68話
「そろそろ到着致します」
ソラス様の声に顔を上げる。
目の前に広がる草原は咲き誇る綺麗な花に埋め尽くされていた。
ダーナが得意げに、ニカっと微笑むと、爽やかな風に乗って甘い芳香が運ばれてくる。
「ここが先生に見せたかった秘密の場所ですのよっ!」
ソラス様に抱えられて馬車から降ろされたダーナがウキウキとした様子で待ち構えている。
続いて僕がソラス様に抱えられて荷馬車から降りると、
「いこっ!」
僕の手が握られて、グイッと引っ張られた。
あっ。僕の足が地面に着くと同時に重心が傾いた。僕と手を繋ぎ、
トテテ、と小走りに駆け出したダーナは、
ズコッ!
勢いよく盛大にすっ転んだ。
「──!?っ」
ワンピースが捲り上げられて、あられも無い姿でうつ伏せに寝そべっている。
「──あっ!?」
僕の目の前に可愛いらしい花柄のパンティーが輝いていた。パンチラじゃなくてモロパン。
ぴょんっ。
ダーナは素早く立ち上がり、ワンピースの裾をそそくさと直すと頬を赤らめて、こちらを伺っている。
「──み、みた?」
僕は思わず、ぶんぶんと首を横に振った。
遠心力で頬っぺたがぶっ飛びそうだった。
「みたでしょ?」
「い、いや、みてないっ!」
モジモジと恥じらうダーナに僕は嘘をついた。潤む視線に正義感とも言える言葉が自然と湧き出した。
「ほ、本当にみてない?」
泣き出してしまいそうなダーナの表情に、
コクコクコクコク。僕は必死で頷いた。
「みてたらセクハラだからね!」
ビシッ──、角張った声に押さえつけられる。
……いや、なんのビシッだ、それ?……、僕は言葉が詰まり、沈黙が流れた。
「……じゃあ、信頼するっ!」
きゅっと結ばれた口が綻び、ダーナはそう言って僕の手を再び握り直した。
モロパンの残像と柔らかい手の感触。思わず顔が熱くなる。僕はダーナの手を握り返して、複雑な心境を誤魔化した。
ダーナは花が好きだった。
僕は取り入って花に興味があるわけではないけれど、好きな女の子に合わせるだけの気配りは持っている。
浮かれはしゃぐダーナと一緒に花畑を駆け回った。
ソラスさんの話では、草原に自生する草花はこの季節になると見頃を迎え、香水やパンに塗る蜜の原料にもなるらしい。なるほど。鼻腔をくすぐる甘い香りに納得がいった。
ぐぅ〜。
花の香りとソラスさんの話にお腹が鳴る。
「お弁当にしましょうか」
お腹の悲鳴にソラスさんが微笑んだ。
ダーナのために僕は母に特製弁当を用意してもらっていた。
「やったぁ〜〜、先生のお母様のお弁当だっ!」
それを見るや否や、ダーナが飛び上がって喜んだ。
一面を花に囲まれた開放的な空間。そこでの食事は格別だった。案の定、ダーナが母の玉子焼きを頬張り、満面の笑みを浮かべている。
今日はどれだけ食べられても安心だ。ダーナの大好物の玉子焼きは、たんまりと用意して来ている。
僕も負けじと玉子焼きを頬張る。
うん。やっぱり母の玉子焼きは美味しい。
「私も先生のためにサンドイッチを作ってきたんですのよっ!」
ぎくっ。嫌な予感がした。
ダーナから手渡されたお手製のサンドイッチ。見た目だけなら美味しそう──、ただ何度この手に引っ掛かったことか。ゴクリと違う意味で喉が鳴った。
「先生のために早起きして作ったんですのよっ!」
ダーナが興味津々と言った様子で僕の顔を覗き込んでくる。
でっ、出たぁーーっっ!
ダーナの常套手段。つぶらな瞳を輝かせて、僕の逃げ道を無くすのだ。
え、ええぇーーいっ!
もうどうにでもなれ。どうせいつもの辛いやつだろう。覚悟を決めた僕はやけくそ混じりでかぶりついた。お約束のリアクションを取ろうとしたその時だった──、あれ? 辛くない。──美味しい。
「先生、お味はいかがかしら?」
きょとんとする僕をダーナがクスクスと笑っている。
あれ、あれあれ? あまりの美味しさにむさぼるようにサンドイッチを口に押し込む。ふふふと、ダーナが笑みを溢した。
「どう? 美味しいでしょ」
「うん。美味しいっ!」
僕は準備していたリアクションを取り下げ、二つ目のサンドイッチに手をつけた。
どういうわけか、今日のダーナの手料理は僕の意に反してどれもが途轍もなく美味しかった。




