70話
フェイルは私の理想の女性だった。
妻として、母としての役割を完璧にこなし、そして何よりも強かった。
私は彼女のおかげで研究を続けることが出来た。フェイルは王国の研究を妬む貴族からの圧力を悉く退けた。
息子のバロウが六歳になり、王宮の教育機関に入学する頃、私はある噂を耳にした。
隣国に伝わる死者を蘇らせる聖石。
白く輝く聖なる石は生命力を司る。
私はフェイルの存在に感謝しながらも仮初の幸せに罪悪感を抱いていた。
願わくば──妻を取り戻したい。
その想いは日々、色褪せることなく私の腹底に蔓延っていた。
そしてある日、私は聖石を見つけ出した。手に入れれば妻を生き返らせることができる。私に迷いはなかった。
私は、私にしかできない名案を思いついた──完全犯罪。
計画は完璧だった。──の、はずだった。
聖石は偶然にも息子が連れてきた。
バロウのクラスメイト、王女様の首には、聖石であろうアミュレットがぶら下がっていた。胸元を彩る数珠繋ぎの白い石。この国では目にしたことのない珍しい代物だった。
眼と魔力について研究をしている私にとって、王女様の側に立つ従者の眼に違和感を覚えた。
ソラスと名乗る彼は──、いや──彼女は人間ではない。
妻と同じ、神器だ。研究者としての経験値がそう告げていた。生命力を宿した聖石は神器にも呼応するという。年端もいかない王女様が純粋な所有者であるはずがない。王女様の母、王妃様は隣国の出身。
隣国に伝わる聖石の生命力は死者の息を吹き返らせ、神器すらも解放させると聞く。
王女様のアミュレットが私の探し求めている聖石だとすれば、全ての辻褄が合う。
間違いない。──私は計画を実行した。
息子の話では、王宮で学ぶ学童たちは正午になると食堂で学食をとる。しかし王女様と息子は教室に居残り二人で昼食をとる。
息子たちは学食と弁当を互いに交換するらしい。なかでも王女様は玉子焼きが大好物で毎日必ず、独り占めにすると言う。
玉子焼きに毒物を混入させておけば──。
目撃者もいなければその事実を知っている者は私たち家族しかいない。
王女様が倒れれば息子は誰かを呼びに行くだろう。その隙に聖石を奪い、残りの玉子焼きを処分してしまえば痕跡は残らない。宮廷の研究室が職場の私にとってそれは容易だ。例え息子が証言したとしても食するのは玉子焼きだけではないはず。証拠を特定することは難しいはずだ。
私は妻が作った玉子焼きと毒入りの玉子焼きを挿げ替えて、息子を送り出した。




