59話
「えっ!?」
わけがわからない。
貴族たちが逃げ惑い、我先にと出入り口へ殺到する。異常な光景の中で俺は孤立していた。
兵長が人の波を裂き、大声を張って指揮をとる。人混みを逆流する衛兵らがデュラハンの前に傾れ込む。対峙する剣先は小刻みに震えていた。
「っな!?」
デュラハンの挙動につられ、俺は視線を持ち上げる。──高々と舞う御嫡男の生首。デュラハンは掴んでいた生首を上空へ放り投げ、斬首剣を両手に持ち替えた。そして、ぐるりと大きく身体を捻じり、ひと振り、ふた振り、準備運動のようにゆったり弧を描く。
その円舞がピタリと止まったや否や、殺気ともいえる闘気が瞬時に──解き放たれた。
発せられた波動に身体が揺らぐ。
ズババババババババッッッ!
デュラハンは斬首剣を薙ぎ払い、飛礫となった破岩の刃がまるでマシンガンの如く、対峙する衛兵らの身体を貫いた。放たれた無数の刃が逃げ回る貴族たちの背中を撃ち抜く。
「えっ……」
間抜けな声をあげる俺の前には悪夢のような光景が広がっていた。
落下した御嫡男の生首がデュラハンの手元に戻ると、目の前には死屍の山が築かれていた。
壊滅した衛兵らを前に兵長が絶句する。
残されたのは僅かばかりの貴族と隅に身を寄せる給仕と奴隷たち。
──瞬く間の惨殺。
「あ、ありえねぇ、、、」
息を漏らした中年冒険者が剣を抜いた。
「まさかデュラハンと一戦を交える日がくるとはな……」
な、なんだこいつは??
明らかに魔物の所業だ。人間のすることじゃねぇ……。デュラハンなど存在しない。俺の思い込みは非道な暴虐の前に掻き消された。
「今の飛礫は地属性の魔力だな……」
中年冒険者の声に俺はオリハルコンソードを身構える。
「や、やるしかねぇ……、躊躇していたらこっちがやられる」
首の無い鎧が胴体だけでギロリと凄みを効かせた。
──くるっ!?
気配を読み取った俺がオリハルコンソードを振り上げた。埋め込まれた地属性の魔水晶が煌めく。
「────『岩石の防壁』────」
地属性の魔力で地面から壁を出現させる。
デュラハンから放たれた飛礫が障壁に衝突して砕け散った。──今だ!
壁の影から俺たちは飛び出した。右側から中年冒険者が、左側からは兵長が回り込む。そして俺は、──上だっ!!
三方向からの波状攻撃。
デュラハンは斬首剣で中年冒険者の剣を払いのけ、生首を掴んだ腕で兵長を受け止めると、籠手の打撃で退けた。
──くたばれっ! 隙をついた上方からの斬撃。
体重を乗せた一撃を振り下ろす。
防御に使われた斬首剣が再び、振り抜かれ、その凄まじい威力に、俺は弾け飛んだ。
ズドン!!
尻もちをついただけでは済まず、バウンドした身体はそのまま背後に転がり壁に激突した。
全身にようやく恐怖の震えが湧いてくる。
一撃だけで理解した。
今まで対峙したどんな魔物よりも──強い。
古びた鎧の内に秘める出力が──桁違いだ。一騎当千の闘将のような体幹。
──これが死霊!?
兵長と中年冒険者が後退りして間合いをとる。やばい。三人がかりでも太刀打ちできない。格が違い過ぎる。
「あらら、これまた随分と派手にやりましたね。デュラハンさん、その剣をお譲り願いたい」
唐突に、緊迫感のない声を発して、どこからともなく悠然と歩み寄ってくる枯渇人奴隷がいた。
なんだコイツは? 命知らずのただのバカか? それとも白眼で状況が把握できないのか?
「マチクタビレマシタデスヨ」
給仕の一人が妙な言葉遣いで髪を束ねたリボンを解き、枯渇人奴隷の頭上に跳躍する。印象的な赤髪がはらりとなびく。
「──!?っ」
きりもみしながら華麗に飛翔する給仕の女性は、ボンッ! 熱風とともに歪つな形の剣へ姿を変えた。
「──!?っ」
それを掴もうと、枯渇人奴隷が手のひらを開いた刹那、
──その異形に目を奪われる。
手のひらの中央に埋め込まれた、──真紅の眼球。
灼熱の赤を宿す瞳は──、灼紅眼。
白眼の枯渇人奴隷が炎の燐光を舞わせた剣を握り屹立していた──。




