48話
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はぁあ!?
はぁあああっっーーーー!?
親父の話に愕然とする。親父の身体の傷は全部、黒尽くめの美女がつけたものだっていうのか──?
奴隷としてつけられたものじゃなかったのかよっ!!
ただのドMかよっ!!
文明レベルが低いこの世界では、動力のほとんどが人力だ。魔力と視力のない枯渇人は単純作業しかできない。動力源としての肉体労働は枯渇人と相場が決まっていた──。幼いながらにトラウマとして耳にこびり付いていた親父の絶叫──。てっきり奴隷として鞭で打たれたものだと思い込んでいた──。
まただ。また、このパターンだ。
バロウさんといい、セイライさんといい、そして親父といい。なんなんだ、男って奴の性癖は……。
全員──変態じゃないか! ……勘弁してくれよ。
俺は親父の身体にしたためられた屈折した嗜好と、人形めいたミステリアスな美女の顔を見比べながら、開いた口がしばらく塞がらなかった。
「おとうさま、おかあさま。初めましてエクスと申します」
「あっ、エクスだけずるいっ! おとうさま、おかあさま、カリバーと申します。今後ともよろしくお願い致しますっ!」
呆然とする俺を押しのけて二人が競うようにしゃしゃり出た。
おとうさま? おかあさま?
待て待て待て待て!
「ふーーん。聖剣エクスカリバーか……。わたしはクロノ。よろしくね」
クロノと名乗る美女が感情の乏しい口調で言った。親父が不敵な表情でエクスとカリバーを舐め回すように見つめている。
いやいやいやいやっ!
親父はともかくこの黒髪の美女は違うだろっ!?
なんで母親ヅラしてやがるっ!
そうだ! 母は? 母親はっ!?
振り返ると、母は満面の笑みを浮かべて、ウンウンと頷いていた。
はっ!? なんだその屈託のない笑顔はっ!?
自分の旦那がドMの変態で、ドSのパートナーがいるんだぞっ!? なぜそんな悠長な態度でいられるっ!? この夫婦にとってはこれが日常なのかっ??
純真無垢にひたすら微笑む母の笑顔に心当たりがあった。
まさか──、数々の女性と肌を合わせてきた「世界で一番モテる男」の俺は、この手のタイプの女性に何度か遭遇したことがある。すべてを受け入れてくれる寛容な女性。観音菩薩のような母性の塊。
──ドMだ。母は多分、とんでもないドMに違いない。
世の男性は敬意を払って、この手の女性を天使ちゃんと呼んでいた。
うぉおおおっーー!! 嫌だ嫌だ嫌だっ! 両親の性癖なんて考えたくもないっ! 俺は髪の毛をガムシャラに掻きむしり悶絶した。そして気付く。
待てよ。流れに身を任せる俺の受け身体質。
これって、──両親譲りじゃねぇーかっ!?
変態の域には達していないもののベクトルは完全に同じだ。血族としてリンクする性格に俺は再び、仰け反るように雄叫びをあげた。
うぉおおおおおおーー!!
すると、それを掻き消す程の大きな悲鳴が被さってくる。
ぬおおおおおおおおおっーーーー!!
親父が突然、悲痛な叫び声をあげていた。
何事かと身体がビクつく。
「クロノ! お前、今、なんで俺をつねった!?」
「だって、暇なんだもの……」
「暇だからって人をつねっちゃダメだろっ!」
そう怒鳴りつける親父だったが、なんとも嬉しそうな、恍惚とした顔をしている。それを更に嬉しそうな表情で見つめている母。
こいつら、ぜってぇー、──変態夫婦だ。
うなだれる俺を尻目にエクスとカリバーが歪み合っている。どうやら、先程の件で揉めているようだった。同じハーレム生活でもえらい違いだ。三者三様の関係性に俺は当惑のため息を溢した。
ど変態の親父が何食わぬ顔をして続ける。
「お前は必ず魔王を討伐することができる。頼んだぞ! 時に選ばれし勇者よ! お前が世界を救うのだ!」
いやいやいや、そんな無責任なっ!
ど変態に言われても説得力ねぇーよ!
なにが世界を救うのだ、──だっ!
しかもそれって普通は、王様が言うセリフだからなっ!
とツッコミかけて、俺は一旦、言葉を噤んだ。
──待てよ。親父の話では金色眼の王が魔王を産んだ──、てことは、王と魔王はイコール? じゃあ王国騎士団って一体⁇ 頭がこんがらがった。
ダメだ。こっちの世界に来てからの情報量が多過ぎる。それに親父の傷のインパクトが強烈すぎてすべてがぶっ飛んでしまった。
俺はぶるぶると頭を左右に振って雑念を取り除く。頭の中を整理して、親父の言葉をさらう。
──親父が視た世界ってなんだ?
虚空をぼんやり眺めていると、しゃがみ込んだクロノが木の枝で地面に絵を描き始めていた。
ちょこんと背中を丸めてうずくまっている。
だあぁぁっーー!! もう飽きてるっ!?
なにその幼児性っ!?
俺はそんなクロノに呆れながらも親父に尋ねた。
「親父が視てきた世界って……?」
「いいか坊主。クロノトリガーの能力は未来を見通せる力だ。俺は彼女を使い、未来の雛型をすべて視てきたのだ」
「未来の雛型? それって無数に存在するんじゃぁ……、、、」
得意げに口角を吊り上げる親父の傍らで、何やらクロノがもぞもぞと木の枝を研いでいる。
「選択肢の数だけ未来は存在している。いわゆるパラレルワールドってやつだ」
クロノの挙動が気になって親父の話が頭に入ってこない。
「坊主、俺はな、このクロノトリガーの力を使って……」
「よし、できたっ」
親父が言いかけたところで、「ぶすっ」クロノが先程から丹念に研いでいた木の枝を親父の脇腹に突き刺した。
うぉおおおおおおっーーーー!!
親父が白目を剥いて飛び上がる。
「クロノ! なんで今、俺を刺した!?」
「だって、退屈なんだもの……」
「退屈だからって、人を刺しちゃダメだろっ!?」
えい、えい、えい。ぶすっ、ぶすっ、ぶすっ。
ぎゃあぁぁああーーーー!!
親父の絶叫が空を抜ける。
ニコニコニコニコ、と見守る母。
──繰り返される変態プレイ。
ダメだこりゃ。並行線のやり取りで拉致があかない。親父に抱かれた幼な子の俺が、キャッキャと手を叩いて笑っていた。
大丈夫なのか? ──この世界の俺は……。




