の所有者であるシオが呟く。


「なんか、気持ち膨らんでいないか?!」


「ほ、本当だ――」


 変化は色だけではなかった。


 ムラサキが混ぜ混ぜするごとに、紫の物体は粘性を増しながらその体積を増大させていったのだ。


 ムラサキは混ぜ終わったそれを匙で掬い、頭上に掲げた。

 粉末と水だったものが、そのように扱っても原型を留めるほどに固まっていたのだ。


「これこそが再誕(ルネ)――」


 まさに魔法! いや、これはもはや奇跡だ!


「アニマルッ!!」


 あまりの衝撃に、コクトーから口汚いスラングが飛び出した。


「そして仕上げは『3ばん(ラスト)』……」


 最後の包みからまろび出たのは、煌めく小さな飴であった。

 器に残されたもう一つの窪みに広がったそれは、まるで宝石の海だ。


「こうやって付けて……」


 再誕(ルネ)を潜らせると、粘着質の表面に多くの宝石が付着する。

 それはまさしく神器の輝き。


「「「……」」」


 眼前で繰り広げられた超常の儀式、それにより降誕した禁断の果実が供される。

 審査員らは緊張を隠せぬまま、それを口に運んだ。


「うまいっ!」


 テーレッテレー!


 鳴り響く謎のファンファーレ!


「なんということだ……謎の粉を混ぜただけで、このような面妖な物ができあがるとは……」


「色が変わり、更には膨らむ……旧文明人達は、普段の食卓でさえ、こんなにもすごくふしぎな様相だったということか……」


 審査員の反応は上々だ。

 何と言ってもビジュアル面のインパクトが大きい。

 後手が超有利とされる美食対決における、相手の印象を吹き飛ばす王道の一手の威力をまざまざと見せつけた形だ。


(だが味は正直……反射的にうまいなどと叫んでしまったが、『スイーチェ』の方が圧倒的にうまかった気がする……)


 ただし、審査員の中には客観的に判断する能力のある者もいる。

 こうした手合いにはハッタリや誤魔化しが効かない。ムラサキの苦手とするタイプだ。


「それでは審査に移らせていただきましょう! 一斉に、勝者と思う方の札を上げてください! お願いします!」


 モデの呼びかけに、審査員らは机上の札を手に取る。一方に『コクトー』、もう一方に『ムラサキ』と書かれた札だ。


 果たして、審査員らの決断(ジャッジ)は――


『コクトー』

『ムラサキ』


 師の勝利を祈りながら開けたシローの双眸に飛び込んできたのは、それぞれ別々の名前の書かれた札を上げる二名の審査員だった。


「北大路先生? 札を上げていただかないと……」


 本来であれば、三者同時に上げていたはずの札。だが、真ん中に座する北大路雄山は腕を組み黙したままである。


「先生――?」


「儂は思うのだ……そもそも我々に『ロスト』の優劣をつける権利などあるのか、と――」


「いやそれを言ったらおしまいじゃねーかな」


「ゆえに儂の決断は……こうだッ!」


 北大路は天高く札を投げ放ち、その直下で手刀を構える。そうして落下する札を――


「チェェストォォォ!!」


 真っ二つに割った!


 唖然とする聴衆! しかし北大路は何事も無かったように自席に戻ると、割れた札を両手に持ち、それぞれを『コクトー』『ムラサキ』の書かれた面を表にして掲げた。


「こ、これは――――一・五対一・五! 引き分け! 引き分けです!」


 引き分け!


 それは、勝者なき決着。しかしまた、敗者なき終幕でもある。


「そう、引き分け……この想いに決着(ケリ)をつけられると願ったけれど……」


 勝敗が言い渡され、コクトーは立つ力を失ったかのように床にへたり込んだ。

 しかしその表情は、憑き物が落ちたかのように穏やかさを取り戻していた。


「この身体になった理由(ワケ)……語ったそれも嘘では無いけれど、本当はもっと別の事情……貴方とシオが惹かれ合っている――それに気付きながら、道ならぬ想いを抱いてしまった……この感情を振り払うため、心も身体も入れ替えたというのに……結果的には、それが最大の失敗。そう上手くはいかないばかりか、輝く貴方達をそばで見続けて、新しい感情まで育ってしまった――」


「そう。ワタクシの男の部分は貴方に、そして女の部分はシオさんに惹かれるようになった」


「でも駄目ね、中途半端というのは。そこからがスランプの始まり。消費者の需要は安価な大量生産品に流れ、提携するお店は立て続けに倒産。終いには美食マフィアに借りを作る始末……」


「だから、貴方達を吹っ切って、やり直したかった。でも、やっぱり駄目。この引き分けというのも、中途半端なワタクシには、ちょうどいい結末なのかもしれないわね」


 コクトーから溢れる独白は、ずっと胸に抱え続けた想いの濁流であった。

 秘され、咲くことの叶わなかった花であった。しかし――


「――そんな事はないさ」


 ムラサキが優しく微笑む。


「塩気と甘みが、害し合う関係ではないように。一摘みの塩が、甘みを豊かに増幅するように。お前は砂糖とスパイス、そして(グルヌイユ)蝸牛(エスカルゴ)からできている。美食家にとって、それはとても素敵なことだ。中途半端なんかじゃない。自分で言っていたじゃないか。陰陽併せ持つ完全な存在だと。もっと自信を持て。お前は俺とシオ、二人がかりと引き分けたのだから」


「ムラサキさん…………」


 差し出されたムラサキの大きな手に、コクトーが自らもまた手を伸ばす――




「はあ、やはりこうなるか」


 だがそれは、観客席の奥から響く声によって遮られた。


 鼻の詰まったような、男の声に。


「コクトーまでやられたとあっては、僕が出るほか無いわけだ」


 ヴィネガー澤。


 美食五聖天、最後の一人である。





第12話「よみがえる! 伝説のお菓子」・了





――次回


君達に最新情報を公開しよう

美食争覇会場で戦いのデータを集める、シオの真の目的は何か?

美食五聖天コクトー、シローのクラスメイトいなり、そして謎の回転ロボット――

運命の時が迫る

世紀末美食伝説ムラサキ NEXT『はずされた梯子』

次回もこのチャンネルで、ファイナルフュージョン承認!


これが勝利の鍵だ! 『醤油』


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