57話
大広間には人々が不平不満を漏らしながら身を寄せ合っていた。貴族の取り巻きに舞踏会の給仕たち。雑用係であろう奴隷たちの姿もあった。
衛兵らが片っ端から事情聴取を行なっていく。俺はその隙に人々の眼を確認していた。
枯渇人で白眼の奴隷たちに武器を扱うことは不可能だろう。給仕は全員女性だ。所有者は成人男性のはず、武器の可能性は捨てがたいが望みは薄い。
──とすると、貴族たちか。
「おい、兄ちゃん。お前の推理にケチをつけるつもりじゃねーが、どうも納得できなくてな……」
隣で中年冒険者が低い声を響かせた。
「お前の推理だとオレが見つけ出したデュラハン事件の法則が崩れることになる」
「あ、いや、死体を挿げ替えたというのはただの仮説でして……、あははは」
時間稼ぎのでまかせだ。推理もクソもない。
俺は乾いた笑い声を絞り出した。
「オレは眼球マニアであり、眼球鑑定士でもあってな」
「眼球鑑定士?」
聞き慣れない名称に首を傾げる。
「ああ、冒険者稼業の傍ら眼球鑑定士として全国を旅している。殺害された伯爵家の嫡男が神獣眼だと知っていたのは以前にお会いしたことがあるからでな。で、ここが重要なんだが、神獣眼は属性魔力が高いという特徴があっても、見た目では判断がつきにくい。一見は五大元素の対象属性にしか見えないんだ」
「それがどういう関係があるのですか?」
「知識のある人間が、かなりの至近距離で覗き込まなければ識別は出来ない。つまり犯人が神獣眼を狙っているとしたならば、御嫡男に触れるほどの距離に接近しなければならない。それができるのは……、」
「も、もしかして、ご、御令嬢ですか!?」
「舞踏会の性質上、複数の男性と触れ合うことになる。そこで目星をつけ部屋に招いて眼球を確認する。眼球鑑定の知識があるかは別としても、行動原理としては都合がいい」
「しかし、女性に首を断ち切ることなんて出来ますかね……、それに凶器は?」
俺は自分で言いかけて、気づく。
御令嬢は女性だ。所有者ではない。そう高を括っていた。
──違う。逆だ。
御令嬢が名のある武器で、従者が所有者なら可能だ。
「……問題はそこなんだがな、これまでの首無し遺体の事件に倣えば、御令嬢が何かしらの形で絡んでいるとオレは踏む」
中年冒険者の推理が正しければ御令嬢がホワイトアイズの可能性が高い。宰相といえば国政のトップだ。総理大臣に等しい。その御令嬢がホワイトアイズだって!? 一体どういうことだっ⁇
俺が困惑していると兵長が倒れ込むように駆け込んできた。
「冒険者様っ! 報告によりますと先程のご指摘通り奴隷が一名欠けていることが判明しました!」
えっ!? はい!?
どーいうことっ⁇
「鋭い考察に感服致しますっ!」
いや、あれはただの受け売りでして……。
兵長が目を爛々と輝かせている。
「死体を挿げ替えるなんて発想、凡人には思いつきませんよっ!」
いや、だからそんなはずは……。
思いつきで口走ったデタラメな推理に根拠などあるはずもない。俺は動揺した。
「それは間違いないのか?」
中年冒険者が眉間に皺を寄せる。
「はい、名簿には十人の奴隷が登録されていますが、現在ここにいるのは九名。今、部下たちが行方を調査しているところであります」
「鍵を握る御令嬢に、行方不明になっている奴隷か……。うーーむっ」
中年冒険者が眠ったように黙りこくってしまった。
「ところで、御令嬢の従者は今どちらに?」
俺がたしかめなければならないのは奴隷の行方ではなかった。すぐさま自分の立場を理解した俺は兵長に尋ねた。
俺が確認しなければならないのは、
御令嬢と従者の、──眼の色だ。
もし二人の眼が同じだとしたら、中年冒険者の推理が正しい。
「侍女の方は御令嬢に付き添われておりますが……」
うん? 今なんて仰いました?
侍女? ──侍女!? ──従者は女性⁇
「いや、そうじゃなくて護衛の男性の方は?」
「御令嬢の従者に男性はおりません。腕の立つ女性剣士が侍女としておひとり……。ただその方の武器も念のために預からせていただいておりますが」
はぁあ?
従者は侍女が一人だって!?
まさかの女? 女性と女性の組み合わせ⁇
それは聞いていないっ!
ますます分からなくなったじゃねーか!




