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恋に踏み出す、その前に。──たった一歩が、こんなにも遠くて、愛しくて。  作者: 輝


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第25章 言葉がなくても伝わると信じた

  午後の陽が傾きかけたころ、星見坂レジデンスの中庭では、小さな作業机の上に色とりどりの花が並んでいた。

  マーガレット、ネモフィラ、ビオラ、そして一輪の紫のガーベラ。

  伊佐俊樹はその机の前で、無言のまま花の配置を整えていた。

  手際は良いが、どこか慎重すぎるほど丁寧だ。

  一つ一つの花に意味を込めるように、配置を確かめながら静かに手を動かす。

  そんな俊樹の背後から、そっと近づいてきた気配がある。

  鳥澤礼奈だった。

「……花、飾ってるんですね」

「はい。イベントの片付けついでに、余った花材を整理していて……捨てるのも忍びなくて」

「きれい。……優しいですね」

  礼奈はそのまま、彼の隣に並ぶように座った。

「この花、紫のガーベラ……花言葉、知ってますか?」

「え?」

「“思いやり”と“崇高な愛”なんです。

  今日のあなたの選び方を見て、たぶん、それを知ってるんじゃないかなって思いました」

  俊樹は驚いたように顔を上げたが、すぐに穏やかな表情を取り戻す。

「……正解です。礼奈さんへの言葉にできなかった気持ちを、花に込めようと思って」

  その告白は、飾り気のない静かな真心だった。

 

「私、あなたがそばにいると、言葉にしなくても気持ちが届くような気がしてました」

「……僕もです。礼奈さんの隣は、“黙っていても許される空間”だった。

  そんな人、今までいなかった」

  俊樹の声が、かすかに震えていた。

「でも、それじゃだめなんじゃないかって、ずっと思ってました。

  言葉にしなければ、気持ちは不確かなままだって。

  けれど……それでも、“伝わる”ことを信じてみたくなったんです」

  礼奈は、静かにうなずく。

「……うれしいです。私は、言葉にするのが得意じゃないから。

  気持ちを全部説明できる人が、すごく遠い存在に感じてしまって」

「礼奈さんは、そのままで十分です。……僕は、“感じ取る”ことが、たぶん得意だから」

  俊樹は、そう言って紫のガーベラを一本、そっと礼奈の前に差し出した。

「これ、受け取ってくれませんか? ……“好きです”の代わりに」

  礼奈は、一瞬だけ目を伏せたあと、その花を両手で受け取った。

「ありがとう。……これが、人生で初めてもらった“告白の花”です」

 

  そのまま、二人は並んで座り続けた。

  風が吹き、花々が揺れる。沈黙が何かを邪魔することはなく、むしろふたりの距離を自然に近づけていった。

 

  その夜。

  礼奈は、小さなメモ帳のページにこう記した。

 《言葉がなくても、確かに届いた。

  “好き”の代わりに差し出された花が、心の一番奥でちゃんと咲いている》

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