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67話

          

           *****


          

  僕はダーナに誘われて王都の城下町を抜け出していた。王女様を城壁の外に連れ出すなんて、極刑もまぬがれない行為だと怯んだが、ダーナは言い出したら一歩も引かない。


 何やら僕に見せたい秘密の場所があるらしい。

 従者のソラス様も同行していることから、僕は渋々ダーナに従った。


 ソラス様もダーナも外套を被り、一応、身分を悟られないように変装をしている。気乗りしない足取りで周囲の視線に意識を割く。普段と変わらない雑踏のなかで、後ろめたさと同時に、妙な高揚感があった。

「先生、そんなにキョロキョロしてますと逆に怪しまれますわよっ!」

 目深に被った外套の奥でダーナがクスクスと笑っている。

 たしかにその通りだった。

 ダーナもソラス様も手慣れたもので堂々としている。気恥ずかしくなった僕は、そわそわとしたむず痒い感情を押し殺して二人の後を追った。


 王都の中心部を離れると、物騒な衛兵らの姿は見えなくなり、それに変わって商人たちが賑わいをみせていた。テーブルに日除けが張られただけの簡素な出店が立ち並び、活気に満ちている。

 そこを抜けると関所に辿り着く。

 城郭都市の王都は街全体を壁で取り囲んでいる。東西南北に関所が設けられ、外に出るためには通行証が必要になる。

 平民の僕でさえ壁の外に出るのは初めてだった。

 ソラス様が門番と何やら示し合わせると、ほろ馬車が用意され、僕たちはそれに乗り込んだ。以前、ダーナが家に遊びにきた時の馬車と比べれば、随分と野暮ったい馬車だったが、王族がお忍びで出掛けるには町人を装った方が都合が良いらしい。

 幌で張られた荷台の中は、使い込まれた皮の匂いで充満していた。

 ダーナが外套のフードを脱ぎ、ホッと一息つく。

 その表情に僕も安堵する。

 揺れる荷台の上でダーナがニタニタと僕の顔を覗き込んだ。

 緊張を悟られないように僕は視線を外して、幌馬車の隙間から外の景色を眺める。

 遠ざかる王都の風景に目を見開いた。初めて見る王都の外観は途轍もなく大きく、まるで侵入者を拒む堅牢な要塞だった。


 壁の外になんか出ても大丈夫なのだろうか? 

 壮観な眺めの背景に見え隠れする思惑に不安が募る。

 仰々しい様相を目の当たりにし、魔物の襲撃が頭に浮かんだ。


 ──デュラハン。

 古くから伝わる噂を思い出して背筋が寒くなる。



「先生、何を深刻な顔をしているんですかっ?」

 ダーナがあっけらかんとした声で僕の思考を遮った。

「いや、あの、デュラハンの噂……」

「デュラハン?」

「──そう、デュラハン」

 以前、父が僕に話してくれたように僕は声色を低く落とした。ダーナの眉がピクリと動く。

「人々の首を狙う首無し騎士のことさ。デュラハンは斬り落とされた自分の首と処刑された恋人の首を探している死霊なんだ」

 僕はダーナを怖がらせるために表情を強張らせた。

「へぇーー、やっぱり先生は物知りですねっ!」

 意に反してダーナは目を輝かせる。

 いや、あの……、これは怖い話なんですが……。

「デュラハンが王都近郊に出没するという話を聞いて少し不安で……」

 僕の声が力なく尻すぼみになった。

「……恋人の首を探す首無し騎士の死霊か……、でもそれって怖い話? ロマンチックな話じゃないかしら?」

 これのどこがロマンチックな話なんだ?

 どう考えても怖い話だと思うけど……。

 ダーナの問いに言葉が詰まる。

 ダーナは長いクリーム色の髪をかき上げて耳に掛けると、僕の顔色を伺った。

「恋人を弔ってあげたいなんてデュラハンはきっと愛情深いんですわっ!」

 怖がるどころか目をキラキラと見開いて、微笑んでいる。

「先生、もし私がクビチョンパされたらデュラハンみたいに私の首も探して下さいねっ!」

 そう言ってケラケラと笑い飛ばすダーナに、僕は唖然とする。

 クビチョンパって!

 しかも怖い話が、いつのまにかにロマンチックな話にすり替わってるし……。

「安心して下さいっ! 先生がクビチョンパされたら私が探してあげますからっ! そしてその頭にお花をたくさん飾って鉢植えとしてお部屋に置いておきますわっ!」

 話の方向性がどんどんズレていく。

 生首に花を飾って鑑賞するなんてサイコパスの発想じゃないか!?

「先生の髪は芝生のような緑ですからきっとお花が似合うと思いますわっ!」

 ダーナは自分で言って、名案だとばかりに大きく頷いてみせた。

 く、狂っている……。

 僕はその狂気じみた発想に言葉を失った。

 やはり、王族の思考回路は凡人の庶民には理解ができないものだ。

 僕が絶句していると、

「バロウ様、そんなに心配なさらないでください。いざとなれば私がお二人をお護り致します」

 見兼ねたソラス様が口を挟んだ。

「それにこの辺りは魔物のレベルが低く、行商人たちも行き交いをしております」

 言ったそばから、のほほんとした行商人の荷馬車がすれ違っていく。

 ぼろんと落ちる馬糞。

 のどかな風景とソラス様の頼もしい言葉に、僕の胸が軽くなった。

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