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45話

            

             *       

 

張り詰めた空気の中で突如として、玄関の扉が開きエクスが現れた。


「エ、エクスどこに行ってたんだよ!」


「じゃーーんっ! ご主人様の大好物、バジリスクステーキですっ!」


 エクスの手にはバジリスクの肉塊が握られていた。


「バカヤロウっ! 勝手なことしてんじゃーねぇ!!」

 俺は安堵する気持ちも忘れて、怒鳴り声を上げていた。



「えっ!? ご主人様、喜んでくれないんですか?」

「当たり前だろ! どんなに心配したと思ってんだ!」

「だって……」

「だってもクソもねぇー! 心配したんだからな!」



 ぽかんとした顔に叱りつける気が失せた俺はエクスを手繰り寄せ、強く抱きしめていた。


「……ご、ご主人様のためにバジリスクを討伐しに……」

 耳元にぽつりと落とされた言葉に、上書きされた感情が膨れ上がり腕に力がこもる。



「……もう、無茶はするな……」



 な、なにが俺の大好物だ……、

 バカヤロウ、バカヤロウ、、、



 溢れ出る涙を堪え感傷に浸っていると、

「勇者さん! 予断を許さない状況なのは変わりません! ご注意下さい!」

「カリバーさんは氷漬けになっている方の治癒をお願いします!」

 セイライさんが的確な指示を飛ばした。

 俺はセイライさんの声に、弾かれたように顔を上げ、胸からエクスを剥がすと周囲に視線を這わした。重苦しい空気が再び流れる。



 何者かが潜んでいるかもしれない。浅く乱れた息を整え、神経を研ぎ澄ませる。寝室の扉が僅かに開き、小さく揺らいでいる。──そこか? 


 勢いまかせにドアノブを払い、オリハルコンソードを突き付けた。

 広間から漏れた灯りが照らし出す寝室は、闇の中でクローゼットの扉が開き、カーテンが風に吹かれ旗めいていた。誰かがいた形跡。警戒心を解くことなく詰め寄ってみるも、すでにもぬけの殻だった。得体の知れない恐怖の残滓ざんしだけが吹き抜ける風と一緒に漂っていた。

 嫌な予感を抱くも、

「勇者さん、こちらに!」

 セイライさんの声に広間に戻ると、カリバーの力によって解凍された女性の姿があった。



 丸みがかったマッシュボブの髪型は、どこかレトロで懐かしげな雰囲気がある。


 そしてその眼は──、

 エクスやカリバーと同じ、蒼白眼だった。



「あ、あなたは一体……」

「……アルトリア」



 女性が発した名前に心臓が飛び跳ねる。

 アルトリアとは──、俺の名前だ。



 ご主人様だとか、勇者だとか、名乗る機会を逃していたが、アルトリア・ペンドラゴン。

 それが俺の名前だった。



 ──この女性はどうして俺の名前を知っている⁇



「……アルトリア、私はあなたの母……」



 はっ? 母っ!?

 待て待て待て待て! 

 急にどうした? 

 何を言っているんたコイツは??



 俺の母は幼い頃に失踪した。しかもこの人、俺の母にしては若過ぎるだろ。どう見たって歳は俺とさほど変わらない。



「私は時空魔法によって、この世界とは違う空間軸からきました……」



 はぁあ? な、なんだってぇー!?

 おぼろげな記憶を辿る。

 たしかに面影は、──ある。



 はっきりとは覚えていないが、雰囲気や声は俺の片隅に居座り続けている母の追憶と一致する。



「あなたの父が待っています。来ていただけますね、私たちの世界に」



 父? 私たちの世界? 

 一体そこに何があるというのか??



 母を名乗る女性の話はこうだった。

 俺と同じ漆黒眼を持つ父は魔王と世界の秘密を暴いた。この世界を救えるのは漆黒眼と蒼白眼を併せ持つ、我が息子しかいない。

 そこで、成人した俺を連れ帰るために、母を送り込んだというのだ。


「……勇者さん」


 セイライさんが心配そうに俺の顔を覗き込む。

 両親は白眼ではなかったのか? 枯渇人の街で生まれたイメージが先行して、記憶を書き違えていた? いや、間違いなく両親は白眼だったはずだ。奴隷として日銭を稼いでいた父の記憶がある。枯渇人奴隷。その証拠に父の身体にはむちにでも打たれたかのような無数の生傷があった。生々しい傷痕はまだ幼かった俺の記憶にも鮮明に刻まれていた。



 半信半疑だった。

 今ここで女性の話をすべて鵜呑みにする訳ではない。しかし俺には、──確かめておきたいことがあった。



 ──なぜ両親は、──俺を捨てたのか⁇



「……セイライさん。留守の間、この家をよろしくお願いします……」

 俺は真相を確かめるために過去に行くことを決意していた。


「この眼で確かめてきます」

「勇者さん……」

「そんなに心配しないでください。すぐに戻ってきますから」


 セイライさんは何かを言い淀み、乱暴なため息をつくと諦めたかのように俺の眼を見据える。

 俺はコクリと頷き、左眼に意識を集中させた。エクスとカリバー、母と名乗る女性が俺に寄り添う。



 ──ギュン。漆黒の眼が圧縮された。

 瞼の奥で瞳孔が狭窄きょうさくする。

 ──ギュン、ギュン、ギュン。

 身体が宙に引っ張り上げられるような上昇感。



 やがて平衡感覚を失い、闇の中を入り乱れた光が流線形となって走り出す。景色や感覚が捻じ曲がり、飴細工やマーブル模様のように、ぐにゃぐにゃと混じり合う。色彩が幾重にも複雑にうねり、ぐちゃぐちゃになった絵の具のような世界に溺れる。


 ──ドクン、ドクン、ドクン、、、

 胡乱うろんな意識の中で蘇った鼓動が再び、脈打ち始める──、──、──、、、



 ──ドクン、



 目を開けると──、一人の男が幼子を抱えて立っていた。容姿は紛れもなく、俺の記憶にある枯渇人──、

若かりし頃の父だった。


 身体に刻まれた見るに耐えない無数の傷。しかしその眼は──、白眼ではなく、俺と同じ漆黒の光を湛えていた。



「……坊主。待ち侘びたぞ」



 眼帯で隠された俺の右眼がひりつく──、

 違和感に戸惑い、眼帯を外すと──、



『『ご主人様の右眼が私たちと同じ眼の色に?』』



 エクスとカリバーが同時に口を開いた。



「……やはり、白眼様の思召おぼしめし通り。『観測者』が現れた時、『その血族』の魔力は一時的に消失する。それがこの世界のことわりだ」



 俺の右眼にとって変わるように、父の手に抱かれた幼子の両眼は白眼になっていた──。







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