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恋に踏み出す、その前に。──たった一歩が、こんなにも遠くて、愛しくて。  作者: 輝


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第32章 言葉を選ぶ、そのやさしさ

  昼下がりの静かなリビング。

  星見坂レジデンスでは、イベントの後処理も一段落し、住人たちの時間に少し余白が生まれていた。

  その空気のなか、沢田翔大は久しぶりにスマホの連絡帳を開いていた。

  “伊織未奈”――その名前を見つめたまま、指が止まっていた。

(ちゃんと、話さなきゃな)

  告白も拒絶も、あのとき言葉にしたつもりだった。

  でも今ならわかる。自分が選んだ言葉は、“突き放すためのもの”だった。

  本当に彼女と向き合うための言葉じゃなかった。

  あれから、未奈は自分の足で歩き出していた。

  誰かの影に寄り添うことなく、少しずつ、自分の言葉で人と関わろうとしている姿があった。

(今なら、あのときの“誤解”を、もう一度言葉にして、ほどけるかもしれない)

 

  同じころ、共用スペースの端にあるワークデスクでは、未奈が手紙を書いていた。

  今どき珍しい、便箋とペンを使って。

  宛名は書いていない。

  でも、それが誰に宛てたものか、本人は知っていた。

(“好き”って気持ちは、もう過去になったけど……

  ちゃんと“言葉”にして、あの人に渡したい)

  過去の自分にけじめをつけるためでもある。

  そして、“ちゃんと向き合ってくれた”彼への、静かな礼儀でもある。

 

  数日後の午後。

  ふたりは、再び向き合うことになる。

  場所は、中庭の片隅にある小さなベンチ。

  翔大が呼び出し、未奈が「うん」とだけ答えてそこへ現れた。

 

「……久しぶりだね」

「そうだな。元気そうで、よかった」

  最初の数秒は、よそよそしさがあった。

  でも、すぐにその空気はやわらいでいった。

「今日は、ちゃんと向き合いたくてさ。……前に言ったこと、ずっと気になってた」

「……私も、あのとき翔大くんに言ってもらった言葉、何度も思い返してた」

「たぶん、俺はあのとき……君の気持ちを“本物じゃない”って決めつけてた。

  本当は、それがどんな形でも、君が向き合おうとしてくれてたのに。……あれは、俺の怖さだったと思う」

  未奈は、小さく頷いた。

「……でもね、今の私は、もうあの頃の私じゃないって、言えるよ」

「うん。見てた。変わったよ、未奈」

  その言葉に、未奈はふっと微笑む。

「じゃあ、私からも、ちゃんと話させて。……これ、読んで」

  そう言って彼女は、小さな封筒を差し出した。

  それは、あの便箋だった。

 

  翔大はその場で封を切った。

  中には、素朴な文字でこう綴られていた。

 ________________



  拝啓 沢田翔大さま

  私はあなたに、ちゃんと“好きでした”って伝えたくて、

  この手紙を書いています。

  あのとき、うまく言葉にできなかったのは、

  きっと“好き”と“すがること”の違いを、自分でも理解できていなかったからです。

  でも今は、自分の心をきちんと整理して言えます。

  あなたがいてくれたことで、私は“誰かに必要とされたい”だけじゃなく、

  “誰かと並んで歩きたい”って思えるようになりました。

  それが“恋”だったか、“憧れ”だったかは、もはや重要じゃないと思っています。

  ただ、あのときの気持ちが、私の中でちゃんと“意味があった”ことを、

  あなたに伝えておきたかったんです。

  ありがとう。そして、さようならではなく、“またね”が言える私でいたいです。

  敬具

  伊織未奈

 ________________



  読み終えたあと、翔大はゆっくり手紙を畳んだ。

「……やっぱり、未奈は強くなったな」

「ううん、強くなったんじゃなくて、“自分を許せるようになった”だけ」

「それって、一番むずかしいことだよ」

  ふたりは、言葉少なに並んで座った。

  “好き”は終わった。

  けれど、“敬意”と“理解”は、これからも続く――

  そんな静かな関係が、ふたりの間に芽生えていた。

 

  その夜、翔大は手帳にこう記した。

 《言葉を選ぶって、相手のためだけじゃなくて、自分の心を守るためでもあるんだ。

  未奈がくれた言葉は、きっと一生忘れない》


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