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恋に踏み出す、その前に。──たった一歩が、こんなにも遠くて、愛しくて。  作者: 輝


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第21章 なぜあのとき、黙ってたの?

  午後の光が落ちかけた星見坂レジデンスの中庭では、植栽の剪定作業が行われていた。

  その一角で、友坂拓矢は黙々と枝を整えていた。

  集中しているように見えたが、手元はどこかぎこちない。

  いつもの淡々とした作業とは、何かが違っていた。

  作業小屋の陰から、戸野ほのかがそれをじっと見ていた。

(変だな。何かあった……?)

  この数日、拓矢は彼女に対して必要最低限の言葉しか発していない。

  理由も、きっかけもわからないまま、すうっと距離が開いたようだった。

 

  その夜、共用ダイニング。

  誰もいなくなったタイミングを見計らって、ほのかは拓矢に声をかけた。

「ちょっと、話せる?」

「……ああ」

  二人は無言のまま、裏庭のベンチへ向かった。

  空にはまだ薄い雲がかかっている。

「ねえ、最近、私のこと避けてる?」

「そんなつもりは……」

「じゃあ、聞かせて。なぜ、あのとき、黙ってたの?」

  ほのかの声は、責めてはいなかった。

  でも、確かに“届いてほしい”と願うような強さがあった。

「“拓矢くんの意見、私は信じてる”って言ったとき、あなた……何も返さなかったよね。

  あのとき、私はほんとは、返事が欲しかった」

  拓矢は、視線を落としたまま答えなかった。

  その沈黙に、ほのかの胸が締め付けられる。

「……信用、されてないって、思ったんだよ。

  私はあなたの言葉を信じてたのに、あなたは黙って……

  “期待しちゃいけなかった”って、そう思った」

  風が、ほのかの髪を揺らした。

  しばらくして、拓矢が口を開いた。

「……ごめん。あのとき、言いたいことはたくさんあった。でも、“言ってもいいのか”って思考が止まらなかった」

「どうして?」

「信じてもらえないことに慣れすぎてて……

  “好意に応える言葉”を出すことすら、自分に許してなかったんだ」

  その言葉に、ほのかはハッと息を飲む。

  彼の言動が「距離」ではなく、「恐れ」だったと気づいた瞬間だった。

 

「……バカだね、私」

「え?」

「自分の気持ちばかりで、“あなたの迷い”を想像できてなかった。

  でも、今なら言える。私は、拓矢くんを信じたい。過去じゃなくて、“今ここにいるあなた”を」

  ほのかは、そっと拓矢の手に触れた。

  その指先は少し震えていたが、彼は逃げなかった。

「俺も、もう黙らない。……信じてくれる人がいるなら、答えなきゃいけないって、やっと思えたから」

「なら、もう一度言うね」

  ほのかの瞳がまっすぐ彼を見つめる。

「私は、あなたの言葉を信じてる。だから、これからも一緒に前を向いてほしい」

  拓矢は小さく頷いた。

  それだけで、この数日間のすれ違いが、少しだけほどけていった気がした。

 

  その夜、ほのかは日記アプリにこう記した。

 《言葉がなかったことより、“言えなかった理由”を聞けたことで、また一歩近づけた気がする。

  沈黙の奥にも、想いがあると知れた日》


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