72話
遥か昔、この国がまだ諸侯同盟と呼ばれていた時代。剛剣一つでのし上がり領主となった武人がいた。大地をも翻す剣を携え、鬼神の如く戦場を駆け抜ける武勇を人々は畏敬の念を込めて闘将ルグと讃えた。
諸侯同盟の盟主は領主となったルグの力を恐れ、謀略によってルグと恋人を斬首刑に科したと伝えられる。
闘将ルグの怨念──それが、巷で囁かれるデュラハンの元ネタだ。
「へぇー、さすがはお頭、物知りですなっ!」
俺はダーナ様の殺害が、アミュレットを狙った犯行だったということを伝えるためにお頭と密会していた。
「サモアが無知なだけだ」
「いやしかしお頭、そんな古い話なんて普通は知りませんぜ。一体どこで仕入れたんですか?」
「エリート育ちを舐めるなよ!」
「エリートってお頭も俺たちと同じ孤児じゃないですかっ!」
「バカヤロウ! お前たちと一緒にするな。俺はこれでも王国の英才教育ってやつを受けてるんだよ!」
聞けばお頭は眼球を移植されたのち成人を迎えるまでの間、王国の英才教育を受けて育ったらしい。
「その知識や剣術も王国の指南ってやつですか?」
「まあ、俺の才能によるところが大きいと思うけどな」
「皮肉なもんですね。手塩にかけて育てた飼い犬に反旗を翻されるなんて。ガハハハ」
「人を犬扱いしてんじゃねぇーよ! エリートと呼べ。エリートと!」
「シャチョサン。コンカイノオシゴトハナンデスカ?」
聞き覚えのある片言の口調に、ぎくりとした。
鮮やかな赤髪。お頭のことをシャチョサンと呼ぶ女性。 お頭の名のある武器。
俺はこいつが苦手だった。
「オイ、サモア。オマエ、マタ、ショーモナイシゴトヲモッテキタンジャネェーダローナ」
辿々しいイントネーションのくせに、やたらと高圧的な物言い。
上から目線の高慢ちきな女。
「あねご、久しぶりに会ったのにそんな言い方はよしてくださいよ」
「ワタシノコトヲ『アネゴ』トヨブナトイツモイッテルダローガ! オマエノ、ヤスッポイセカイカンヲ、オシツケテクルナヨ!」
「はいはい、分かりましたよ姉さん! こう呼べばいいんでしょ?」
「ネエサンジャネェーヨ! 『オネエサマ』ダロ! チョイチョイ、オトコラシサヲ、ネジコンデクルンジャネェーヨ!」
ジリジリと追い詰める芯をくったワードセンスに胸を抉られる。
「オマエノ、ジコエンシュツガ、ハナニツクンダヨ!」
「なっ! 自己演出って!」
「ドクジノ、フィールドヲ、テンカイサセテ、ボウエイセンヲ、ハルンジャネェーヨ!」
彼女の前に虚勢や矜持は通用しない。
すべての本質が炙り出されてしまう。
「まあまあ、二人とも落ち着け。サモアの話から推測するに聖石を狙ったのはおそらく貴族だろう。そこでだ──、俺たちはデュラハンの愛剣を頂くことにする」
結局、ダーナ様暗殺事件の真相は分からないまま終わりを迎えた。
第一発見者の講師が首謀者として処刑されることになったが、俺には意図的に仕立て上げられた犯人としか思えなかった。
お頭の予見通り、裏で貴族連中が院政を敷いている可能性が高い。
デュラハンの愛剣?
「しかしお頭、そんなもんが一体どこにあると言うんですかっ?」
「周知の通りデュラハンは存在しない。闘将ルグの生涯をモチーフにした寓話に過ぎない。ルグの怨念を恐れた刻の盟主は、ルグの遺体と愛剣を地下牢に閉じ込め結界で封印したと記録されている」
「……つまり、デュラハンではなく闘将ルグの愛剣は現存すると……」
「御名答!」
「闘将ルグの愛剣はデュラハンの逸話になぞらえ後世には報復の剣と伝えられる。しかしその名は、──剛剣フラガラッハ。地属性の魔力を宿した神器だ。王国が所有者を生み出し、貴族が聖石を入手したとしても対象属性の神器は一つしか存在しない。俺たちは先回りして神器を手に入れる」
「シャチョサン、サスガ、デキルオトコハチガイマスネェー!」
あねごの蔑むような視線が俺に向けられた。
「ドコノダレカトハチガイマスワ」
悪態をつかれた俺が目を伏せると、
「この件は俺たちに任せてサモアは任務に戻ってくれ」
「ハヤクモドレ! コノバカタレガ!」
チッ、俺は舌打ちを堪えて席を立った。
しかし、お頭は一体なにをすき好んでこんな女を従えているんだ?
名のある武器は所有者の好みとなって現れるはず……。たしかに異国人のパートナーを所有するのはエリートの証だが……。しかも才色兼備の美女。
俺はお頭に仕えているのであって、お前に仕えているわけじゃねぇーからな! 立場をわきまえない勘違い女に腹が立った。
俺が不機嫌にその場を去ろうとした時、
「……サモア」
あねごに呼び止められた。
反射的に凌辱に身構える。
「イツモワタシタチノタメニ、アリガトナ」
──ア、リ、ガ、ト、ナ、?
なぬっ?
なぬぬぬっっぅーーーーぅ!
なんだその優しい言葉は?
とんだツンデレ。
「サモア、ワタシタチハ、オマエニ、カンシャシテイル」
そこには、麗しく瞳を輝かせた女性と片手を挙げて俺を見送るお頭の姿があった。




