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第2章:再生

世界は光と影、そしてくぐもった声のぼやけた渦だった。 澄んだ空気が肌を撫で、ほのかに漂うラベンダーと蜂蜜の甘い香りが心を落ち着かせる。それは奇妙でありながら心地よい感覚——まるで夢の中に足を踏み入れたようだった。 ゆっくりと意識が戻り、混乱の波が押し寄せる。


「……ここはどこ?」

その疑問が頭の中に響き、重くのしかかる。


ぼんやりとした意識の中で、歓喜に震える声が聞こえた。涙に滲むような声だった。

「息をしてるわ! 私たちの赤ちゃんが息をしてるのよ、デリック!」

その声が彼女を現実へと引き戻す。


「ヴィヴィアン……彼女は生きてる。本当に、生きてるんだ」

別の声が続いた。低く、落ち着いていたが、そこには驚きと喜びがにじんでいた。


さらに、年老いた声が割って入る。長年の経験を滲ませる、感嘆の響き。

「奇跡だ……。こんなことは、助産師を何十年とやってきて、一度も見たことがないよ」


まるで旋律の断片のように、声が周囲で渦巻く。非現実的でありながら、確かに“現実”だった。

ぼんやりとした視界の中、少しずつ感覚が研ぎ澄まされていく。


小さな身体——あまりにもか弱く、かつての堂々たる姿とはかけ離れていた。 指先がわずかに動き、つま先が慎重にうずくまる。まぶたを開くことさえ、大きな試練のように感じた。 それでも、かすかな光と影が彼女を迎え入れる。


ぼやけた視界の中、暖かな日差しに満ちた部屋が見えた。木製の梁が天井を支え、傍らでは油ランプが柔らかな光を灯している。暖炉のぱちぱちと燃える音が、言葉の合間を静かに埋めていた。


視線を下げると、小さな手と、信じられないほど小さな足が目に映る。

これは……私?


胸の奥に、一瞬パニックがよぎる。だがすぐに、奇妙な受け入れの感覚がそれに取って代わった。


顔を動かすと、先ほどの声の主——若い夫婦が見えた。彼らの表情には、驚きと喜びが入り混じっていた。


デリックと呼ばれた男が、眉をひそめて彼女を見つめた。

「息子は泣いてるのに、この子は泣かないな」

不思議そうに、それでいてどこか微笑ましげに呟いた。


——その瞬間、まるで波が押し寄せるように、自身の置かれた状況が胸を突いた。

私は……本当に人間になったんだ。


込み上げる感情が、制御しきれないほどに溢れ出す。

そして、本能が導くままに——彼女は泣いた。

鋭く、力強く。小さな肺から絞り出された産声が、部屋の空気を震わせる。


その直後、勢いよく扉が開いた。


「エリー、気をつけなさい!」

ヴィヴィアンが声をかける。叱るというよりは、微笑ましい注意だった。


五歳ほどの少女が、無邪気な笑顔を浮かべながらベッドに駆け寄る。

「わぁ! すっごく小さい!」

青い瞳を輝かせながら、新生児たちをじっと見つめる。


しばらく観察した後、彼女は背筋を伸ばし、胸を誇らしげに張った。

「大丈夫、ちびっこたち! 私、エリーがいるからね! これからずーっと守ってあげる!」


その幼い宣言に、大人たちの笑い声が弾けた。

まるで嵐が去った後の陽光のように、部屋の中を暖かく照らしていく。助産師すら、微笑ましく首を振った。


和やかな空気の中、デリックとヴィヴィアンは赤ん坊たちの名前を考え始める。


「イーサンはどうだ?」

デリックが、泣き続ける男の子を見ながら言った。


ヴィヴィアンは、もう一人の赤ん坊を静かに見つめる。

彼女の瞳に優しい光が宿る。


「エマ……」

まるで、その名を口にすることで、現実に刻み込むかのように。


——エマ。


その名が、柔らかく彼女を包み込む。

聞き慣れないのに、不思議と馴染む響き。


半開きの瞳で、エマは家族を見つめた。


父、デリック。

灰白の髪を持つ堂々たる男。鋭い青の瞳は、普段は冷静さをたたえているのだろうが、今はただ柔らかな愛情で満ちていた。


母、ヴィヴィアン。

優雅で、美しい。

暗い金髪が額を縁取り、まるで神秘的な光を纏っているかのよう。 その白く輝く瞳は、まるでこの世界に属していないかのようだった——だが、イーサンを抱く手は、どこまでも温かかった。


姉、エリー。

エネルギーに満ち溢れた、小さな嵐のような存在。

母譲りの金髪に、父と同じ青い瞳。彼女がいるだけで、部屋の空気がぱっと明るくなる。


そして、双子の兄、イーサン。

力強く泣き続ける、生命力に溢れた存在。

彼の小さな頭には、父と同じ灰白の髪が生えていた。青い瞳はまだ焦点を結ばないが、そこには確かな意志が宿っているように見えた。


助産師は、満足げな微笑みを浮かべ、静かに見守っていた。


小さな部屋は、質素ながらも温かみがあった。

木の壁と床には、新しい松の香りが漂い、年季の入った敷物がベッドの下に敷かれている。

暖炉の火が静かに揺らめき、その光が壁に影を踊らせていた。

窓の外では、黄金色の夕陽が地平線を染め、今日の終わりと、新たな始まりを告げていた。


エマの瞼が、次第に重くなる。

今日という日は、あまりにも多くの感情と経験に満ちていた。

それでも——


これは、私の人生。

この家族と共に、私は生きていく。


最後にその思いを胸に抱きながら、エマは静かに眠りについた。

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