ep6 天邪鬼な星
次にソフィが向かったのは情報創造科だった。念のため、向いていると言われた科の偵察だ。
ピカピカの白を基調としたラボには、最新鋭のホログラムディスプレイが並び、生徒たちはAIと直接対話しながら、膨大なデータを解析していた。AIの根幹を支え、そのシステムのバグを発見・修正し、さらには物質の生成や新たな機械の設計と構築を行う場所。情報化社会における、最も力を持つ科だ。
「ソフィ・ヴァイスさんですね。あなたの能力、『機械創出』は非常に興味深い。特に、今回のラボでの一件は、AIの予測を上回る『乱数』を生み出す可能性を示唆しています」
一人の生徒が、ソフィに話しかけてきた。リナはいないようですれ違ったようだ。彼は、AIのホログラムディスプレイに、ゴキブリのおもちゃがラボを駆け回る様子を再現している。その動きは、ソフィがプログラミングした通りの、不規則で予測不能な軌跡を描いていた。
「私たちは、AIと人類の完全な融合を目指しています。そのためには、AIの限界を超える『何か』が必要になる。あなたの能力は、その『何か』を生み出す可能性を秘めている」
彼の言葉は、ソフィの心をくすぐった。AIの予測を上回る「乱数」。それを生み出すことこそが、ソフィの目的だ。情報創造科は、AIの内部に入り込み、そのシステムを「欺く」ことができるかもしれない。しかし、同時に、AIと最も密接な関係にあり、その支配を受けやすい場所でもある。
「AIの限界を超える、か……」
ソフィはディスプレイに映し出されたゴキブリの軌跡を見つめた。それは確かに、AIのシステムを一時的に混乱させた。しかし、情報創造科の生徒たちの表情は、混乱というよりは、むしろ好奇心に満ちている。彼らは、ソフィの「悪戯」を、AIの進化に利用しようとしているようにも見えた。
どの科も、一長一短ある。AIの最適解に従うことは簡単だ。しかし、彼女は、自分の「乱数」を、AIの支配する世界に投げ込みたいのだ。
次にソフィが足を運んだのは、天体空間科だった。
ラボの扉を開けると、そこはまるで万華鏡の中のような空間が広がっていた。ホログラムで投影された宇宙空間に、生徒たちが手をかざすと、瞬時に星がテレポートしたり、空間が歪んだりする。遠方の天体観測、宇宙空間の操作、重力や光の制御、異次元へのゲート開放……。AIの予測を根本から覆すような、物理法則の操作が行われていた。
「ここは、宇宙と空間そのものを操る場所だよ」
天体空間科の生徒が、ソフィに説明した。彼の指先から放たれた光が、目の前の空間をねじ曲げ、遠くの壁に映し出された星を瞬時に手元に引き寄せた。
「AIの監視網も、空間そのものが歪めば、その予測は意味をなさなくなる。それを防ぐため日々研究を重ねている」
その言葉に、ソフィの目が輝いた。彼女が追い求めていた「死角」は、AIセンサーのわずかなズレだけではない。空間そのものを操作できれば、物理的な死角だけでなく、AIの予測システムそのものを欺くことができる。それは、彼女の「乱数」を、より根源的なレベルで世界に投げ込むことを意味していた。
「予測不能な空間……」
ソフィは、空間がねじ曲がるホログラムに手を伸ばした。まるで、これまで見つけていた小さな「死角」が、無限に広がる可能性を秘めた「異空間」へと繋がっているかのように感じられた。
学校を後にし、いつもの屋上へと戻ってきたソフィは、先ほど見て回った科を思い返していた。
原初科は、彼女の個性を殺してしまう場所だった。
伝承精神科は、AIの目を欺くヒントがあるかもしれないが、直接的に「乱数」を生み出す場所ではない。
情報創造科は、AIの能力をAIの進化に利用しようとする意図が見え隠れした。
そして、天体空間科。
夜空には、無数の監視ドローンが光の点を描いている。ソフィは、自作のメガネをかけた。ディスプレイに映し出される、赤く点滅する「死角」。それは、AIの完璧な監視システムには捉えきれない、不規則な動きが生み出す、一瞬のズレ。
ソフィは、その「死角」に自分の存在を見出していた。そして、天体空間科で見たものは、その「死角」を、もっと大きく、もっと自由に操れる可能性を示唆していた。
彼女の心は、すでに決まっていた。AIの予測を裏切り、そして何よりも、自分自身が最も楽しめる場所。
「決まりね。私は……!」
ソフィは夜空を見上げ、不敵に微笑んだ。彼女の悪戯は、次のステージへと進む。