9話
「お前、何者だ!?」
「名乗るほどの者じゃありませんよ。ただの落ちぶれた貴族です」
男が舌舐めずりをみせる。舌には大きなピアスが施されていた。痛々しく突き刺さった鋲は、「ドヘンタイ」と呼ばれるこの男の人間性を説明するには充分だった。
「貴殿のお手並み拝見といきますか。まずはデュランダルから」
男は氷色眼の美女の腰に手を回した。プルンとした厚い唇のグラマラスな美女が、冷淡な輝きを放つ片手剣へと変化する。
──デュランダル。岩をも両断する名剣。
前世では聖剣エクスカリバーに匹敵する知名度を誇り、聖剣とも魔剣とも評される。俺はその名に背筋が寒くなった。
いや、名前のせいではない。刀身はダイヤモンドダストのような凍気を纏い、如実にこの場の気温が下がり始めている。氷色眼、──そうか氷属性。
「あなた所有者ね」
エクスの目付きが変わり、手刀に蒼白い光が宿る。
「お嬢さんは少しお休み下さい」
男がデュランダルをエクスの足元に向かって薙ぎ払うと、凍気の一閃がエクスの両足を凍りつかせる。
「ちょっと何これ!?」
身動きの取れなくなったエクスを尻目に男の斬撃が俺に向かって襲いくる。俺はプラチナソードで受け止めるも男の猛攻は続いた。
飄々とした体躯から繰り出される太刀筋にはそれ程の威力を感じない。これならやれる。Aランクモンスターを討伐したばかりの俺は自信に満ち溢れていた。
受け止めた太刀筋を力まかせに押し流し、僅かにできた隙に間断なく、プラチナソードの斬撃をお見舞いした。
かすめた男の前髪が宙に舞う。背面に仰け反り俺の太刀筋を躱した男は不気味な下目遣いで視点を縫い付ける。
「ほう、ここまでやりますか? そろそろ髪を切ろうとは思っていましたが……。ならば、これならどうです? グラディウス!」
男は反らした上半身を起き上がらせ、クイクイと手のひらをボンテージスーツの女性に向けた。小顔で目鼻立ちの整った美女が細身の短剣へ姿を変え、男の手元に握られる。
先程のデュランダルが斬撃のための剣ならば、こちらのグラディウスは刃渡りの狭い突くための剣。鋭利な剣先が毒蛇の牙の如く禍々しい輝きを放っていた。
ヒュンヒュンと風切り音を奏でながら、男はグラディウスの刺突を矢継ぎ早に繰り出した。
俺はプラチナソードでいなしてはいたが、コイツはやばいと悟った。
これは普通の剣ではない。嗅覚が、──きなくさい異臭を嗅ぎ分けていた。
禍々しい紫紺の眼。
たしか毒属性。この剣は毒属性の魔力を宿している。一発くらえばお陀仏だ。
俺は身体を翻し、剣を躱すと間合いをとった。
接近戦はヤバい。かすり傷でも貰えば致命傷になりかねない。
足がすくみ無意識に後退りしていくのが分かった。
「なかなかの身のこなしですね。……ですが、お遊びはコレで終わりです」
男は左手に握る氷剣デュランダルを横一文字に振り抜いた。凍気の刃が俺の足元に向かって飛んでくる。
凍らせて動きを止めるつもりか。
俺は瞬時に横に転がりそれを避けた。
──その刹那、男が、動いた。
俺は体勢を立て直し素早く身構える。
──目を疑った。
鋭角に軌道を曲げた、男のグラディウスはエクスの胸を貫いていた。