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妖しいスピリッチャー眼鏡  作者: 山田ヤマダ


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妖しいスピリッチャー眼鏡 2

ホラーです。

あんまり怖くないと思います。

オタク女、岩見沢莉子(高三)の前に現れた謎の美少女涼子。

その霊能力で浄霊に挑む。

 1

 私は岩見沢莉子。

 心美の騒ぎから二週間。中間試験も終わって六月に入った。

 日曜日。ノーデン付属の最寄地下鉄駅近くの商店街。

 心美に、知らない喫茶店に連れてこられた。

 席はカウンターが十席。四人がけボックス席が五。

 ボックス席に女四人。

 正面は苦手な金髪ポニーテールの猪瀬真理凛。

 服装はグレーグリーンのビジネススーツ。普段着だそうだ。

 猪瀬「服を色々考えるの面倒なの。」

 こいつの動画では、いつも色違いの高そうなスーツでキメているので『金持ちめ』『株で失敗しろ』などの嫉妬のコメントが絶えない。噂では成績が良いくせに最近まで渋谷で遊び歩いていたそうだ。

 顔を近くで見ると可愛くも美しくもない。わたしも酷い事を言っているけど、でも動画ではアイドル風に可愛くなっているので化粧映えする顔なのだろう。正面で見ると口角が両方ともクッと上がっていて、いつもゲラゲラ笑っているのだと思わせる。目つきは強く、アイラインの入っていない今でも視線恐怖症の私は長く見ていられない。隣のクラスだが、スクールカーストで言うとトップにいるらしい。配信登録者はそこそこ多い三十万人。ノーデン大学附属高校の三大有名人の一人。ここでの注文はミルクティーとこの店で焼かれた特製マドレーヌ。

 「ウフッ、莉子センはさー、いつも私を避けてたじゃん?だから心美ンもこの店には誘いずらかったみたいよ。ここ私のいつもの隠れ家だから。てゆうか作戦本部。」

 猪瀬の隣が、親友の斉田心美。向こうサイドに居られると親友を取られた気分。

 心美「何が作戦本部よ。いっつもくっだらない話してるだけじゃない。莉子は避けてたんじゃないよ。言ったじゃん。人見知りよ人見知り。嫌ってないから安心して。」

 よく喋る女。でも初対面の人がいる時は助かる。でも大声で『人見知り』とか言われると恥ずかしい。

 心美の服装はピチピチデニムに黒いメタルのTシャツ。頭には無地の黒いキャップ。上着は薄い生地の薄い紫とクリームホワイトのスカジャン風のデザインのやつ。前、勝手に着て睨まれた正人のスカジャンは某声優のイベントでゲットした記念品だという事で、さすがの心美も貰えなかった。

 「心美、室内は帽子とりな。」

 「はあい。」私に帽子を突き出した。

 「なぜ渡す。」受け取って横にある私の脱いだ春物コートの上に置いた。

 心美が注文したのはミルクセーキとトースト。もう十時半だが朝メシだそうだ。正しくは『ミルクシェイク』だがメニューに『ミルクセーキ』と書いてあるからそう言う。

 同居人になった心美。でもよく家に来ていたので、大して変わっていない。

 休日は家では一緒に食べたり食べなかったりなので、今日の朝、心美が食べたかなんて知らない。

 心美「マリリンさあ、大体すぐ『リコにゃん』とか『莉子セン』とか呼ぶし。だから引かれちゃうんじゃないの?」

 そう。最初に『りこぽん』とか呼ばれた時には、びっくりして「やめろ」と強めに言ってしまった。

 どうやら年上には敬称を使うところを、かわいいめのあだ名をつけることで敬称略にしたいらしい。余計面倒だろうに。心美は「ココミン」と呼ばれている。

 でも『莉子セン』も嫌なんだよね。一コ上だけど同級生だし、先生みたいだし。私は一年遅れで入学しているけど、年下のクラスメイトに呼び捨てされても気にしていない。別に「莉子!」でも構わない。でもそれは猪瀬自身が許せないらしい。面倒な性格。

 私の服装はいつもの太めの濃い青のデニムに、オーバーサイズでダボッとしたよくある水色のストライプ柄の長袖シャツ。その下はまだ寒いのでババシャツを着ている。心美なんかは「もう暑いよね?」などと言うが、私は少食なので代謝が悪いのか寒くていられない。脱いだ薄手のコートは地味なOD、つまり緑色のやつ。

 私の体型は昔のアメリカのアニメ『ポパイ』のヒロイン『オリーブちゃん』みたいに痩せている。手足が細すぎて骨盤の骨が出過ぎなので心美のようなピチピチデニムはカッコ悪くて履けない。胸の空いた服は肋骨が分かってばあさんみたいだから着られない。心美は「胸がない人はどこまで胸が空いた服着てもやらしくないからカッコいいよ」などと、褒めてるのか、けなしているのか分からないことを言う。胸だって無くはない。ゼロではない。

 でもその上、髪もショートにしているから男子に間違われる事がある。ムカつく。

 ちなみに『ポパイ』は昔は日本でも放送していたらしいが、主人公ポパイは戦争中のアメリカの水兵さんなので、戦意高揚のために日本人を侮辱した回があるということで放送されなくなった、と大学教授の父が言っていた。

 心美のトーストとミルクセーキが運ばれてきた。同時に、カフェモカとこの店特製のカリカリの小さめマルゲリータピッツァも来た。カフェモカはエスプレッソコーヒーにココアを注いだもの。以前、父さんの大学の学食にあるコーヒーメーカーで飲んだ時は甘ったるくて、それ以来、飲んでいない。

 薄くて直径で十五センチのピザ。本場のイタリアンピッツァは、薄くて女性も丸一枚食べられるそうだ。マスターがそれを意識しているのかは知らない。日本の『具沢山ピザ』はイタリア人に言わせると『アメリカンピザ』と言うらしい。

 カフェモカとピザを注文したのは横にいる、某新宗教系の女子高に通う超美人。神宮寺ニキータ涼子。

 なぜ来た?一番わけがわからない展開。目が合うとニコッとした。かわいい。

 隣に座られた時には一瞬、着物のようないい匂いがした。形容し難いが、伽羅とか白檀といった高級な香木のような香り。でもそれは一瞬だけで、今は柑橘系のシャンプーの匂いしかしない。不思議。

 その目は黒いけれど若干、青いように感じる。吸い込まれそうな不思議な感じがする眼。その黒髪はワンレンにして背中まである。比べると、私の髪が少し茶色いのがわかる。声は高音がよく通るが、同時に中音域の倍音が入るので、いわゆるロリ声とかアニメ声ではない。

 肌は白く、整った顔はギリシャ彫刻を思わせる美しさ。コメンテーター系のハーフタレントに似ている。母親はドイツ系のアメリカ人で、自分より美人だと言っていた。身長は私より五センチは高いから、百六十三とか四とかだろう。胸は外人体型の割にそんなに大きくはない。全身から白い光が出ているようにすら感じさせる。

 心美「涼子ちゃんの制服かっこいいデザインだね。でも冬服?」

 涼子「もう衣替えですけど、今日は曇ってて寒いから。」

 黒に近い濃紺のブレザー。襟に白い縁取りがあって目立つ。スカートも同色。折り込みタックが六つぐらい。ワイシャツに赤くて大きな柔らかいリボン。紺色の短いソックスにローファー。

 ちなみに私のノーデン附属高の制服は同じ紺ブレでも、もう少し青っぽい。スカートは明るいグレー。

 涼子「夏服はグレーです。」

 心美「休日なのに制服?」

 昔の中学生なんかは校則で「街に出かける時は制服で」などと言われたそうだ。そういう学校なのか?

 涼子「私服センスがないからです。」

 猪瀬「にゃはは。考え方は私と同じだ。ウフフ。」

 私のコーヒーとアップルパイが来た。アップルパイはやっぱり小さめ。ホールで焼いて八分の一に切っている。近くに我が高校と大学があるので女子学生目当てなのだろう。店内には大学生らしきグループやカップルが来ている。店内にはクラシックが流れているので他のグループの会話は聞こえない。

 一口飲んだ。恐らく二十代のウエイトレス服の女性が伝票を置いていった。

 「この店のコーヒーは砂糖入れなくても甘味があるね。」

 ウエイトレスさんがチラッと私の顔を見たが、カウンターの方に帰ってゆく。

 心美「そうなの?一口ちょうだい・・・」

 心美は私のコーヒーカップを奪うと一口飲んだ。

 でも首を傾げ「うん。でも苦いよ」と言い、カップを私に返し、口直しに自分のミルクセーキを飲んだ。

 「そりゃコーヒーだもん」

 良い豆を使って上手に淹れたコーヒーは、甘味があってまろやかで砂糖もクリームも入れないで飲めるらしい。これはコーヒーにうるさい人しか知らない。私は父に言われて知っていたが、実物を飲むのは初めて。

 『甘味があるね』は人見知りな自分にとって最大限の賛辞なのだけれど、通ぶって粋がってる女子高生に見られたかも知れない。非常に心が揺れて落ち着かない。素直に「おいしいコーヒーね」と言えばよかった。

 向こうに行ったウエイトレスさんはカウンターの方で、白髪混じりで髭にメガネのマスターに微笑んで何か言った。マスターは仕事をしながら嬉しそうに、ニコッとした。たぶん私の話だ。ああ良かった。

 心美「ねえ、ブラックコーヒー飲む女の子、珍しいよ。」

 「甘いアップルパイに合うのよ。」

 ブラックコーヒーを甘いものを当てにして飲むのは父譲りの飲み方。通ぶっている父だが、私と同じで甘いものなしにコーヒーは飲めない。

 猪瀬「ウフッ。そうなんだ。私、紅茶派だから知らなかった。今度ストレートティーでやってみよ。でもこの店のスイーツは小さいから少食の莉子ピにはちょうどいいでしょ?」

 笑顔だが見透かしたようなことを言う。心美め。少食だと猪瀬に教えたな?

 猪瀬が言う。

 「にゃは。心美ンに聞いた訳じゃないよ。学食で見かけたらいつも少食なんだもん。」

 あれ?今言ってない。発音してないけど?

 猪瀬がニヤッとした。こいつ、心が読める?

 疑いの目を向けていたら心美が言った。

 「マリリンはねえ、洞察力が半端ないのよ。なんたって入学試験で成績一位だったんだもん。入学式で新入生総代で挨拶してたでしょ?」

 「それは知ってるけどさ。心美も洞察力なんて難しい単語知ってるじゃん。」

 ニキータ涼子が言った。

 「洞察力で心の中の言葉は読めないと思います。それって霊能力だと思います。」

 適切なツッコミ。私が言いたかった。言えないけど。

 猪瀬「あはは。悟りの力だよね。」

 何が悟りだ。

 猪瀬「悟りよ。むふ。」

 んん〜?こいつぅ・・・

 「あの・・・あたしが思ってることに普通に答えないでくれる?」

 猪瀬「あは。やっと話してくれた。莉子ピはツッコミが面白いのよね。」

 ばかやろ、それ挑発してたってことじゃねえか。芸人じゃねーし。

 心美「なーによ。心読まれるなんて言ったら恥ずかしくなって余計しゃべれなくなっちゃうじゃん。せっかく誤魔化してあげようとしたのに。」

 やっぱり読めるのか。そら恥ずかしいな。でも心美のフォローは、私が二度と猪瀬に会わないのを前提にしてるのか?結果そうなるかも知れないけど、決めつけは良くないぞ。

 猪瀬「にゃははは!でも涼子も読めるってよ。霊が見えてその声が聞こえるだけじゃなくって、生きた人間の心も読めるって。でも私はそっちの方が好きなんだ。ウフッ。」

 「やめてほしいなあ。どうせろくなこと考えてないんだから。」

 心美「莉子は妄想癖があるもんね。でもミユキちゃんも心が読めるようなこと言ってたよ。」

 うん。まあミユキは子供だし、いい奴だからいいけどさ。

 ン?あっち方面もわかるの?Hな方面?やっべ。そんなこと聞けない。

 猪瀬と涼子が顔を見合わせた。やべ伝わった。

 猪瀬「うん。分かっちゃうけど。私は中1ぐらいから分かるようになったからまだ面白いけどね。」

 心美「あ〜あ、やな女。」

 心美は言いながらミルクセーキをゴクリと飲んだ。

 でも気にしていない感じ。こいつに怖いものなんてないからな。

 心美「でも人がヤってるのとかイメージ映像が見えたらこっちも欲情しちゃうんじゃないの?」

 露骨に「やってる」とか言うな。品性がねえよ。

 猪瀬「ふっふ。そうなる前に見るのをやめるけど。でも大抵は気持ち悪いけどね。でもみんなやってるんだから、いちいち欲情してらんないよ。人間そういうもんでしょ?」

 「大人だあ。」

 心美「涼子ちゃんもでしょ?」

 涼子「ん?うん。」

 涼子は猪瀬をチラッと見た。

 猪瀬はニヤッと意地悪く笑った。涼子はそれを見て、ため息してから話し出した。

 「はあ。でも私は小さい頃からだし、見ようとするとその人の家族関係とか前世とか前前世とか来世とかがどんどん見えてきちゃうし、その人に憑依霊とかがいればその人の前世とかも見えてきちゃうし、あんまり見てるとそれがこっちに渡ってきちゃうから、だから、ほどほどに見ています。」

 神様かよ。

 猪瀬と涼子が「プフッ」と笑った。

 心美「大人だわぁ。」

 うん。でも対抗する訳じゃないが、私も食が細いので煩悩?が湧かない。いいような悪いような。結婚してから困るんだろうか?でも性欲がないわけじゃない。

 家では、ぐったりしているか本を読んでいるかが多い。たまには、映画やラノベの続編を勝手に考えたりして何時間か過ごすこともある。そのうち寝落ちしていることなんてしょっちゅうだ。

 若干の沈黙。猪瀬と心美がなんかニヤついている。エッチな話に突入する気だな?

 涼子「でもね、普通はそういうことばかりに興味が行っていると『色情霊』が来てひどいことになるから、あんまりのめり込まない方がいいですわよ。欲と怒りの思いは注意すべきものです。ある程度戒めないといけないですわね。」

 ニキータ涼子。話題を斬る。フフッ。Hな話は苦手か。

 心美「真面目か。」

 「修道女かよ。でもそんなら夫婦とかは色情霊まみれなの?」

 猪瀬「普通にやってれば大丈夫でしょ?」

 だから露骨に「ヤル」とか言うな。

 猪瀬「にゃはは。でも護られるでしょ?守護霊さんというのもいるでしょ?」

 涼子「愛し合ってみんなに祝福されて結婚した夫婦が子供を授かろうとしているのに色情霊まみれはないですよね?そっち系の神々や天使もいると見ていいと思います。子宝、家庭繁栄系の神様がいて守られると思います。」

 心美「真面目か。」

 「よく断言するね。」

 涼子がまた真面目に答える。

 「不倫はダメ。家庭を破壊するから。仏教的にも『不邪婬戒』というのがあります。でも性自体は善でも悪でも無くて、それをする動機や思いが問題になるわ。」

 心美「あっはは、真面目か!」

 「へええ。クッソ真面目だねえ。」

 涼子は一瞬不満げに私を見てからみんなに言った。

 「よしません?恥ずかしいし、私だって、男女のドロドロなんて見たくはないし。言葉にしない方がいい事もあると思う。」

 心美「あははは!真面目で押し切るんだ。面白い話が聞けそうだったのに。」

 猪瀬「にゃはは!涼子はそっちはダメだからね〜」

 心美は普段、猪瀬とそんな話で盛り上がってるんだろうか。いやらしいなあ。

 それに私の普段の様子とかも分かるんだろうか。ホントに恐ろしくなりそう。

 猪瀬は、大鍋で薬草を煮込む魔女みたいに、ミルクティーを金色のティースプーンでゆっくりとかき回しながら上目遣いにニヤッとした。

 ムカつく。読むなら読めや。知るかいな。気にするのはもうやめだ。

 でもこの涼子という人は本当に修行僧のような人かも知れない。若いのに性より悟りに興味があるような?

 珍しい人だ。

 負けたくない。

 「まあ、心が読めるってのもよくある話なのかな。仏教書にはそういう神通力の話が載ってたけど?」

 心美「出たわ。読書自慢。莉子ん家にはお父さんの書斎があって本が一億冊ぐらいあるんだっけ?」

 「ばかやろ一億じゃマンションがあふれるわ。」

 猪瀬「にゃははは!」

 父さんの書斎の四千冊の書籍群の中には宗教書もあった。仏教書は難しいが、入門的な簡単な内容のものもあった。私は宗教の知識もあると言えばある。

 「仏教の修行が進んで阿羅漢の悟りの境地に至ると、六つの神通力を得るのよ。その中の一つが『他心』と言って他人の心を読み取る能力なのよ。」

 心美「へえ。昔っからそういう超能力ってあるんだ。ってか、昔の方があったのかな?」

 猪瀬「莉子ピって博学なんだね。よく勉強してるわ。」

 博学?そう言われると健全な感じがするが、私の場合、毎回一つのことにのめり込んで、それの知識ばかり夢中で追求するので、自分ながらちょっと病的に感じる。その知識で何をするというわけでもないので博学と言うよりオタクだ。それに学年トップの猪瀬に言われても嬉しくない。

 でももうちょっと言ってやる。

 「他心のほかは『天眼、天耳、宿命、神足、漏尽』。それは霊視とか霊聴や霊言とか過去や未来を視る力、それに幽体離脱とか、遠くの事を視る能力ね。あと『漏尽』は煩悩を滅尽する力。」

 涼子が何か猪瀬に目配せしながらしゃべり出した。

 「漏尽通力というのは、」

 ヤバい。宗教系の高校の奴に反論される。

 「反論じゃなくて付け足しなんですけど、『漏尽』には別解釈があって、霊能力を持っていても普通に暮らしていける能力、という見方もあるわ。あと『煩悩』というのは悪しき精神作用のことで、むさぼりの心とか、怒りとか、愚痴だけでなくって愚かな心とか?そういう悪い思いを出す心の傾向性を滅尽すれば『阿羅漢』という境地になると伝統仏教でも言われています。」

 う〜ん。揚げ足とられなくてホッとした。でもオタクは自分の知っている範疇のことはベラベラ喋れるものだ。

 宗教オタクめ。

 「でも、社会的には『怒る』ってことは必要じゃないのかな?」

 猪瀬が言う。

 「仏教の修行でいうのは個人的な怒りだよね。動物みたいに反射的に『突っついたら噛みつく』みたいなのはダメってこと。」

 心「突っつかれたら怒るでしょ?チカーン!て。」

 「にゃは!そうそう。だから心を波立たせないことが大事ってことで、理性的にみても怒るべき時に怒らないとか、悪を見て怒らないってのは逆にダメだよね。相手のためにとか皆んなのために悪に怒るのはアリよ。」

 猪瀬も詳しいな。

 と思ったら猪瀬は目を逸らしてミルクティーを飲んだ。

 心美「じゃあ、あたしもこのメガネで莉子の心を見ぃよおっと。」

 心美があの眼鏡を出した。霊が見えてついて来ちゃったという眼鏡。

 「やめろ。あんたまだそれ持ってたの?懲りないわねぇ。」

 「霊が見えるだけじゃなくて、その言葉も聞こえるし、生きてる人間の思いも聞こえるのよ。」

 「やめろ。」

 涼子「それ、レンズが黒くなったり光ったりして怖いです。」

 心美「へえ、そうなんだ。」

 心美は眼鏡をかけて、私を見るかと思ったら自分の後ろばかり見ようとする。

 「何してんの?」

 「お姉ちゃんが見たいんだよう。涼子ちゃんが戻ってくるって言ったから。」

 ああ。そうだった。

 「でも、心美のお姉ちゃんは行方不明じゃなかったの?」

 「涼子ちゃんが霊になってるって言うんなら、そういうことじゃないの?」

 即答。心美は割り切りが早い。

 この前、ニキータ涼子が言った「お姉さんの霊が戻ってくる」の一言に対して「無神経だ」と抗議してやろうかと思っていた。あの時から慰めようかと思っていたが、必要ないらしい。

 涼子が謝った。 

 「心美さん、ごめんなさい。あの時は私も興奮していたから、気遣いが足りなかったわ。」

 「ううん。いいの。わたしお姉ちゃんが大好きだから、居たら嬉しい。」

 涼子「でも憑依は罪だから、受け入れない方がいいです。」

 心美は黙った。

 きついな。ミユキみたいなこと言う。

 涼子「でも、ミユキちゃんて可愛いですよね。」

 「だから心を読むなよ。」

 涼子はツッコミに驚いたのか、その大きな目を開いてまるくし、次に少し微笑んだ。いちいち可愛い。

 猪瀬「でも意外と平気だよね。ココミンなんかしばらくよそよそしくなっちゃったよね?他の人も話してくれなくなっちゃう人が多いよ。それでも構わず話しかけるけどね。にゃははは!」

 心美「そりゃ思ってる事を読まれたら怖いよね?でも私は思った事は全部言っちゃうから同じだと思ったら怖くなくなったの。ウフッ。」

 「心美は怖いものなんてないじゃん。」

 「あは!そうだね。」

 「私は怖いよ。ここに居るのも怖いし、知らない喫茶店に入るのも怖かった。」

 心美「あああ。人が怖い話ィ始まっちゃう?」

 「初対面の人にそんな話しない。みんな怖いから何言われても同じってだけ。私は変わってるの。みんなみたいな楽しい学園生活とは縁のない女。」

 みんな黙った。というか少し冷めた雰囲気になった。よくこうやって場を凍り付かせる事がある。

 みんなの和を崩すようだけど、辛い思いしてまで沢山の友人が欲しいとは思わない。

 昔、モノマネをやっていた今は重鎮の司会者が「友達百人?バカ言っちゃいけない。友達なんかいらない」と言っている動画を見て、「ああ。」と納得したことがある。

 心美「でも今年の五月は『やめやめ病』が出なかったじゃん?」

 「五月病というのよ。」

 「私の騒ぎのせいかな?アハハ。私が死ぬ死ぬ言ってたもんね?アレだ!横で号泣されると泣けなくなるやつだ!」

 「うるせえなあ。」

 たまに気落ちするんだよ。

 猪瀬「でも死ぬ死ぬ言ってると体の代謝が落ちて本当に死ぬらしいよ。」

 心美「え、それまた適当に言ってるの?マリリンていい加減だから。」

 猪瀬「いやホントだよホント。」

 心美が雰囲気を戻してくれる。いい奴だ。

 視線を感じて横のニキータ涼子を見た。

 げっ!泣いてる。なんだよ。

 涼子「あなたは死ぬ。」


 2

 「は?」

 笑ってしまった。バカにしてではない。なぜか「それいいな」と思ったから。

 ミユキが私に「自殺者の霊が憑いた」と言ったことがあったが、別に「ああそうか」と思うだけだった。それはあるかなと変に納得した。

 ネットで見た戦争特集番組のアーカイブで、日本兵だった人たちが何度も「自分たちは死ぬべき人間だった」と変に自慢げに言うので「君たちには分かるまい。僕らは戦士さ」と言われているようで、やけにカッコ良く感じてしまった事があった。

 いつからだろう。仏教書の話もしてたが、涅槃?というか、あの世の平和に憧れる気持ちがあるのかも知れない。でも自殺では天国に行けないという。「苦しみのまま死ぬと、苦しみを繰り返す世界に行く』と父の書斎の本のどこかに書いてあった。

 私はこういう「暗い」気持ちを持っている。いや実際は暗いとも思っていない。

 でも幸福なことに、いじめられた記憶はない。

 いや実は記憶に抜け落ちた期間があるのだけれど、小学校で何かあったらしいが父の発言で聞く限りはいじめではないらしい。中学や高校はみんなより一歳上だし、病弱なのでみんなかばってくれたし、私の発言も意外と受け止めてくれた。この高校は附属だし、受験のプレッシャーもそんなにない。だからかは知らないが、校内での、いじめの話は聞かない。

 でもそれこそ猪瀬などが「あいついじめようぜ」などと言えば始まるのかも知れない。

 猪瀬は、一瞬眉をひそめたが、笑い飛ばした。

 「にゃはははは!莉子ピは面白いね。そんなことしないよ。私いい子だもん。」

 涼子はまだ泣いている。顔は真顔だが、その少し青く見える黒い目から涙がポロポロ溢れている。

 涼子「あなたは死ぬ。もう少ししたら家から出なくなってそのまま・・・」

 「そう。」

 心美「興味なさそう。この子ってそうなの。自分が死ぬ話平気なの。前に占い師に怖いこと言われても笑ってたもん。」

 猪瀬「不思議。」

 視線が嫌だ。コーヒーを飲んだ。

 作家は自分が描く作品と現実の自分とのギャップに苦しみ、自殺願望が出るという。

 でも夏目漱石は『則天去私』と言って、自分中心の判断を捨てて天運に任せることにして自死を免れたという。

 私もそうしている。流されるままに生きている。

 涼子「私あなたを助けたい。だから来たの。」

 心美「おお。」

 「う〜ん。でも、神宮寺さんって宗教やってるんだよね?『あなたは死ぬ』なんて脅すと問題になるよ。」

 涼子「違うの。私、未来が見えるし、霊が見えるから、」

 猪瀬が涼子に話に割り込んだ。

 「涼子の宗教に入れちゃえばいいじゃん。そうすえば救えるんでしょ?」

 涼子「真理凛・・・」

 涼子は何か不満げに猪瀬を見ている。なんだ?

 でもそうだった。この子は宗教の人だった。

 私は父が『人が一生懸命やっているものを否定するべきじゃない』と言うので、宗教にも寛容だし、先入観を持たず、その人個人の考え方をよく見るようにしている。

 でも、伝え聞く巷の宗教の『詐欺・騙しのテクニック』は恐ろしい。たとえTVでは一定の編集基準があって『宗教の良さ』とかが報道されないと知っていても、怖いものは怖い。たとえ宗教とは逆の唯物論国家が思想統制をかけて、合わない国民を捕まえて皆殺しにする方がよほど怖いと知っていても『それはそれ』だ。

 涼子「あの、だけどそうじゃない。あのね、」

 勧誘に来たのかな。怖いな。もういいか。

 「私帰る。じゃあね。」

 席を立った。

 涼子「待って!誤解しないで!」

 立ち上がった涼子に言ってやる。目なんか見れないけど。

 「あのねえ、私こんな見た目だけど、美人に言われてデレッとついて行くような女じゃないから。私、女に惚れたりしないから。勧誘ならその顔で男を誘いな。」

 言ってやった。興奮して手足が震える。

 店を出る。涼子が泣いているが気にしない。失礼でもいい。

 駅に向かって歩く。

 私は、普段黙ってる分、こういう時は言いたいことは全部言う。後で何か言われたっていい。言われ損は嫌なのだ。何年も過ぎているのに「あの時、ああ言えばよかった」とか思って泣いたり叫んだりは嫌なのだ。

 興奮のせいか早足になる。

 シャツの裾が引っ張られた。

 振り向くと涼子だった。しつこい。

 涼子「待ってください。」

 「やだよ。放して。」

 潤んだ目の涼子。なんとも色っぽい。美人は引き込む力がすごい。負けないけど。

 横から声がした。

 「おお!いい女じゃん!君、どこの学校?」

 男が四人。涼子に声をかけて来た。うちの大学のジャージを着ている。

 汗臭い。雑巾みたいな、犬の背中みたいな臭いがする。

 商店街でナンパか。萎縮するどころかムカムカ来て止まらない。

 髪は油で固めて不良気取り。『チンピラ』と呼ぶに相応しい。親や大人に大学にまで入れてもらったくせに。

 だいたい女子高生に声をかける大学生なんて、ろくな連中じゃない。

 すっごく、きらいだ。気分が悪かったのをぶつけてやる。

 「バカやろ、うるせえな!失せろ」

 一番前の男が言う。正人よりも身長が高い。

 「ふうう!チビでヒョロイ彼氏は引っ込んでな。ケンカしてんだろ?お前こそ失せな。」

 言いながらかがんで、私に顔を近づけて来た。

 おい、あたし達の話聞いてたな?男と間違われた事もムカつくのに、カップルに見られたのもムカつく。何が彼氏だ。涼子のが大きいんだし、せめて弟だろ?しかもカップルの女を奪おうっての?チンピラにも程がある。

 もう我慢の限界!ムカつく!

 「あたしゃ女だ!」

 鼻にショートフックを入れてやった。

 元軍人さんの本に載っていた護身術の時のパンチ。

 気に入って、たまに素振り風に練習していた。腕をムチのように使って素早く打つ。

 男は鼻を押さえてしゃがみ込んだ。

 こうして痛がっているうちに逃げれば、力のない私でも身を守れるが、相手はあと三人。涼子もいる。

 後ろの男が恫喝する。

 「なんだおめえ!こらあ!」

 こういうのは、萎縮したら負けだ。渾身の大声で怒鳴り返す!

 「お前ら痴漢で訴えるからな!!」

 相手がビクッとして少したじろいだ。横にある店の人がこっちを見た。

 男「・・お、お前こそ暴行だぞ!」

 「正当防衛よ!」

 本当に正当防衛かは知らない。とりあえず言い返す。口げんかはとにかく言い返すのが原則なのだ。

 心美と猪瀬が来た。

 涼子は口を片手で抑えながら、うるうるした目で私を見ている。いちいちかわいい。

 男たちが一歩出た。

 その時、詰め寄る三人の後ろの男の足が逆さに上に見えた。アレ?

 二人目がその上に倒され、三人目が担がれてその上に落とされた。

 白い夏服セーラー服の女。茶髪のボブ。

 「バーカ!何やってんのよ!」

 涼子「アヤ!」

 竜二の先輩アヤ。古いデザインのセーラー服。あれは神奈川の県立だったかな・・・

 街の人が集まって来た。

 アヤ「逃げるよ!」

 五人で走った。

 

 街角で息を切らしてかがんでいる。苦しい。つらい。倒れそう。

 見ると涼子も息を切らして私のように両膝に手をついてかがんでいる。

 他の三人はすんとして見ている。猪瀬は部活掛け持ちの女だし、心美は歌いながらのダンス動画をたくさん上げている。アヤは柔道部。ヤンキーだがタバコの匂いはしないから吸わないのだろう。体力お化けども。

 みんな白くなってゆく?

 写真を撮る時失敗して真っ白になった感じ。

 つまり私の瞳孔が開いてきたということ。ヤバい。倒れる。

 

 ふわふわと体が浮いている。夢?

 周りは真っ黒。寒い。

 右横に光が見えた。それを見ると光が大きくなって周りが真っ白になった。

 暖かい。

 ああ、醒める。夢から覚める感じ。

 目を開けた。

 天井・・・点滴が見えた。左腕に刺さっている。

 「はあ」とため息をついた。また倒れちゃった。体力のない自分に自己嫌悪。

 「莉子さん!」

 横を見ると、泣く涼子がいる。また泣いてる。ベッド横で丸椅子に座って私の右手を握っている。

 手が暖かいけど照れ臭い。放して欲しい。

 涼子「良かった。戻ってきてくれた。」

 涼子の後ろに心美と猪瀬とアヤ。

 「心美?どこよここは。何病院?」

 心美「学校の近くの『黒子クリニック』。前に電車で倒れた時に来たところよ。」

 「ああ、『ほくろ』じゃなくて、『くろこクリニック』ね。てゆうかここ五〜六回来てる。」

 涼子はしゃべっている私の頭を撫でた。

 「ちょ、何やってんの?女好きなの?」

 「いえ、なんでもないです。」

 なんでもなくないだろ?と言おうとしたら先に涼子が言った。

 涼子「ごめんなさい。わたしあなたを助けたい。」

 「しつこ!」

 涼子「宗教には、入らなくてもいい。だから」

 「めんど!どうでも良!」

 涼子がウルウルした眼で私を見ている。また泣かれそう。これ脅しだよね。

 「わかったよお。やってみなよ。」

 涼子は本当にホッとしたように微笑んだ。そして言う。

 「私っ、頑張るから!」

 何その可愛い答え。まあ、泣かないでくれて良かったよ。苦笑しか返せなかった。

 

 3

 私は神宮寺涼子。霊が見えます。

 霊視だけでなく、人の心も読めてしまいます。その人の心の中の呟きはもちろん、その原因となった事の記憶も、過去のイメージの映像まで視えてしまいます。

 今日は都内の喫茶店に来て、ボックス席でみんなとお話しします。

 実は、岩見沢莉子さんが死んでいくイメージが視えて、助けたいのでマリリンに言って会わせてもらう事にしたのです。

 真理凛「莉子センはさー、いつも私を避けてたじゃん?」

 マリリンとは、実は中学校時代からの知り合いです。私が『ニキータ』として悪霊祓いをやっていた時、助けた人の中の一人だそうです。あまり当時の事は覚えていません。彼女も私の宗教の信者です。私が宗教をやっていると知って入信したそうです。中三の冬、教団の全国行事に行った時に見つかってしまいました。

 私は『三世信者』。祖母は地域でも有名な伝道師です。でも、この宗教では霊能力よりも教えを重視するので、私も祖母に、悪霊祓いよりも布教活動で人を助けるように言われています。

 斜め前のマリリン。ミルクティーをすすり、この店で焼かれたマドレーヌをかじります。

 心美「莉子は避けてたんじゃないよ。言ったじゃん。人見知りよ人見知り。嫌ってないから安心して。」

 私も人と話すのが苦手で、莉子さんには勝手に親近感を覚えてしまいます。

 マリリンと心美さんはよくここでお話しているらしいです。

 心美さんがはじめに「ミルクシェイクとトースト」を頼んだので、私たちも食べものを頼みました。

 私は実家がある横須賀からここまで来たのは片手で数えるほどしかありませんが、親友のアヤもたまについて来てくれます。今日も来てくれましたが、「ちょっとブラブラするわ」と街に遊びに出ました。そのまま別々に家に帰るのもしばしばです。自由人で気分屋のアヤ。色々気になってしまう私は憧れます。

 マリリンの隣の心美さん。よくしゃべる人です。

 でも中学生ぐらいの女の子の霊がいつも後ろにいます。その制服は黒に近い紺色で襟が白いセーラー服。これは見覚えがあります。私の『愛悟学園横須賀女子校』の中等部の制服です。でも、私の知っている人ではありません。もう衣替えの時期ですが冬服のままです。いつもうつむいていて前髪で顔が見えない。でも心美さんとそっくりなので守護霊さんと見間違えてしまう。守護霊さんもそっくりだけど江戸の着物を着ている。

 たまに憑依している。私が「憑依はいけない事なのよ」と言っても何も答えてくれません。彼女から聞いたのは「姉」の一言だけ。中学生の見た目のままのお姉さんの霊。積極的に何かを訴えかけたり、祟ったり、あれこれしろと言って心美さんの人生を捻じ曲げたりする気もないようなので、それほど危険性はないと思います。

 普通の悪霊は「自分のことをわかって欲しい」という思いが強すぎて、憑依された人を知らず知らず不幸にしてしまう事が多いし、長く地上にいる悪霊や地獄霊は「自分と同じように不幸にしてやろう」という思いを持って祟ってくるので、それは祓うしかありません。

 心美「ブラックコーヒー飲む女の子珍しいよ。」

 莉子「甘いアップルパイに合うのよ。」

 岩見沢さんは心配なぐらい痩せていますが元気な人です。でもよく倒れるそうです。

 特定の憑依霊はいない。でも全体の雰囲気が暗い。まだ視えていないだけかも。

 周囲の浮遊霊やお家にいるお婆さまの霊が憑くと倒れるみたい。でもこの間会ったミユキちゃんが『感謝』を心がけるように言ったら憑きにくくなったみたいです。

 莉子さんは心の中は饒舌です。心を読んでいても、私たちの服装のチェックや、アニメとかピザやコーヒーの知識が多すぎて理解が追いつけず聞き流してしまいます。それに『白檀』とか専門用語がでるとちょっと心を読むのが止まってしまいます。

 こっちを見てくれた。彼女はあまり目を合わせてくれないので嬉しくなってしまいます。

 でもじっと見つめてくるので恥ずかしいからピザを食べます。

 マリリンが莉子さんの事を考えています。

 『気難しいなあ。莉子センはダメか。同い年なら「莉子!」でいいのに。』

 彼女が言います。

 猪瀬「でもこの店のスイーツは小さいから少食の莉子ピにはちょうどいいでしょ?」

 マリリンは莉子さんの反応を見て『おっ?莉子ピなら行けそうだ』と少し喜びました。

 でも莉子さんは『心美め。少食だと猪瀬に教えたな?』と疑いました。

 マ「心美ンに聞いた訳じゃないよ。学食で見かけたらいつも少食なんだもん。」

 莉子さんが戸惑っています。

 マリリンの悪い癖。彼女も人の心が読めますが、そのまま話すので相手がびっくりしてしまうのです。でも持ち前の明るさでフォローするので「嫌われる事はない」と言っています。

 彼女は人の心を読むのは得意ですが、霊視の方は「たまにできる」と言っています。

 ちなみに私の悪い癖は『人の話を聞いていない事』です。霊的な別の情報が入って来てしまうので耳で聞いていない事が多いのです。

 心美さんが言いました。

 「マリリンはねえ、洞察力が半端ないのよ。なんたって入学試験で成績一位だったんだもん。」

 心美さんは、こういうフォローが得意みたいです。そしてうまく話題をそらしました。いつもマリリンのフォローをしてあげているのでしょう。でも、莉子さんは、ミユキちゃんと仲良くしているぐらいなので霊能者に恐怖心はないと思います。だからそこまで誤魔化す必要もないでしょう。

 「洞察力で心の中の言葉は読めないと思います。それって霊能力だと思います。」

 ちょっとみんなが引いた。丁寧にしゃべると浮いてしまう事が多い。ドキドキします。

 でも莉子さんが『適切なツッコミ』と心の中で言ってくれました。嬉しい。

 マリリン「あはは。悟りの力だよね。」

 莉子さんが『何が悟りだ』と心で反論。

 莉子さんの心の中の言葉は、けっこうきついです。

 マリリン「悟りよ。むふ。」

 莉子「あの・・・あたしが思ってることに普通に答えないでくれる?」

 猪瀬「あは。やっと話してくれた。莉子ピはツッコミが面白いのよね。」

 莉子さんの思い。『ばかやろ、それ挑発してたってことじゃねえか』

 つよ。マリリンは『きっつー!』と思いつつも笑っています。あまり気にしないのがマリリンの良いところであり欠点でもあるのです。

 マ「にゃはははは」『涼子ウルサイ』

 このようにマリリンとは心で会話できます。

 マ「でも涼子も読めるってよ。霊が見えてその声が聞こえるだけじゃなくって・・・」

 マリリンは器用だよね。

 『そう?ありがと』

 嫌味だったのに。

 心美「でもミユキちゃんも心が読めるようなこと言ってたよ。」

 あの子には鎌倉時代の尼僧の守護霊がついています。前世にあたる人格でもあります。大きな光が出ているのでミユキちゃんは、無理しなければ危険な目に遭う事はないでしょう。

 マリリンも調子が良ければ光の膜に覆われて、後頭部にも十五センチくらいのお皿みたいな後光が出ていますが、調子にムラがあってダメな時は全然ダメです。この前も自分の配信番組で余計な事を言って視聴者の人と口論になって炎上した時は、赤緑の生霊がたくさん憑いてぐったりしていました。一人じゃなくて生き霊というほどではない念が数千数万集まった塊。怒りと嫉妬の念。変なこと言わなきゃいいのに。

 マリリン『涼子うるさいぞ』

 莉子さんが何か考えてる。

 『あっち方面もわかるの?Hな方面?』

 やば!そっちの話苦手!やばいやばいやばい!

 マリリンが私を見てニヤッとする。もう!

 でもみんなの興味はそっちなんだよね。私も興味なくはないけど大変なのよね。

 真理凛「うん。わかっちゃうけど、私は中1ぐらいから分かるようになったから・・・」

 あ〜あ。こっちの話、恥ずかしくてめんどくさい。

 心美「あ〜あ、やな女。」

 心美さんはそう言いながらあんまり気にしていない。真理凛と同じで「気にしない性格」なのかもしれない。

 私は人の心が見えて面白かったのは小学校に入ったぐらいまでだった。これ結構、嫌われる。人の『キライキライ・コワイコワイ』の念が来るととても辛いし、まともにそれを受けてしまうと体調が悪くなる。できれば今はそんな事で嫌われたくない。

 心美「涼子ちゃんもでしょ?」

 涼子「ん?うん。」

 マリリンは『ハイ涼子のターン』と思いを飛ばして来た。嫌になっちゃう。

 「はあ。でも私は小さい頃からだし、見ようとするとその人の家族関係とか前世とか前前世とか来世とか・・」

 普段の事を説明した。多分、引かれる。『人間じゃない』とか思われる。霊能者ってホント面倒くさい!

 莉子さんが『神様かよ』と思った。

 そのツッコミ笑っちゃう。マリリンも笑ってる。

 心美「大人だわぁ。」

 そう言ってもらえると助かる。嫌悪感に変化するときつい。

 早く話題をそらしたい。一瞬の沈黙が無限だわ。

 学園の方ではこの能力のことは知らせていない。小学校の時にうっかりしゃべってしまった時は、みんなの「コワイ!」「恥ずかしい!」「見られたくない!」の思いが集中して本当にきつかった。

 莉子さんが、『食が細いので煩悩?が湧かない』と思っている。

 それはある。宗教的な食事制限はそれが目的の一つらしい。

 莉子『いいような悪いような。結婚してから困るんだろうか?』

 それは私も心配。経験はないし、誰も教えてくれない。守護霊の天使や観音様も多少そっち方面もほのめかすように教えてくれるけど、ずいぶん昔に亡くなった宗教関係の人だから、もう興味がないらしい。

 マリリンが何か言おうとしている。普段見ている男女のHな話。余計なこと言わないで!

 彼女より早く言おう。

 涼子「でもね、普通はそういうことばかりに興味が行っていると『色情霊』が来てひどいことになるから、」

 説明する。こっちだって恥ずかしいものは見たくない。それは知って欲しい。

 「修道女かよ。でもそんなら夫婦とかは色情霊まみれなの?」

 う〜ん。まだこの話題?興味が尽きないのね。

 涼子「祝福されて結婚した夫婦が子供を授かろうとしているのに色情霊まみれはないですよね?」

 心美「真面目か。」

 莉子「よく断言するね。」

 とにかく知っていることを並べる。なんで私こんなに必死になってるの?

 「不倫はダメ。家庭を破壊するから。仏教的にも『不邪婬戒』というのがあります。・・・」

 莉子「へええ。クッソ真面目だねえ。」

 しょうがないじゃん!わたしだって経験なんか無いんだから。

 「よしません?恥ずかしいし、私だって、男女のドロドロなんて見たくはないし。言葉にしない方がいい事もあると思う。」

 心美「あははは!真面目で押し切るんだ。」

 猪瀬「にゃはは!涼子はそっちはダメだからね〜」

 マリリンは恋愛やHの話は大好きだから私は横にいて恥ずかしくなる事がある。みんなそっちは大好きなので私だけいつも浮く。でも宗教人としては私の方が王道のはずよ。

 マリリンは『そっち方面の悩み事に答えられる方が上じゃないの?』と反論の思いを飛ばしてきた。

 そんなの知らないっ。

 莉子さんは『読むなら読めや。知るかいな。気にするのはやめだ』と恐怖心を切った。

 この人、本当は強い人かもしれない。

 莉子さんは『負けたくない』と思って話し始めた。 

 「まあ、心が読めるってのもよくある話なのかな。仏教書にはそういう神通力の話が載ってたけど?」

 心美「出たわ。読書自慢。」

 話題が変わった。ホッとする。

 でも莉子さんは仏教の知識があるんだ。宗教を受け付けない人もいるけど、莉子さんには受け入れる器がある。

 横に白い服の翼の生えた天使が来た。顔は私に似ているけど全体に少し私より痩せている。

 『頑張れば救えるかもね。』

 莉子「仏教の修行が進んで阿羅漢の悟りの境地に至ると、六つの神通力を得るのよ。その中の一つが『他心』と言って他人の心を読み取る能力なのよ。」

 天使は一言言ったら見えなくなった。でも、近くにいて私を見守って力を与えていてくれるのは分かる。

 今の人は、私のキリスト教時代の前世の人格。仏教系の時代の人は、説法とか降魔とかの時に来るけど普段は来ない。でも仏教の話題がはじまったから来るかもしれない。

 観音菩薩という存在は伝統仏教では実は男性と言われているけど、実際の菩薩界には女性の菩薩もたくさんいる。如来になると男女を超えてくるのでよく分からない。結局、観音とか菩薩・如来とかは使命が人格を持ったような存在なので、本来は『仏の分光』でしかない。

 心美「へえ。昔っからそういう超能力ってあるんだ。ってか、昔の方があったんかな?」

 猪瀬「莉子ピって博学なんだね。よく勉強してるわ。」

 莉子さんは少しだけ笑顔になって話し始めた。

 「他心のほかは『天眼、天耳、宿命、神足、漏尽』。それは霊視とか霊聴や霊言とか過去や未来を視る力、それに幽体離脱とか、遠くの事を視る能力ね。あと『漏尽』は煩悩を滅尽する力・・・」

 高三とは思えない知識量。でも彼女は一歳上で、マリリンが「一年ぐらい学校に行っていない時期に相当読書したらしいよ」と言っていた。

 でも仏教は超能力を得るために修行するわけではなくて、宗教的真実を悟ってそれを広めてみんなを救うための教えなのよね。訂正はいらないけど補足が必要かも。

 私も少し言っちゃおうかな。マリリンを見た。

 マ『いいんじゃね?』

 話してみる。

 「漏尽通力というのは、」

 莉子さんが少し萎縮した。反論を恐れている。

 「反論じゃなくて付け足しなんですけど、『漏尽』には別解釈があって、霊能力を持っていても普通に暮らしていける能力、という見方もあるわ。あと『煩悩』というのは・・・」

 ちょっと早口になっちゃった。莉子さんは、気分を害してはいないけど『宗教オタクめ。』と思っている。

 莉子さんはツッコミがきついな。私ってオタクだったんだ。

 あと、『大乗仏教は人助け』ぐらいのことを言わないと、

 莉子「でも、社会的には『怒る』ってことは必要じゃないのかな?」

 真理凛「悪を見て怒らないってのは逆にダメだよね。」

 話が流れてしまった。いつもまごまごしていて言いたい事が言えない。

 心美「じゃあ、あたしもこのメガネで莉子の心を見ぃよおっと。」

 あ、あの怖い眼鏡。まだ持ってる。霊が見えてついて来ちゃった眼鏡。

 莉子「やめろ。あんたまだそれ持ってたの?懲りないわねぇ。」

 どういう由来のものなんだろう。見ると明治時代風の景色が見えたりする。それに、

 涼子「それ、レンズが黒くなったり光ったりして怖いです。」

 心美さんは眼鏡で自分の後ろを見てお姉さんを見ようとします。お姉さんはぐるぐる右へ左へ逃げて心美さんから見えないように隠れます。なぜなんだろう。

 莉子「でも、心美のお姉ちゃんは行方不明じゃなかったの?」

 あ、しまった。

 「涼子ちゃんが霊になってるって言うんなら、そういうことじゃないの?」

 心美さんは、お姉さんが亡くなってるって知らなかったんだ。

 莉子さんが『無神経だ、と抗議してやろうかと思っていた』と思っている。

 「心美さん、ごめんなさい。あの時は私も興奮していたから、気遣いが足りなかったわ。」

 心美「ううん。いいの。わたしお姉ちゃんが大好きだから、居たら嬉しい。」

 「でも憑依は罪だから、受け入れない方がいいです。」

 莉子さんが『きついな。ミユキみたいなこと言う』と思った。

 ミユキちゃんがあの時撒いたお守りは、私のいる宗教のものだったから信者なのだろう。お守りは、私の宗教は創造主エルのパワーが働いているから、確かに何年もしても効き目はあるけど、紙や木は穢れが溜まりやすいので一年もしたら早めに交換した方がいい。

 「でも、ミユキちゃんて可愛いですよね。」

 莉子「だから心を読むなよ。」

 怒られちゃった。ママみたい。

 真理凛「でも意外と平気だよね。ココミンなんかしばらくよそよそしくなっちゃったよね?」

 その時の様子が見える。寂しそうなマリリン。でも笑って話しかけた。私にはできない。

 心美「私は思った事は全部言っちゃうから同じだと思ったら怖くなくなったの。ウフッ。」

 割り切りの早い人。明るいし、こういう人は死んでも地獄に堕ちない。地獄霊は執着質な人が多い。

 死んで地獄に堕ちそうなのは莉子さんの方。

 最初に会った後、霊視してみたら、莉子さんの前世は江戸時代初期の巫女さん。雨乞いの儀式で人柱として湖に沈められて死んでいる。莉子さんの暗さはそのあたりが原因の一つかもしれない。

 また映像が見えた。

 部屋の床で両膝を抱えて座っている莉子さん。目はうつろで、顔を膝に乗せている。

 そのまま死んでいく。これは最初の霊視ですでに見た映像。また見えてしまった。

 今日「来たい」と言ったのは、これが気になったから。

 莉子さんの思いが聞こえた。

 『げっ!泣いてる。なんだよ』

 知らないうちに泣いていた。でも答える。

 涼子「あなたは死ぬ。」


 4

 「は?」

 莉子さんは笑った。私が変なことを言ったからじゃない。『いいな』と思ったらしい。

 なんでそんな悲しいこと思うんだろう。昔いじめに遭ったとか?

 でも、莉子さんは私の思いに答えるかのように『いじめられた記憶はない』と思っている。

 以心伝心、という言葉があるように、霊能力がない人にも思いが伝わることはよくある。

 莉子『それこそ猪瀬などが「あいついじめようぜ」などと言えば始まるのかも知れない。』

 真理凛は『ひどおい!後で泣く!私そんな子じゃないもん!』と心で叫んだ。相手の思いが伝わってしまうのも災難なのよね。

 真理凛「にゃはははは!莉子ピは面白いね。そんなことしないよ。私いい子だもん。」

 耐えた。彼女は演技力もあって、演劇部にも所属しているらしい。

 また莉子さんと目があった。この人は孤独に死んでいく。また涙が頬を伝うのを感じた。

 あの時。心美さんも死にそうだった。ミユキちゃんも、莉子さんも、弟さんもお友達も。

 だからあの日助けに来た。心美さんたちはもう大丈夫。でも莉子さんはまだ救えていない。

 莉子さんは「死んでもいい」と思っているけど、死んでいい人なんていない。

 みんな神様が『いいよ』と許可して地上に生まれて来た人たちなのだから。

 「あなたは死ぬ。もう少ししたら家から出なくなってそのまま・・・」

 莉子「そう。」

 心美「興味なさそう。この子ってそうなの。自分が死ぬ話平気なの。

 なぜ?

 二つ結びの髪型の赤いランドセルの女の子が見えた。少し太って見えるが顔は莉子さんに似ている。

 その見上げる前に黒いスーツ姿で黒い長髪の女性が立っている。首から青い紐で教員証をかけている。

 これは莉子さんの記憶。女性の目は限りなく冷たく見えた。

 莉子さんの深い悲しみが伝わってきた。

 泣き叫ぶ?・・・いいえ、それも出来ない深い悲しみと失望。

 今の莉子さんはブラックコーヒーをすすった。私の意識が戻ってきた。

 莉子さんは何か知的に思索している。

 私は莉子さんに言う。

 「私あなたを助けたい。だから来たの。」

 心美「おお。」

 莉子さんは言った。

 「う〜ん。でも、神宮寺さんって宗教やってるんだよね?『あなたは死ぬ』なんて脅すと問題になるよ。」

 「違うの。私、未来が見えるし、霊が見えるから、」

 真理凛が私の言葉を切るように言った。

 「涼子の宗教に入れちゃえばいいじゃん。そうすえば救えるんでしょ?」

 涼子「真理凛・・・」

 マリリンもうちの信者じゃないの・・・ずるいよ。

 真理凛は思いの言葉で応えた。

 『涼子が言いたいこと言ってあげたのよ。私が信者なのは黙ってて。信者が二人で囲んで『入れ入れ』なんてやったら帰っちゃうでしょ?』

 冷たい人ね。まず話を聞くべきよ。

 マリリンは宗教に入っていることを公言していない。ボーチューブでも炎上するから言えないと言っている。でもそういう嘘の部分がいかがわしく見られる原因なのよ。

 マ『言わないのは嘘ついてるわけじゃない』

 それは罪だよ。

 マ『嘘も方便だよ。人を救うための嘘はいいんだよ。警戒されて関係切られるよりいいじゃん』

 それも考え方だけど、私まだ入信を勧めようとしてなかったのに。

 マ『涼子のお祓いも強いけど、確実なのは信仰心でしょ?仏や神との心のつながりがなきゃ救えないよ。莉子ピの憑依霊はたぶん結構時間が経ってるから祓っても戻ってきちゃうんじゃないの?』

 マリリンあなたそこまで視える人だっけ?

 『そこはカンだけど、本人が性格改善しなきゃ、いくら祓ってもダメだよ』

 莉子さんは目を細めた。マリリンと議論してる場合じゃなかった。

 「あの、だけどそうじゃない。あのね、」

 「私帰る。じゃあね。」

 莉子さんは席を立った。

 涼子「待って!誤解しないで!」

 生きてるうちに説得しなきゃ!死んじゃう!

 立ち上がった私に莉子さんが目も見ないで言った。

 「あのねえ、私こんな見た目だけど、美人に言われてデレッとついて行くような女じゃないから。私、女に惚れたりしないから。勧誘ならその顔で男を誘いな。」

 ・・・ひどい・・・

 莉子さんは私を一瞥して出て行った。

 もうだめだ。泣いちゃう。

 心美「失礼だよね莉子は。」

 足の力が抜けてきた。座り込んで泣きたい。

 その時、足に何かが触った。小さい手?

 目を開けて見ると、さっきの二つ結びの莉子さんだった。

 『助けて』

 ハッと息を吸い込んだ。

 あきらめちゃダメだ!あきらめちゃダメだ!

 駆け出して店を出た。

 そうだった。私しか莉子さんを救おうとしている人はいない。私しかいないんだ。

 これは慢心かもしれない。うぬぼれかもしれない。

 ニキータの時はうぬぼれて半年間も悪霊祓いをして、悪霊たちの祟りを受けて最後は二ヶ月も意識を失った。

 もうSNSを使ったお祓いはやらない。

 でも周りの知っている人たちぐらいは助けたい。

 うぬぼれでもいい!後でどうなっても構わない!

 苦しんでいる人を見捨てたくはない!

 でも、あの子は過去の記憶の莉子さん?

 天使が横を飛んでいた。

 『インナーチャイルドって知ってる?幼少時にトラウマを受けた人は、心の中に子供の部分があって多重人格のように存在しているという考え方』

 それが生き霊のように働きかけるというの?ホント?不思議。

 ランドセルの子が前を走る。

 その前に今の莉子さんがいた。

 その子と一緒にシャツの裾を引っ張る!

 振り向く莉子さんが一瞬笑顔に見えたけど、すぐ、つまらなそうな表情だと分かった。願望かも。

 「待ってください。」

 莉子「やだよ。放して。」

 莉子さんが私の目を見た。何か言わないと、

 その時、横から声がした。

 「おお!いい女じゃん!君、どこの学校?」

 ジャージの男の人が四人。声をかけて来た。

 しまった。いつもなら危ない人を感じ取って会わないように逃げられるのに。こんな時に・・・

 先頭の人には大きな山犬?が取り憑いている。山犬の背の高さは二メートルほど。どんな生活をしたらこんなのが憑くんだろうか。そこまで視る気は無いけど、凶暴なのは間違いない。他の三人には最近のチンピラ風の霊が憑いている。

 不成仏霊や浮遊霊は私を見て、光っていて認識できないか、怖くなって逃げるか、何だろう?と寄って来るかのどれかだけど、この犬さんは明らかに欲と害意があって逃げない。これは悪い霊。

 私に祓えるか・・・結構大きい霊だからオーバーアクションでやるしかない。

 周りは商店街。目立ってしまう。だけど、もう私はどうなってもいい。もしも莉子さんに入ったら危ない。

 その時、莉子さんが苛立った声で強めに言った。

 「ばかやろ、うるせえな!失せろ」

 山犬の人はふざけた感じで言い返した。

 「ふうう!チビでヒョロイ彼氏は引っ込んでな。ケンカしてんだろ?お前こそ失せな。」

 男の人は言いながらかがんで、莉子さんに顔を近づけた。

 莉子さんが真っ赤になって怒った!

 頭に二本も角が生えた。え?ツノ?

 莉子「あたしゃ女だ!!」

 莉子さんが男の人の鼻をシュッとげんこつで叩いた。

 パアッと霊的な光が散って、山犬の霊は飛び去った!

 すごい!何この力!

 男の人は鼻を押さえてしゃがみ込んだ。

 後ろの男の人の一人が怒鳴る。

 「なんだおめえ!こらあ!」

 莉子さんは息を吸って男の人に怒鳴り返した!

 「お前ら痴漢で訴えるからな!!」

 声の霊力がすごい。全身にビリビリくる。

 三人に憑いていたチンピラ風の亡者の霊たちも飛び去った。

 男「・・お、お前こそ暴行だぞ!」

 「正当防衛よ!」

 なんだろう。昔見た気がする。

 

 歩く九歳の私。自分だけど綺麗な金髪。小さい時は金髪だった。

 小学生風の四人が声をかけた。その首筋には黒いモヤモヤしたものが見えている。

 「おい、金髪う。どこ行くんだよー」

 「金髪って呼ばないで!私は涼子よ!」

 「おお、こわ!ヤンキーだ!」

 「不良だ!」

 「私は不良じゃない!」

 「怖え!殴られるぞ!」

 「違うう!わは〜ん!」

 座り込んで上を向いて泣いた。

 男の子たちはヘラヘラしている。最低。

 急に来た二つ結びの女の子が、先頭の男の子を突き飛ばして倒した。

 尻餅をついた男の子は唖然としていたが、泣いた。

 「わああああん!」

 黒いものは消えた。

 男の子「なんだこいつ!」

 「私は埼玉から来た最強の四年生!おまい達に名乗る名前はなぁい!」

 言うとすぐに女の子は男の子達を次々に突き倒して、私の手を引いて走り出した。

 

 私は小さい時は山梨にいた。

 父と母は農業研究所の研究員で、母はアメリカ人。当時その村には他に外国人は居なかった。おまけに霊が見えるとか言っちゃったので、よく男の子から意地悪をされて泣いた。観光客の女の子が助けてくれたことがあった。

 その二つ結びの子が前で笑っている。

 それが莉子さんに重なった。あの子は莉子さんだったんだ。

 

 三人の男の人たちが一歩出た。まずい。どうしよう。霊を祓っても、この人たち正気になるんだろうか。

 その時、男の人たちは後ろから順番に倒されて行った。

 これも見覚えがある。学校帰りに若いアメリカ兵たちに声をかけられて怖かったけど助けてくれた。

 アヤ「バーカ!何やってんのよ!」

 「アヤ!」

 心美さんとマリリンが私たちの荷物を持って追いついてきていた。

 アヤ「逃げるよ!」

 五人で走った。

 

 街角で立ち止まっている。苦しい。倒れそう。

 莉子さんも息を切らしてかがんでいる。

 莉子さんは膝をついて倒れた。

 「エ、キャア!」

 マリリン「ええ?うそお!」

 心美「あ〜あ、倒れちゃった。近くにクリニックがあるから連れてってよ。」

 アヤ「だだだ大丈夫なの?」

 心美「この子、よく倒れるの。院長もよく知ってるから。」


 黒子クリニック。

 診療室の奥。カーテンで仕切られたベッドで莉子さんは点滴を受けている。まだ意識は戻っていない。

 年配の、でも筋肉質の肌の黒いドクターは、最初はスプレー缶の酸素吸入をしてくれたけど、指先を挟む機器で診て「酸素濃度が上がった。多分救急搬送しなくても大丈夫。様子を見ててくれる?」と言って普段の診療に戻って行った。

 ごめんなさい莉子さん。私のせいだ。

 猪瀬「涼子のせいじゃないって」

 心美「大丈夫よ。この子よく倒れるの。」

 でも、莉子さんの魂がいない。どこ?

 周囲を見回す。

 心美さんのジーンズのポケットからはみ出したメガネケースが光って見えた。

 あの眼鏡・・・霊能者がかけたらどうなるんだろう。でも呼んでる。

 「ちょっと貸してください」

 心美「涼子ちゃんには要らないんじゃない?」

 彼女は手渡してくれた。眼鏡をケースから出してかける。

 周りの景色が消えた。和服で日本髪を結った女の人が前に立っていた。眼鏡をしている。

 『私は長南花子。明治十年生まれ。日露戦争が終わった年には三十三歳だった。昭和二十五年に死んだよ。』

 眼鏡の霊?あなたは眼鏡に封じられているの?

 『誤解するな。封じられてもいないし、眼鏡に転生したわけでもない。ふふ。私もいちおう成仏している霊だ。ふだんはあの世にいて、その眼鏡をかけた人間に霊的世界を見せてアドバイスをする。そういう役割だ。でも普通なら話しかけたりしない。』

 変わった役目ね。莉子さんはどこ?

 『魂は未来に行ったね。何分か後の世界。』

 それって本当にそうなの?それとも、あの世は時間が存在しないことにかけたウイットなの?

 『でもこの子も普通じゃないよ。』

 え?

 『あの時ツノが生えたろ?霊的なツノだろうけど、山犬の霊より強かった。強い悪霊なら、自分より弱い悪霊を追い払うことがあるという。でもこの子、悪霊憑依じゃないんだな・・・霊界には妖怪世界もあるし、その近くに鬼の世界もある。妖怪は天国的なのも地獄的なのもいるというし、あの世の鬼なら山犬の霊とかの悪霊を蹴散らしてもおかしくない。地獄には鬼がたくさん居るが、鬼のような心の人間霊の他にも、裁きを与えるために鬼の姿に変身した天使がたくさん住んでいると御使いから聞いたことがある。それにあの世は思いの世界だから、厳しく反省を迫ると説教された側は鬼から暴行されてるように感じるんだとさ。莉子の前世は江戸時代の小さな村の神社の巫女。それならどんな霊が入って来てもおかしくない。』

 でもインナーチャイルドに?鬼?

 『私だってわけ分からんよ。こういう子にあんまり無理するなよ。お前・・・光が強すぎるから、下手すると、この子の魂が壊れるぞ。』

 気をつけます。でも、

 『手でも握ってやれ。お前の光が伝わって目印にして帰ってくる。』

 眼鏡の人は消えて周囲も普通のカーテンの部屋に戻った。

 眼鏡を外し、心美さんに返した。

 莉子さんの点滴していない右手を握った。

 私の引いてくる天上界の光を莉子さんに伝える。光エネルギーが吸い込まれてゆく。

 こういう時、何か見えてもいいのに。こんなに何も正体を見せてくれない人は居なかった。

 莉子さんが目を開けた。そして「はあ」とため息をついた。

 胸が熱くなって涙が込み上げた。

 「莉子さん!」

 莉子さんは私を見て驚いたが何も言わない。

 「良かった。戻ってきてくれた。」

 莉子「心美?どこよここ?何病院?」

 無視しないで・・・また泣いちゃう。

 でも、あの時、本当にツノが生えて見えた。不思議な人。

 頭に触って確認してみた。

 莉子「ちょ、何やってんの?女好きなの?」

 当然何もなかった。

 「いえ、なんでもないです。」

 でも女好きなのって?面白いな莉子さんて。

 じゃない。莉子さんを助けるんだ。彼女の心に立ち入るには彼女の了承がないと危険がある。

 言おう。

 「ごめんなさい。わたしあなたを助けたい。」

 莉子「しつこ!」

 「宗教には、入らなくてもいい、だから」

 「めんど!どうでも良!」

 他の三人はただ私たちを見ている。なんか言って欲しい。

 莉子「わかったよお。やってみなよ。」

 良かった。本当に良かった。

 「私っ、頑張るから!」

 莉子さんも仕方なさげにだけど優しい笑顔を返してくれた。

 あ、でも、しまった。宗教に誘えなくなってしまった。

 信仰を持ってもらって宗教パワーで救うのが難しくなってしまった。できる事は祈ってあげるぐらいか。

 でもあきらめない。今度、うちの宗教の本をあげようっと。


 5

 地下鉄で莉子ピのマンションに向かっている。莉子ピは疲れて具合が悪そうだ。

 私は猪瀬真理凛。十七歳おとめ座。いつも外面はオチャラケているが、内心はシリアスでハードなのである。

 そして織田信長のように「うつけ」と呼ばれながら『飛龍昇天』の時を待っているのである。ヌフフ。

 アヤは神奈川に帰った。「あんたも強いんだからボーッとしてんなよ」と涼子に言った。

 涼子が強いのかは知らないが、スカ女は剣道が必修科目になっているし、他にも合気道とかを護身術的な意味で『少し』習うらしい。実際にそれが危機の時に役に立つかは疑わしい。

 私も埼玉なので家まで一時間以上かかる。現在、午前十一時三十分。

 地下鉄車内でシートにだるそうに座っている莉子ピが、前に立つ私に上目遣いで訊ねてきた。

 「猪瀬はさあ、いつから涼子の友達なの?」

 涼子が驚いて頬を紅く染めた。

 莉子「ん?」

 涼子は少し囁くような感じで言った。

 「涼子呼び。」

 莉子「ああ、涼子はめんどくせえヤツだから涼子でいいよね?」

 「にゃは。おもしろ。」

 心美「ヒドイ」

 涼子「・・ええ〜?・・・いいよ。私も莉子さんて呼ぶね。」

 莉子「ご自由に。」

 涼子は恥ずかしそうに微笑んだ。いいなあ。

 「私もマリリンちゃんて呼んでよ!」

 莉子「お前はヤダ。」

 「なぁんでぇ?ケチい」

 「かわいくないもん。」

 「可愛いよ!」

 「ふっふ。そういうとこ!」

 涼子が笑ってる。

 「何よ涼子。」

 涼子「莉子さん笑ってる。良かった。」

 莉子「そりゃ笑いたい時は笑うよ。」

 「にゃは。そうだよね。」

 莉子「で?いつから?」

 涼子「マリリンも私の宗教の信者なのよ。」

 莉子ピは顎を引いて少し驚いた。

 うう、言われた。涼子が舌を出した。かわいいけど、このヤロウ、バラされた。

 莉子はため息をついた。

 「はあ。まあそんなこったろうと思ったよ。二人とも親しくもないのに会いたいなんておかしいじゃん?」

 涼子「ごめんなさい。」

 莉子「ま、いいけどさ。」

 莉子ピは早めに返事した。また救う救わないの話に堕ちいる事を回避したらしい。

 「何言ってんの莉子ピ。私たちもう友達じゃん。」

 「そういうやつ苦手。」

 「もー仲良くしようよー」

 莉子ピに抱きついたら無言で両手で押し剥がされた。

 心美んは静かにしているが、顔を見るとニヤけている。この女は、状況を楽しむことに長けている。私と莉子ピの対決を見て楽しんでいるのだ。全くもう。

 「分かった。じゃあ話そうか。あれはそう、五年前の出来事であった。」

 莉子「何?その芝居がかった口調は。」

 「演劇部にも入ってるよ」

 「知ってるけど」


 SNSで呼んだ『無料霊媒師ニキータ』。

 非常にいかがわしいと思った。でもニキータに連絡した姉は藁にもすがる思いだったらしい。

 もう夕方四時近かったのに「交通費をくれれば横須賀から来る」と、返信があった。

 仄暗い部屋。室内灯に照らされた金髪ポニーテールが場違いに美しい。

 灰色の毎日に差した黄金の光が彼女だった。

 その子は、多分同じ中学生であろう。しかし、その眼は戦士のように猛々しく私の魂を射抜いていた。

 明るい緑と灰色の中間色の半袖セーラー服。白い大きな襟はカットが円く特徴的。その白地に臙脂色のラインが二本入っていた。手作りのお守り袋が五から六コぶら下がった金色の細い鎖を右肩から斜め掛けにし、首から下がったペンダントには何かのアルファベットが彫ってあったが、霊的に光っていてよく見えなかった。

 その手には多分プラスチック製の全長二十センチぐらいの小さな剣を持っていた。ナイフではなくミニチュア。多分スーパーで買った安物だ。でも、彼女の手からの光を受けて黄金色に光って燃えている。

 光。彼女は背中に不動明王のように炎のような大きなオーラを背負い、後頭部にはこれもお盆のような円形の後光が出ている。

 中学一年生の私は、霊体として彼女の姿を正面から見ていた。肉体は彼女の後ろのベッドに寝ている。

 私は体が弱かった。その上、小学校卒業時に両親が離婚。ショックで『離人症』という症状になってしまった。自分の体が遠く感じる。毎日、現実感がなく夢の中に居るかのようだった。

 二歳上の姉も両親の離婚騒動に傷つき、綺麗だった黒髪を茶色に染めてしまった。私も好きだったのに。

 離婚は主に出て行った父の責任だったので私たちと母は揉めなかったが、会話もなくなり毎日が寒かった。

 背の低い金髪のその子は、床から浮いている『私』を見ている。そのミッドナイトブルーの眼で。

 後ろのベッドでは『私の肉体』が叫んでいる。

 「我は八大龍王なり!我がために社を立てよ!」

 夕方しばらくこれが始まる。これは憑依だった。

 姉はドアのところに寄りかかって腕を組み、もう驚かずにクールに応えた。

 「ねえマリリン。もうそれ聞き飽きた。他のこと言いな。」

 他の離人症の人がどうかは知らないが、この状態の時、私の霊魂は肉体を離れている状態だった。

 母と姉の思いが全てわかる。部屋に幾つもの霊が侵入してくるのも見える。

 姉が外してくれない、あの額に入れた大きなB4サイズの記念写真から毎日違う霊が飛び出してくるのも。

 その子は静かに祈り、全身から黄金色の光を発し、その額に向かって光る剣を投げつけた。

 そのおもちゃの剣が、バチン!とガラスを破り、裏板を突き抜けて刺さり、額は落ちた。

 私の体の口が、何か早口に言い始めた。呪文のようで聞き取れない。

 その子は、甲高い声を部屋全体に響き渡らせるように大声で叫んだ!

 「問答無用ォ!悪霊撃退っ!エエーイッ!!」

 私の霊的身体に電撃が走った。霊力の乗った声。全身がビリビリ振動し熱くなる。

 部屋が明るくなった。見ると彼女が前に出した手のひらから出る光線が、私の寝ている方の身体を貫いていた。

 そこから太さ二十センチの大きなヘビがズルズルと抜けて行った。

 それはトグロを巻き部屋の隅に溜まっていたが、彼女の手からの光に押し出されるように部屋から消えた。

 八大龍王を語る霊が、ヘビの霊だった事は知っていた。

 姉がその子に言った。

 「あんた、それ一本ねえ。この家で何回やるのよ。」

 この家は借家。離婚した父からの養育費で家賃を支払っている。姉が二十歳になったら私の分だけになるので引っ越さなくてはならない。

 その子は私を見ながら、私の体を指差した。

 体に意識を向けると戻ることができた。

 目を開けると、その子の顔が目の前にあった。黒く、そして少し青いその瞳。

 その子は私に馬乗りになってパジャマの襟元を掴んでいる。部屋は前より明るく見える。

 「戻りなさい!戻りなさい!諦めないで!」

 必死で呼ぶ声。しばらく意識が飛んでいたらしい。

 「戻ったよ」と応えた。

 「あなたの守護霊が言ってる!やる気!明るさ!あと運動するのよ!分かった!」

 私は唖然としていた。

 その子は渾身の裏返った声で必死に言う。

 「分かった?答えて!」

 声で涙が出た。初めてのことだった。

 「はい。」と答えた。

 その少し潤んだディープブルーの眼が私を凝視している。

 姉が言う。

 「ねえ、この額。弁償して欲しいんだけど」

 その子はベッドから降りて姉に近づいて向かい合った。姉よりだいぶ背が低い。

 「ここに写っている神社が祟っている。」

 「はあ?これはねえ!私たち家族が幸せだった頃の唯一の写真なの!」

 「そんなこと知らない。」

 「ああ〜?なんだとテメー!」

 姉はその子を見下ろして威嚇した。でも、その子は全然恐れずに姉を見上げて言った。

 「その神社は宮司が亡くなって、管理者がいなくなり、今は霊の溜まり場になっている。写真は空間を繋ぐので、そこから毎日いろいろな霊が渡ってくる。焼却しなさい。」

 言ってくれた。嬉しかった。

 それを言うと、その子は床に置いていたリュックを持って出て行った。

 姉「ああ、交通費は要らないんだね?」

 返事はなかった。

 

 三人が息を呑んで私の話を聞いていた。

 「もう駅でしょ?残りは莉子ピん家で。」

 心美「それすげえ。初めて聞いた。」

 「初めて話したもん。涼子には言ったけどね。」

 涼子「うん。それ覚えてないけど。」

 「涼子はお祓いやってた時の記憶はないんだよね?」

 莉子ピは、ふ〜ん、みたいに涼子を見ていた。私の視線に気づいて莉子ピは言う。

 「てか、あんたまで家に来る気なの?涼子は家を霊視したいんだろうけど、あんたの目的は?」

 「涼子の付き添いよ。」

 電車が駅に着いた。

 

 エスカレーターで地上に上がって徒歩二分。焦げ茶色のマンションに入ってゆく。

 良いところに住んでいる。エレベーターで十階に。階には長い廊下の割に四軒しかドアがない。広い作りになっているらしい。家賃も高そう。前の心美んの話では、莉子ピの父親はたまにTVに出る私大の大学教授なので、このぐらい払えるらしい。でもココミンは「莉子は事故物件だったから安いみたいよ、なんて怖いことを軽く言ってた」という。

 莉子ピは帰るなり奥のリビングに直行。ソファーにうつ伏せに倒れ込んだ。

 涼子「大丈夫ですか?」

 莉子「だめ。死ぬ。正人ぉ?いないのぉ?」

 弟が来た。見るのは二度目。莉子ピを男にして大きくした感じ。イケメン度で言うと七十点というところ。太ってはいない。

 「何だよ。どうした?」

 弟は涼子を見て固まった。

 『美人が、あの美人が、』

 まあ、そう言うよね。

 でも思いが伝わっていても涼子は無表情。

 涼子は美人と言われるのが嫌いだ。うぬぼれたくないと言う。あまりしつこく美人美人と言うとキレる。

 いとこの子も来た。ミユキだったね。

 「きゃ」と短く歓声を上げて口を押さえた。涼子のファンらしい。

 涼子はあの学校一の美人だろう。いや、関東の高校一と言っても嫉妬はあれども否定はできまい。

 心美「美人だよねー、正人?」

 正人「え、あ、うん」

 涼子「やだ、ママの方が綺麗だよ。」

 毎回こう言う。実際ママは美人だ。それに去年アメリカのいとこ三姉妹が短期ホームステイに来たことがあったが、涼子より美人で、あの学校でも大人気になって、涼子は初めての嫉妬に涙したらしい。

 『マリリンウルサイ』

 睨んできた。コワ。涼子はいつも私には強めだ。

 正人「姉ちゃん、オレンジジュース」

 いつの間にかキッチンから戻った来た弟が、莉子ピの寝るソファーの横に座ってコップにストローをさして差し出した。かいがいしいな。女子かよ。

 莉子「うん。ありがとう。」

 莉子ピはうつ伏せ寝のまま横を向いてストローで飲ませてもらった。介護かよ。

 心美「女王サマかよ。いいなあ。こんな弟欲しい。」

 正人「うっせえな。お前にはこんな事しない。」

 心美「お前は無いよねえ。ミユキちゃん?」

 同意を求めたが、ミユキちゃんは涼子を見て両手を合わせてうっとりして目をウルウルさせている。仏かよ。

 いとこのミユキちゃん。この子も見えっ子ちゃんなので涼子のオーラが見えるのだろう。私も調子が良い時は見えるが、あれは実際あからさまに大きい。部屋が明るくなるぐらいだし、威圧感さえある。

 莉子「で、猪瀬、話の続きは?」

 「偉そうだなあ。下僕まで従えて」

 正人「誰が下僕だ」


 姉は泣きながら写真を焼却してくれた。

 それから私の体は回復を始めた。母は良い職場に転職し、姉も高校に合格した。家運そのものが向上した。

 肉体から魂が出たり入ったりする症状は、あの子が言った通り『やる気、明るさ、運動』を心がけて、肉体に他の霊が入ってこないよう、毎日、念を込めた。

 いや、違う。「祈った」の方がずっと近い。結果に対して自信も確証も無かったのだから。

 日増しに体力が付くに応じて、霊肉の繋がりが強固になり、肉体が他の霊に完全に支配される事は無くなった。

 半年後、秋になってもニキータのSNSは夏のままだった。

 最後の『山梨に行ってきます』を何度も見て、何度、落胆したか分からない。

 姉「交通費払ってあげれば良かったね。」

 「探して。あと、あのペンダント調べて。」

 「ああ、あれはたぶん新宗教の有名なとこよ。本売ってたから買ってきた。会員に教えてもらった。これが良いだろうって。」

 姉はペーパーバックの本を私にくれた。題名の仏教用語の漢字が難しくて中一の私には読めなかった。

 「姉ちゃん?会員って言うけど、コンタクトしたの?」

 「支部があったから行ってみた。大きい教団だから神奈川のニキータなんて分からないってさ。」

 「大丈夫なの?不安。心配・・・」

 「バカね。あれ、本物だったでしょ?」

 「うん・・・」

 「霊から守られるんだったら何だって構わない。」

 姉は表情もなく、その目は遠くを見ていた。

 この宗教に家族三人で入った。絶望の中で見た光。神との繋がりが欲しかった。

 その後、邪霊や動物霊に憑依される事は無くなった。肉体が遠く感じる症状も無くなった。


 みんなリビングで私の話を聞いている。

 「フフッ。この話をした時、涼子は泣いたの。」

 莉子ピは、相変わらずソファーでうつ伏せで寝ながら答えた。

 「語りが上手すぎてムカつく。でもずいぶんシリアスだね。猪瀬は全然イメージ違うよ。」

 「にゃははは!だあってプロだもん。『インフレンサーまりりん』であるのだ!」

 「インフルエンサーな。」

 「涼子とは教団の行事の時に再会できた。中三の冬だったけど姿が全然変わってて、背が高くて今よりシュッて痩せた首の長い黒髪の子になってたけど、眼で分かった。ちょっと青い眼。大好き。」

 涼子「やめてマリリン。」

 「クフ。ごめん。」

 りょ「この眼、母譲りなの。珍しいんだって。」

 「・・・初めは口きいてくれなかったけどね。今は言いたいこと言える関係だから、私にはキッツイ事も言うのよ。性格悪いわけじゃないと思おう。ウフフ。ああ、この子『ニキータ』って言うとキレるからやめてね。」

 涼子が止まって沈黙した。

 「怒った?」

 涼子「怒ってない。修行者は自分のために怒ったら修行は始めからやり直しなのよ。」

 莉子が笑った。「ハハッ。修行者って。」

 涼子は莉子ピを見てニコッとした。莉子ピは具合悪そうだが機嫌良さそうだ。

 莉子「猪瀬ぇ、涼子って金髪だったの?」

 「私の金髪は、あの時の涼子に影響されてるんだよ。」

 涼子は冷たい声で「やめて。」と言った。私にはあからさまに嫌な顔をする。

 でも涼子は気を取り直したかのように、フレンドリーに莉子に話し始めた。

 「あのね、私小さい時、山梨にいて、金髪で霊が見える不思議ちゃんだったから、目立ってて男子とかにからかわれてたの。小学校三年生で横須賀に引っ越してもやっぱりあんまり友達できなくて、そしたらおばあちゃんが、『海藻を食え。外タレが髪が黒くなると言ってた』なんて言うから、始めは嫌だったけど、昆布とかワカメとかヒジキとか食べるようにしたら、中二ぐらいから真っ黒になったの。」

 莉子「ははは。すぐに効かないんじゃ意味なかったね。」

 涼子は満足げに微笑んだ。莉子にウケたからか。

 涼子は私の心の言葉を聞いて涙ぐんだ。もう。すぐ泣く。

 りょ「だって、笑ってくれたんだもん」

 莉子「何?また泣いてんの?」

 りょ「ごめんなさい。気にしないで。私、涙腺がバカなの。」

 莉子「あっはっはっはっ!」

 りょ「フフッ。あのね。私、山梨で莉子さんに会った。小学校の時。泣いてる私を助けてくれた。すごく嬉しかった。ありがとう。」

 莉子「ええ?」

 りょ「あの、莉子さん、こう二つ結びにしてたでしょ?」

 涼子は言いながら両手で自分の黒髪を両側に二つにして持った。それも良いな。

 莉子「ああ。私かも。山梨?正人ぉ?そんな事あった?」

 正人はテーブルの上の紙クズをゴミ箱に入れ、新たに持ってきたポテチをパーティ開きにし、一つ摘んで言う。

 「僕が七歳の時だよね。なんか大学の用事かなんかで家族でついてったかな。『ついで旅行』とか何とか。景色ぐらいしかおぼえてねえわ。」

 莉子「ええ〜?父さんの大学は秩父でしょ〜?」

 正人「え、でも山梨だって大学あるでしょ?」

 はっきりしないな。

 涼子「莉子さん、あなたは『埼玉最強の小四』って名乗ったわ。」

 心美「あはは!それ莉子だ!調子に乗ってる頃だわ」

 莉子ピは、うつ伏せから仰向けになりながら毒づいた。

 「ばかやろ。誰が調子に乗ってるって?覚えてねえわ。」

 涼子は真面目に言う。

 「あなたは名前も告げず帰っていったわ。私、泣いててお礼が言えなかった。毎日辛かったの。誰かに助けて欲しかったの。あの時は本当にありがとう。嬉しかった!・・・去り際に「負けんなよ」と言ってくれたの。あの時「ああ生きていていいんだ」って思ったの。」

 涼子はまた泣く。『嬉しかった』の時、吐息と言葉が混じって本当に嬉しそうだった。

 心美「大げさだねえ。」

 「フー!男前」

 「男じゃねえ。・・・でも、ごめん涼子覚えてない、って言うか私、小六から前の記憶があやふやなの。ほぼ覚えてない。ぼやっと。鮮明なのは十二歳ぐらいからなの。」

 涼子はハンカチで涙を拭き、すーはーと深呼吸して冷静な目になった。

 「そう、私、莉子さんを霊視しに来たのよね。ふう。」

 涼子は目を閉じてしばらく沈黙した。

 「・・・この部屋の昔の地縛霊のようなものは居なくなってる。何年も前にね。」

 ミユキ「入居した時にママが支部で正式な祈願をしてくれたって。」

 莉子「叔母さんも涼子のとこの宗教だよね。」

 涼子「多分。会った事はないけど。ここを通っていた『霊の通り道』はマンションの上に移動されて建物ごと綺麗になっている。」

 莉子「すごいね。それってかなり大掛かりな事じゃない?霊能者が現場に来てやるような?」

 ミユキ「ママは見える人じゃないから祈願だけだよ。『霊のことは霊に任せる』のが基本だから。」

 涼子「そうね。うちの教団の指導霊団が、土地神様たちとお話して一番いい感じにしてくれる。信仰心がないとダメだけどね。」

 莉子「父さんも名前だけ会員とかになってるのかなあ。」

 正人「父さんは何でも入るからなあ。活動も寄付もしないけど。」

 莉子「でも祈願って高いの?」

 ミユキ「祈願の代金は、対価なんかじゃないのよ。一つのお布施。感謝のしるしよ。お金は感謝が形になったものなの。うちのは神仏への感謝としては安すぎるわ。慈悲だと思う。」

 なかなか言葉が強い。雰囲気がピリッとした。

 莉子「ミユキお前、お金稼いでないだろ?収入ないだろ?」

 ミユキ「莉子ちゃんもね。」

 涼子「私も何かの時は祈願してから始める。さて・・・」

 涼子は深呼吸した。そして改まって言った。

 「莉子さん。まず知って欲しいのは『自己責任の原則』。あなたが不幸なのは悪霊のせいでも先祖霊のせいでもない。」

 「別に不幸じゃないけど。」

 「うん。ごめん。とりあえず聞いて。自分の身に降りかかる事は、全てあなた自身の思いと行いと選択の結果なの。だから自分で反省しない人は、いくらお祓いしても霊が戻ってきちゃうし、別のが憑いちゃうの。」

 「反省しろって?」

 「うん。人間は仏子・神の子だから、思いは実現するの。そういう目で反省してみてください。」

 「ほお。・・・まあ、『思いは実現する』って題名の本もあるけど」

 涼子は少し微笑んでから気を取り直して話し始めた。

 「莉子さんに関わる霊は何体かいるけど、莉子さん自身のトラウマを直さないと別のが来ちゃう。だからちょっと過去に触れてもいい?」

 「う〜ん。チッ・・・まあやってみなよ。そのために来たんでしょ?」

 莉子ピは投げやり。ソファーに仰向けのまま両手をお腹の上で組んだ。

 涼子「先生。覚えてる?黒いスーツの。美人。」

 莉子ピは「ええ?」と目を閉じて考え込んだ。

 一瞬の沈黙。

 莉子「う!頭痛え!ダメだ!」

 その時、涼子とミユキが莉子ピの上を同時に見て立ち上がった。

 二人はアイコンタクトした。

 くっそ、私は見たい時に見えないんだ。波がある。今日は調子が悪い日だ。大体ボーッとしている時にフッと見える。でも、ボーッとしてる時なんて少ないんだ。

 心美んが、ちゃっと眼鏡をかけた。そして大声を上げた。

 「うわああああ!巫女さんがいる!あ、でも子供の巫女さんだ!」

 ミユキ「わたし、見たことある。江戸時代の巫女さんよね?莉子ちゃんの守護霊さん。」

 涼子は青い顔をしている。そして静かに言った。

 「違う。勾玉の首飾りをしている。江戸の人はそんなのつけない。この子は別だわ。」

 「ちょっと貸してよ。」心美んから眼鏡を奪った。

 心美「あん」

 眼鏡をかけると確かにミユキちゃんぐらいの身長の巫女さんが莉子ピの上に浮かんでいる。

 「居た。白い着物。赤いはかま。十歳ぐらいの子供の巫女さん。でもこの服、最近の感じだけど」

 涼子「莉子さんの守護霊さんはもう少し大きいの。首には数珠をしてる。」

 「でも確かに勾玉の首飾り・・・そうとう古いのかな・・え?」

 目が合った。白目がなく真っ黒だ!これヤバいやつ!

 不意に魂が揺れた。

 「うあああああ!」

 眼鏡を外した。

 涼子は背筋を伸ばした。除霊する態勢。

 「憑依霊、だと思う。でも光っている時もある。地獄霊でも天国霊でもない。古い妖怪の類かも。」

 高めの子供の声がした。

 『あら失礼しちゃうわ。でも当たってるのかも。』

 「喋った!あれ、でも今見えてる!」

 心美「外してもしばらく見えるの。」

 「早く言って!」

 涼子は両手を合わせた。

 ギンギンにオーラを放つ涼子の上からさらに黄金の光が差した。後頭部の後光なんかお盆より大きい。

 怖くなってきた。

 でも霊は平然と言う。

 『この前は小悪魔を祓ってくれてありがとうね。他のやり方じゃダメだったの。分からなかったのよ。おかげで私もできるようになった。』

 涼子がすごい声で言った。

 「騙されない!去りなさい!あなたも悪魔よ!」

 すごい迫力。声だけで霊がぶっ飛びそう。背中がビリビリした。

 小さい巫女は肩をすくめて首を引っ込めて、ギュッと目を閉じていたけど、また脱力して平然と話し始めた。

 『違うね。悪魔ではないな。』

 つええ。

 冷静だ。この霊も相当なもんだぞ。

 涼子「だったら何!」

 霊は肩をすくめた。私の方が怖い。

 霊『・・・縁故霊』

 ミユキ「それ何マリリン!」

 「私に聞く?縁がある霊でしょ?」

 霊『江戸時代に、前世の莉子が拝んでいたのが私。』

 霊の目は今は普通だ。戦闘態勢になると黒くなるのか?さっきは魂が引き込まれそうになった。

 『バカねえ真理凛。さっきはちょっと脅かしただけよ。』

 涼子「邪霊よ!離れなさい!」

 霊は一瞬、目を閉じたが、両手のひらを上に向けて、ヤレヤレみたいなポーズをした。

 涼子が右手をバッと向けた。

 それより一瞬早く、バチン!とラップ音がして、何かがゴオッと過ぎていった感じがした。

 莉子ピのソファーの横に誰か倒れている。髪の長い女の人。霊だよね?

 心美「あれ?女の人になった。」

 ミユキ「ああ、いつも居る女の人。莉子ちゃんが連れてきた人。」

 霊は起きて振り返り、涼子を涙目で睨んで言った。

 『怖いよー。何よあんたぁ。バカあ。』

 霊は泣いている。

 心美「移し身の術?忍者なの?」

 霊『巻き添えよぉ〜。もおお、吹き飛ばされそうになった』

 涼子は「はあ」と、ため息をした。

 莉子「どうなの?」

 りょ「逃げられたわ。」

 心美「莉子?女の子の巫女さんは?」

 莉子「知るわけ無いでしょ?あたし見えてねーし。」

 心美「かけてあげるよ眼鏡」

 莉子「ばーかやろ、やめろ」

 りょ「ごめんなさい。お祓いは失敗だわ。」

 莉子「あでも、今、言葉が浮かんだよ。『私強いよ〜』だって。」

 「何それ!莉子ピ霊能力あるの?」

 心美「いやあ、莉子は小説書くぐらいだから思いつきが多いんでしょ?」

 「え?小説書いてるの?」

 莉子ピが真っ赤になって言った。

 「心美・・・あんた!私のPC開けた?」

 心美「うん。」

 莉子ピは跳ねるように起きた。そして、今まで聞いた事がないような高音の裏声で怒鳴った。

 「うんじゃねえ!バカヤロー!うわああ!ハズいい!」

 うろたえる莉子ピ。

 心美「でも面白かったよ。」

 莉子ピは「え、ほんと?」と急に態度を変える。面白い。

 心美「えっとねえ。GンダムとDラゴンボールとWンピースみたいな世界でえ、」

 莉子「あ、ヤダ、ちょっとやめて」

 心美「悪役令嬢が転生してきて大暴れするやつ」

 莉子「ぎゃほ!いやああ!」

 ソファに飛び込んでのたうつ莉子ピ。

 「はっはっは。ぎゃほって。」

 心美「何にも恥ずかしくないよ。エロ小説じゃないし。」

 莉子「でも『こいつこんな事考えてんの?』なんて思われたら死ぬ!」

 「ええ?読むなら読めや!じゃないのぉ?」

 莉子「普段考えてることと小説は違うの!」

 心美「確かに、あの莉子がこんな事?って思ったけど」

 莉子「きゃん!」

 両手で顔を覆ってソファーで寝ながら胎児のポーズになる莉子ピ。

 「ああ、なんか読みたくなってきた」

 莉子「ヤダヤダ、絶対ダメぇ!」と首を振る。

 心美「ふっふっふ。可愛いやつめ。もっと言ってやろうか?」

 莉子「うおお殺せええ!」

 「にゃはっは、莉子ピ可愛い。」

 涼子も「フッ」と笑った。

 ミユキは唖然。

 ミ「何でそうなっちゃうの?」

 正人は微笑みを浮かべながらコップや紙皿を片付けている。かいがいしい。嫁さんかよ。

 女の人の霊が言う。

 『何よ楽しそうに。いつも暗いくせに。』

 莉子「楽しくない!」

 「はあ。聞こえてんじゃん。で、涼子どうする?」

 涼子「あの霊はしばらく現れないと思う。私にあの子を呼び出す力はないし、ちょっとトラウマの治療どころじゃなくなっちゃったわね。」

 莉子ピがため息をつきながら話してきた。小説から話題を変えたいみたいに。

 「はあ〜あ。え、そうなんだ。何でも祓える訳じゃないのね?」

 心美んが意地悪く笑ったが、また何か言う前に涼子は話してあげた。

 「ごめんね莉子さん。でもこの女の人は送ってあげられるかも。」

 

 6

 涼子「学校でも授業中とかこっそりやっているの。」

 私はミユキ。行雲寺観幸。

 涼子サマが、両手を合わせて深呼吸を繰り返している。本当に姿が綺麗。たたずまいが素敵。

 燃えるような大きな暖かいオーラ。頭の後ろに三十センチを超えるお皿のような丸い後光が。さっきはもっと大きかった。

 莉子「ミユキ。顔が『はわ〜っ』てなってる。」

 ああ、ボーッとしちゃダメだ。

 「涼子さ、ん。あの、彼女は駅から来た自殺した霊です。」

 涼子様は祈ったまま、上を見て首を傾げた。かわいい。

 そして女の人の霊を見て言う。

 「う〜ん。ご本人はそういう自覚ないんじゃなくて?」

 たまに出るお嬢様言葉。私もスカ女に入りたいな。

 霊『そうね。毎日大変で忙しくって、辛くって、ボーッとしてたら、誰かに押されて落ちちゃったの。』

 涼子「自殺した霊たちと波長が合ってしまったのね。それから四年間も死ぬ前の苦しみと、死の瞬間を繰り返していた。莉子さんは霊媒体質だから、たまたま駅で彼女を拾ってしまったのね。」

 『うん。でも良かったわ。この子が一生懸命に祈ったら、私あったかくなって色々考えられるようになったのよ。』

 りょ「今はどこも痛くない?」

 『全然。だって私は霊だもん。肉体がないから痛いわけないもん。ねーミユキちゃん?』

 「そうよ。霊は永遠の生命なの。なぜなら、永遠の神から分かれてきた『神の子』だから」

 涼子さんが微笑んだ。綺麗な笑顔。オーラも笑うとパッとさらに明るくなる。

 「ミユキちゃん。よく教えてくれたね。この人がここに来てから一ヶ月以上も。」

 「ふふっ。だってこの人、毎日居るんだもん。」

 霊『神の子っていう割に人間って悪くない?って聞いたの。そしたら『人生は霊から見て不自由な肉体に宿るという厳しい修行』なのよね?前世の記憶もゼロにされて。』

 涼子「あなたもよく覚えてるのね。すごいわ。」

 霊『ふふん。私、勉強はできるのよ。暗記は得意なの。霊だから脳みそないけど。』

 涼子さまは目を閉じたまま、霊に右手のひらを向けてゆっくり回しながら、改まって話しかけます。

 「あなたは三浦あすか。四年前ね。当時十八歳。あなた、死んだこと分かってますか?」

 『うん。ミユキちゃんがしつこく話してくれたから理解したわ。』

 涼子「死ぬ前は、どんな事してましたか?」

 『あの時は病気で通院してたの。過労?で調子が悪くて。アルバイトもしてたし、教習所も行ってたし、親は離婚寸前で罵り合ってて、私は大学入学で引っ越ししたばかりだった。』

 マリリンさんは眼鏡をしています。

 ま「そりゃ忙しいね。」

 涼子「一般的な仏教の質問。あなた欲深くなかったですか?」

 『う〜ん。大学もっと通いたかった。あと、恋したかったていうのはダメ?』

 涼子「恋、してた?」

 『いえ、全然。』

 涼子「良かった。相手がいるとまた複雑だから。じゃあ、あなたって怒りっぽい?」

 『そうでもないかな。』

 涼子「じゃあ、人間は霊で、あの世から生まれ変わって、肉体に宿って修行して、またあの世に帰る存在だと」

 『それは言ったじゃん。ミユキちゃんから聞いてるよ。』

 涼子「ごめんね。じゃあ、信仰心はある?」

 『う〜ん。神様はいるかも、ぐらいだけど。』

 涼子「あなた、地上に執着しているところが無いわね。浄化が進んでいるわ。」

 『ふふ。ミユキちゃんのおかげ。ありがと。』

 嬉しい。「へへ」と照れ隠しに笑った。

 涼子「あなたの今回の修行はこれでおしまいね。死んじゃったから。諦めてください。」

 『うん。さみしいね。でも次があるってことよね?』

 涼子「そうよ。」

 霊が何度かうなづいた。納得した感じ。

 涼子「本当にあなたって、ずいぶん物分かりが良いわね。素直?いいえクールだわ。」

 『ミユキちゃんのおかげ。それに、駅には長くいたし、ちょっと飽きてきてた。ミユキちゃん以外とはしゃべれないし。良い世界に帰れるならそうしたい。』

 マリリン「えらいね。ミユキちゃん。」

 涼子「大変だったね。」

 二人でほめてくれた。嬉しい。胸が詰まって涙が出ちゃう。

 マリリンさん。オーラは黄色。全身をバリアのように覆っている。後光は十センチの小皿みたい。涼子さんと比べたら大した事ないけど、後光があるだけですごい。

 マリリンが思いで言う。

 『涼子と比べないの。彼女は異常。こんな強い人見たことない。』

 マリリンは明るくおおらかにしているけど、心の中はシビアです。

 涼子さまは思いで応じます。『あら、ミユキちゃん褒めてたけど?』

 マリリンの答えを聞かずに、涼子さんは私に言いました。

 「ミユキちゃん、ありがとう。おかげで早く済みそう。」

 涼子さま。優しい。嬉しい。

 「えへへ。私じゃ、あの世に送るまではできないの。分かってくれた人が勝手に帰るだけ。」

 涼子「それでも、すごい事なのよ。」

 ほめないで。泣きそう。早く彼女を浄霊してください。

 涼子「うふふ。では、あすかさん?あと何か悪いことしたりしましたか?」

 『昔、ママの悪口を言ったことぐらいかな。謝れなかった。ママは私が死ぬ前の日に交通事故で死んじゃったの。』

 涼子「おかあさまはね・・・あ、現代には珍しい信心深い方だわ。スッと天国に帰っている。」

 『そうなの。それで夫婦で揉めてたの。』

 涼子「じゃあ、悪口を言ったことを手を合わせてお詫びしてください。」

 『それは何度もしたけど、空しくて、伝わった感じがしない。』

 涼子「お母様、私には見えてる。波長が違っていてあなたには視えないのね。なら、神様仏様に手を合わせてお詫びしてください。お母様に伝えてくださいって。」

 『やってみる。』

 彼女は両手を合わせて目を閉じて言った。

 『神様仏様すみませんでした。ママごめんね。ママに伝えてください。』

 私も涼子様も手を合わせた。

 涼子「主よ、願わくば彼女を導きたまえ。」

 パッと上が明るくなり、光がさしてきた。天井はあるけど関係ない感じ。

 彼女は上を見て『ママ?』って言った。

 女性と天使が現れました。

 彼女は二人と明るい上空に上がってゆく。そして振り向いてお礼を言いました。

 『みんなありがとね。』

 彼女たちは光と一緒に消えました。

 

 涼子「良かった。彼女は成仏を求めていたし、執着の少ない人だった。」

 莉子ちゃんが言います。

 「私には見えないけど、あんたたちいつもこんなことやってんの?」

 涼子「うん。学校でもこっそりやってる。霊は思いが伝わるから話さなくてもいいのよ。」

 心美「そんなんで勉強できるの?」

 涼子「あは。成仏したりしなかったり、『堅物め!』とか罵られたり、授業に集中できないのよね。」

 その時、また何かの存在が近くに来た感じがした。

 『そんなら、わしも成仏させてくれや。』

 緑の着物。目がつった感じの顔。でも前より優しい感じがする。

 「おばあちゃん・・・」

 莉子ちゃんがマリリンから眼鏡を奪った。そして視る。

 莉子「うおっ!ばあちゃんだ。コワ。」

 『コワじゃないよ。お前が感謝感謝言いだしてからほんとにお前に入れなくなった。すごくびっくりした。』

 莉子「ばあちゃん?私に入ってたの?」

 「そう言ったじゃん。」

 莉子「うえ、恥っず!」

 『いつもじゃないよ。悪口言いたい時だけだ。お前は口が悪いからね。』

 莉子「げ、恥っず!」

 マリリン「涼子どうする?」

 涼子「もう地上のことは諦めて欲しいけど・・・頑固そう。」

 『いやわしだって死んでから時間が経ってるから、そろそろ帰りたい気はある。でも思い残しが二つあってな。故郷に帰ってしたいことがある。』

 マリリン「涼子ぉ、あきらめよバチン!とかやんないの?」

 涼子「う〜ん。でも莉子さんのおばあさまだし・・・」

 『わしの故郷は話に出ていた山梨だ。正人が孝司の大学の用事と言っていたが、そうじゃない。』

 莉子「孝司は父さんの名前ね。」

 『お前たちは墓参りっていうか相続の相談でわしの実家に来たんじゃ。ガキの記憶なんて鮮明な割にいい加減だから大人になってから考え直さんといかん。』

 莉子「ばあちゃんは十年前に死んで、ええと、旅行はだから八年ちょっと前か。」

 りょ「山梨じゃあもう今日はいけないね。次の休みの日でいいかしら。」

 莉子「ええ?涼子行くの?」

 りょ「山梨毎月行くから。両親がそっちなの。」

 莉子「じゃなくて、どこまでやる気?」

 りょ「どこまでも。莉子さんの未来が変わるまで。」

 莉子「げええ。あそ。ばあちゃんもそれでいい?」

 『わしゃかまわん。毎日が日曜じゃし。でも条件がある。』

 莉子「何よ」

 『ミユキ、お前は来るな

 「もう、いつもこうなの。」

 『わしの若い時のことが絡んでるからな。わしも『ハズい』。あと若干男手が要るな。金は払う。』

 莉子「はあ。」


 7

 土曜日。

 立川から甲府。特急あずさで約一時間。

 涼子に私と心美。正人に竜二。五人で旅行。

 人選びは、ばあちゃんは私と涼子で良いと言ったが、涼子が「竜二くんが居ると助かるかも」と言った。でも竜二単体では断られるので正人も行く事になった。でもそうすると正人ぐらいしか喋る奴が居ないのでつまらないので心美も来てもらいたい。そうは言っても交通費が莫大になる。そうしたら涼子が渋々だが「出してもいいよ」と言った。お嬢様だ。「でも私もお金持ちじゃないのよ」と涼子はまた心を読んだ。

 さらに涼子は「霊的なものは怖いから人数がいた方が安全なのよ」と言った。

 ばあちゃんの実家は父に聞いた。スマホがあれば大体いける。

 ばあちゃんは実家とは疎遠で、墓は都内の寺にある。生前まともな時に全部自分のお金で払ったので、父は一円も払っていない。八年前の墓参りは寺からの連絡で先祖の墓をどうするかを話し合ったらしい。『大学の用事』というのは本当に正人の思い込みだった。両親がずっと大学の事を話題にしていたらしいのでそう思ったらしい。

 座席は、私は窓側。真横に涼子。通路を挟んで心美。その後ろに正人と竜二。

 心美の横の空席には、ばあちゃんが座っているらしい。

 心美「マリリンがさあ、今日は馬術部の試合なんだって。」

 「ばじゅちゅぶ?」

 心美「るさい。あいつに『馬も乗れるの?』って聞いたら『私は運動神経でできている』なんて言うのよ。」

 「ハハッ、言いそう。」

 いつものようにしゃべり倒している。でも居なかったら正人のつまらないゲームの専門話を聞いてそのうちみんな黙って寝るだけだから、心美がいるとにぎやかで助かる。

 黙っていた涼子が言う。

 「山梨よく行くのよ。」

 「ああ、言ってたね。両親が居るんだよね。」

 「うん。」 

 沈黙。

 口下手同士なのでこういう日常会話は弾まない。でもこれでいい。涼子に電車の中で延々と宗教の話をされても困る。車内は空いているが論争しても周囲のいい迷惑だ。

 心美「ねえ涼子ちゃん?本当に交通費おごりでいいの?一万円超えるでしょ?」

 りょ「大丈夫。もともと私が始めた事ですもの。それに人数がいた方が霊的に強いから。」

 「私も半分出すよ。ばあちゃんの事だし、供養代だと思えば。」

 『えらい』

 「ん?なんか聞こえた?」

 りょ「千恵子さんが『えらい』って言ってる。」

 「そうなんだ。聞こえた気がした。」

 沈黙。千恵子というのは、ばあちゃんの名前。涼子には教えていないはず。

 心美「ねえりょんりょん。ご両親に会っていくの?」

 りょ「りょ?りょんりょん?」

 心美「え、だめ?じゃやっぱ涼子ちゃん?」

 りょ「うん・・・えっと今日は両親と会うのはダメかな。」

 話が向こうに行った。心美が涼子の相手をしてくれる。

 私を挟んでの話なので少々ウザいがちょうどいい。わたしは車内で読もうと思って持ってきたオカルト雑誌をカバンから取り出した。

 涼子「あら?何の本読んでらっしゃるの?」

 「オカルト雑誌。今月の特集は『UFOと秘密結社』。」

 心美「ダメ涼子ちゃん。それ長くなる!それこいつの愛読書!」

 「こいつ?失礼じゃん・・・ねえねえ涼子?フリーメーソンの前身のシオン修道会の初代総長は万有引力で有名なニュートンだって!」

 心美「あっちゃあ、もうダメだあ!」

 心美は頭を抱えて上を向いた。ムカつく。もっと内容を言ってやるぞ。

 涼子「そういうの好きなんですか?」

 「いろいろオタクだからね。ねえ、アルゼンチンにナチスの残党がいて、煙の出るUFOに乗ってたんだって。」

 私はこっちの知識は深い。映画もアニメも元ネタはこっちだ。これならいくらでも解説できる。

 「テンプル騎士団が今もあってイエスの子孫を護ってるんだって」

 「イルミナティの上層部はレプティリアン」

 「ユダヤ十二部族の一つが古代日本に来ていた」

 「岩手地震で出てきた巨人の骨」

 「中国古代神『盤古』は巨人型宇宙人?」

 「『天の鳥船・磐船』はUFO」

 心美「ねえぇ、莉子もオカ研入りなよ。そんなに語れる奴いねえって。」

 「やだ」

 雑誌の解説をしている間に甲府に着いた。ばあちゃんの実家は、さらにバスで一時間。


 バスは結構飛ばす。都心のバス一時間とは訳が違う。結構な距離があって『ダイエットのために停留所一区間歩く』なんて言ったら日が暮れてしまう。

 バスに揺られながら話す。

 前はよくバスにも酔ったが、最近は混んでいなければ大丈夫。

 席は観光バスみたいなタイプ。真ん中に通路があって両側に二席づつ。

 後ろの方に乗る。私は右の窓際、隣が涼子。後ろが心美と正人。通路を隔てて涼子の左が竜二。

 街を抜けたら他の乗客は降りて私たちだけになった。

 心美「涼子ちゃんって謎の女だよね。」

 涼子「ええ?うん・・・否定できないけど。」

 私もちょっと聞いてみたい。

 「涼子って、霊が見えるのよね?」

 りょ「うん。小さい時から。物心がつく前は色々なものと遊んでた。教会に行けばエンゼルと。お寺に行けば小坊主さんと。神社に行けばキツネさんと。遊び相手に困ったことはなかったよ。」

 心美「いきなりそれ?」

 「ま、色々言うな。今日は聞き上手になろう。」

 りょ「変かなあ。霊障かって言われたら否定する自信ないけど。」

 「精神が病的じゃなければ霊障とは言えないよ。」

 涼子は口を開けずに笑ったあと「莉子さん優しい」と言った。

 「ばかやろ。泣くなよ?優しくねえし」

 竜二「莉子姉さんは『ばかやろう』とか言う割に人の話は聞いてくれるからね。」

 正人「父さんの教育だし。『人が一生懸命やってる事を否定しない』って。」

 「で?」

 涼子「ごめんね。とにかく、ちっちゃい頃から見えた」

 「一万人に一人は見える人がいるっていうからね。小学校では?」

 「思ったことをみんな言っちゃうせいか『不思議ちゃん』って呼ばれちゃった。一番怒られたのは「あの人死んじゃうよ」って言ったら、その人が死んじゃった時。だから今もなるべくそういう人は助けるようにしてるの。」

 みんな一瞬沈黙してしまった。

 涼子「変?」

 「う〜ん、道徳的には変じゃないと思うよ。」

 竜二「道徳的に?」

 「いいのよ。竜二のくせに細かいこと言うな。で?」

 心美「生まれは山梨なの?」

 涼子「うん。両親の職場があるの。農業学の研究。でも、小学校三年の時に離婚したから、横須賀の祖母の家に預けられる事になったの。兄とね。」

 心美「お兄さんいるんだぁ!幾つ?」

 りょ「うん。四つ上。ふふっ、小三の時ちょっといじめられてたって言ったでしょ?」

 「うん。」

 りょ「そしたらお兄ちゃんが小三の教室に来て『涼子をいじめる奴は縛って逆さにして墨つけて書き初めするぞ』って脅すからみんな泣いちゃって。私も泣いちゃって。けっこう騒ぎになっちゃった。」

 「ははっ」

 りょ「冗談半分だったみたい。いじめっぽいのは無くなったんだけど、怖がられちゃった。」

 「面白い人だね。今何やってんの?」

 りょ「自衛隊員だったけど去年辞めちゃった。今は建設関係。」

 心美が乗り出して聞いた。

 「お兄さんのお名前は?」

 りょ「神宮寺ロバート優利。」

 こ「優利さんね。覚えとこ。」

 「何よぉ。心美、話取らないで。で?」

 あ、涼子って今、離婚の話してたな。聞いちゃダメだったか。

 涼子「両親とは月に何回か会ってるわ。研究所に行けばいつでも会えるし、離婚したけど一緒に研究してるの。おかしいでしょ?二人とも全然仲悪くないの。二人ともその業界では有名人なのよ。両親のことは全然聞かれても大丈夫。」

 涼子が懐かしそうにしている。

 見ていたら、なぜかイメージが浮かんできた。小さい涼子が両親とハグしてほっぺをすりすりしている。微笑ましい。でもその後、涼子が泣いて兄に慰められている姿が見えた。

 「う〜ん、深く聞くのはやめとく。おばあちゃんはどんな人?」

 「祖母はね、教団から顕彰を受けた事もある人で、私の一番の理解者なの。」

 ああ、そっか。宗教やってたんだっけ。色々めんどくさいな。

 「『顕彰』ってなんかすげえけど。」

 「でも普通の人だよ。私たちには結構厳しかったけどね。礼儀作法はもちろん「まず言葉を正せ」とか「霊能力に飲まれないように常識と教養を身につけろ」とか「本を読め!理性を鍛えろ!」とかね。」

 心美「怖いね。」

 「優しい時もあるよ。「霊が見えるから偉いんじゃないよ。人に優しくできる方が偉いんだよ」とか、「明るくしている人には悪い霊は近づかないよ」とか言ってくれた。」

 「ふ〜ん。」

 「私、霊によく振り回されてたから。都会は人が多いから不成仏霊も多くて、よく「あれをしてくれ」「これをしてくれ」ってね。でも高学年になったら厚い本が読めるようになったから、霊とかあの世とか天国地獄とか理解できるようになってきた。だから本当にその霊に必要なことが出来るようになってきたの。」

 「悪霊祓いやってたくらいだもんね。で?新しい学校では?」

 「私が怖かったのかな。それとも兄がまた、頼んでないのに小学校に来て何か言ってたからかな。いじめじゃないけど、避けられてた?割と無視されてた。祖母に言ったら「金髪のせいだ。嫉妬だ」ってちょっと的外れなこと言ってた。」

 「んで『海藻食べろ』って言われたんだっけ?」

 「ウフ。そう。今は海藻好きよ。」

 涼子は綺麗な黒髪を手櫛で梳いて話を続けた。

 「兄ちゃんは今も金髪よ。その頃、宗教の正式な会員になって教えを学ぶようになった。」

 心美「教えって?」

 ん、心美。こいつの母はなんかの宗教に入って離婚になったんだっけ。結構ツッコミきついかも。

 涼子「うん。でも当たり前のこと。人を愛そうとか、神仏を信じようとか。反省しようとか、世の中を良くしようとかよ。」

 心美「う〜ん。」

 「とりあえず聞こうよ。」

 心美は「ま、いいけど」と座席に背をつけた。

 涼子「両親も会員だけど研究所の生活だから、対外的な宗教活動はあんまりしていないみたい。」

 「うん。じゃあ、聞いていいかな。『ニキータ伝説』って何?」

 心美「おっとキタ!キターッ!」

 「トゥフ。うるさい。」

 トゥフなんて変な笑い声が出てしまった。口下手だが心美が聞きたそうなことは分かる。心美を退屈させると涼子にツッコミまくって宗教論争になるかもしれない。道中気まずくなるのは避けたい。

 心美「男子二人静かだねえ?」

 正人「お前がうるさいんだよ。」

 心美「ええ?お前はないよねー。わたしお姉さん!」

 竜二「男はベラベラしゃべるもんじゃない。」

 心美「昭和か。で?で?」

 涼子「・・・中一の後半ね。私の暗黒期。変革期でもあるのかな。」

 「うん」

 りょ「教えを勉強して知識も深くなって、教えを実際にやってみたら霊力も安定してきた。まあ、仏教的な教えだけどね。自分の思いの管理とか八正道の反省とか『戒・定・慧』とか、」

 心美「難し。」

 りょ「毎日こうしようって自分を戒めて、夜は一日のことを仏の目で反省して瞑想するの。そして心を静かにして仏や天上界のことを考える。私の場合は『視る』だけど、そうして智慧を身につける。」

 「へえ。戒めなんて尼さんみたいね。」

 「うん。そのあと、悪霊撃退の修法を教えてもらったの。」

 心美「ああ、莉子んちでやったやつ!」

 「わたし見てない。」

 「あれは短縮形だけどね。本当はそんなに多用するもんじゃないんだけど、わたし色々な霊が見えてたし、色々脅されることもあって、祖母に言ったら『ぐじゃぐじゃ言う悪霊なんかは問答無用でやっつけてしまえ』って言うから、悪霊を見つけては修法で吹き飛ばすようなことをやってた。」

 心美「ええ?それ、ちょっと危ないやつじゃん。祟るよ。」

 りょ「うん。調子に乗ってた。真理凛なんかは『ヤンキーみたい』って言ってた。あの頃はグレてたのかも。」

 「こわ。周囲の霊さんも災難だわ。」

 りょ「ふふ。見境なく手当たり次第だった。でももちろん「人助けをしないといけない」って使命感に燃えてたんだけど、そうやって周囲の人の困っていることに飛び込んで、感謝される事も多かったの。でも、そうとう慢心があったと思う。」

 「でも、中学生に『慢心』なんて言ってもよくは分からないでしょ。」

 正人「・・・おお」

 「何よ」

 心美「莉子ってクール。達観してるね。」

 「そう?」

 涼子「優しいね」

 ん?

 まともに目を見て「優しいね」とか言うな。顔熱くなっちゃう。顔を両手で煽いだ。

 「で?」

 涼子は目を閉じて苦笑しながら、ちょっとうつむいてから、気を取り直したようにちょっと首を振ってから話し出した。この子はよく過去とかに入っちゃう子みたいだ。

 りょ「中1の三学期ね。友達三人と『ゴーストバスターズ部』を作っちゃった。週末だけだけど、SNS使って依頼を受けて、交通費だけもらって悪霊を祓うの。」

 心美「それプロだってば。祟るって。ヤバいよ。」

 りょ「うん。やってたのは半年だけ。そのとき名乗ったのがミドルネームの『ニキータ』。その頃は無我夢中で色々なところで悪霊祓いをしていた。」

 なんだか見えた。週末、金髪ポニテの涼子が母に抱きついたまま眠ってしまった姿。

 涼子は兄と祖母の家。両親は研究所で仲良くやっている。

 両親は家庭より研究を優先したのだろう。涼子も昔は葛藤があったのかもしれない。

 涼子はまた目を閉じて苦笑した。私の思いが伝わったみたいに。

 涼子「莉子さんには私の記憶が伝わっちゃうみたいね。」

 「ええ?」

 りょ「でも、兄とか友達がいたから寂しくはなかったよ。それよりネットで『お祓い師のニキータが超カワイイ』なんて噂になったから有頂天よ。カラオケ行ってマイクで『私ってカワイイーッ!』って叫ぶの。みんなに「自分で言うな!」ってツッコまれるの。」

 心美「あっはっはっはっ!」

 関係ないけどカラオケで思い出すのは、ミユキの父・行雲寺の叔父のことだ。私は小学校の記憶があやふやだが

その記憶には正人がいなかったので、その前の記憶だと思う。私が三歳ぐらいか。

 カラオケで私が「ポニョ」を歌ったら、叔父が合いの手を入れてきた。昔の『キング・オブ・ポップ』のマイケル・ジャクソン風に「フォー!」とか「アアオ!」とか「ダッダッダッ、パアアオ!」とか。あまりにも変な記憶なので夢かと思っていたが、先日叔父に聞いたら「ああ、それマイブームだった」と言った。「なんでそんなことを?」と聞いたら「楽しいじゃん。ヤンヤン盛り上がってると「こびと」が来るからお化けが来なくて良いんだ」と余計に変なことを言った。

 だいたいウチの父方の家系は霊感がある人が多いのだ。対するミユキの母、私の叔母の方は新宗教に入っているのに霊的能力には否定的で「霊能者も嘘つく人が多いからあまり信用してない」とのたまった。「霊能より教え重視」だそうだ。

 釈尊という方も仏の世界に通じるような最大の霊能者なのに、弟子が霊能力をひけらかすのをたしなめたそうなので、仏教というのは本来そういう理性的教えらしい。


 車窓を田園が流れてゆく。

 涼子「でもね。そんな事してたら、だんだん強い霊が相手に出てくるようになって、倒れる事も多くなった。中二の夏休みには『龍神』と対決して、二ヶ月も意識を失って入院した。死にかけたの。」

 心美「あ、やっぱり祟った?」

 りょ「後で聞いた話では、今まで祓った霊たちの中の強いのが三十何体も付きまとってたんだって。だから守護霊さんたちで私を龍神に会わせて、霊たちを食べてもらって、弱った霊たちを天使たちが裁きの場に連れて行ってくれたんだって。」

 心「コワ〜。」

 「そんなことするもんじゃないねぇ、ええ?三十体も?」

 りょ「普通は憑依霊がついても、地上にいるような霊はわがままだから、霊同士ケンカしてしまって五〜六体が限界なんだけど、例外的に同じ動物霊がたくさん憑くような人はいる。その人は、もし反省しないでそのままの状態で死んだら『畜生道』動物地獄に直行ね。」

 心「それも怖」

 りょ「でも霊能者は別。目的があれば何十体もつけて運ぶような人もいる。でも、私の場合は霊の方が復讐の目的でそれぞれの意思で憑いて来ていた。今ならそんな場合も天使と共同で集めてまとめて祓えるけど。」

 心美「でも龍が食べておしまいじゃないんだ。」

 「人間に限らず、魂は永遠の生命なの。あの世で死ぬことはないし、地獄で鬼に食べられた人もいつの間にか生き残っているらしいの。大きな悪霊に取り込まれた霊でも、個性としては存続していて、解放された時はまた個別の霊人として生活できるらしいよ。だから、いくら祓っても、霊をその場から消し去ることができても、行き場をちゃんと決めないと戻って来てしまう。あ、でも霊の側が嫌になって来なくなることはあるけど。」

 心「宗教オタクだわ。」

 正人「怖いんすけど。寒気する。」

 りょ「怖かったのはその後よ。病院で意識を失ってる間に色々な霊人や神様や天使たちが来て怒られた。」

 「天使に怒られるの?」

 りょ「『自分からそういう所に行く奴は普通死ぬんじゃ』とか『おばあさんの徳があるから様子見にお前も命を長らえさせてやる』とか『謙虚に祈願すればうまく守ってあげたのに』とかね。たくさん言われた。泣いて謝っても許してもらえなかった。」

 心「でも良かったじゃん。生きてて。」

 「目覚めた時、ばあちゃん泣いてた。私が悪かったのにね。申し訳ない事しちゃった。だからやめたの。」

 「あは。ばあちゃんって呼ぶんだ。」

 「え?あ、そうよ」

 正人「お嬢様なのに?」

 涼子は笑った。

 「あははは!そゆこと?お嬢様なのは学校だけよ。学費も高くないし、うちは普通の家よ。」

 「正人?大人の話に首突っ込まないで。」

 正人「誰が大人だ。」

 心美「やめなよ。せっかく口下手な涼子ちゃんが自分のこと話してくれてるのに。」

 「喋りすぎの心美に言われるとムカつく。」

 心「莉子も口下手だけどさ。」

 涼子「ウフ。私も自分のことこんなに喋るの初めて。」

 「でも、悪霊祓いの方は辞められたの?顔バレしてるでしょ?」

 「成長期に入ってルックスが変わったからバレることはなかった。退院の時は黒髪が生え始めてたし、走り回ってパツパツだった体も痩せてヘロヘロで力が入んなかった。それから半年で身長が十センチ以上伸びたからびっくりしたわ。」

 涼子は言ってからうつむいて黙った。あれ?

 「何か辛かったこと思い出した?この話やめよっか?」

 涼子は顔を上げ言った。

 「大丈夫。辛かったのは、ゴーストバスターズの友達三人が居なくなってたこと。」

 「居なく、ん?」

 「最初からいない事になってた。誰も知らないって」

 心美「ええ?」

 「あそれ、パラレル世界だ。マルチバース!異世界移行したんだ!」

 心美「ねえ莉子、今真面目な話。」

 「真面目だよ?」

 りょ「うふふ。私もそうかと思った。混乱してたら、ばあちゃんが『それは霊だ』って」

 ゾッ!

 心美たちもゾッとして停止している。

 涼子は私たちの反応に気づかずに話し続けている。

 「ばあちゃんは「霊が見えても、こんなの見えてもしょうがないんだ」と無視していれば見えなくなってくるって、「必要な時だけ見えればいいんだ」って、そう思ってればそうなるはずだって」

 「待って待って、友達が霊だったって?」

 涼子は私を見てからみんなを見回した。

 「あ・・ごめんなさい。」

 沈黙した。

 「ごめんね。怖い話するつもりじゃなかったの。」

 「涼子には自然に人間も霊も同じようにハッキリ見えてるのね?」

 「うん。今は見分けがつくけど、中学までは一生懸命話してたら霊だったって事何度もあった。「ああ、またやっちゃった」みたいな事たくさんあった。」

 心美「メガネと見え方が違うね。霊はだいたい黒っぽく見えるよ。生き霊は生々しいけど浮いてるから分かる」

 涼子「霊的なものは人によって見え方が違うの。」

 「で、涼子は何が辛かったの?」

 「うん。その三人の友達とはそれ以来全然会えないから「みんなは黙ってるけど、三人は生きてる人で、あの時死なせてしまったのかも」って毎日泣いた。」

 「ああ。辛いねそれ。」

 「ばあちゃんも心配してた『とにかく祈れ。神を信じろ。何とかなる』って言っていつも見守ってくれた。『神は信仰してる人の味方なんだ』って」

 「ばあちゃん優しいね。」

 「うん。前は思い出すと泣いちゃうから話せなかった。今は平気よ。あの時は悩んだわ。教団の本をたくさん読んでヒントを探した。お祈りもして、反省して自分の悪かったところを神様にお詫びして、また泣いて。で、もっともっと人のために生きないといけないなあって、心底思っていたら私の守護霊が来たの。」

 「いつ頃?」

 「中三の夏。それ以来教団に関係する天使とか菩薩とかが来てくれるようになった。だから今はニキータの時のような危険な事はしないし、命の危機みたいな事もないわ。」

 「涼子の守護霊ってどんな人?」

 「白い服の翼が生えた人。」

 「あれ?観音様じゃなくて?」

 「それはインド時代の人。最初の人はキリスト教関係の前世の人。でも、やっぱり『あの三人は霊です』って言ってた。「でもカラオケ行ったし食事もショッピングも」って言ったら『物質化していた時もある』って言うの。」

 正人と竜二が互いに顔を見た。「マジか?」って感じに。

 「アメリカかどっかの降霊会では物質化する霊もいたらしいよ。」

 心美「急にオカルト情報ブッ込むわね。さすが莉子。」

 りょ「私が危ない事始めそうだったから前世の友達の霊を派遣して守ってくれてたんだって。」

 心美「へええ。」

 りょ「私、調子に乗っちゃって、もっともっとってやっちゃって・・・」

 「子供って調子に乗るよね。」

 正人「あんたも子供だ。」

 りょ「うふ。守護霊さんが『みんなは今忙しいけど、そのうち会えるよ』って言ってくれたから、寂しいけど心のつかえは取れた。」

 「でも中三でしょ?勉強は?よく高校受験受かったね。」

 「中高一貫校だったし。でも中学校の成績は結構良かったよ。『ニキータ』の頃も、倒れて夏休み加えて二ヶ月休んだ後も平気だった。」

 心美「へえ、頭いいんだね。」

 りょ「どうかな。わたし鈍いけど。」

 「あはは。じゃあ、今は辛い事ないんだ。」

 りょ「今は『神様大好き人間』だもん。主や色んな神様たちや守護・指導霊様たちとお話しできるの。今はみんなが支えてくれているの。」

 「ん?・・」

 けっこうな『ぶっ飛び発言』だよね?

 心美「あの、待って。それって『神の言葉』が聞こえるってこと?」

 涼子「え、そういうんじゃないけど、守護・指導霊や天使たちは色々教えてくれるわ。主は・・・光と愛の根源だから、私は愛されていると感じています。」

 「う〜ん。ディープすぎる。異世界の女だわ。」

 心美「マジ異世界。」

 りょ「でもね。またニキータの時みたく慢心したら、今度は悪魔が来るから危ないの。おかしくなって死んじゃう。霊能力って命懸けなのよ。欲を持たずに謙虚に神仏に奉仕する心がけがないと危険。」

 「ニキータって言うとピリつくのはそれね?」

 「昔のように思われたくない。『除霊のニキータ』は廃業したの。今はよほどでない限り自分ではやらない。でも、近所の霊たちの間でも有名になっていて困ったわ。だから今は説得できそうならするけど、たいていは教団の祈願や供養を通じて、信仰と神様の力で彼らを救う事にしている。」

 心美「ふ〜ん。私の時も後で祈願がどうとか言ってたね。よほどだったんだ。」

 「私が言う事じゃないけど、涼子って人間の友達はいるの?」

 心美と涼子が同時に「あははは!」と笑った。

 涼子「いるよ。真理凛と、アヤと、あとはジョーンズって子。でも三人だけね。」

 「あんたも人見知りだしね。」

 涼子「他の人は『霊的なものがない世界』に生きてるから。本当はあるのに信じてくれない。学園のみんなは宗教やってても想像の世界だから色々言うと浮いちゃうし。だから私の見ている世界を話すのが怖くなっちゃった。みんなの平和を守るために黙ってサポートすることが多かった。・・・」

 偉いけど、ん?何を?サポートって何するの?

 心美「でも、みんなの平和のためにって?何するの?」

 「そ!それな!」

 りょ「死んじゃいそうな人とか、そのままだと死んだら地獄に行きそうな人には、何とかそれとなく信仰を伝えて、救いたかった。変なやつ扱いされて難しいけど。あんまり危険な場合は勝手にお祓いした事もあるけど。あ、「充分変なやつだ」とか思わないでね。自覚はあるから。」

 「へへ。」

 心美「勝手にお祓いとか結構怖いんですけど。」

 りょ「それで済むならやっちゃう。」

 竜二「アヤ先輩がしてもらったのはそれね?」

 りょ「うん。みんな死ぬとかよりいいじゃん?」

 正人「みんな?」

 正人が青くなった。私は怖くないが結構怖いことを言ってるらしい。

 「・・・なんか寒いね。話変えよっか。」


 沈黙した。長かった。涼子が沈黙を破った。

 「莉子さんも心美さんも正人くんも竜二くんも、私とお友達になってくれる?」

 えっ?かわ。何それ〜

 男子二人は見とれながら何度もうなづいた。私も笑って答えた。

 「うん?良いけど?それいちいち聞くタイプ?」

 心美「莉子がそれ言う?『ひとこと話したら友達』のマリリン嫌いだって言ってたじゃん?」

 「いや、言わない人もいるじゃん。クラスメイトなんて友達だよね。ぜんぜん親友じゃないけど。」

 心美「莉子のそういう油断してるとバッサリ切ってくるところが付き合いづらいんじゃないの?」

 「あっはは!言うねえ。心美だってたまに言葉の剣でズブズブ刺してくるよ。」

 なんか涼子が微笑んでいる。目が合った。

 りょ「二人のそういう感じ、すごくいい。私も・・・」

 もじもじして。可愛いやつ。

 心美「涼子ちゃん。よく話す人は友達だよ。もうとっくに友達。」

 涼子は「ありがとう」とまた涙ぐむ。

 しばらくみんな黙った。

 「でも涼子、それだけ美人だと男が寄ってくるでしょ?」

 涼子がピリついた感じがした。ヤバい事言ったかな?

 心美「あれ?涼子ちゃんいまピリッとした?」

 涼子は怒るわけでもなく無理に笑うでもなく淡々と話を続けた。

 「困ったのは、美人と言われる事。嬉しいのは嬉しいんだけど、言ったように中一の時はカワイイって言われて調子に乗っちゃったし、脇が甘くなって酷い目にあっちゃったから、あんまり容姿を褒められたくない。」

 心美「ほほう?贅沢な子だねえ。」

 りょ「男子は下心があるし、あんまり言われるとつらく当たってしまうから苦しい。中学から女子校だし、たまに男子が下校の時、歩道とかで待ってたりしたけど、受け答えができなくて、ふったことになっちゃって。そのうち誰も来なくなったわ。」

 心美「男子が待ってたって。すごいねえ。」

 正人「僕を見て言うなよ。」

 「美人は真顔で黙ってると怖いからね。」

 りょ「私も自分では『狼顔』で怖い方に分類される顔だと思う。もっとかわいい顔に成長したかった。」

 「無い物ねだりを言うんじゃないよ。」

 「ふっふ。ごめん。でも私は『宗教にお金使う女』だから、けっきょく失望されるの。最近は「神様の方が好きです」って言うことにしたの。」

 「それ、誰かに言われたの?」

 「口で言う子はいないよ。」

 「心が読めるのも災難だねえ。」

 でも呆れる。

 涼子は私を見た。どうせ読まれるなら言っちゃう。

 「高嶺の花だよね。涼子って。」

 涼子は不服そうに「ええ〜?そうかなあ」と応じた。

 心美が言う。「だってさ、褒めるとイラつく女?男はどうやって口説くの?しかも考えてることわかるんだよね?「九割好きだけどここは気に入らない」とか許されるの?しかも?天使が見えるんだよね?天使ならイケメンじゃん。性格も完璧でしょ?かなう男なんて居ねえ。」

 涼子はちょっと泣きそうな顔で黙った。

 心美ぃ・・・でもそうだなあ。

 涼子って、こいつ一生独身かも。またはお情けで、ろくでもないダメ男に貢いで散々苦労したり?

 「ねえ莉子さん。そういうこと思わないで。私だって幸せな結婚生活がしたい。」

 涼子は涙目。いかん。話題をずらそう。

 「ああごめんごめん。でもちっちゃい時から可愛いんでしょ?さらわれちゃうんじゃないの?怖い目にあった?男性怖いとか?」

 「ううん。怖い目に遭いそうなら事前に分かるから逃げちゃうし、知らないうちに解決してることもあるみたい。」

 「お姫様かよ。御家来衆が片付けてくれるのかよ。」

 心美「うふふ。」

 涼子「天使たちだと思う。いつも感謝してます。マリリンがね、前に不思議なこと言ってたの。「涼子にはなかなか会えない」って。「電話とかメッセとかくれれば良いのに」って言ったら『これがなんだかなかなか出来ないんだよね』って。邪魔が入るみたい。」

 「不思議。」

 心美「あは。あいつ涼子ちゃんの危険人物なんだ。」

 りょ「でも最近はそんなことないみたいよ。でも前は必ず「美人だねえ」って言うから会うの嫌だったの。」

 心美「それさ、美人に美人と言って何が悪いの?真実じゃん?」

 「フッ。逆ギレ。」

 りょ「ごめんね。ありがとう。でも、女の人の「美人ね」は怖いの。その後どんなふうに答えても、結論は「嫌味な女」か「嫌な女ね」だもん。辛い。それに中身に自信がないから注目されたくないのに目立ってしまうから最悪。これ、私の人見知りの原因だと思う。」

 心美がムッとしている。ガス抜きにちょっとだけ言ってやる。

 「ばかやろ。贅沢言うな。女子はみんな涼子みたいな顔になりたいんだ。」

 涼子もちょっとムッとした。心美を見たら声を出さずに『ナイス』と言った。

 だから友達なんて難しくて嫌いなんだ。めんどくせ。

 ムッとしてたら涼子は優しく笑った。そして話を続けた。

 「でも、ママとかママのお姉ちゃんとか、いとこたちとかすんごい美人なの。彼女たちこの前ホームステイに来てすぐ学校の人気者になっちゃった。見た目は勝てないし、私暗いから絶対人気者にはなれないし、比べられて泣いたわ。」

 「涼子はシリアスに生きてるからね。『暗い』という言い方は当たらないよ。」

 「あは。莉子さん優しいね。スマホの写真見て。これ、いとこたち。」

 心美が「見して見して」と乗り出してきた。

 正人も「おお、金髪美人三姉妹とその母?」と解説気味に言う。

 竜二も無言で覗き込む。

 心美「あれ?嘘?知ってる。アメリカで売れてる美人三姉妹?女優、歌手、モデル。」

 美女四人。みんな涼子より背が高い。一番背が低い子でも涼子の頭が額のあたりなので五センチは高いだろう。しかも胸もでっかくて超グラマー。

 「比べられた?きっつーう!窮屈そうに笑ってる涼子が印象的だわ。」

 「これはパパとママ」

 と見せたもう一枚は、長い白衣を着た二人。金髪の涼子似の美人と、背の低い美形の男性。薄髭を生やしている。その間で最近の涼子が笑顔でダブルピースしている。

 心美「この人たちもニュースで見た!なんかの技術で飢餓を防いだから外国で表彰されたんだよね?」

 正人「すごい。やっぱお嬢様じゃん。」

 写真はさっきの苦しそうな笑顔と違って、涼子の笑顔は本当に嬉しそうなフルスマイル。

 両親二人が、離婚しても研究所で仲良くやっている。その事実は『涼子たちが邪魔だった』とも考えられる。

 その事で涼子は苦しい思いをしてたかも知れない。

 しかし、もし子供の自分達より研究を優先したとしても、その研究が多くの人を救ったのなら、こっそり悪霊祓いするような、あるいは今回みたいな、こういう人助けが大好きな涼子が、恨んだりするはずもないよね。

 涼子は私に答えるように言う。

 「うん。確かに研究の結果が出るまでは言葉にならない苦しさが心の奥にあった。でも今はないわ。本当に何十万人も救われたし、これからもずっと救われるの。」

 「すごいなそれ。良かったね。」

 涼子はまた涙ぐんで「うん」と少し裏返った声で言った。

 りょ「でも、いとこの子達のことは、あの時、正直言うと憎くなっちゃった。だから私の顔を見て嫌な事思う人の気持ちもわかるの。でも今は憎くないよ。嫉妬の相手は自分の理想だから、相手を信じて良い所を見て褒めてあげるようにしたら楽になったの。それに自分の方は、謙虚にして、与えられたものに感謝して周りの人にラッキーを分け与える生き方をしないといけないよね。」

 これも教えなんだろうね。

 この涼子という女・・・いくら話を聞いても『謎の女』のままだ。

 本当に『異世界の女』みたいだ。同じ場所にいるのに違う時間を生きている。

 「でも涼子ぉ、美を分け与えることはできないよね。」

 心美「女優とかがあるじゃん?」

 りょ「そういうのは嫌なの。だから努力して別の自分を作っていきたい。」

 心美「私なんかは配信してカワイイを分け与えてるよね?」

 「あんたのは押し売り。」

 心美「何それ?またバッサリ切られた。そういう時は「そうよねーカワイイよねー」って言うのよ。」

 「ゼッテーやだ。」

 心美「何よー!」

 心美が私の首を両手で掴んでゆすった。

 涼子は微笑ましげに見ている。

 

 8

 田舎の田んぼ道を歩いている。

 祖母の実家は、戦前は豪商だか豪農だかで、八年前のおぼろげな記憶では結構大きい家だったような気がする。

 祖母は戦後十年して東京で祖父と会って結婚した。そのぐらいしか知らない。

 涼子「心美さん、あの眼鏡持ってます?」

 心美「え?あ、はい。」

 心美がポーチから眼鏡ケースを出して差し出すと、涼子が少し身を引いた。苦手らしい。

 りょ「おばあさまが莉子さんにかけて欲しいんだって。」

 「あそう。いいよ。」

 眼鏡をかけると、隣に浮かんでついて来ているばあちゃんが見えた。

 「あああ。立ってるばあちゃんは初めて見るなあ。」

 小綺麗なグリーンの着物。白髪混じりのグレーな髪は後ろで団子にしてまとめている。

 顔は縦皺が多く、目がつっていて気難しそう。昔キツイことを言われて泣いた記憶は、内容が思い出せない。

 『まあ、ババアの昔話も聞いてくれや。』

 「ばあちゃんが話を聞けと言っている。」

 心美「私ら聞こえないけど?」

 「伝えるよ。ばあちゃんの言うことをかいつまんで話す。」

 

 昭和十年生まれ。

 戦争中。九歳の時だった。幼馴染で『キヨシ』という男がいた。

 背の低い小さい男だったが、年齢が六歳も上だと知ったのは、あいつが中学に入学してからだった。

 昭和十九年。アメリカとの戦争も末期。空襲に怯える都会っ子たちがこの田舎にも大勢避難して来ていた。

 十五歳のキヨシにも兵隊になるよう召集令状が届いた。『赤紙』というやつだ。キヨシは少年兵として戦場に送られる。これは拒否できないものだった。逃げれば家族もみんな村から拒絶される。

 キヨシの兄も飛行兵としてマリアナの海に散った。

 わしは「キヨちゃんに人が殺せるわけないのに。馬鹿みたい」と言ったら親父にひっぱたかれた。昔は子供はよく叩かれたもんじゃ。今なら児童虐待か?

 キヨシの兄が死んだあと「結婚もできなかったのは可哀想だ」と、供養のためにお人形と結婚式をした。綺麗な人形じゃったが、キヨシのやつは「お人形と結婚するぐらいならボクは千恵子ちゃんのがいい」と言い出した。

 わしもキヨシが嫌いでもなかったから「いいよ」と言ってしまった。おかげで九歳で婚約になってしまった。

 キヨシの出征の前に婚約祝いで披露宴をやった。今思えば狭い村の中での話だ。婚約と言っても形式的な冗談みたいなもんじゃったんかな。大人たちが苦しい戦時下で少しでも楽しい催しをしたかったんかもしれん。

 それでも、うちは豪農じゃったので村中から人が集まって、欧米の経済封鎖で物資が無い中、親父が隠しておいた『たる酒』を振る舞ってお祭り騒ぎじゃった。

 戦後、キヨシの奴は帰ってこなかった。

 向こうで上官だった人が「どうもソ連軍に捕まったらしい」と教えてくれた。

 『シベリア抑留』というやつだ。当時のソ連は日本人捕虜に極寒のシベリア地方で強制労働をさせていた。これはいかんことらしいが「戦後の補償をソ連が求めない事の見返りでは」と大人たちが話しているのを聞いて、頭に来たのを覚えている。

 戦争なんかは本当に苦しいばっかりでなんの得もありゃしない。だから今、戦車だ戦艦だと、ひゃあひゃあ言ってる連中は引っ叩いてやりたくなる。

 戦後十年して、わしが二十歳になった時、キヨシが日本に帰って来ていると知った。

 向こうで体を痛めて強制送還されて、横浜の病院で長い事入院しておったらしい。

 わしは、何度も横浜まで始発で出てキヨシに会い、終電で戻ってくるようなことをしていたが、キヨシはこちらに帰って家を継ぐことになった。

 キヨシは婿養子だし、うちの家の男はみんな戦死して、わしの爺さんと親父の二人だけだった。親父も当時六十近くだった。昔の日本人は六十過ぎて引退したらポックリ死んだもんだった。

 でもな、キヨシのやつには女がいた。雪絵という女じゃ。子供までおった。

 キヨシの入院費も雪絵の親父が出していた。

 キヨシのやつは雪絵と別れるぐらいなら帰らんと言っていたらしい。

 親父は考えに考えたが、どうしても家を継ぐ跡取りが欲しかった。キヨシの子供は男だった。

 キヨシの実家の母はアメリカの艦載機が気まぐれに機銃掃射したせいで死んでしまって、親戚もおらん。

 親父はわしに「出ていけ」と言った。

 派手に婚約披露宴をした手前、村の人間の目に耐えられる言い訳が必要じゃった。

 わしが男と出て行った、駆け落ちして家を捨てた、ということにして、仕方なくキヨシたちを家に迎え入れた形にすれば近所の目に耐えられると親父は言った。

 わしは信じられんかった。でもな、昔は『お家』が一番大事なことじゃったし、『家長』が決めたことは絶対じゃった。だから母も逆らえんかったらしい。

 それでもわしはキヨシの嫁になるものと、決めて生きて来た。わしも抵抗したが、結局は『お家のことが優先』じゃ。女の身分は低いものじゃった。

 結局わしは家を守るために家を出た。

 親父は「何かの時に身分保証はする。でも、二度と村には来るな。甲府も近すぎるから東京に行け」と言った。

 

 ばあちゃんの霊は言う。

 『あとは知らん。東京に出てホステスやっとったらお前らの爺さんにナンパされたんじゃ。やつも甲州の人間じゃで、わしの訛りが今ひとつ抜けんのはそれのせいじゃ。』

 「へええ。そうなんだ。私の記憶のばあちゃんは寝たきりだったし、それすらあやふやだもんね。」

 心美「ねええ、途中から霊言みたくなってたんですけど。」

 「そう?」

 『莉子にはボケた意地悪ババアの記憶しかあるまい?わしの人生も知ってもらえたら本望じゃ。』

 「う〜ん、じゃあなんでこんなとこまで?気がかりなことって何?」

 『聞いたらその『雪絵』のやつ、家ェ乗っ取ったらしい。』

 「ほほう?すごい話だ。」

 『お前この馬鹿!ほほうとは何じゃ。すげえ腹立つわ』

 川にかかった橋を越えた。川幅は五メートルもないが両側は草が生えていて、都会のでかい側溝みたいな川とは大違い。子供の頃なら正人と探検してバッタとか亀とか捕まえに行ったかもしれない。

 正人が言う。

 「見えた。あれでしょ?」

 山地の小山の前に大きな庭と古民家がある。大きな屋根。普通の住宅なら三件分ぐらいのでかい家。昔は藁葺きだった気がするけど、今はトタン屋根になっている。

 『雪絵のやつ、まだ生きとるはずじゃ。』

 「ええ?なんて言えばいいの?」

 『千恵子の孫だと言えばいい。奴は看護婦じゃった。キヨシの病院で何度か会ったことがある。もう奴もババアじゃろうがな。』

 庭のトラクターの横に男の人がいた。

 『ああ、息子の春芳な。もう七十五ぐらいじゃろ』

 話しかける。

 「あの、春芳さん、私、千恵子の孫ですけど」

 「おまん誰じゃ!」

 孫だってば。名前言っちゃったから驚かせちゃった。

 「はるよし?」

 声の主、小さいおばあさんが押し車を押して来た。背中は丸く曲がっていて髪は真っ白で後ろでまとめている。

 その顔は、うちのばあちゃんとは違って、丸顔で少し太っていて横じわが多く、目は垂れ目。温厚そうに見える。

 そのお婆さんは、私の顔を見て涙を流した。

 「え?」

 ばあちゃんの霊が笑った。

 『フハハ!雪絵め!驚いたか!莉子の顔はわしの若い時にそっくりなんだ!』

 ばあちゃん・・・人が悪いよ。

 

 大きな客間に通された。畳部屋で二十畳ぐらいある。みんな座布団に座っている。四角い座卓にお茶。おせんべいや甘い小さい饅頭も。

 雪絵おばあさんは言う。

 「旦那様は、いえ千恵子さんのお父様は、私たちが家に入った後、すぐに脳出血で倒れましてね。十二年介護しました。そういうのは嫁の役目でしたからね。その時期は奥様が家のことや農作業のことなどを取り仕切っていました。よくお叱りを受けましたね。でも旦那様が亡くなってから奥様も倒れて十年も介護しました。奥さまが亡くなってから、キヨシさんも倒れて亡くなりました。息子の春芳も病気がちで甲府まで長年通院して大変でした。」

 ばあちゃんの霊は腕を組んでいる。

 『ほほう。苦労したと言いたいんか。そんなんじゃ許さん。』

 ばあちゃん、人が悪いよ。

 雪絵「でも、看護師をしていて良かったと思います。家族だけでなく村の人たちの相談にも乗ることができました。私のような者が人様のお世話をして、ありがとうなんて言ってもらえたのですから、私の人生も良いものだったと思っています。試練が私を磨いてくれました。それはありがたいことだと思っています。」

 ばあちゃんの霊は黙っていた。不満げ。でも諦めたような眼をしていた。

 ばあちゃん?

 『まあ、看護婦じゃしな。・・・悔しいが、いい奴じゃな。』

 雪絵おばあさんは言う。

 「春芳は十年前ぐらいからは具合も良くなって、今は農業に精を出しています。」

 十年前・・・ばあちゃんが死んでからだな。ばあちゃんの呪いかな。

 『莉子!こん馬鹿!何ちゅー人聞きの悪いこと言うか!わしそんなことせん!わしも苦労したし、歳とってボケてお前たちに迷惑かけてすまんかったと思うとる!莉子にも当たり散らしてすまんかったと思うとる!ひどいこと言うな!』

 ばあちゃんは泣いた。

 ごめん。適当言い過ぎた。ばあちゃんごめんね。

 『莉子。すまんかったな。お前にもひどいこと言ったと思う。』

 いいんだよ。認知症のせいだし。覚えちゃいないしさ。誰もばあちゃんを恨んでないよ。おじさんは酷かったって言ってるけど、あの人も人を恨む人じゃないから。

 涼子が言葉にせず思いを伝えた。

 『そういう自分の地上生活の悪かったところの自覚がある人は、反省が進むから天国に行くのは早いですよ。』

 雪絵さんが涼子を見た。涼子が私の横の見えないばあちゃんをじっと見ていたから。

 雪絵「あなたはどなたですか?」

 涼子「あの、私は莉子さんの・・・と言いますか、付き添いです。て、あの莉子さんは体が弱くて、」

 何でドギマギするんだ。霊には強いくせに。

 「涼子は私の友達です。」

 涼子は「あ」と口を開けてから、私を見てうつむいた。顔を赤くしている。

 『友達って言ってくれたぁ』なんて思ってる。何だよかわいいな。

 雪絵「あなたはこんな所に来る人じゃないと思う。」

 「うん?」

 みんな「?」だった。

 「何でですか?」

 雪絵「大旦那様のようなすごい存在感がある。」

 「大旦那様?」

 ばあ『わしの爺さんな。あの人もなんかよく『見る』人だった。わしが東京に行ってしばらくして亡くなったと聞いた。』

 雪絵「うちは、あまりに不幸が続くので大旦那様の祟りではないかと言われています。」

 涼子「ここにはいらっしゃいませんね。違うと思う。」

 雪絵さんは何か考えついたようにフッと横を見てから私を見て言った。

 「あなたたちに見せたいものがあります、」


 春芳さんと雪絵さんに庭を案内され母屋の裏に来た。

 赤い小さい社があった。古い大きな家でよく見るやつ。

 高さは一・五メートルほど。石を組んだ土台の上に赤い社。

 一目見て怖い。扉も閉じられていて手入れされていない。周囲も草だらけで荒れている。

 何か黒いオーラが出ている。

 「こわ。」

 心美「莉子、あんまり色々言ったり思ったりしない方がいいよ。お稲荷さんと水神さんは祟るというから。お世話されていない場合はなおさらだって。」

 ばあちゃんがいう。

 『これはなあ、じいさんが大事にしとったお稲荷さんだな。じいさんも晩年はほぼ寝たきりだったし、わしが毎日お供えをして『お家繁栄』を祈るよう言われとった。でもわし、東京に行っちまったしな。』

 雪絵「大旦那様は、朝、この前で亡くなられていました。一人で歩けないはずなのに。」

 『何言っとるか。家族が田んぼに行っとる間は自分で便所に行っとったわ。甘やかしよって。じいさんも若い雪絵に介抱されたかったんかの』

 ばあちゃん、悪口やめて。ひいじいさんが来そうで怖いよ。ばあちゃんが居なくなってから急に悪くなったかもしれないじゃん?

 雪絵「旦那様はその後、これを移設して新居を建てようとしていたのですが、やはりここで倒れました。奥様もキヨシさんもここで。」

 心美「ひえ祟りだわ」

 「やめて心美。それ失礼。」

 雪絵「いえ。私たちも近所の人たちも祟りだと思っています。神社やお寺の人も霊能者の人も『ちょっと手に負えない』と言うばかりで・・・私たちはどうしたらいいものか分かりません。」

 何か『獣』の臭いがした。

 社の後ろに白いものが見えた。いや、生き物だ。二メートルぐらいの・・・

 何だろう。毛を逆立てて、目がつった犬、じゃない狐か。

 黒いオーラを周囲に放って、犬みたいに牙を剥いて、荒い息をしている。

 すごい怒りを感じる。

 ばあちゃん『おおお。やっぱり本当にいるのね。』

 大きい獣の霊体は答えなかった。

 ばあちゃん『放ったらかしにしてすみませんでした。わし、いや私も大変なことになってしまって、世話できなくなってしまって、すみませんでした。』

 霊体は牙をしまってうなづいた。

 霊『わしは江戸の昔からこの家を守って来た神である。新之助はわしが殺したのではないぞ。』

 ばあちゃん『新之助はわしのじいさんな。雪絵が言う大旦那様のことだ。』

 霊『あやつは天寿を全うし、わしに祈りを捧げた後で天に還ったのじゃ。』

 雪絵「なんか見えてますか?」

 霊が大きく口を開け叫ぶ!

 『後の三人はわしじゃ!』

 ドガァッと真っ赤なオーラが吹き出した。足が震える。

 霊『毎日の供物をもせず!大事な社を取り壊そうとした連中じゃ!わしも抵抗する!神は祟るものぞ!人の命など儚いものだ!』

 「こわあ・・・」

 涼子が言った。

 「雪絵さんは?」

 みんなビクッとした。そうだった。霊の声はみんなには聞こえていなかった。

 雪絵「何ですか?」

 霊は雪絵さんの声を遮るように言う。

 『こやつには、何や異国の神と信仰の繋がりがあって手が出せん!だから苦労させてやった!』

 涼子「雪絵さんは信仰をお持ちですか?」

 雪絵さんは驚いたが話し始めた。

 「ええ、クリスチャンです。ここでは昔は公にすると変に見られたのでイエス様の十字架の首飾りしか持っていませんが、昔洗礼を受けています。毎日イエス様に祈っています。自己流で短い祈りですが・・・」

 涼子「その信仰があなたを守っているらしいわ。でも・・・」

 霊『雪絵ももうすぐ死ぬ。春芳もな。この家は断絶し朽ち果てるのじゃ!』

 う〜ん。ゾッとする話だな。

 霊『お前の孫が来たからそっちに行ってもいいぞ。』

 ばあちゃん『それは困る。』

 霊『なあに、丁重に感謝をもって、毎日祈りとお供えをしてくれれば、わしも岩見沢家のために働くぞよ。多少の作法の違いは許そう。そうすればこの家のように豪農にでも豪商にでもして見せよう。』

 涼子「・・・ああやっぱりこれが稲荷信仰ですねえ。」

 霊『それとも若い女よ。わしを祓うとでも言うんかえ?』

 涼子「いえいえ。」

 涼子は相変わらず観音様のように光を放っている。

 『この稲荷大明神と戦うと言うのか!』

 霊はまた牙を剥いた。そして今にも跳びかかるかのように低く身構えて、涼子と竜二をチラチラ見ている。

 二人を警戒している。

 竜二はオーラだけはでかい。涼子並みに大きい。でも後光は見えない。

 涼子は落ち着いて言う。

 「敵意がないのは分かって欲しいところですわね。まあ落ち着いてください。あなたは稲荷大明神そのものではない。その配下の使いの霊のはず。その前は人間として生まれていた。その時は・・お坊さんね?」

 霊は身を起こして口を閉じて牙をしまった。そして逆立った毛を戻し、狐色の毛並みが分かるようになった。

 『う〜ん。よく見抜いたな。初めてじゃ。その光本物じゃな?魑魅魍魎や妖怪どもはよく神仏に化けよるで疑ってかかるんじゃ。』

 落ち着いたみたいだ。霊に話しかける。

 「お稲荷さまごめんなさい。残念だけど私も毎日そこまでは出来ないし、あなたはどこかから来てくれたんでしょう?ここに居るより戻っていただいたほうが居心地も良いのでは?」

 雪絵「お稲荷様と話しているのですか?」

 霊は急に激昂する。

 『お前はだあっとれ!異教徒が!』

 霊は雪絵さんにカッと牙を剥いた。

 雪絵さんは見えていないし聞こえもしないので強い。構わず喋った。

 「旦那様は現実的な方でしたので、こういう信仰を受け継ぐ気は無かったようです。」

 霊『健次郎はそういうやつじゃった。』

 ばあちゃん『健次郎は、わしの親父な。』

 涼子が言った。

 「あなたも本当はこの家の人たちを殺したのではないのね?」

 「え?そうなの?さっき『わしじゃ』って・・・」

 『ああ、見抜かれてしもうた。さっきのは脅しじゃ。嘘じゃよ。本当の観音のような女じゃの。』

 「ええ〜?嘘つきだね。」

 『狐じゃし。でも新之助のことは嘘ではないぞ。祈りを捧げて死におった。』

 「え、でも、三人はここで死んだんだよね?」

 『わしに限らず霊は人間の寿命は大体わかるでな。死ぬ前にここまで引っ張って来たのはわしじゃ。』

 「え、何でそんなことを?」

 『わしを信仰しないと死ぬぞと、供養せい!と言いたかった。』

 「ええ〜?」

 『健次郎はわしを祀らん気じゃったから、危なくても無視してやってたら、元々脳の血管が弱くてな。ああなってしまった。嫁の方も警告せず無視しとったら持病の腰が悪くなって立てんくなった。でも寝たきりでも寿命まで生きたぞ。キヨシは大陸で胃腸を痛めててな、ずっと薬飲んどったわ。放っといたら死によった。ここは『山の気』が強い土地でな。元々、人が住む土地ではない。わしの法力で避けてやらんと『穢れ』に乗って古い邪霊が来るでな。すぐ病気になりよる。』

 「法力って?」

 『最初にここに稲荷を勧請したんはいつだか知らんが、この母屋を建てた時に入れ替えで来たのがわしじゃ。わし、狐になる前は、この女が言ったように天台宗の坊主でな。法力はあったが言ってることに嘘が多かった言うんで、死んだら畜生道に落ちて狐になってしもうた。そのまま狐の自分に慣れてしまって地獄から出てしばらくしたら、縁が巡って福の神の使いみたいなことをしとる。わしも落ちぶれてしまったが、元仏教僧の矜持があるでな。『不殺生戒』を破るのは抵抗がある。』

 「なあんだ。悪霊じゃないじゃん。」

 『福の神の使いじゃ。そんなに悪いわけもあるまい。粗末にすれば祟るが、昔はたくさん仲間がおったんじゃけどな。時代の流れかの。お前も昔この辺で巫女やっとったじゃろ?稲荷ではないが、あの神社も無くなってしもうたの。寂しいもんじゃ。』

 「私の前世が江戸時代の巫女さんって話?」

 涼子が「おほん」と咳払いした。

 「そっか。話し込んじゃった。じゃあ・・・お稲荷さまはこれからどうしたいですか?」

 『どうと言うてもな。役割を仰せつかって来とるでな。ここを守り、感謝の供物とかでわしに余力がつけば経済繁栄させてやっとった。昔は良かったのう。わしも力に満ちとった。誰も祈らんなら、わしも弱くなる。『山の気』はいつも変わらず川まで流れとるから、わしが法力で曲げとるんだよ。これ以上弱くなると母屋が守れん。たとえわしが今の力を維持していても、雪絵も十年もしないうちに死ぬじゃろ?春芳だって元々体は強く無いからあと十年も生きんじゃろ?お前らもここを守る気がないなら、ここは誰も住めん土地になる。』

 「う〜ん。それって村全体ですか?」

 『いやあここの山からそこんとこの川に山の気が抜けとるから、村全体の話ではない。』

 「お稲荷さまが居ない場合、雪絵さんたちはどのぐらい住めますか?引っ越さないといけない?」

 雪絵さんは「?」と首を傾げた。

 『半年かの。持って一年か。それ以上はいくら雪絵でも病気になると思うぞよ。』

 「怖い土地・・・」

 『日本にはそんな土地がたくさんあるんじゃ。それを信仰の力で何とか住めるようにして来たんが日本人というものじゃ。』

 雪絵「お稲荷さまと何か話されたんですか?」

 『さてさて、わしを追い出す方向のようじゃが、お前たちに何かできるんか?』

 涼子を見た。

 涼子はうなづいて、両手を合わせて祈った。

 「主よ。願わくば、私たちに必要な指導をください。お願いいたします。」

 ああ、そんな感じで良いの?

 上空から白い光が差した。わずかに薄紫のようにも見える神秘的な光。

 その光に沿って霊人が降りて来た。

 古代人の髪型と服装。腰には帯と剣。弥生人か古墳時代の人かという感じ。

 濃い紫色のオーラと後光がすごく強い。額には太陽のような金色の当て物をしている。

 『我は稲荷大明神。豊穣神であり、かつ、獣の霊を統括する役割なり。』

 二メートルの狐霊は驚いた。

 『おおお!神官の霊じゃないんか!神様じゃあ・・・』

 『狐よ。この任を免ずる。ついて来なさい。』

 『はい。』

 古代人風の光る霊人と狐の霊は上に飛ぶような姿勢をとった後、消えた。上空からの光も消えた。

 静かになった。

 涼子「主よ。稲荷大明神よ。ありがとうございました。」


 母屋でお菓子を頂きながら話す。

 山の悪い気が原因で、一年以内に引っ越さないと病気になると、狐さんが言った事を伝えた。

 雪絵「引越しですか。それは、私たちの世話をしてくれている近所の人と相談しないと・・・」

 春芳「まああ、でも、ここも住みにくいで。良い機会じゃ。」

 安堵の空気が流れた。祟りに呪われた恐怖感はもう無い。

 ばあちゃん良かったね。

 『お前ら子孫に祟っても困るでな。』

 ミユキはくるなと言ったのは?

 『あいつは涼子ほど強く無いで。あっちに持って行かれそうじゃったからな。』

 怖。でもありがとう。

 『チット前まではこんな事、思い付かんかった。ミユキが色々言ってくれたおかげじゃあ。』

 涼子と苦笑した。

 

 春芳さんが「車で甲府まで送ろうか?」と言ってくれた。

 でもばあちゃんが『その前に先祖の墓参りをせい』と言うのでそれが終わったら送ってくれることになった。

 ばあちゃんの実家を出た。

 振り向くと雪絵さんと春芳さんが見送っていた。その後ろには亡くなった四人が手を振っていた。私の先祖だから怖くはない。怒ってるわけでもないしね。

 

 歩いて十五分のお寺。岩見沢家代々の墓がある。水をかけて掃除して焼香。祈る。

 八年前のお墓参りの記憶。あんまり無いが、こんなだった気もする。

 冥福を祈ったが、さっきのご先祖たちは来なかった。

 眼鏡の目で他の墓も見ると、故人の霊がいるものがたくさんある。

 ばあ『わしこんな所に居られんし』

 「だよね。」

 ばあ『他の墓に手合わせるなよ。憑いてくるからな。』

 「しないよ。でも涼子のところでも先祖供養ってするの?」

 りょ「するけど、毎日はしないよ。近所の霊たちも供養されたくて集まっちゃうから。」

 「それ怖いな。でも涼子と竜二がいるから今日は霊がついて来たりしないね。」

 ばあ『あんなにあからさまに光ってたら、普通の霊は萎縮して喋れんもんじゃ。』

 「じゃあ、ばあちゃんは普通じゃないね。」

 『小娘じゃろが。わしら戦後の東京で命張っとったんじゃ。いくら光っても負けやせん。』

 「ばあちゃん強え。」

 『うちの家系はみんな強いんじゃ。強情とも言うが。』

 りょ「おばあさま、これが終わったら早く上がって下さいね。地獄で少し反省することになるかもしれませんけど、早く出られると思います。」

 『天国に上がっても、来たければ地上に来られるのじゃろ?』

 涼子「もちろん。」

 掃除用具を持った若いお坊さんが通りかかった。

 『はいはいじゃあ、住職に会って「千恵子から預かっているものを返して下さい」と言え。』


 保険証で身分を証明して、広い畳の部屋に通された。涼子たちは庭で待っている。

 濃い紫色の座布団で座ってしばらく待っていると、住職が布で包まれたものを両手で持って来た。

 住職はそれを畳の上に置いた。布を開けるとよくある木彫りの熊だった。

 なんだ。金目のものじゃ無いんだ。

 『何も言うな。ただ受け取って無言で帰れ』

 「はい。」

 返事をしたので住職が私の顔を覗き込んだ。どうしよう。

 『大丈夫だ。そいつは先代と違って霊感はない。』

 お礼ぐらい言わせて。

 『だめだ。質問される。』

 ばあちゃんの言う通り、無言で受け取って帰った。

 境内を歩く。

 「ねえ、重たいんだけど。正人持ってよ。手が痛くなっちゃう。」

 熊を正人に渡した。

 みんな門を出た。

 『だから男手が要ると言ったろ?』

 「でも、私の手には重いけど、そんなでもないよ。で?何なの?このクマさん。」

 『東京に行かされた時、親父が当面の生活費と別に餞別に持たせてくれた。中に金貨が入ってるんだとよ。』

 「金貨あ?」

 正人「ええ?」

 心美「うそ!何?」

 『親父も『男と駆け落ちした』なんて嘘までついて、わしを追い出したことに罪悪感があったらしい。「困ったら売ると良い。」なんて言うとった。』

 「何でお寺に?」

 『わしにもプライドっちゅうもんがある。「あんな家の金なんか使えるか!」なんて突っ張っとった。だから仲良くしとった先代住職に預けたんじゃあ。』

 「そっか。これが気がかりだったんだ。そりゃ気になるよねえ。」

 『東京で働くようになって、お金のありがたみを知った。取りに行こうにも、あの寺は実家に近すぎる。息子二人は若い時は忙しくしとって頼めんし、お前ら孫も小さかったしな。そうこうしとるうちに。ボケが始まっとってな。結局そのままになっとった。八年前の時は住職も変わってて知ってるやつがおらんで、惜しいことした。』

 涼子「死んだら本当は、こういうものも全部諦めないといけないんですよね。」

 『お前らにやる。お礼だ。大事に使え。』


 家に帰って確認した。

 木彫りの熊の腹には壁材で塗り固められた部分があって、そこを彫ると『甲州金』という戦国時代の金貨が入っていた。直径四センチのが五枚。本当に入っていた。

 「どうやって売ろう。」「高校生が売るのはちょっと疑われる?」とか色々みんなで考えて、父に送って売ってもらうことにした。

 後日、百万円と少しが私の口座に振り込まれた。

 何も言わずに大金を振り込む律儀な父。危ないと思わないんだろうか。通帳にコンマが二つあるのすら初めてのこと。心美に竜二・正人・涼子、私の五人で分けようと言ったが、四人とも「預かっといて」ということだったので、手をつけずにいる。大金がちょっと怖い。

 涼子は初めに言った通り、半分しか交通費を受け取らなかった。「私のばあちゃんのことだから全部出す」と言ったが「それじゃニキータと同じだし」と、なんか自分の過去を気にする。無理しなくていいのに。

 事の顛末を見届けてから、ばあちゃんは笑顔で天に上がっていった。姿は上がる時には若返って、やっぱり私に似ていた。三十代ぐらいに見えた。ニッと気の強そうな笑顔でピースしてから上がって行った。

 ミユキの両親は、母が宗教の話をすると父が拒絶して揉めていたが、先日、仲良く私のマンションを訪ねて来た。「ミユキの様子を見に来た」というが、ミユキは「あれはデートだわ」と言っていた。

 ご先祖が仲直りさせたのかも知れない。

 つづく。

 

内容はフィクションです。

だいたいアイドルオタクとかやってると、こう女性キャラがたくさん出てくるようになるし、軍事オタクやってると、男しか出てこないものが書けたりしますよね。

悪い宗教の方が多いのは知っていますが、宗教を肯定的に描いています。

『それが一番怖い』かも知れませんね。ふふ。

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