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妖しいスピリッチャー眼鏡 1

ホラーです。2023年頃に書いていたやつを書き直してみました。プチホラーかも知れません。あんまり怖くないかも知れません。

 エピローグ

 

 僕は岩見沢正人。東京都在住。近所の私立高校に合格した。

 始業式も終わって一週間過ぎた。

 この学校は『農業電気政治経済大学附属高校』。

 通称『ノーデン大附属』である。元々は理系の大学だったらしい。

 僕はこの高校の理系クラスを目指していた。しかしマンガやライトノベルの読み過ぎで国語の成績が上がってしまい、周囲の強要?で文系クラスになった。

 これは三つ上の姉の影響だ。姉は数学が得意だったが、高校ではオタク化して今や因数分解も解けない。

 姉は「理系女子になれなかった」と落胆していた。

 姉は理系クラスの女子たちが理科室に「白衣まぶしく颯爽と歩いている」と悔しがる。みんなただ歩いているだけだ。なぜ理系を目指していたか聞くと「もちろんかっこいいから」だそうだ。

 姉は今や『全域オタク』なので、アニメ、映画、オカルトから格闘技までネットで見るのでは飽き足らず、本やDVDを山ほど持っている。僕が姉の本やDVDを借りても何も言わないので自然と自分もオタク化した。でも、最近は、その置き場所を自室と父の書斎に分けて、寝室の漫画を取ると「勝手に部屋に入んじゃねえ」と痛くないケリをくれる。

 姉はゲームはやらない。課金で携帯料金が大変なことになって以来やめたらしい。

 僕は人に「ゲームはやるの?」と聞かれたら「たしなむ程度」と答えている。

 僕も、もちろん普通の本も読む。父の書斎に本はたくさんある。

 父は埼玉の山奥の大学で歴史学者をやっている。本が沢山あると言ったが、父は『三千冊はある。大学には一万冊ぐらい置いている』と言う。

 父は『情報や思想には毒と薬がある。これはまともな本をたくさん読まないと見分けられない』と自慢げなので、姉も僕も意地になって本を読むようになった。もちろん僕ら子供に読める本には限界があるが、難しいところは飛ばして気になるところは父の解説を聞いた。この読み方は姉の真似だが、僕は高一の割には教養がある方だと自負している。

 父は割と有名な歴史学者で、たまにTVに出てコメントしている。

 父の性格は温和だ。父がよく言っていたのは『他人の一生懸命やっていることを否定すべきではない』ということだ。『これは某大学の渡辺某教授の受け売りだ』と言っていた。父はその人にかなり心酔しているらしい。

 僕も姉もそんなに寛容ではない。これは母の影響だ。母は大学では『ディベート部』だったそうで、何か言うと必ず言い返す。姉も影響を受けていて必ず言い返す方だが、母ほど言葉を知らないので悪口が多い。僕は口では全然敵わないので沈黙を覚えた。父の温和も諦めから来ているのでは?と推測する。

 前に来た父の客が、温和な父のイメージで僕らに接しようとした結果、ガッカリしていたのを見た事がある。父も母もそのことを怒らなかったが、かわいそうなことをしたと、姉と二人で後悔した。だからそれ以来、僕らは父の子だということはあまり知られたくない。

 僕が中一になった頃、父の大学は学生が多くなったので、都内と埼玉の山奥に学部を分けてキャンバスを新設した。でも父は家事は全く出来ないので、一年後、姉が高一になった時、母は父について行ってしまった。おかげで都内のマンションに姉と二人暮らしになってしまい、ちょっと苦労した。

 父は書斎の本は持って行かなかったので、今だに僕らは書斎を利用している。父は「君らの勉強のために置いて行った」と恩着せがましく言うが、大学に置いてある一万冊の本を運び出すのに相当苦労したらしく、こっちは諦めたらしい。

 でもたまに「あの本、着払いで送ってくれ」とメールがあるので、こっそり売却することは出来ない。でも小遣いに困っているわけではない。


 姉も家事は出来ない。だから食事を作るのはもっぱら僕の担当だ。

 トーストに即席味噌汁と目玉焼き。刻みキャベツをつける。

 姉が言う。

 「目玉焼きは料理じゃないよな。白身は味がないし。」

 これが姉。岩見沢莉子。三歳上。ショートカット。痩せている。脱ぎ散らかされた制服のブレザーを片付けた時、思いのほか小さいので、その肩幅の無さに驚いたぐらいだ。

 僕も言い返す。

 「じゃあ食うな。白身はタンパク質だぞ。体を作る元だぞ。」

 「あたしは『料理じゃない』『味がしない』と言っただけだ。」

 などと言いながら姉はテーブルに携帯を置いて、目玉焼きの黄身を白身から箸で外して白身から平らげた。

 黄身は半熟なので混ぜたほうが美味いのだが、批判した手前、姉なりの気遣いで白身から食べたようだ。

 姉は気が強いのだが、小学校高学年から食が細い。姉は小五の後半から中一までの二年半、不登校だった。何があったかは知らない。だから中学入学も高校入学も一年遅かったので、今年高三になる。同じノーデン大附属高校に在学中だ。

 「姉ちゃん、今日は学校行ける?」

 「ばかやろ。高校に入ってからは体調がいいんだ。」

 姉の口癖は「ばかやろ」だ。冠詞のように多用する。『バカヤロウは日本語で最も強い言葉だ』と言っている。

 でも外づらは良いので、親しい人間にしか言わない。

 「確かに中学の時みたいに頻繁に倒れないけど、ヒヤッとするからやめてくれよな。」

 「ばかやろ、うるせえ。」

 そう。その頃は母が倒れた姉の面倒を見ていたが、今は僕の役目だ。母は「莉子は倒れなくなったからお父さんの方に専念する」と出て行ったが、今もソファーで寝ているのかと思ったら意識がなかった事がある。

 姉「余計な事言うな。」

 立ち上がった姉の回し蹴りが僕の肩に入った。蹴った後よろけるので心配になる。姉は低血圧で朝は機嫌が悪いのだ。でもこの蹴りは全く痛くない。向こうもそれを知っている。姉は僕を本気で倒したい時は後頭部や顎先を狙ってくる。倒されたことは一度もないが、嫌な女だ。

 姉も僕も格闘技オタだが、たまに柔道技で僕を投げたがる。身長百七十センチ、体重六十五キロの僕を投げるのは気分が良いらしい。僕が綺麗に飛んであげているのだが、僕は姉を投げない。痩せすぎで壊れそうだからだ。

 前、姉がしつこくローキックした後、金的を狙ってきたので「やめろよ」と肩をポンと押したら、姉は後ろに倒れて尻もちをついた。二人とも唖然としてしばらく言葉が出なかった。それ以来、姉には触れなくなった。

 姉は日本女性の平均身長の百五十八センチだが、体重は四十キロもないらしい。カリカリだ。

 姉は「同じ縮尺で身長が高かったらモデル体型よ」などと言っているが、たまに帰ってくる母によると「服の下は肋骨と骨盤が浮き出していて、手足も関節の方が太くてガイコツみたい。」と言っていた。

 姉は髪も短くしているので、イケメン男子に見えなくもない。でもたまに女子っぽい発言をするのでトランスジェンダーではないと思う。たぶん。

 中学までは髪は長かった。でも「長いとシャンプーからドライヤーとかの作業で腕が重くなって肩が凝って頭が痛くなる」と言って高校からショートにした。確かに高校生になってからはあまり倒れなくなった。

 「ねー、正人クン。ミユキのお弁当は?」

 この子は十歳のいとこ。行雲寺観幸。ぎょううんじみゆきと読む。

 身長百四十センチ。小学四年生。訳あってこの四月から同居することになった。

 姉の影響か、最近ショートカットにした。

 先日、小学校の給食調理室から火災が発生するという、防災訓練の定番のようなことが起こって、しばらく弁当を持っていかないといけない。忙しい朝に手がかかる。迷惑な話だ。

 ミユキに弁当を渡す。

 「ほれ。料理サイト見て作った。味は期待するな。」

 「ありがと。」ミユキはニコッとして受け取った。

 その弁当を『明るいすみれ色』のランドセルに入れた。僕はこのランドセルを見た時、「リックドム色じゃん」と言ったら「は?」という目をされたので、しばらく声が掛けられなかった。アニメオタクでもない小学生には分かるまい。姉は爆笑していたが、僕の言うことが受けなかったのが可笑しかったのかもしれない。

 姉はミユキに訊く。

 「転校してみてどうだった?」

 「新しい持ち物に名前書かないといけないでしょ?私の名前、画数が多くて手がつるわ。」

 真顔で言うミユキ。

 姉は「あははは!」と笑う。

 ミユキはニコッとした。冗談だったみたいだ。

 姉は感性が普通じゃないので、真顔で分かりにくい冗談を言っても笑えるのだろう。

 なんて言えば、姉は「普通じゃないのはお前もだ。」と絶対言う。

 ミユキが来て二週間だが、無口な子だ。最初の三日間は何も喋らなかった。

 最初の言葉は、

 「二人のオーラは優しい色だね。」だった。

 というわけで、ミユキは霊が見える。

 大体、うちの家系は霊感が強い。僕も何か『モヤッとしたもの』が人に憑いているのが見える事がある。

 でもその程度だ。ミユキほどではない。

 前に、ミユキが五歳ぐらいの時、一緒に遊びに行ったが、大変だった。

 

 電車で移動中

 「ねえねえ莉子ちゃん。あの人はどうして頭に犬を乗せてるの?」

 姉「はあ?犬が取り憑く話はあんま聞かないよね。狐でしょうよ。」

 僕は横で黙っていた。もちろん犬も狐も見えはしない。

 姉も霊感はないが、怪談話を聞いても、怖い怖いという割に大して怖そうじゃない。

 僕はミユキの言うことの怖さと、その相手が睨んでいるのでゾッとしていた。

 ミユキ「ねえ、なんで乗ってるの?乗せてあげてるの?」

 姉「さあね。動物が好きなんでしょうよ。」

 姉は話に乗ってあげるのが好きだ。父の影響か、友人の影響かは知らない。

 でも僕が変なことを言うとすぐにツッコミが入る。

 でもミユキは話を聞いてもらえるので、姉を信頼するようになった。

 だからって、電車の中だぞ。ボリュームを絞れ。

 「じゃあ莉子ちゃん、あっちの人は?なんで首に蛇が巻きついてるの?」

 「えー?襟巻きだろ?」

 「え?だって夏だよ。」

 「蛇って触ると冷たいらしいよ。」

 「でも、苦しそうだよ。」

 「へへー。ファッションは我慢なんだよ。」

 

 てな感じだったが、ミユキの両親は困っていたらしく、対応に苦心して、今年になって「もう手が掛からなくなったから、いいよね?」と我が家への下宿を決めた。僕らの両親はとっくに丸め込まれているので断れなかった。


 学校。

 授業の時間が終わった。 

 廊下に出ると、一年生の廊下には部活動勧誘の手製ポスターがずらりと貼ってある。

 見学したい部活は幾つかあるが、とりあえず携帯の電源を入れてからにする。もちろん校内でのスマホ使用は禁止だ。使っていると、家族からの連絡などの正当な理由がない場合、授業が終わるまで没収される。『教員が携帯をいじらない』という約束のもと、職員室の貴重品ロッカーに入れられて鍵を渡される。

 先日、政治研究部に入った頭の良さそうなクラスメートが「携帯が拘禁刑にされた」と考えオチな冗談を言っていたが僕以外はクスリともしなかった。

 職員室前を通る。学年主任の体育教師柏崎が言ってきた。

 「おう岩見沢。お前のお姉さんまた早退したぞ。」

 「ええ?」

 携帯で家に電話をかけようとした。

 着信履歴が一件。姉からだ。二時間前。姉はいつも携帯の動画を見ているが、僕に電話などしない。

 返信してみたが出ない。姉とはラインも繋がっていない。メールアドレスも知らない。

 急いで帰る。

 高校からマンションまで地下鉄で二十分。

 マンションは十五階建ての十階。築三十年の古い焦げ茶色のマンション。

 ドアの鍵が開いていた。玄関に入ると脱ぎ散らかされたローファー。姉のだ。

 廊下に制服が落ちている。奥の風呂場まで転々と服が。こんなことはなかった。おい、やめてくれ。

 脱衣所のドアを開けるとシャワーの音。でも風呂のドアが開いていて姉が倒れていた。

 「おおい!大丈夫か!」

 返事がない。バスマットの上に携帯が転がっている。

 姉のカリカリの体は初めて見た。

 十年前は一戸建てに住んでいたのだが、その時まだ存命中で介護を受けていた祖母のような体だった。

 持ち上げるとスッと上がってしまう軽さ。

 ソファーに降ろしてバスタオルと毛布をかける。

 脈をとる。細い手首。心臓は動いているようだった。

 声をかけても軽く肩を揺すっても返事がない。まずい。救急車?人工呼吸?ええ?

 「どうしたの?」

 ミユキがリックドムの足色のランドセルを下ろしながら聞いた。帰ってきた。

 「姉ちゃん倒れた。」

 ミユキ「ああ。」

 ミユキは両手を合わせて目を閉じ、何か唱えた後、「えい」と軽い声をあげて右手のひらを姉に向けた。

 姉から何か白い湯気のようなものが上がって消えていった。

 姉は少し顎を上げて首をそらしてから脱力し「ハッ」と息を吐いた。

 そしてフーフーと息をし始めた。

 「ミユキ、お前こんなことまでできるのか?」

 「手のチャクラからは霊的光を放出できるのよ。莉子ちゃんには駅にいる自殺者の霊が憑いてたね。」

 「はあ?」

 「でも莉子ちゃんは霊的に強いのね。そのまま持って行かれなくて良かった。」

 「怖えこと言うなよ。」

 「うん。パパもママもそう言うから、怖いことは黙ってることにしたの。」

 何も言えなかった。

 姉が目を開けた。思わず「おお」と声が出た。

 姉は僕を見た。

 「正人・・・」

 「姉ちゃん大丈夫か?」

 姉は僕から目を逸らし、目を閉じ、ため息をついた。

 僕もため息だった。

 姉「正人・・・お腹すいた。」

 「へへっ。即席コーンスープでも作るか。」

 姉はうなづいた。

 

 毛布にくるまってカップスープをすする姉。

 「学校で寒くって気分悪くて限界だったから帰ったの。シャワーを出したところで息絶えた。」

 「そっか。」

 母が父に付いて行って三年。姉は何回か倒れた。母がいた頃は毎週のように倒れていた。

 病院に行っても「貧血」とか「拒食症」とか言われるが、これといった決定的な病名はない。

 僕が小さい頃、元気だった姉の記憶があるが、よく笑いよく遊ぶし、男子を引っぱたいたりして、母がよく謝りに行ったりしていた。同性の人気が高く、面倒見のいい豪快姉さんだった気がする。父も母も「姉弟は助け合え」と言うので、僕も何度か助けられた。でも姉はいつの間にか家にいるようになり、カリカリになって行った。何があったのかは知らない。父が、塞ぎ込む姉に一生懸命アプローチして、本やDVDを見せていたのを思い出す。

 「でも、気ぃ失いそうな時に、よく僕の携帯に掛けられたよね。」

 「は?知らないよ。」

 「え、着信なきゃ帰って来なかったけど?」

 「できるわけないじゃん。」

 沈黙。なんか怖い。

 ミユキが言う。

 「莉子ちゃんの守護霊さんがかけたと言ってるよ。」

 「こわ!それも怖!え?霊が電話かけたの?霊が姉ちゃんに入ってかけたの?どっちも怖!」

 姉は黙っている。

 僕も沈黙した。

 またミユキが言った。

 「莉子ちゃんはさあ、欲深いんじゃないの?」

 ん?

 姉「ん?」

 沈黙した。

 ミユキ「愛情とか、人の評価とか、お金とか食べ物とか、いつも欲しい欲しいって満たされない気持ちでいっぱいなんじゃないの?」

 本気で言ってたのか。聞き間違いかと思った。十歳児がなんちゅう事を言うんだ。

 姉は力無く言い返した。

 「ばかやろ・・・うるせえな。」

 ミユキがソファーから乗り出してローテーブルに手をついて、姉に顔を近づけて訊ねた。

 「莉子ちゃん。感謝したことある?」

 姉は唖然とした。でも口を噛み締めて指を伸ばし、ミユキの額をツーンと押した。

 ミユキは押されてソファーにバフンと落ちた。

 姉は顔を真っ赤にして泣いた。

 「ばかやろ・・・」

 涙がポロポロ流れ落ちている。

 「いつも正人には、ありがとうって思ってるよ。申し訳ないと思ってるよ。こんな姉ちゃんでごめんって思ってるよ。」

 「・・・姉ちゃん。」

 「正人。ありがとう。寒くてほんとに死ぬかと思った。」

 そう言うと姉はソファーに突っ伏して声を殺してしばらく泣いた。

 姉の背中から白いモヤのようなものが出て、天井に消えて行った。

 ミユキ「ああ、取れたね。二人目。死んだおばあちゃん。」

 「あ」

 そういえば、祖母はあれこれと注文が多く、母も困り果てていたのを覚えている。何をしてあげても感謝することもなく、不足なところを言ってくる。僕も何度かやり込められた。

 父は「老いるとそうなるんだよ」と優しかったが、ミユキの父である叔父は、「金に汚くて食い物にもうるさくて最低の欲張りババアだった」と言っていた。

 ミユキ「でも、食が細い原因はトラウマにあると思う。心の傷が癒えないとだめよね。」

 「ミユキお前って一体・・・」

 「私の守護霊さんって尼さんなの。」

 「・・・うん。・・は?」

 「莉子ちゃんも正人くんも覚えてて、急に悲しくなったり、ちょっとしたことでイライラして怒りが込み上げるようになったら憑依だからね?そゆときは「いけないっ」って思って心の針を普通の方に戻すのよ。」

 うわ、めっちゃしゃべる。オタクが得意分野を聞かれたときみたいに。宗教オタクってあるの?

 ミユキ「あとは健康と笑顔の生活よね。そして、宗教の基本的なことぐらいは勉強して。で、反省して執着を減らして静かな心を取り戻すことよ。それから」

 「ミユキめっちゃしゃべるんじゃん。宗教の本なら書斎にもあるよ。読めば?」

 ミユキ「一通り見たけど霊的な光が出ているような本は半分ぐらいだったね。ママがあげた本かも。」

 確か叔母であるミユキのママは、何かの新宗教に入っていた。きつい社会問題になるようなやつではないらしいが、叔父は「俺は入らねえぞ」と頑張っているらしい。

 その叔母が手を焼く存在。観幸と書いてミユキ。とんだやつを押し付けられたものだ。


 それ以来、姉と僕は不思議とお互いに優しくなった。姉は前より食べられるようになったし、僕も姉の食事に気を遣い、姉も倒れないように前より健康に気をつけている。

 「今日学校行ける?」

 「ばかやろ!絶好調だっちゅうの!」

 僕の尻に、姉のローキックが入った。


 1

 私の名は岩見沢莉子。

 十八歳。今年十九歳になるのだが、まだ高三。訳あって中学に一年遅れで入学したせいであって、成績が悪くてダブったわけではない。

 今日は十歳のいとこミユキと親友の心美とでフリーマーケットに行ってきた。野外に並べられた品々を見るのはネットショッピングと違って、意外な掘り出し物に出会えたりする。

 爺さんが「それはスピリッチャー眼鏡だよぉ」と言った。スピリチュアルの間違いだろ。胡散臭い。

 今日は日曜日なのに、弟の正人は生徒会の手伝いで学校に行った。

 

 三人でマンションに帰ってきた。

 ミユキ「雨になっちゃったね。」

 結構強い雨だった。フリマを見るのを切り上げて帰ってきた。

 心美がコンビニのレインコートを三人分持っていたので助かった。でも髪も靴もびしょ濡れ。

 家の中に先に入って行った心美の声が聞こえる。

 「靴ぅ、キッチンに持ってきて。新聞紙に乗せて中にも入れておくと早く乾くのよ。ネットの知恵なのだ。」

 「新聞紙なんてあったっけ?」

 「タダで入ってくるやつぅ。」

 「ああ、地元広告のやつね?」

 心美はよく我が家に来るので、どこに何があるかは把握されてしまっている。

 心美は身長百四十五センチ。ミユキと大して変わらないが、私より気が強い。

 顔はかわいい。小中高とカワイイカワイイ言われている。髪型はショートボブが似合っている。

 高一の時に友人二人と地下アイドルをやったら、ネットで有名になってスカウトが来てデビュー。でもすぐに事務所と揉めて引退した。今は某チューバーだが、フォロワーは千名に満たない。「事務所と揉めたせいで芸名が使えないせいよ」と本人はぼやく。

 出席日数が足りなくなって留年。現在は同級生の三年生。また言うが、私の場合は中学の入学が一年遅れだったせいであり、心美のような不良娘ではない。

 奥から声。

 「シャワー浴びちゃう。一緒に入る?」

 「ばかやろ。やだよ。ミユキ入れば?」

 ミユキ「遠慮します。」

 「遠慮って、お前いくつなんだ。」

 ミユキはバスタオルを持ってきて雨に濡れた髪を拭きながら、私にも別のバスタオルを差し出した。

 気が利く。だからいくつなんだ。

 奥から心美の声が聞こえる。またドア開けっぱなしでシャワー浴びてんな?

 「二人とも恥ずかしがらなくていいのよ〜。莉子だってカリカリの体見られたくないんでしょ?私そんなの気にしないよ。」

 「やーよ。」

 心美は小さいがスタイルがいい。むかつく。

 あの身長でバストも大きめでDカップ。そりゃ事務所も脱がせたがるわ。

 心美「この前、正人に裸見られたって?ぶん殴っとこうか?」

 「もう蹴ったからいい。」

 「莉子のケリなんて全然痛くないじゃん?」

 心美は私と違って格闘技オタクとかではない。でも色々なものによくハマる。最近はダンス動画ばかり見ている。心美はダンスが上手い。アイドル時代からそのキレと表現力には定評がある。

 バスルームから声。あいつはとにかくよく喋るのだ。ほっといても一人で喋っている。

 でも「馬術の魔術師手術中と三回言え」と言ったら「ばじゅちゅ」で終わった。

 「二年生の時、覚えてる?林間学校。畳の大広間で莉子がふざけてさあ、キックボクシング風のローキックをしてきてさあ。ウザかった〜。」

 「私のケリなんて痛くないでしょぉ?いいかと思った。」

 「あの時ちょうど柔道マンガにハマってたのよね〜。」

 「『袖釣り込み腰ィ』とか叫んでさあ。あれ一本背負いだかんね?」

 「でも綺麗に投げてあげたでしょ?みんなびっくりしてたよね?」

 「ばかやろ恥ずかしかったての。」

 「柔道部に勧誘されちゃったけど、私こんな身長でしょ?相手はでっかいわけでしょ?莉子が一緒に断ってくれてよかったあ。助かったよ。」

 心美は髪をバスタオルで拭きながらパンイチに正人の黒いパーカーを着て出てきた。私の家に泊まるときは大体このスタイルだ。ブラぐらいつけろ。

 正人が買ったメタル系アイドルの黒いパーカー。心美が着てから正人は着ていない。心美が「私が着たら汚いっての?洗ってあげただろ!」と怒ったら、正人が「汚いからじゃなくて恥ずかしいから」と顔を赤らめて答えた。そしたら心美は「可愛い奴だ」と許してあげた。それ以来、あのパーカーは心美のものになった。

 玄関からガチャガチャ音がして、鍵が開いた。正人が帰ってきたか。ちょっと早いな。

 ドアがバーン!と閉められた。

 「くっそバカヤロオオオオオ!」

 私ら三人ともビクッとした。

 「バカバカバカ!タコタコタコタコ!死ねええ!うろああああああ!」

 私ら三人とも廊下に飛び出した。

 正人「あっ」

 四人とも時が止まった。

 正人は後ろを向いて玄関に座った。

 ミユキ「正人くん。戦争中の軍人さんの霊が憑いてるよ。」

 ミユキは霊が見えるという。親が困って私たちに押し付けた。少々説教くさいが、でもおとなしくていいやつなので、困るという事はない。

 正人は答えず鼻をすすった。泣いてんのか。小学生以来だな。

 「心美が靴持って来いなんて言うから。」

 心美「誰もいないと思ったんか。隣に聞こえたら通報されんぞ。」

 正人は答えなかった。

 ミユキがタタタッと正人に駆け寄り、土足側に降りて正人に前から向き合った。

 「あ、ミユキ、あんまりきついこと言うなよ。」

 心美「ああ、欲深いって言われて泣いた話?」

 ミユキは「守護霊が尼僧」だそうだ。十歳児のくせによく説教を垂れる。何時代の何宗の尼さんか、とかは聞いていない。あまり触れたくなかった。

 ミユキは正人の頭をキュッと抱きしめた。

 正人は硬直した。

 心美「フウー!」

 ミユキ「深呼吸して。それを数えて。吸ってイチ。吐いてニイ。吸ってサン。」

 正人は震える息で深呼吸した。素直な奴だな。

 ミユキ「全ては原因があるの。恨まないで。許してあげて。」

 正人はまだ答えない。結構落ち込んでいる様子。珍しいな。聞いてみる。

 「どした?」

 正人はミユキの両肩を持って、恥ずかしそうにうつむきながらミユキを離した。

 正人は言う。

 「生徒会長と揉めた。」

 「ああ、根岸ィ?」

 心美「薫子ちゃんと揉めるなんて珍しくない?あいつ気が弱い方だよね?」

 「ばかやろ。心美と比べたらみんな気が弱いわよ。あいつ新生徒会長としての初仕事でしょ?気合いが入りすぎたんだよ。」

 正人はまた黙った。向こうを向いたままだ。

 心美「なんか言われたの?確かあれだよね、生徒会室を四階の資料室に引っ越すから、そこの資料を一階の図書室横に全部下ろすんだよね?」

 正人は答えず腕で涙を拭いた。

 心美「あいつも美人だからねェ、浮かれて手伝おうとしたらキツく言われちゃったとか?ウフッ。」

 正人「ちがわい!竜二に頼まれたからだ。」

 やっとこっちを向いた。

 「ああ、根岸弟?」

 正人は涙を腕で拭いてまた向こうを向いた。

 根岸竜二。小学校高学年ぐらいから正人の友人らしい。たまに正人と会っているのを見かけるが、大して知らない。正人によると、竜二は身長百八十センチ。体重八十キロ。でもマッチョで、太っているわけではない。

 地元埼玉では有名で、あだ名が今どき『番長』だったという。今回、正人と同じく我がノーデン大附属高校に合格し、都内に下宿している。姉の薫子は埼玉の自宅から一時間かけて通学しているそうだ。

 正人「あの女、初対面なのに「言われた通りやればいいんだよ」とか上から言いやがって」

 心美「そのぐらい莉子も言いそうだけど?」

 「そんなこと言ったっけ?」

 正人は声を絞り出すように言う。

「あいつ「この学校にいつまで居るのか知らないけど」とか言いやがって・・・うう、辞めろってのかよ!」

 また泣く正人の頭をミユキがまた抱いて優しく手で撫でた。ミユキ・・・ホントに小学生か?本当は四十女か?人生二回目の人だろ?

 心美「ああ、根岸弟はそんな感じだからね。いつ辞めるかわかんない感じ。同類に見られたのかもね。」

 なんだって?

 沸々と頭に来た。正人はそんな奴じゃない。

 「ばっかやろ何だと?あのクソ女!あたしが引っ叩いてやる!」

 上着を持って駆け出す。

 正人は立ち上がって「姉ちゃんいいよ!」と言ったが聞く気はない。

 下駄箱からスニーカーを出して履く。

 ミユキ「軍人さんの霊が莉子ちゃんに憑いちゃったよ?」

 心美「ホントに莉子は曲がったことが嫌いだねえ。」

 「ガヤ言うな。」ドアを開けて駆け出す。

 と、何かでかいものにぶつかった。後ろに尻もちをついた。

 「ばかやろ!誰だ!こんなとこにサンドバッグ置いたのは!」

 見ると大男だった。こわ!ゾッとした。

 正人が言う。

 「怒鳴ってると警察呼ばれるよ。あれ竜二?」

 大男は答えた。

 「正人の美人の姉ちゃんか。ごめんね。」

 竜二は子供を立たせるように私の両脇を持って持ち上げた。なんかムカつく。

 「ばかやろ。美人とかウソ言うな。初めて言われたぞ。」

 竜二「ウソじゃねえし。」

 このやろう。女たらしか?

 根岸竜二。久々に見た。今は角刈りだが中学の時は今どき珍しいリーゼントにしていた。

 正人「竜二どうした?」

 竜二「携帯忘れたろ。」

 竜二が手渡す携帯を正人は「おお、すまん」と受け取った。

 正人は泣き止んだ。あ、ちっくしょう。それよりあの女引っ叩いて、正人は不良じゃないと言ってやる!

 行こうとすると正人が言う。

 「姉ちゃん。俺が言うからいいよ。はっきり生徒会長に言ってやる。」

 正人が「俺」とか言ってる。珍しい。初めて聞くかもしれない。

 竜二「あれ、お前戻るの?お前いなくなったから俺も帰って来ちゃったけど?」

 心美が出て来た。いつの間にか私の小学校時代のデニムを履いて、正人が飾っていたスカジャンを着ている。

 正人が嫌な顔をした。でも何も言わなかった。

 心美「お?マブガタイのイケメンじゃん。」

 言いながら心美はノックするように竜二の胸板をポンと叩いた。こいつマッチョ好きだったよな。私もマッチョは好きだが、細マッチョの方が好きだ。

 竜二「あれ?サユっぺだよね?斉藤サユリ?」

 心美「おおファンがいた!本名は斉田心美。今は本名でボーチューバーやってるよ。見てね。フォローよろしく。」

 正人「竜二はアイドルオタクだからな。」

 ミユキは口を開けて笑ったようなびっくりしたような顔をしていた。

 「どした?ミユキ」

 「すごくオーラが大きい人きた。軍人さんの霊が居なくなっちゃった。」

 またそういう分かるような分かんないこと言う。


 高校までマンション最寄の地下鉄駅から二十分。

 走らなかったので体力的にキツくはない。

 電気が消えた休日の校舎。何となく怖い。

 「ミユキは何で付いてきたの?子供は留守番だろ?」

 ミユキは心美にひしっとくっ付いている。

 心美「一人は怖いんだって。かわいい。」

 「学校だって霊が見えるのは同じなんじゃないの?」

 ミユキ「ごめんね。莉子ちゃん。」

 「謝らなくていいんだけど。」

 エレベーター前の廊下に荷物が載った台車が斜めに放置してある。載っているのは段ボール箱と縛られた書類。

 「根岸は四階?」エレベーターに乗る。

 正人「だからいいよ。帰んな。保護者同伴みたいで恥ずかしい。」

 正人は緊張の表情でエレベーターのボタンを押した。

 「ばかやろ。とりあえず見届ける。」

 根岸薫子。生徒会長。三年生。黒髪美人。私の髪は、比べたら茶色い黒髪。

 去年、薫子は二年生で副会長だった。大体、成績上位者が生徒会をやるので、頭は良いのだろう。でも、あまり喋るでもなく、友人が多いということもない。人をまとめるタイプではない。

 エレベーターが開き四階に降りた。

 電気が消えて外の光がさす廊下に、大小の段ボール箱とビニール紐でまとめられた書類が三十ぐらいずらりと並んでいた。

 「正人これ、全部運ばされたの?」

 「いやあ?段取りで揉めたから作業してないし。」

 心美「これ全部資料?こんなにあったら部屋から出すだけで大変よね?」

 廊下の一番奥、さっきの電車で言うと車両一つ分ぐらい先に根岸がいた。

 根岸は資料室から大きな段ボール箱を引きずり出している。

 近づくと並んだ段ボール箱に制服の紺色のブレザーが無造作に掛けられていた。女子のブレザーは男子のと比べると少し青っぽい。

 根岸は汗だくでブラウスを腕まくりしている。

 髪はいつもは下ろしているが今日は作業のためヘアゴムで留めてポニテにしていた。

 正人は鼻からため息を漏らした。

 根岸は両手を膝について息を乱して立ち止まっている。まだこちらに気づいていない。

 静かな廊下に、ハッハッと根岸の息づかいだけが響いていた。

 正人は根岸薫子の前の段ボールを持ち上げた。

 薫子がバッと顔を上げて驚いて目と口をこれ以上ないぐらい、カッと開いた。

 正人「おい竜二、そっち持て。コレ一人じゃ重いわ。」

 竜二が手伝った。

 正人「とりあえずエレベーターに乗せられるだけ乗せるべ。」

 薫子が申し訳なさそうに言う。

 「岩見沢くん・・・ごめんなさい・・・私ひどいこと言っちゃった。」

 正人は薫子を見て、ニッと笑顔を作って言う。

 「ちょっと休んでて。」

 薫子はヒュッと息を吸って両手で顔を覆って座り込んだ。

 薫子はしばらく声も立てずに泣いた。

 「おおい正人、怒んねえのか。」

 心美「優しいなあ弟。」

 「ホント呆れた。笑っちゃう。」

 心美「私らも手伝おっか。」

 「ミユキも悪いけどできる範囲で手伝って。」

 ミユキ「はい。」

 

 日が暮れた。資料室の荷物は旧生徒会室に収まった。

 新生徒会室は明日生徒会のみんなで掃除してから椅子とかを搬入するそうだ。

 一階の自動販売機前の床に座ってジュースを飲む。冷たい床が汗ばむ体にちょうどいい。

 竜二が言う。

 「姉ちゃんはホントに人望ねえな。誰も手伝ってくんねえのかよ。」

 薫子「バカッ!あんたが今どきリーゼントのデカ頭で登校して風紀委員と揉めたり、怖がられたりしたせいでしょ!みんなあんたのせいよ!」

 薫子は竜二の脇腹にゲンコツを当ててグリグリした。

 竜二はノーリアクションで目を閉じて缶コーヒーをすすった。

 正人「竜二はどっちかって言うと不良じゃねえけどな。」

 竜二「俺はアスリートだ。」

 薫子は口を歪めながら、またグリグリした。

 心美「でも、うちの学校は弟が不良ぐらいでいじめられないでしょ?」

 薫子「うん。今週、新入生オリエンテーションがあるでしょ?生徒会の他の子達はその打ち合わせと準備。私は去年の一学期の後半から生徒会に加わったから経験がないの。だから雑用を引き受けたのよ。竜二の騒ぎのせいで議長をやるのが恥ずかしかったのもあるけど?」

 竜二「だから角刈りにしてきたじゃねえか。騒ぎってほどじゃなかったよ。」

 薫子はグリグリしながらこっちを見て言う。

 「みんな手伝わせちゃってごめんね。ミユキちゃんまで。」

 ミユキ「そういう時は「ありがとう」って言うのよ。」

 薫子「うふ。そうね。ありがとう。みんな有難う。」

 ミユキがチラッと心美の後ろを見た。

 私と正人はピリッとした。

 心美「何?」

 ミユキ「ううん。何でもない。」

 心美「何よお。教えてよ。私このノーデン付属の『オカルト研究会』の会長なのよ。」

 そう。こいつはそういう趣味の悪い部活をやっている。高一の時にネット怪談にハマっていたせいだ。

 薫子「同好会でしょ?部員二人しか居ないんだから。」

 正人「ああ、あの動画見た。廃病院に行って霊が出たやつ。あれ怖すぎ。」

 薫子「みんな逃げたのにマリリンと二人で奥まで行っちゃって、あれで部員がみんな辞めちゃったのよね。」

 心美「でもあいつら別に『ライト・オカルト研究部』なんか作っちゃってさ、ひどくない?私たちとは恐怖の耐性レベルが違うんだってさ。」

 「でも動画は今も人気ランキング上位だよ。再生数も百万超えたから小金が入ったんじゃない?」

 薫子「ウフフ、小金って。莉子さんって言い回しが独特よね。そういうとこ好き。」

 「いえどうも。」

 心美「でもまあちょびっとよ。ねえ莉子もいい加減に『オカ研』入ってよ。霊とか怖くないって言ってたじゃん。」

 薫子「うそお。」

 心美「高一の時に、霊ものの動画見まくってたら怖くなくなったって言ってたじゃん?」

 正人「そう!何であんなことしたの?毛布かぶってパソコン見て。」

 「恐怖を克服しようとしたの。」

 竜二「何で?」

 「あの怪談が始まった時の、急に周囲に空間が怖くなって寒くなるのが不思議でどういうことか追求しようとしたの。」

 薫子「今がそうだけど。私も怖いけど聞きたい方なの。」

 「一ヶ月は見たかなあ。ある時、昔のTVの動画で出演者が『霊は守ってくれる』って言ったのね。それ聞いた時に、スッと怖さと寒さが離れたの。『霊は脅かしたり祟ったりするだけじゃないんだ』って思ったの。」

 正人「何だ。怖い話じゃないじゃん。」

 「怪談するなんて言ってないじゃん。でもあれ以来、怖さと寒さは体のオーラの外側にある感じ。」

 ミユキがチラッと私の顔を見た。

 心美「莉子お、一人研究会じゃん。入れよお。」

 「やあよ。もう一人の部員の猪瀬マリリンが苦手。てゆうかアイツ部活掛け持ちで幾つもやってるし配信で忙しいから顔出してないでしょ?」

 心美「だから莉子が入って。アイツはスターなのよ。忙しいの。」

 薫子「心美さんも『三大スター』の一人でしょ?」

 そう、この学校には誰が決めたか『三大スター』がいる。一人はこいつ。斉田心美。歌と踊りを配信している。校内では人気がある。

 もう一人は猪瀬真理凛。三年生。心美と同じくボーチューバーだが高一からやっていて、今のフォロアーは三十万人。色々な部活に挑戦した動画が当たって、今は化粧品のモニターみたいなレポートまでやっていて、ビジネススーツ着てアナウンサーみたいで、髪なんか金髪に染めちゃって、もう、感じ悪いのだ。

 薫子「マリリン嫌がる子多いけど、話すといい子だよ。」

 「そりゃ天性の『人たらし』なんだよ。みんな飲み込まれちゃんだから。」

 心美「あいつスポーツ万能だよね。」

 そう。アイツは校内でも色々なユニフォームや道着で「にゃはは」とか鼻にかかった笑い声を上げて歩いているから、来たらすぐわかる。どうにもムカつく。

 「私は関わらないようにしてたの。」

 ミユキが言った。

 「莉子ちゃん、それは嫉妬心ね。嫉妬の相手は自分の理想の姿なのよ。自分の理想像は肯定して祝福しないと、実現しないよ。」

 「また説教を垂れるぅ。」

 正人「おい寝るな!」

 正人はうつらうつらしている竜二を肘で押した。

 薫子「じゃあ、お尻も冷たいし、解散にしましょうか。今日はみんな有難う。」

 立ち上がったらミユキはピトッと私の腰にしがみついた。

 上から説教してたくせに。可愛い奴。

 ミユキはしがみついたまま向こうの闇を見つめている。怪談は怖くないがこういうのは怖い。

 「早く帰るよ。」


 2

 私は斉田心美。十九歳で高三。理由は聞かないで。

 今日は『新入生オリエンテーション』なのだ。

 上級生は毎年総出でフォローに当たる。毎年伝統的にやっているけど、他の学校から見ると少し変わったイベントらしい。そのせいか不祥事がないよう生徒会からの指導が厳しい。

 新入生は一泊二日で学校に泊まる。男子は高校の体育館に布団を敷いて雑魚寝する。女子は高校の隣にある農電女子短大の体育館に泊まる。

 『短大の体育館には少女の幽霊が出る』との噂。

 私が一年生の時、まだ親しくない同級生たちがトランプを始めたのを四つん這いになって見ていたら、お尻をポンと押された。「バッカ、誰だよー」と振り返ったら誰も居なかった。みんな騒然となったのを覚えている。

 莉子とは違うクラスだけど、小学校四年生からの付き合いなのだ。

 莉子は小学校五年の二学期から学校を休み出して、中学ではしばらく見かけなくて、「私立中学にでも入ったのかな」とか言っていたら、翌年になって一年生の方に入学してきた。事情があって笑えないことなんだろうけど、なんか羨ましかった。

 私は中学では保健委員で、莉子とは保健室でよく顔を合わせた。莉子は『よく倒れる子』で有名だった。小学校では元気だったので信じられなかった。

 普段の保健委員というのは、健康とかの注意事項をまとめてポスターにして貼り出すとか、保健の先生のパシリとかであんまり意味はない。でも急病人が出た時は保健の先生の助手として、手術室のナースみたいにテキパキ仕事をこなしてかっこいいのだ。あ、また余計なことを言っている。

 新入生オリエンテーションの一日目は教職員紹介、生徒の自己紹介、部活動の紹介がある。

 今年の一年生は百五十人。みんなの前での自己紹介はクラスと名前と、何か一言だけ。でもドキドキで毎年辞退者が出るのだ。でもこれが『我が校の伝統』とかで、無くなる気配はない。ここで余計なことを言うと三年間、いや附属なので大学に入ってからもネタにされる。私も喋りすぎる女なので小中とみんなのヒンシュクを買ったことも多かったけども、高校になってからは、ある程度は言っちゃいけないことが分かってきた。だからここで余計な裏のあだ名が付いたりはしなかった。あ、また余計なこと言ってる?

 あんまり余計なことを言ってると莉子が「『貨客船の中に火星探査車』と三回言え」とか言ってくる。

 体育館に体育座りの新入生たち。静まり返った中に声が響く。

 竜二「俺は根岸竜二。剣道初段。空手初段。ヨロシク!」

 この前初めて話したマブガタイ。ああいう体型は好みなのだ。でも実は親友の莉子もマッチョ好みなので好きな人がかぶらないか警戒はしている。でも私は年上の方が好きなので、コイツは範疇に入っていない。

 莉子の弟くんの正人は、小二のとき竜二を倒したことがある。当時、体型は正人の方が大きかった。

 莉子も小学校のときは大きかった。今も莉子の小学校の時のデニムを私がはけるぐらいなので、小学生としては若干太っていて強そうな女の子だった。

 莉子は気が強くて男子を突き飛ばしたり張り倒したりしていた。『小四最強』と呼ばれたこともある。

 弟の正人も、小二の時、竜二を倒したあと「小二最強!」とか叫んでしまい、高学年になってから体格が追いついてきた同級生にいじめられそうになったと言う。正人に聞いたところでは・・・

 

 悪そうな小学生。三人が正人を囲んでいる。

 「お前、小二最強だって?小五でも最強か試してみようぜ。」

 正人「やめろよ。お前のほうがでかいじゃん。勝てるわけねえだろ?」

 「じゃあ、お前今日から俺たちの奴隷な。いいよな?負けを認めたんだから。」

 「やだよ。」

 「じゃあ勝負な。お前らコイツ捕まえろ。」

 仲間二人が正人の両腕をつかんだ。

 正人「卑怯だぞ!やめろ!」

 「もう怖い姉ちゃんは居ねえ!ざまあみろ!」

 そこに竜二が来た。身長は小五でも百六十を超えていたという。

 竜二は言った。

 「そいつは俺のもんだ。触んじゃねえ。」

 「「「「はあああ?」」」」

 正人だけでなく、三人もあっけにとられた。

 竜二は三人をぶちのめした。

 ついでに正人もぶちのめした。

 正人「痛え!はあああ?」

 三人は逃げていった。

 竜二「おっれの勝ち!俺小五最強!」

 正人「お前って頭悪いな。いつ俺がお前のモンになったんだ?それにそういうことは女子に言うって聞いたぞ。俺、女じゃねえし、馬鹿にすんな!」

 竜二「うるせえ。」


 二人は少しの間、一緒に遊んでいたが、岩見沢家が都内に引っ越したので疎遠になった、と思っていたけど、正人に最近聞いた話ではその後もたまに遊んでいたという。正人の格闘オタクはあいつの影響らしい。

 先日二人してこの高校に受かった。ここは大学までエスカレーター校だし関連企業も多くて就職しやすいのだ。

 竜二は中学校では「埼玉に敵なし」と言われる猛者に成り上がったらしい。

 この高校は一学年約百五十人が五クラスに分けられるが、各クラスに『不良枠』があると言われている。クラスに必ず一人ヤンキーがいる。この高校はそこそこ偏差値も高いのに。コネ入学なのかは知らない。

 だから毎年オリエンテーションの夜の裏イベントは最強決定戦なのだ。

 結果は竜二の圧勝だったらしいけど、『裏チケット』がないと見られないので残念なのだ。

 ちなみに二日目は五人づつグループ分けされて『オリエンテーリング』をやる。地図とコンパスで野山を徘徊するやつ。でもここは東京23区の外れなので野山はない。併設の大学・短大の敷地と一部住宅街を一回りして学校に戻ってくる。もちろん我々在校生と先生方やOBOGの大学生たちが新入生を護衛?しつつフォローする。在校生と新入生の結束が高まる。他校の子は「そんなイベント、コワイ」と言うが、我が校の校風がほんわかなので今まで事件や事故が起きたことはない。

 朝の説明の時には、毎年生徒会長が「オリエンテーションだけにオリエンテーリングをやるのです」と恒例の薄いボケをかます。薫子ちゃんも顔を真っ赤にしてそれを言い、新入生が静まり返って薫子ちゃんも恐縮していたのだ。

 

 オリエンテーションも終わり四月も後半。

 莉子からメール。あいつはラインが怖いから未だにメールなのだ。「何が怖い」って聞いたら「集団に間違ったものを送りそうでコワイ」。は?不便でしょうがない。

 『ねえ、フリマで買ったメガネうちに忘れてんだけど?』

 『ああ、ごめんごめん。取りに行くね』

 『ミユキが「禍々しいオーラが出てて怖い」ってよ?』

 『あああ、じゃあ本物なんだ、スピリッチャー眼鏡』

 『スピリチュアル、だよね?』

 『あのおっちゃんがスピリッチャーて言ってたから。スピリッチャーでいいんよ』

 『古臭いメガネケース』

 『長南花子が心霊相談の時にかけてた眼鏡でしょ?』

 「誰それ』

 『莉子知らないの?有名な明治時代の大霊能者じゃん』

 『知らんわ』


 3

 私は行雲寺観幸。十歳。霊が見えます。

 五月も後半。莉子ちゃんと正人くんは球技大会も終わって「中間試験だ」と焦っています。

 でも莉子ちゃんは、球技大会は「体調が悪い」と言ってズル休みしました。私が「たった三年しかない高校時代の最後の球技大会だよ。もったいない」と言ったら「ばかやろ。ミユキお前あたしのママか」と言われました。

 小学校は中間試験はないですが、私も莉子ちゃんのパパの書斎の机で勉強しています。

 莉子ちゃんも正人くんもこんな私でもすぐに受け入れてくれました。優しい子たちです。二人とも本当は優しすぎるので、霊がよく乗っかるとママが言っていました。その通りでした。

 実は私のママからは「二人を守ってあげて」と言われています。私の守護霊さんによると、特に莉子ちゃんは、前世が江戸時代の小さな神社の巫女さんだったそうで霊が入りやすいそうです。

 声「ねえ、あんたも優しくしてよ。無視してないでさ。」

 心を見透かしたようなことを言う女の人。髪は長くてサラサラ。痩せていて小柄です。白いカーディガンの下は薄いグリーンのブラウスに青いジーパン。何が入ってるのか知らないけど白いショルダーバッグを下げています。

 「大したもの入ってないよ。財布にコスメに携帯に。最近携帯がおかしくて使い物にならないの。」

 彼女は霊です。基本的に霊は心を読みます。でも何も考えていないと霊はその人が見えなくなるようです。

 この人、二十代かなあ。

 「私は今二十二。」

 莉子ちゃんが駅から連れてきた人。一ヶ月は経つのにまだ家にいます。早く出ていくなり上に行くなり下に降りるなるすればいいのに。

 「だって、ここ居心地がいいから。」

 黒革のソファーでゴロ寝です。来た当初はぐちゃぐちゃでした。何日か祈ってあげたら修復して、この莉子ちゃんたちの家でダラダラしています。あの世に行って働けばいいのに。

 「ええ?やだあ。仕事なんかしたくない。」

 じゃあ、あの世でダラダラしてたら?天国では昼寝してる人が多いんだってさ。

 バチン!とラップ音がしました。

 「うるさいよ!こら!女!早く出ていきな!ここはあたしの息子の家だよ!」

 この人は千恵子さん。私たちのおばあさん。緑の和服。痩せていて目がつった感じで怖そうです。私のパパが『わがままババア』と呼んでいた人です。莉子ちゃんが倒れる原因の一人です。女の人は消えました。

 「莉子に乗っかって用事を済ましたいのに、あいつ抵抗するから倒れるんだ!バカ娘が!」

 そりゃ抵抗しないといけないと思うよ。

 ママは「霊と話すのはあまりよくないのよ」と言っていました。こうやって居座られるから。今はよくわかりました。後悔。反省。

 「お前のママだって?あの宗教女!近づけやしない!利勝のバカが!バカな女の婿になりやがって!」

 利勝はパパです。莉子ちゃんのパパは孝司さんです。

 「ねえ、おばあちゃん。用事って何?」

 「ちっ、子供のお前には教えられないよ!」

 「え、いやらしいこと?」

 「そんなんじゃないッ!」

 こんな感じで私には教えてくれません。でも莉子ちゃんが「感謝感謝」と毎日心がけているので、おばあちゃんは憑依できなくなりました。

 「まったく!嫌なガキだよ!」

 おばあちゃんは口が悪いです。

 本棚からバン!と本が落ちました。

 「ババアだまれ!おめえらうるせえんだよ!」

 もっとうるさい人が来ました。戦争中の軍人さんです。見た目は二十代かなあ。

 「コラ!うるさいとはなんたる侮辱!皇國の戦士に向かって失礼千万!許さんぞ!」

 この人はあの日は正人くんに学校から乗って来た人です。戦争中に本土で空襲で死んだ人で、外国で死んだ人じゃないです。学校と、ここを行ったり来たりしています。

 「コラコラァ!俺はこの家のあるじを知っているんだぞ!それに戦争は終わっとらん!アメリカの民主党というのはルーズベルトの党だろう!日本を奴隷化したのは、あいつらだ!」

 そんなこと知りません。それに最近は『ローズヴェルト』と言うのよ。

 「ババア!どこ行った!お前昭和十年生まれだろ!俺の生徒ぐらいだ!」

 戦時中のきつい教育をやらせていた軍人さんらしいです。色々考えをこじらしているみたいです。でも日本を守ってくれたことに関しては感謝しています。

 「それは当然のことだ!日本はもう少し頑張れば勝てたのだァ!」

 それはどうでしょうねえ。

 「貴様!許さーん!」

 上から光る霊が来ました。

 「これ!お黙りなさい!」

 私の守護霊をしている尼さんが来てくれました。白い和服に白い頭巾。水蓮さんといいます。

 「子供を脅すんじゃない!」

 バチン!とラップ音がして部屋が光りました。

 この水蓮さんには法力があって、声が霊的な光を帯びています。

 軍人さんは萎縮しました。

 軍人「でも、でもお、」

 水「でもじゃない!帰りなさーい!」

 軍人さんの霊は小さくなって消えました。でもまた来るでしょう。

 莉子ちゃんたちのパパと縁があると言っています。私とも縁ができちゃいました。

 水「だからママを通して、あんまり霊と話しちゃダメよって教えたのに。」

 ごめんなさい。

 水「でも、莉子ちゃんのパパとも関係があるから、あなただけのせいでもないのよ。」

 そうなんだ。どんな関係?

 その時、ドアがノックされました。

 莉子ちゃんが部屋を覗きます。

 「ミユキ?今すごい音しなかった?」

 「家鳴りでしょ?」

 「ええ?冷静な子だねえ。」

 莉子ちゃんは書斎に入ってきて黒革の二人がけソファーに座りました。

 ちょうど良く莉子ちゃんの携帯が鳴りました。タイミングが良すぎて怖いです。

 「あら、心美?どうした?もうすぐ中間テスト始まっちゃうよ?」

 『莉子!』

 携帯の音量が大きくて心美ちゃんの声が聞こえます。

 『助けて!わあ〜ん!』

 心美ちゃんは三日も学校に来ていませんでした。腰痛で入院中との事でした。

 私には心美ちゃんの後ろに中学生ぐらいの霊がいるのが見えてました。

 黒っぽい紺色のセーラー服の霊がピッタリ心美ちゃんについてまわっていました。言おうかと思ったのですが、霊が口の前に指を立てて「シッ」とするので言いませんでした。もしかしてあの霊のせい?

 莉子「心美、落ち着きな。」

 『死んじゃううう!』

 「分かった分かった。見舞いに行ってやるから。」

 

 5

 俺の名前は根岸竜二。高一だ。

 四月一日生まれ。十六歳になったので原付免許を取った。でも内緒だが中一からバイクに乗っている。今はバイクの免許を取るために教習所に通っている。

 先輩にもらった愛車のディオで病院に向かっているところだ。

 珍しく正人が俺を呼び出した。正人は小学校からの俺の親友。横浜だろうと横須賀だろうと駆けつけてやる。

 しかしあいつは俺を親友と思っていない。あいつはオタク野郎なのでかは知らないが「友達が少なくても構わない」と言っている。まあそこがかっこいい。あいつはケンカはしないが、俺はあいつを『孤高の狼』だと思っている。小学校時代にケンカで負けたが、あれ以来ケンカで誰かに負けたことはない。

 この間の学年最強を決める裏ケンカ大会でも軽く優勝した。でもそれは倒れたらギャラリーの上級生からストップがかかるので簡単だった。「学校最強は決めねえの?」と聞いたが、「毎年優勝者はそう言うんだよ」と軽くいなされた。まあ、そんなにこだわってはいないのでそれ以上言うのはやめた。「優勝者は生徒会の手伝いができる」「手伝いは進学に有利になる」などと言われたが、まあ用心棒のようなものだろう。あまり興味はない。勉強もそこそこできる方だ。

 「ケンカ最強」と言われても、剣道や空手の試合では、よく負ける。悔しいが、人間は負けないと成長しない。

 横浜の病院に着いた。古い病院だ。もともとはクリーム色だった感じの塗装が風雨で黒ずんでいる。

 玄関前で正人が、いとこのミユキとヒョロイ美人の莉子姉ちゃんと待っていた。莉子姉に美人と言うと「嘘つくな」と怒る。顔立ちは悪くないと思う。嘘は言ってないが、大体俺の好みの女はクラスに十人ぐらいいるので俺の見識は当てにならないのかもしれない。

 「正人?どうした急に?」

 正人「ごめん竜二。ミユキが俺たちを病院に入れてくれないんだ。」

 ミユキというガキはけっこう口が悪いらしい。でも今日は正人に横からすがりついて泣いている。

 ミユキは正人に縋りつきながら、片手で莉子姉ちゃんのジーバンのベルトをつかんでいる。

 ミユキ「絶対ダメ!二人が入ったら霊がついちゃう!」

 莉子「ずっとこれなの。ねえ、行かないと心美がかわいそうでしょ?」

 首を振るミユキ。

 二人とも優しいな。俺なら横にすがりついたって構わず入ってくけどな。力では負けんから。

 でもミユキは霊が見えるんだと正人は言っていた。

 「で?俺にどうしろって?」

 正人「お前が居れば入っていいってよ。」

 「ああ?」

 ミユキ「竜二くんはオーラがすごいの。普通の霊は近寄れないから。」

 「ほおお?」

 

 病院の廊下を歩く。消毒の匂いが鼻をつく。

 病院の『面会』のバッジを先輩にもらったMA-1に刺したので、穴が空いたのが残念だ。

 でも気にしているとカッコ悪いので気にしないふりをする。

 ミユキがチラッと俺を見た。相変わらず正人に横からべったり引っ付いて莉子姉のベルトを引っ張っている。

 「ミユキ、お前が怖いだけなんじゃないの?」

 ミユキは首を振った。

 サユっぺ、いや心美先輩の部屋は一階の一番奥の角部屋。見えてきた。

 ミユキが急に止まって二人がガクッとなる。

 ミ「ダメ。私もう行けない。」

 正人「何だよう。」

 ミユキ「あの部屋ヤバい。たくさん人が死んでいて地獄に続く霊道ができている。」

 莉子「もう、だったら余計に心美がかわいそうでしょ?」

 ミユキは小動物のようにプルプル震えている。

 俺も霊感はない。もしそんなに居るなら俺にも見えてもいいはずだ。でもそう思って何度も先輩たちと肝試しドライブに連れて行ってもらったが、一度も見えたことはない。

 正人「俺まで怖くなってきた。」

 仕方ないので声をかける。

 「なあミユキ、頑張ろうぜ。お前が見たら何かわかるかもしれねえだろ?な?」

 ミユキはポロポロ涙を流しながら、俺を見てうなづいた。可愛いやつだ。

 ドアの前に着いた。莉子姉がノックしてドアを開けた。

 「暗いな。」

 天井の明かりはついているのに暗い。

 サユっぺ・・・寝ている。少し痩せたか。

 引退後も正人の家でたまに見かけたが、声はかけなかった。俺は硬派な男なのだ。だから人には言えないが、深夜のアイドル番組で新人として出てきた時から知っている。半年して写真集が出たくらいの時に引退した。それは残念だが中学生の小遣いでは買えなかった。

 莉子「心美ぃどうした?」

 心美「来てくれたああ。ありがとう。」

 「そんなにひどいの?」

 「動けないぃ」

 「何でそうなった?ダンサーでしょ?筋力の塊じゃん。」

 「あのね、そのスピリッチャー眼鏡ね、」

 「スピリチュアルな。」

 「霊が見える眼鏡なの。」

 「はあ?マジで?」

 サイドテーブルには古いメガネケースがある。

 心美「色々見たら幽霊が見えて、声も聞こえて、女の人が視えて、で、付いてきちゃったの。見えると同通しちゃうって言うじゃない?」

 莉子「本当にそうなの?」

 莉子姉はミユキに聞いたが、ミユキは目を閉じてガタガタ震えていて答えない。

 心美「でね、ここの病院の前に来たところで腰が痛くて倒れて即入院しちゃったの。」

 莉子姉さんが「どれ」と言って眼鏡をケースから出してかけた。金ぶちの古臭い眼鏡。

 ミユキ「やめて!」

 莉子「を!いるわ!すっげ!ほんとだ!」

 ミユキ「やめて・・・」

 莉子「髪の長い人。白いパジャマを着ている。心美のお腹に乗っている。マウント姿勢だ。」

 心美「メガネ外したのに見えるのぉ。それ外してもしばらく見えるやつなのぉ。」

 莉子「やだ!早く言ってよ!」

 莉子姉は眼鏡を外してサイドテーブルに投げ捨てるように置いた。眼鏡は少し滑って止まった。

 心美「ずっと死ね死ね言ってるの。怖いぃ」

 あの眼鏡・・・かけてみたい。

 ミユキ「ねえ、待って。心美ちゃんは色々ってどこを見たの?」

 心美「色々行ったよ。オカ研で前に行った心霊スポット。マリリンと。マリリン忙しいからすぐ帰っちゃたけど。最後はバケトン。」

 正人「一人でも行くんだ。すげえ。」

 心美「どんな感じか見たいじゃん。」

 莉子「ダメだよ一人は、ああいうところは不良の遊び場なんだから、やられちゃうよ?」

 心美「莉子ヤラシイ。」

 ミユキはしばらくうつむいて両手を握りしめて震えていたが、キッと心美先輩を睨んで言った。

 「バカなの?そんなところにたくさん行ったら何か貰ってくるに決まってるじゃん!」

 声は最後は裏返って怒声に変わっていた。心美先輩はショックで涙した。

 心美「だってだって、みんなで行った時は私だけ何も見えなかったから、」

 ミユキ「あなたは愚かよ!何も知らないのにそんな事して!自業自得よ!」

 心美「うう〜ん、ミユキちゃんキツいぃ」

 サユっぺは布団をかぶって泣いた。ミユキも黙って泣いている。

 莉子「で、どうするの?竜二が触れば助かるの?」

 ミユキは首を振った。

 ミ「無理。この部屋にいるのは一人じゃないの。持っていかれちゃうわ。ううう、心美ちゃん・・・ごめんなさい。」

 ミユキはまた泣いた。

 莉子「ええ?一人しか見えなかったけど」

 ミユキ「霊的なものは一人一人見え方が違うの。多分それが一番強い霊だわ。こんなに殺意が強い霊はいままで見た事ない。」

 みんな沈黙した。

 心美先輩は布団から顔を出して言った。

 「莉子、お願い。『ニキータ』を連れてきて。」

 莉子「何?誰それ?」

 莉子姉は言いながら眼鏡をケースに戻した。几帳面だ。俺ならしない。

 心美「五年前の伝説の中学生霊能者。『セーラー服の退魔師』。今は消息不明なんだけど、マリリンが何か知ってるらしいの。お願い!」

 俺も思い当たる名前だ。

 肝試しドライブで一緒だった先輩たちが、実は三人死んでしまった。

 俺は何ともなかったが、もう一人の先輩は誰かが祓ってくれたと言っていた。確かニキータだかミケーネだかそんな名前を言っていた気がする。

 心美「マリリンが知ってるはずだから・・・」

 莉子「う〜ん。やだ。あいつ嫌いいい。」

 

 病院の外。

 ミユキに言われて岩見沢姉弟の背中を何度か叩く。アイドルの公演前の気合い入れみたいだ。

 ミユキ「取れた。」

 正人「簡単じゃん。」

 莉子「心美にもやれば良かったのに。」

 ミユキ「あれはダメ。他の死んだ患者さんの霊たちも渦を巻いていたし、でっかい怖いのも来たし、頭のおっきな溶けたような古い地縛霊。もう怪異化している。」

 莉子「女の人しか見えなかったよ。」

 ミ「その上に、ダメ。話してると来ちゃう。」

 みんな沈黙した。

 「ニキータっての?先輩が知ってるかも。俺も聞いてみるよ。」


 6

 私は岩見沢莉子。

 早朝の学校の廊下で一人立っている。低血圧で朝は弱いが何とか頑張った。

 昨日、心美のお見舞いに行ってきた。ミユキによると心美は死ぬらしい。

 心美は『ニキータ』を探せと言う。

 五年前に中学生霊能者が現れた、という話はネットで見た。私はいかがわしいと思ったら『そっ閉じ』なので、あまり覚えてはいなかった。

 ニキータで検索したら、活動期間は半年で、某宗教系中学の制服を着ていたという噂。しかし、金髪で背が低い女子ということしか分からず、二〜三年前に物好きがその某校の登校時間にストーカーまがいのチェックをし、動画をアップしたが、金髪女子はいなかった。もちろん抗議が殺到して炎上、その動画は削除されていて見れない。

 心美は「マリリンが何か知っている」と言う。猪瀬真理凛の事だ。

 もう危ないのにそんな事でいいのか?その辺の霊能者に頼んだ方が早いんじゃないの?

 でもミユキだって霊能者が見てもかなり『強力』だという。先日、心美がよく行く大崎の霊能系占い師に、ミユキの名前と生年月日で占ってもらったところ、「十万人に一人の霊能力」と言われたそうだ。

 そのミユキが「ダメだ」というのだから、難しいのかもしれない。

 ニキータは、『瀕死の霊障の人を救った』という話はとても多く、『お化け屋敷の霊を全部祓った』とか『お化けが出る廃病院を清めて工事ができるようにした』とか大袈裟な真偽不明の逸話がいっぱいある。一番すごいと言われているのは『山の龍神と対決した』という話だ。それは他の霊能者の本に『若い霊能者が』とされて載っていた話らしいが、これがニキータだという噂。

 でも五年前にぷっつりと消息がわからなくなっている。「死んだ」というコメントもたくさんあった。

 「にゃはははは!やっべー!何それ!」

 来た。猪瀬真理凛。三年生。この学校の三大有名人の一人。

 こいつが来るのを部活の朝練終了になる八時まで待っていた。

 猪瀬。今日はバレー部の赤白のユニフォーム。動画のために色々な部活に挑戦したところ視聴数が伸びて、学校も喜んだため学校公認で全部の部活に所属している。スポーツ万能で成績もトップ。生徒会の部活動委員でもあり、いつも色々なユニフォームや道着で後輩たちと談笑して歩いている。去年もおととしも先輩たちと同じように談笑して歩いていた。部活だけでなく、あいつのクラスには『マリリングループ』と呼ばれる取り巻きがいて、やっぱり談笑しているのが廊下にいても聞こえる。オタク女の私には無縁の世界線だ。

 コミュ障気味の私。すごく緊張している。

 初対面の人間は怖い。肩がすくんでしまう。

 でも弟には当たりが強いので『内弁慶』と言われた。友人は心美ぐらいしかいない。

 でもあの心美が、私に泣きながら頼んだのだから、怖くてもやらなければならない。

 来る。陽キャ代表のような猪瀬。大きく見えていたが、身長は同じぐらいだ。金髪ポニーテールもどうせ荒れていてパサパサかと思ってたが、予想以上にツヤツヤだった。

 何度か脳内シミュレーションした。多分最悪こうなる。


 「あの」

 猪瀬「あっはっはっは!でさあ!」

 聞こえなかった。私の声が小さい。このままじゃ通りすぎる。

 「い猪瀬!」

 い「え?」

 振り返った。目が合った。思わず視線を逸らしそうになる。視線恐怖症だ。でも頑張る。

 「猪瀬はニキータって知ってる?」

 「は?」

 明らかに不機嫌そう。他の部員たちも会話を遮られて不機嫌な視線を向ける。

 猪瀬「知らないけど?」

 冷たく言われてじっと見られた。気持ちが折れそう。

 猪瀬「何あんた。行こ、みんな。」

 涙が出てきた。でも、ダメだ。心美の命がかかってるんだ。

 「心美が!心美が大変なの!」

 猪瀬の肩を掴んだ。

 猪瀬「やめてよ」

 バシッと払われて床に倒れる私・・・


 とはならないよね?最悪そうなるという予想。そうはならないよね?ね?って誰に聞いてるんだ私。

 歩いてくる猪瀬と目が合った。

 口を大きく開けてフルスマイルで駆け寄ってくる!

 「えっ?」

 猪瀬が私の両手をつかんでぎゅっと自分の顎の前まで持ってきて、私の至近距離で言う!

 「キャハ!!莉子先輩でしょ!私マリリン!」

 でかい声。「キャハ」で耳がやられた。

 「ど、同級生だけど、年は一個上だけど、」

 い「話したかったの〜!!」

 至近距離で耳をつんざく爆声・・・

 猪瀬「ココミンから聞いてる〜!」

 ココミンて、あいつ年上だろ?でも呼び捨てよりいいという考え方なのか?

 じゃなくて!

 「あの、心美がいま大変なの。いま入院してて、」

 い「嘘ぉ!あ!ライン来てた!見てなあい!」

 「あのね、ニキータを探して欲しいんだって。」

 猪瀬が口を開けて止まった。

 想定の冷たい『知らないけど?』を思い出す。怖い。

 い「ああ〜」

 「知ってるの?」

 い「んん〜?知らな〜い!」

 あ、これ絶対知ってる。

 「あの、」

 「私っ!急用思い出した!みんなごめ〜ん!」

 猪瀬は私たちを置いて走って行ってしまった。


 教室に戻った。

 登校しているのはまだ十人程度。登校時間の八時半には、まだ二十分もある。

 「姉ちゃん!」

 入り口から正人が呼ぶ。竜二もいた。

 廊下に出て話す。

 二人の横に見慣れない女子が。制服も違う。襟が白で他は紺色のセーラー服。うちは紺ブレ。

 髪は茶髪。少し目がつった怖めの美人。背が高くて正人ぐらいあるから百七十はある。袖をまくった腕が筋張っている。ヤンキー女子。怖。

 『口の利き方に気をつけろ!バシッ』とかないよね?竜二の友達だよね?

 竜二「松原アヤ先輩です。」

 「アヤで〜す。よろしくう。」

 斜めに一礼した。笑顔はかわいい。

 「竜二?この人は?」

 竜二「アヤ先輩です。」

 「じゃなくて」

 アヤ「ハハハッ!お前バカ。私から説明するわ。えっと、莉子姐さん?」

 「姐さんて、」

 ア「ニキータかは分からないけど、それっぽい人知ってる。行こう。」

 竜二が言う。

 「ええ?今から?」

 ア「たりめえだろ!命かかってんだろ!」


 学校の裏門の横に真っ赤な車が停まっている。

 正人「おおGTRだ。しかもマニュアル車だ。」

 アヤ「先輩ごめんね。パシリにしちゃって。」

 身長も低く、黒いが派手な巻毛をポニーテールにした女が待っていた。

 「どうせ非番だ。乗りな。」

 登校している生徒たちが見ている。裏門は駅から遠いので使う生徒は少ないが、でも今は登校時間帯だ。

 幸いまだ先生はいない。

 みんな車に乗り込む。

 「何やってんの竜二。」

 「あ、姉ちゃん。何で裏門から・・・」

 生徒会長・薫子だ。まずい。

 「裏門に車がいるって生徒に言われて見に来たの。サボっちゃダメよ。」

 竜二「心美先輩が大変だから。」

 薫子「本当に?」

 私と正人で、うんうん頷いた。

 竜二「先生には何とか言っておいて。」

 みんな乗り込み、先輩は車を出した。

 薫子「待ちなさい竜二!」

 薫子が遠ざかってゆく。

 

 車内でアヤが話す。

 「去年の暮れだったよな。某県の城跡に行ったの。」

 竜二「でしたね。」

 アヤ「祟りで有名で、夜行けば必ず霊が見られるっていうから、少し酔ってたし、行くことになってさ、」

 先輩「酒飲んじゃダメじゃん。事故るよ。」

 アヤ「うん。でも先輩は飲んでなかったし、車で五人でこんなふうに、」

 先輩「未成年だろ?夜中に。捕まるぞ。」

 アヤ「ごめんて。で、一番出るっていう崖下でやっぱり見ちゃったんだ。武士と和服の人。で、みんなで走って逃げた。」

 正人「怖いな。」

 「どこが?」

 アヤ「説明だから割愛してるけど、もっと怖くも話せるよ。」

 正人「イイデス。」

 アヤ「へへっ、でさあ、その先輩たち三人相次いで死んじゃったのね。で、次はあたしだ。最後は竜二だって、言ってたんだ。だよな?」

 竜二「うん、はい。」

 「怖いね。」

 正人「怖えよおお!」

 アヤ「で、私、柔道部なのね。二年の後半からあんまり練習出てなかったんだけど、」

 

 柔道着の女子が言う。

 「ねえアヤぁ、今度、練習試合あるんだけど出ない?」

 「ええ?いいよお。今さらでしょ?」

 「先輩がアヤを見たいんだって。先輩たち卒業でしょ?私らも夏で引退でしょ?みんな一年生で全国優勝したアヤの試合が観たいんだよ。」

 「今はそんなに強くないよ。ちなみに相手は?」

 「スカ女ぉ」

 「横須賀女子?まじで?何で?新宗教系のお嬢様学校じゃん。接点あるの?」

 「監督が向こうのコーチと同期なんだって。」

 「ほおお?お嬢様には負けらんねえな。」

 

 正人「え?アヤさんてあの伝説の『二高の魔女』と言われた全国個人戦優勝の?」

 アヤ「それはいいんだよ。」

 

 柔道着で走る二人。私は茶髪をしばったポニーテール。

 「真紀い、校舎のトイレってこっち?」

 「やだ、お嬢様がみんな見てるわ。」

 黒に近い濃い紺色のブレザーの女子たちがヒソヒソ言っている。

 同色のセーラー服の子もいた。小さく子供っぽいので中等部だろう。

 「アヤはでかいから目立つのよ。また身長伸びた?」

 「百七十超えたね。」

 その時、後ろからタタタッと足音が近づいてきた。

 そしてシャッ!と服が擦れる音がして、背中がバリッと鳴った。

 「うわ!」

 振り返った。

 長い黒髪ワンレンの女子生徒が両手を振り下ろした姿で立っていた。まるで棒を持っているかのように。

 耳元で「ギャアアアアア」という声が小さく響いていた。

 真紀「な?何あんた?」

 女子は普通の姿勢に戻って、乱れた前髪を直して微笑んだ。

 「いえ、何でもございません。」

 女子は小走りに去って行った。

 

 「それがニキータ?」

 アヤ「同じニキータかは知らないけど。後でその辺の子に聞いたら『神宮寺涼子』だって。」

 先輩「聞いたんじゃなくて脅したんじゃないの?」

 アヤ「う〜ん。向こうは怖がってたかな。」

 「でも、ニキータじゃないと困る。」

 アヤ「うん。でもあたし、絶対死ぬって言われてたんだよ。怖いから色々な人に、そういうお祓い系統の神社とかお寺とか色々行ったけど、でもダメだって。手遅れだからって。呪いの霊が来てるって。自業自得だって。通りがかりの霊能者だって人にまで言われた。だから思い出作りに練習試合出たのよ。毎晩「殺す」って声が聞こえて寝れなかった。でもさっぱりいなくなっちゃった。」

 「・・・」

 「人違いでもいいじゃん。その人も死にそうなんだろ?」


 バロック式と言うのだろうか。中世貴族の邸宅のような校舎の学校。

 愛悟学園・横須賀女子高校。

 愛悟グループという新宗教系の財閥集団があって、そこの子弟が通う「愛悟学園中学・高校」という学校がある。そこは英語教育が優れておりアメリカ東海岸の富裕層のような正しい英語が学べるという事で、一般受験者が増えて、十五年前に東京と四国にグループ校ができた。さらに授業料格安なのに今どきお嬢様教育をしてくれる教員がいるというので、女子の一般受験者が殺到。十年前に神戸と横須賀に女子校ができた。

 それが横須賀女子。通称『スカ女』。

 最近は近くの米軍基地から短期留学者も受け入れており、お嬢様学校という割には締めつけはなく自由な校風だという。対する神戸校『カミ女』の方が礼儀作法の教育は厳しいらしい。この辺の情報は最近のTV番組の動画をたまたま見たので知っている。

 アヤ「ちょっと連れてくる。待っててな。」

 「私も行く。」

 アヤと走って閉まった正門の横の小さい門を開けて入った。

 アヤは走る。私も。

 「受付は?」

 「不法侵入!」

 

 校舎の廊下。息が上がった。かがんで膝に手を当ててハアハア言っている。倒れそう。

 アヤが、教室の引き戸を開けた。よせ。授業中だぞ。

 黒髪ワンレンの美人生徒が立って満面の笑みを見せた。

 「アヤ!」

 同級生たちは「ナニコノヒト」と怪訝そうな視線を向けている。

 美人女子は言う。

 「二十分お待ちになってくださる?」

 

 廊下の終わりの広くなったところにカラフルなソファーがあり、Lの字に壁につけてある。

 そこに倒れ込んだ。意外と固くて「ぐへ」と声が出た。沈まないソファーだった。

 アヤ「スポドリでいい?」

 「悪いよ。いいよ。」

 アヤは構わず携帯をかざして何かを買った。

 アヤ「ほれ。」

 首筋にボトルが当たった。冷たくて気持ちいい。

 受け取って起きたがキャップが開けられない。手に疲れが出た。

 アヤは無言でボトルを取ってカリッと開けて渡してくれた。

 「ありがとう。」

 「どおいたしまして。」

 スポドリは喉が渇いている時は甘い。

 「ねえ、授業中に乱入して大丈夫なの?警備員に捕まるわよ。」

 「うん。でも柔道部のコーチが私のこと知ってるから大丈夫みたい。」

 二人の女子生徒が通り過ぎる。

 「ごきげんよう。ごめん遊ばせ。」

 アヤ「ああ、ごめんごめん。」

 二人の女子はクスッと笑って小走りで去っていった。

 アヤ「あたし割と有名なの。」

 「だろうね。うちの学校にも不法侵入してたし。」

 「不良だからいいのよ。」

 「その言葉、便利ね。」

 「そーう。便利なの。」

 「嫌味だったんだけど。」

 「あれえ?はあ?莉子さんって人見知りだって竜二が言ってたけど?」

 「あ、何でかな。あんたは怖くない。」

 「へえ、あんた変わってるわ。」

 不意に声がした。小声でもよく通る声。

 「変わっている同志で気が合うのではなくて?」

 さっきの美人女子。背中までの長い黒髪。前髪は作らずワンレン。誰が見ても美人と言いそう。いやちょっと抜きん出ている。欧米人風のギリシャ彫刻のような顔立ち。淡く光っているように錯覚する白い肌。女の私もしばらく見とれる。相当な美人だ。映画のヒロインクラス。

 制服はうちのよりも黒に近い濃い紺色。襟の縁取りは白くて目立つ。赤いネクタイをしている。

 すごい存在感。でもアヤより背は低い。

 アヤ「涼子、変わってるって言い方は莉子さんに失礼なんじゃねえの?」

 涼子「ごめんなさい。神宮寺涼子です。」

 「あ、あの、岩見沢莉子です。」

 アヤ「まあ、私について不法侵入しちゃうぐらいだから変わってるか。」

 神宮寺涼子は沈黙した。微笑んだまま動かない。

 私も急に緊張して喋れない。肩がすくむ。

 なぜって?本当のお嬢様だし、新宗教系の学校?得体が知れない。

 集団で囲まれて入信を迫られるの?いや、さっきの子達は愛想が良かったし、他に別に何も怖いものが置いてあるわけでもない。明るい雰囲気。でも、とにかく怖い。

 この人に何か言ったら、

 『は?庶民のくせに?このわたくしに何を?百年早いのではなくて?ホーッホッホッホッ!』

 とか?それは無いよね?悪役令嬢か。ラノベ読みすぎか。

 アヤが言った。

 「同類なのは二人の方じゃねえの?二人とも何フリーズしてんだよ。」

 アヤはソファーに偉そうに座って足を組んだ。

 「涼子が霊を祓ってくれたって話したろ?あたし、この子に会いに、またこの学校に来たんだ。帰り道に声かけようと思ったら、外人の若いのと揉めててさ、三人投げてやったら残りの外人もこの学校の女も「ヤンヤの喝采」ってやつでさ、あれは気持ち良かったあ。」

 涼子は「ふっ」って笑った。

 アヤ「最初のやつは裏投げ風のバックドロップだろ?二人目は得意の体落とし。その上に三人目を肩車で落としてやった。」

 「へえ、すげえ。」

 涼子は笑顔で言う。

 「うふふ。アヤはこの学校で有名人になっちゃったのよ。アヤが勝手に授業中に入ってきても、みんな何も言わないの。先生たちもね。あの子たち米軍の家族の子でね、あの後スポーツ交流とかで仲良くなったのよ。」

 この子はアヤには遠慮なくしゃべる。私を見ると止まる。

 私と同じいわゆるコミュ障か。

 でもこのアヤという人も、不良ぶってるのにスポドリをくれたり、気を遣って自分の体験談を話して話しやすくしてくれたりと、いい人だ。

 でもそれはこの神宮寺さんとの関係で身につけたものかもしれない。

 アヤ「さてえ?用事はぁ?」

 「あ、そうね。あの、神宮寺さん?あなたニキータなの?た、助けて。」

 神宮寺さんは、また笑顔のままフリーズした。

 アヤ「・・・バカ。ヘタか。他に聞き方無いんか。」

 「え、だってえ」

 神宮寺は冷たい目をした。猪瀬の想像の時と同じ。想った事は実現しちゃうと言うのは本当だ。

 「私そんな事知らないです。」

 神宮寺は踵を返し背を向けた。

 アヤ「あの子ミドルネームで呼ぶとキレるんだ。」

 「早く言って。え、でもじゃあ、あなたニキータなの?」

 彼女は歩き出した。

 失敗した。絶望・・・

 でも怒りが沸々とこみ上げた。

 心美は死にそうなのに。必死なのに。助けて欲しいって言っているのに。何で?

 「何でだよバカヤローッ!!」

 声が裏返って泣き叫んでしまった。私もそんなにキレるつもりはなかったのに。

 神宮寺は立ち止まった。

 彼女は振り返った。泣いていた。

 「岩見沢さん、泣かないで。全部わかってるの。でも除霊の仕事は捨てたの。こういう風に頼られても、キリがなくなって、私・・・また生きていけなくなるから。」

 生徒たちがゆっくり集まってきた。

 神宮寺は走って逃げてしまった。


 6

 行雲寺観幸です。

 莉子ちゃんは早めに学校から帰ってきて部屋に入って泣いています。

 私は部屋に戻ります。

 私は人の気持ちも読めてしまうので、莉子ちゃんの辛い気持ちが心に入ってきて辛いのです。

 莉子ちゃんは本当はすごくナイーブです。昔のトラウマもあって弱いけど耐えているのです。

 心美ちゃんもあの状態で耐えているのでしょうか。なぜ耐えられるんだろう。

 でもまだ連れて行かれてはいない。そうよね?

 私がやるしか無い。

 『やめなさい』

 守護霊の水蓮さんの声。やっと答えてくれた。

 『心美さんはまだ死んでいない。でもそうやって無理をして命と引き換えに相手を救って死んでゆく霊能者は沢山いる。昔からね。それでも救えず、相手の人と一緒に地獄に引き摺り込まれる人も沢山いるわ。やめなさい。あなたには無理。私の力でも救えない。』

 『でも莉子ちゃんと心美ちゃんのために何かしないと、私、ここに来た意味がないわ。ママに言われたからじゃないの。私は二人を守るために来たと思ってるの。だから、」

 部屋がノックされた。

 「ミユキ?居るか?」

 「正人くん?はいどうぞ。」

 「ミユキ、いつか自殺者の霊か何かに『えい』ってやったよな?」

 「うん。」

 「竜二のオーラを使ってあれをやったらどうだ?出来るか?勝てるか?」

 「どうかな・・・」

 水蓮『勝てない。止めるので精一杯よ。』

 「守護霊さんは駄目だと言っている。でも、止めることは出来るって。止めている間に心美ちゃんをあの悪い部屋から連れ出しちゃえば、」

 水蓮『死ぬよ。』

 「正人くん。わたし頑張ってみたい。もし死んじゃっても許して。」

 「う〜ん。それは困るなあ。ミユキが死んだら僕ぁ叔母さんになんて言ったらいいんだ。」

 「でも、わたし頑張ってみたい。」

 水蓮さんは答えない。

 守護霊さんは車の後ろに乗っている人みたいなものだとママが言っていた。運転手は地上の人。人生の運転手は私だから、守護霊さんは私を操り人形にはできない。でも行ってはいけない道にはどうしても進めない。そういうことは出来るらしい。

 水蓮さんが目を閉じてさーっと上に消えました。ああ、守ってくれないのかなあ。

 心美ちゃんのことはどっちだろう。行ってはいけない道なら閉ざされる。

 「霊を止めて、心美ちゃんを何とかあそこから出すことができれば助けられるかも。私が霊を食い止めている間に正人くんたちで心美ちゃんを連れ出して!あの病院から出ちゃえば助けられるかも!」

 声がした。怒ってる声。

 「ちょっと。」

 ドアのところを見たら莉子ちゃんだった。

 莉子「何で私抜きでそういうことをしようとするわけ?」

 こ、怖い。怒った莉子ちゃんは鬼です。

 莉子「ねえ正人。ほんとぶっ飛ばすかんね。」

 正人「来るっての?弱いくせに?」

 莉子「ばかやろ。」

 莉子ちゃんは正人くんの脇に肘を当ててグリっとしました。

 正人「いてて、肘はやめて。」

 「でも莉子ちゃんは霊が憑きやすいから、」

 莉子「いいのよ。心美のためなら霊ぐらい引き受けてやるから。」

 莉子ちゃん・・・かっこいい。

 危ないよ、とか、別のが来たら意味ないよとか言いたいけど、胸がいっぱいになって涙が出て言えなかった。

 

 駅から病院まで歩きます。

 ママが持たせてくれた小さい紙のお守りをたくさん持ってきました。このお守りたちも光っています。

 ママの宗教のお守りは中身は経文なので、一年過ぎても効きます。首にはママが持たせてくれたお守りの円い金色のペンダントをして来ました。

 病院につきました。前で竜二くんが待っていました。

 竜二「素人霊能者が祈ってもちゃんと効くのか?守護霊さんは何て言ってる?」

 「勝てないって。でも心美ちゃんをここから出すことなら出来そう。私もママの宗教のメンバーだから、私が視た、あの神様が本当だったら助けてくれるはず。」

 正人「お前も危ないなあ。『神を試すなかれ』っていうじゃん。」

 「正人くん勉強してるのね。でも試しているのは自分なの。神様を見たのは三つの時だから自信がないの。」

 病院に入って歩きます。

 私は小さい時にママの宗教に入った。祭壇の前で最初に祈った時、天使と光る神様を見た。パパが協力的でないので私は宗教の支部にあまり行けないけど、あんな光を見たことはあの時の他にない。

 でも霊的な世界は人によって見え方が違う。悪魔が天使に見える人もいる。天使に化ける悪魔もいる。私がどっちか見分けられるかは自信がまだない。雰囲気と霊の語る言葉で判断するしかない。

 でもママの宗教は私のような霊能者には否定的です。「おかしい人が多いから」だそうです。私はママから常識的な考え方をするように、よく躾けてくれたようです。

 部屋の前に来ました。ドアが黒いです。煙が出ているように感じます。

 正人くんが開けます。

 黒い想念が吹き出して来ます。

 竜二くんと正人くんが先に入ります。私も後から入りました。

 やっぱり暗い部屋。天井なんかは真っ黒で電気がついているかもわかりません。天井の板がわからない。見ているとスッと魂が吸い込まれそうになる。

 心美ちゃんはベッドで仰向けになって両手を胸の真ん中に当ててゼイゼイと息をしています。

 正人「心美さん。」

 心美ちゃんは目を開けました。前より痩せて目にクマができています。

 「ふっ。弟くんか。さん付けなんて初めてかも。」

 正人「年上だし。」

 莉子ちゃんは私の両肩に手をかけて後ろでじっと身構えています。

 心美「風邪ひいちゃったよ。もう駄目だ。」

 莉子「心美がんばって!ここを出よう!」

 「心美ちゃん、手のそれは?」

 胸に当てた手の下に携帯ぐらいのきんちゃく袋が。光っている。

 心美「お守り。マリリンがくれたの。息が楽になる。」

 何かわからないけど、あれのおかげで持って行かれずに済んでいる。

 でも・・・

 心美さんの胸の上には、幅一メートルぐらいの溶けたような大きな頭が。髪はなくて青黒い後頭部。その下に体とも分からないような溶けたような体。二頭身?もない一・五頭身。青黒い背中を向けているそれが乗っかっている。でも、それは胸のお守りの所だけは丸く透けている。パジャマの人はいない。吸い込まれたかも。

 「早くやろう。みんな祈って下さい。私に光を集めることをイメージして。」

 三人は手を合わせ合掌した。私も祈る。

 「神様。私に力をお貸しください。私に悪霊撃退の力をお与えください。」

 祈ったら、手刀で十字を切る。二度、三度。あとは彼女に手を向けて光を放射する!

 「悪霊撃退!ええいっ!」

 効いて!

 背中が熱くなった。三人の光・・・・上には水蓮さんが浮かんで光っている。良かった。来てくれた。

 その上からの光が私たちに降りている。

 その光が私を通して手から大きな怪異の霊に当たっている。

 霊がこっちを向いた!真っ黒い目!

 「バオオオオオオオン!」

 凄い声。まるでトラックのクラクションみたい。全身が震える。

 でも手から光を出し続ける。

 正人「どう?」

 「まだよ!もっと祈って!」

 莉子「ミユキ、お守りは?」

 「え、ポケット!」

 莉子ちゃんは私のポケットのたくさんのお守りを取り出して、化物に投げつけた。

 「パギャアアアアア!」

 化け物にお守りの数だけ穴が空いて、全体が揺らいだ。

 化け物は震えだしてボガン!と爆発した。

 「うわ!」

 バケモノの破片は一つ一つが人間の形になって天井の闇に消えた。

 「やった!居なくなった!」

 莉子「正人!竜二!」

 三人が心美ちゃんを起こしにかかります。

 正人「うお、重た!」

 心美「失礼ね。」

 莉子「心美も起きようとして!」

 心美「だるいぃ」

 ベッドに何とか座らせて竜二くんが心美ちゃんを背負います。

 心美「退院するのぉ?」

 莉子「ここには居させられない。逃げるの!」

 心美ちゃんは力無く笑います。

 「なははは。携帯とって。パパに電話する。」

 私はお守りを拾います。

 莉子ちゃんは心美ちゃんの私物をまとめてリュックに入れて正人くんに持たせます。

 あの眼鏡ケースも一瞬迷いましたがリュックに入れました。

 心美「ああパパ?私退院するわ。うちに帰るから。あとよろしく。」

 心美ちゃんは通話を切って携帯を莉子ちゃんに渡しました。

 莉子「パパにはいつも適当ね。」

 心美「よし、れっつごーよ!」

 みんなで部屋を出た。廊下を走る。


 7

 横浜の駅からバスで三十分。郊外っていうのかな。バスを降りて少し歩いたところの一軒家に来ました。

 心美ちゃんの家らしいです。門のところに『斉田』と書いてあります。

 心美「根岸おとうと、もういい。自分で歩く。」

 莉子「歩ける?ずっと寝てたんでしょ?」

 竜二くんがしゃがんで心美ちゃんを降ろします。

 心美ちゃんは数歩歩いて両手を膝について止まって振り向きました。

 「歩けそう。でも風邪の方が辛い。莉子ぉ鍵っ!」

 莉子「ハイハイ。」

 

 二階の心美さんの部屋に入った。

 莉子「なんか食べる?」

 心美「なんか食べる。」

 莉子「なんか食べるってさ、正人。」

 正人「ハイハイ。」

 竜二「あははっ」

 正人「お前も手伝え!」

 竜二「え?俺?」

 二人は下に降りました。

 心美ちゃんはベッドに入りました。

 「誰も居ないの?」

 心美「うちはねえ、ママが悪い宗教に入っちゃったから離婚したの。私が五歳の時。で、九歳の時、お姉ちゃんがどこかに居なくなっちゃったの。で、パパは最近女ができて、そっちに行っちゃってるから。」

 莉子ちゃんは「うちによく来るのはそれでなのよ。」と言いながら、ベッド横に腰をおろしました。

 「そうだったんだ。」

 心美「私ね。ママともお姉ちゃんともそっくりだから、見てて悲しいんだって。」

 心美ちゃんは言うと布団をかぶった。泣いているんだ。

 莉子ちゃんが怒っている。想いが伝わって来ます。

 『そんなの、いくら思ってたって、父親が言っちゃダメじゃん。ダメなパパだな。よほど言ってやりたいけど、心美はパパが大好きだから怒るんだよな。ファザコンめ。』

 何とかしてあげたい。

 「心美ちゃん。かわいそう。」

 心美「はえ?」

 顔を出した心美ちゃんに抱きついた。心美ちゃんが身を固くしたのが分かった。

 「ごめんね。私がもっと愛の塊みたいな人なら心美ちゃんの心の傷を癒してあげられるのに。」

 心美ちゃんが力を抜いて私の頭を撫でた。

 「ミユキちゃん。恥ずい。わたし大丈夫だよ。かわいそうじゃないよ。心美は強い子だもん。」

 心美ちゃんの目を見たら少し涙が出ていた。

 莉子ちゃんがなんか寂しそうに言った。

 「ミユキィ、それ私が言いたかった。」

 莉子ちゃんが揺れだした。あれ?

 そしてカクンとうつむいた。

 心美「莉子ぉ?どうした?体キツくなっちゃった?」

 莉子ちゃんがそのまま喋る。

 「ふふふ。あーはっはっは!逃げおうせたつもりかあ!」

 心美「うわっ!ミユキちゃん眼鏡とって!」

 「ダメよ!なんか来てる!」

 心美「だからよ!」

 心美ちゃんはベッドから転がり降りてリュックの中からお守りと眼鏡を取り出した。

 私も胸のお守りのペンダントを握りしめた。

 莉子「ガキが。病院の集合霊を祓ったぐらいで調子に乗りやがって。」

 あれは集合霊か。地縛霊が怪異化したものかと思った。

 竜二くんと正人くんが上がって来た。

 正人「即席のポテトスープがあったよ?ええ?どうした?」

 莉子ちゃんが座ったまま言う。

 「ふっふっふ。私も祓ってみるがいい。お前たちのうちの誰かは向こうに持って行ってみせる。そして、そうだな。残りは三日に一人づつ持って行こう。さあ、どうする?ふっふっふ。」

 正人「姉ちゃんの寝言か。たまに凄いんだ。」

 「違う!強いのが来てる!」

 心美ちゃんが眼鏡をかけた。眼鏡は少し光っている。

 「うっ!まだいる!パジャマの女!」

 ベッドを背に座る莉子ちゃんは目を開けない。

 莉子「ふはははは!それは面白い眼鏡だな!」

 目を閉じたまま喋る莉子ちゃん。

 私には何も見えない。言葉をぶつけてみる。

 「悪霊よ!姿を現しなさい!」

 座る莉子ちゃんの上に白いパジャマの女性が現れた。目が真っ黒だ。

 「あなたはトンネルから憑いて来た人ね?」

 下の莉子ちゃんが答えた。

 「はあ?まあそうでもあり、そうでもない。ふっふっふ。ガキにはわかるまい。」

 白い服の女の人。でもその周りの空間がふち取りしたように真っ黒で、レンズみたいに歪んでいる。

 心美「背中にカラスみたいな翼が生えてる!」

 「翼?私には見えない!でもそれは・・・」

 霊は莉子ちゃんにもう一度入って立ちあがろうとするが、莉子ちゃんがだらっとまた座り込む。

 霊が苛立たしげにこっちを見た。私は霊に言う。

 「あ、あなたは悪魔ね?」

 霊『フッ。ふははは!その通り!』

 心美「ハッハハ!見破ったぞ悪魔め!」

 「心美ちゃん?」

 霊は黒くなり、黒い翼と黒い尖った尻尾が生えた。口が耳まで裂けて牙が見える。その目はカッと開いて鷹や鷲みたい。そして体は一回り膨れ上がった。

 霊『お前を知っているぞ斉田心美。ワシはこの辺りを縄張りとする大悪魔。地縛霊のフリをして取り憑いた。お前たちが、ワシらの狩場を荒らすから来てやった。さあ、悪魔と見破ったあとはどうする?』

 心美「どうって・・・」

 心美ちゃんは私を見た。

 心「どうしよう。」

 「心美ちゃん!」

 霊『この岩見沢莉子は体力の限界らしい。立てんからな。こいつの命はもらう。地獄で奴隷にしてやる。』

 「やめなさい!」

 霊『ならばお前の命と引き換えでどうだ?』

 「う・・・」

 霊『ぬははは!ざまあみろ!百年早いんだよ!ガキが!泣け!わめけ!土下座して許してくださいと言え!』

 悔しい。これが悪魔。こんな霊が本当にいるんだ・・・

 その時、下でバイクの音がして家の前で止まった。

 そして誰かが階段を駆け上がってくる。

 そしてドアの前で立ち尽くしていた竜二くんの横から女性が入って来た。

 部屋が明るくなった。すごい炎のようなオーラ。頭の後ろには金色のお盆のような後光が差している。

 すごい美人!

 濃い紺色のブレザー。襟は白い縁取り。スカートも同じ色。靴下も紺色。

 「だれですか?」

 彼女の胸には私のと同じペンダント。

 背中までの長い黒髪。真っ白な肌。ヨーロッパ風の顔立ち。まるで天使!

 彼女の背中から、本当に白い翼が広がった。そして剣を抜く。

 心美「もしかしてニキータ?」

 「えっ?」

 上からさらに二人の天使が降りて来た。そして剣を抜いて霊に向けた。

 女性は言った。

 「我が名は知っていよう。我は神宮寺ニキータ涼子!」

 霊『出やがったな!また悪魔祓いを始めるつもりか!』

 涼子「問答無用ーっ!小悪魔よ去れ!」

 彼女は剣を振り下ろした!

 三人の剣からバチバチと雷のようなものが出た!

 霊『ギャアアアやめろおおお!』

 悪魔のような女の人の霊は消え去った。

 急に周りが静まり返った。

 涼子「ふう。」

 「あなたは?・・・」

 強くて暖かいオーラ。本当に昔見た天使のよう。

 莉子ちゃんが「うん?」と言って顔を起こして眠そうに目を開けた。

 階段を上がって女性があと二人来た。

 心美「マリリン!と?」

 女性「アヤでーす。」

 真理凛「ごめんごめん。遅くなった。間に合った?」

 涼子「うん。」

 剣は消えている。いや涼子さんにオーバーラップした白い翼のある観音様の持つ法具から光が出て剣に見えていたのだと分かった。観音様は法具を納めた。そして私に微笑んでから上に去っていった

 でも涼子さんからは変わらず暖かい明るい光が出続けている。

 心美「マリリンありがとう。このお守りあったかくて心地よかった。」

 真理凛「支部で正式に祈願してもらったお守りだから効いたはずよ。」

 涼子「だから支援の天使が二人も来てくれたのね。」

 莉子ちゃんが言う。

 「神宮寺さん。来てくれたのね。でも遅かったね。心美に憑いていたやつは病院でやっつけちゃったよ。」

 心美「やだ、何言ってんの?今あんたに憑いてたのよ!」

 莉子「ええ?嘘!やだあ!」

 涼子「放っては置けなかった。」

 心美「ありがとう神宮寺さん。」

 心美さんは神宮寺さんの手を両手で握った。あ、いいなあ。

 真理凛「病院に行ったらいないじゃん?私だけ電車だったから、ここまでアヤちんのバイク三人乗りしちゃったよ。後で捕まっちゃうかも。」

 アヤ「フッ。アヤちんて。」

 莉子「やだ、みんな知り合いなの?」

 アヤ「あたしはコイツとはさっき初めて会った。」

 真理凛「コイツなんて嫌!マリリンちゃんと呼んで!」

 アヤ「へっ。距離感近くて苦手。」

 莉子「そうよね!それに猪瀬あんた学校で知らないって言ってたよね!」

 真理凛「ごめん。ニキータのことは秘密だったから嘘ついちゃった。許してピ!」

 莉子「ばかやろ、ピじゃねえっつの!」

 真理凛ちゃんは「も〜。今度ランチ奢ってあげる!」と莉子ちゃんに抱きついた。

 莉子「はなせ!」

 莉子ちゃんはマリリンちゃんを振り払った。

 莉子ちゃんはこういう人は苦手なんだな。でも顔が赤くなってる。

 涼子「岩見沢さん。ごめんなさい。言ったけど除霊の仕事は捨てたの。でもみんなの未来が見えてしまったから。」

 莉子「無理言ってごめんなさい。」

 涼子「いいの。私がしたかっただけ。ミユキちゃん?あなたも無理しないで。」

 「は、はい!」

 涼子「無理すると本当に死ぬからね?ね?」

 美人が顔を近づけた。綺麗〜。いい匂いがする。

 「はい!」

 涼子「あと、病院でお守り撒いたでしょ?何枚か落ちてた。」

 手に持った何枚かのお守りを見せる涼子さん。

 「はい!」

 涼子「まだ効き目があるけど地獄の穢れが強いから処分した方がいい。」

 ポケットのお守りを彼女に渡した。彼女はそれをマリリンちゃんに渡した。

 真理凛「返納しとく。」

 アヤ「何で助手みたいなの?笑っちゃう。」

 涼子「今のアレはもう来ないと思うけど、油断はしないで。ここもお清めが必要ね。マリリンにもらったお守り飾っとくといいよ。毎日手を合わせて神様にお礼ぐらいしてください。天使が見に来てくれるようお願いしておくわ。」

 心美「もう引っ越すわ。」

 涼子「うん。それが一番良くてよ。」

 莉子「サバサバ姉さんだ。学校とキャラ違う。」

 涼子「だってお嬢様学校よ。素なんて出せませんから。」

 莉子「言葉はあれだね。たまにお嬢様になるね。」

 涼子「あと心美さん、お姉さんの霊が帰ってくるからお水を供えてあげて。」

 心美「え?あ、うん。」

 プロだわ。

 涼子「アマよ。これで食べて行く気はないから。」

 心を読まれた。すご!こんな人初めて会った!

 莉子「尼?」

 涼子「?」

 涼子さんは人差し指を顎に当てて首をかしげた。かわいいっ!

 アヤ「涼子?そろそろ帰る?」

 涼子「うん!送って!」

 アヤ「ハハハッ!まったくまるでお姫様だな。」

 真理凛「ごめん莉子さん。明日学校で会おうね。」

 三人は階段を降りていった。

 正人「なに今の美人!」

 莉子「聞いてなかったの?めんどくさ。」

 竜二「まあまあ美人だったな。」

 正人「まあまあじゃねえ!芸能人かと思ったぞ。竜二は誰見ても美人て言うじゃん。」

 竜二「芸能人ならここにいるだろ?」

 心美「ん?そうよ!私がいるじゃん。あっはっは!」

 良かった。みんな元気。

 でも確かに怖い霊がいなくなったら、セーラー服の中学生の霊が戻って来て心美さんの後ろに隠れた。

 莉子「正人、まだそれ持ってるの?」

 正人「あ、スープ?」

 心美さんは「うわー、ポテトスープきらーい。」と言いながら正人くんのお盆の冷めたスープを飲んだ。

 

 2 へ続く。

 

ちょっとまた長くなりそうです。

12ぐらいまで行くと思います。

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