62話
僕はそんなダーナに惹かれていった。
ぞんざいに扱えないのは何も彼女が王女だからではなかった。
孤立する僕を救ってくれた救世主。
僕にとってのダーナは友人であり、騎士であり、それでいて胸をときめかす初恋の相手でもあった。
それまでの僕といえば、ひたすら勉学に励み、休み時間には図書館で本を読む。ずっとひとりぼっちだった。
ダーナと仲良くなってからの学校生活は急変した。みんなが僕に一目を置くようになり友達も増えた。
彼女が王女ということさえ忘れ、僕は彼女に、
──恋をした。
ある日、ダーナが家に遊びに来たいと言い出した。
えっ!? えっええぇぇーーーーっ!!
驚いたのは僕よりも両親だった。
王女様の家宅訪問。我が家に拒否権はない。
母は家をピカピカに清掃し、身につける物をすべて新調した。
書斎に閉じこもってばかりいた父も散髪をして無精髭を剃り落とした。
どうせ、彼女のお目当ては母の手料理だ。
僕がそのことを告げると、母は食材を買い込み、腕を奮っておもてなしの準備を始めた。
いくら友達とはいえダーナは王女だ。庶民の家に遊びに来たいなんてはた迷惑な話だ。軽々しく口にするもんじゃない。慌てふためく両親をみて、僕はことの重大さを理解した。
両親の気苦労など知るよしもないダーナは豪奢な馬車に乗って参上した。
父が片足を引き、右手は胸に添えて左手を横に差し出したポーズで頭を下げる。母は両手でスカートの裾を軽く持ち上げて膝を軽く曲げると上体を上下に揺らした。
庶民には馴染みのない貴族式の挨拶で彼女を出迎える。宮廷学者の父には多少の心得があったようで、昨晩、母に作法のレッスンを施していた。
目の前に現れたのは友人としてのダーナではなく、王女としての彼女だった。
僕も見よう見まねで父に倣った。
ダーナは僕の家族を見守るように、微笑んでいた。普段とは違うドレスアップされた服装。いつもの彼女とは違う雰囲気に胸が高鳴る一方、さすがはロイヤルファミリー。幼い頃から王族としての立ち振る舞いが教育されているのだろう。と、身分の差を突きつけられた。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
おてんばな彼女から上品さを装った挨拶が交わされ、側に寄り添う従者が、
「私はソラスと申します。この度は突然のご依頼にもかかわらず、快く引き受けてくださり誠に感謝致します」と会釈した。
ダーナは従者に目配りをしてから、
「さあ、堅苦しいご挨拶はこれくらいにしておきましょう。おとうさま、おかあさま、バロウ様のクラスメイトのダーナですっ! 今日はよろしくお願いしますっ!」
いつも通りの無邪気な笑顔を見せた。
「め、滅相もございません。何もないところではありますがゆっくりしていって下さいませ」
父があたふたとたじろいで、ダーナを家に招き入れる。
「おかあさまの手料理楽しみですわっ!」
ダーナたっての希望で昼食会が催される予定だった。
「王女様のお口に合うかは分かりませんが、伝統的な家庭料理をご用意致しております。楽しんで頂けたら幸いです」
母が自信なさげに応える。
ダーナは僕に意味深な流し目を押し付けて、るんるんとした足取りで家の中へ入っていった。




