Smoke Gets In Your Eyes (お行儀がいいバージョン)
この物語は冴ちゃんの…『こんな故郷の片隅で』の第1話目です。
“ミッドナイトノベルズ”で公開しているものを手直しいたしました(^^;)
痛っ!
指先に赤い筋が付いて、血が滲んでくる。
機械のフレームの裏に引っ掛けたらしい。
「このフレームは仕上げが悪くてよ。バリが出てんだ~ 冴ちゃん! 後でヤスリ掛けしてくれ」
黒ぶちメガネのおっさんが作業着のポケットから絆創膏を出してくれる。
ラブホの部屋の中に据えられた機械の裏蓋を開けて
私達は中を覗き込んいる。
メンテナンスの為に。
アルバイトではあるけれど、これがこの時間の私の仕事。そしてこの黒ぶちメガネのおっさんは私の師匠。
「金井さん。ありがとう。」
「ちょっと脇それて」
私が体を隅に寄せると、師匠は機械を背中から抱き込んで、まるで女の洋服の中身をまさぐるように機械の奥を探り、手繰り寄せる。
ゴツゴツした指に似合わない繊細な動きに感心しながら、私は師匠の“男”の部分に少しの興味を抱く。
いやいやラブホとはいえ、今の仕事はオトコとヤる事ではない。スイッチを戻さねば!!
師匠はそんな私にはお構いなしに手繰り寄せた基板を調べている。
「あぁ!ここか…… 冴ちゃん!」
「はい」
「ハンダ付けやってみるか?」
「はいっ!」
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師匠から言われた通りにまず、銅線側に溶かしたハンダを塗ってみる。
うん、なかなかきれいに塗れたと思う。
「よし、それを基板のココんトコにくっつけてハンダゴテを当てるんだが……オレが『今だ!!』ってタイミング教えるから、その瞬間にコテを外してフッ!と息を吹きかけな」
さっそくやってみる。
「今だ!!」
フッ!と息を吹きかけると銅線は基板側のハンダと一体化した。
「これで、イモハンダからは卒業だな」
なるほど、今までになく綺麗にくっ付いてくれている。
こういう達成感 悪くない。
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やはり外は暑い。
キャップをポニーテールから抜いてうちわ代わりにパタパタやる。
仕事を片付けて……師匠とふたり、タバコタイムだ。
「年々吸いづらくなるよな。タバコ難民になっちまう!」
「ですね~」
「冴ちゃんは電子タバコにしないの?」
「私、煙が流れるのが好きなんですよ。地べたに座ってパンツ丸出しで吸ってた頃から」
師匠はむせて、鼻から煙を出しながら笑った。
ちょっと和んだので私は興味が湧きつつあるこの仕事について訊いてみる。
「師匠が考案したこの機械、ラブホに結構入ってますよね」
「あぁ……」師匠は空き缶に灰を落として自嘲混じりのため息をついた。
「『高機能オゾンミスト発生装置』……“高機能”って謳っているが……こんなレベルじゃあ紛い物だよ」
「そうなんですか。じゃあ、ちょっとは罪悪感持った方がいいのかな。“紛い物”を設置したり、メンテしたりしているのなら……」
師匠は黒メガネをずり上げた。
「知ってるか? 最近の社長の持論。 『ようやく日本も安心を買う時代になって来た』だってよ だからこんな物でもお金が入るって訳だ」
「まあ、有り難い事です。それで私もバイト代がいただける」
「こちらこそ有り難いよ。冴ちゃんは覚えが早いから助かってる」
「独りメンテ、できそうですか?」
「おー できるできる」
「これも、師匠が“奥義”の数々を教えてくれたおかげです…… お礼にタダで私の“奥義”を披露しましょうか?」
私は背後にあるラブホを振り返って言葉を継ぐ。
「ラブホ代は払ってもらいますけど」
「冴ちゃん」
師匠は持っていた空き缶を足元に置いて急にマジメな顔をする。
「そういう事は冗談でも言っちゃあいけないよ」
あぁ このパターンか
こういう人は、そう、例えば、オフィスで喜々としてOLに仕事を教えて、後でそのOLから寝首を搔かれるタイプ。
家では奥さんにいいようにコキ使われている立ち位置の人……
“オス”としては弱いか……
私は師匠の“指”にもすっかり興味が失せて、丁寧にお辞儀をした。
「ありがとうございます。そんな事を言ってもらえたのは金井さんが初めてです」
まんざらではない顔をしている師匠の前に立ち上っているタバコの煙を目で追って、私は……社長とのあの日のやり取りを思い出していた。
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社長は賢さんという、三年ほど前からの馴染みのお客さんだ。
その日も……
“行為”の後、ぼんやりと天井を眺めている私の髪と胸を賢さんはまさぐっていた。
それで間が持つなら楽なものだ。
この二つが好きな男は結構いて、ゆえに私は胸に掛かるくらいまで髪を伸ばして、サラサラにケアしていた。
でも今は……タバコが吸いたくなって、髪とおっぱいに執着している賢さんを使うことにした。
「ね!タバコ頂戴」
「……上の空なこと言うなよ」
「私、今はしつこくないのが好きな気分なの だからさあ」
と仕方なく身を起こし、賢さんの顔におっぱいをくっ付けてやりながらタバコを取って火を点け、大きく吸い込む。
まさしく一服つけるってやつだ。
で、
煙を通して見る彼の顔に言ってやる。
「賢さんみたいに“早い”のが、今はいいの」
「お前なあ!」
怒ったふりでジャレてくる賢さんがカワイイので私はタバコをギュッ!と消してシーツに潜り、『カレ』を咥えてやった。
「どう?」
「ん? ああ……」
「もう一発する?」
「いや……いいかな」
「いいカラダしてるのにね」
「うるさい」
「じゃあ!私は……もう1本入れようかな」
賢さんは鼻で笑って言う。
「お前、好きだな」
そう言いながらも、財布から札束を抜き出し、数えて渡してくれる。
「オトコもお金も好きだよ」
そう答えて私はお札を受け取り、頭を下げる。
「でもね」と私は渡された中から三枚を彼に見せた。
「私の取り分はこれだけ」
その枚数にちょっと賢さんも驚いたようだ。
「それじゃ、援交の方がワリが良くねえか?」
「援交も散々やったよ。でも、自営業の辛さわかるよね?賢さんもどっかの社長さんなんだから。」
私は軽くため息をついて話を続ける。
「色々怖い目にもあったしさ。例えワリが悪くても店がいいよ。こうやって安心してできるから」
「そういう構図か……じゃあ当分はこれで続けるわけだ」
「まあね…… でもあんまりヤリ過ぎるといつか刺される気がするから、アルバイトでもいいから何かまったく違う仕事はしてみたいかな……でも現実はねぇ~。履歴書とかチョー面倒臭いし」とまたタバコに火を点ける。
「だったら俺の会社でバイトしてみるか? 『高機能オゾンミスト発生装置』ってのを今、やっててさ。バカ売れで人手が足りない」
「ホント?!キョーミあるある」とタバコの煙と一緒に言葉を彼に投げ返すと、
賢さんは私の手から奪い取ったタバコを咥えながら名刺をくれた。
「時給は安いゾ!」
「へえ~ <両和システム株式会社 代表取締役社長 上川賢二> か…サンキュー!」
と名刺を受け取った私は、更に伸ばして来た賢さんの手を振り払って背中を向けた。
「下着つけるからあっち向いてて」
それでもまだちょっかいを出そうとするので
「女の子が“あっち向いてて”と言ったら向くもんだよ」と畳み掛ける。
「分かったよ」
ようやく賢さんも背中を向け、私はチャチャッとスマホに用件を打ち込む。
これで私を次のところへと運んでくれる。
「明日の朝9時、ちゃんとオレの会社に来いよ」
「了解!」
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そんなやり取りの数週間後、こうして師匠と横並びでタバコをふかしている。
私はぼんやりと立ち上る煙を見ながら
「タバコの煙を見てしまうのは、歌のせいかも」
と、師匠に話し掛けている。
「ほら、『煙が目にしみる』ってスタンダードナンバー。今まで何度も何度も耳に入って来てさ。あれだね。いつの間にか犯されているね」
そう、いろんな言葉やモノや感情が
日々、私の中を通り抜けて行く。
私はケツに穴の開いた
役立たずの
みっともない
器なのだ。
ラブホの中でする……
いつもの仕事も
今の仕事も
本当は……
まるで意味のなさないものと
目の前に並べ置かれて
私はため息の煙を吐き出した。
頭の片隅の『Smoke Gets In Your Eyes』と言うフレーズと共に……
賢兄は……元々は冴ちゃんの馴染みの“お客さん”でした。
(つまりカラダの関係があったという事になります)
賢兄はこの頃から“明日をも知らない仕事”の冴ちゃんを気に掛けていて自分の会社で働くよう声を掛けるのです。
仕事を通じてどんどんと冴ちゃんに入れ込む賢兄は『パートナーになって欲しい』と冴ちゃんにプロポーズまでするのですが……
やっぱり『頼りになるお兄ちゃん』という立ち位置が……ふたりにとって一番いいと私は思います(#^.^#)
このあたりのお話は拙作の『こんな故郷の片隅で 終点とその後』で触れています。
https://ncode.syosetu.com/n4895hg/
お立ち寄りいただければ幸いです。<m(__)m>
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