4話
サモアさんの話では、名のある武器は所有者にしか扱えないらしい。
エクスの所有者は俺で、クレイさんの所有者はサモアさん。
所有者は彼女らと同調することで魔力を永続的に扱えるらしい。
武器側が所有者を選ぶとのこと。つまり俺はエクスに選ばれた。
よく分からないが恋愛みたいなものだと言われた。さすが世界で一番モテる男。聖なる力ではなく、性なる力だ。
魔力(MP)が回復しないこの世界で、魔力を消費することなく魔法が使えるのは、とんでもないチート能力だ。前世でいうと、無限にお金が使えるカードくらいの利便性がある。
この世界の住人は枯渇人になることを恐れるあまり、魔力を消費するのを嫌がる。
枯渇人になると視力を失い、眼の色が白くなる。それを「白眼」と呼んだ。
枯渇人は魔力のなくなった盲目者。普通の生活を送ることが不可能になる。迫害されても仕方ない。俺はその枯渇人の街で生まれた、思い出したくもない過去がある。
「ご主人様ぁ〜! 今日はどちらにまで出掛けるんですかっ?」
物思いにふけっていると、エクスが春の空のような蒼白色の瞳で覗き込んでくる。
……うっ──、
とにかく、かわぇーー!!
「やっぱり、遠足は楽しいですね〜〜!」
エクスは出掛けることをすべて、遠足だと思っている。デートだとか、ピクニックだとか、用途に合わせて色々と呼び方はあるのだけれど一貫して遠足。
今日は、実験? 訓練? 演習? 特訓? まあ、遠足でよい。あながち間違ってはいない。
俺たちはクレイさんの許可を得て、エクスのメタモルフォーゼを試すために、王都西部にある草原に来ていた。この辺りならばモンスターのレベルが低く、見習い兵士の俺でも安心だとのこと。
目の前に広がる大草原。颯爽と吹き抜ける風に癒される。よく考えれば、聖剣の儀以来、俺たちは軟禁状態に遭い、自由に外出することが許されていなかった。
「風、気持ちいいねぇ〜〜!」
それはエクスも同じだったようで、銀色の長い髪をなびかせながら浮かれていた。
「遠足っ! さいこぉお〜〜!」
透き通るような白い肌に、湿り気を帯びた唇。開放的な気分になっていた俺は、込み上げる煩悩を抑えることができなかった。
「……エ、エクス」
両手で肩を引き寄せて、顔を近づける。
「ご主人様……」
エクスもそっと目を閉じる。唇が重なり合おうとした、その瞬間、
「おーい! お前らやってるかぁーー!」サモアさんとクレイさんだった。
野太い声に体がビクつき、二人の愛の儀式はお開きとなった。
「ん? ……お前ら今、なんか変なことしようとしてなかったか?」
デリカシーのないサモアさんが、野暮な質問を浴びせた。顔が熱くなる。
「絶対にしてたよな?」追い討ちをかけるサモアさんに、コホンっと、クレイさんが咳払いをして制した。
サモアさんの粘ついた視線がしつこく付き纏う。俺は締まりのない笑みを浮かべて誤魔化したが、エクスはそっぽを向き、とぼけるように口笛を吹いていた。
ぴゅぴゅの、ぴゅう〜〜。
押し出された音色が綿毛のように草原をふわふわ浮遊していた。
「それでは早速、メタモルフォーゼを試してみましょう」
仕切り直したクレイさんに従い、
「はぁーーいっ!」
元気よく返事をしたエクスは、サクッと気持ちを切り替えて、いとも簡単に聖剣の姿になった。
おおっ! まさに目の前に、あの聖剣エクスカリバーが横たわっている。気品溢れる佇まい。銀髪美女と比べても遜色のない美しいフォルムに生唾をのんだ。
「ほら、勇者のあんちゃん、見惚れてないでさっさと試してみろ!」
サモアさんに催促され、俺はエクスカリバーの柄を両手でつかんだ。
「いやぁ〜〜ん! ご主人様っ! そんなにニギニギされたら、もうエクスカリバー!」
えっ? ええっ!?
──なぜ美女の姿に戻る??
頬を紅潮させたエクスが腰をくねくねさせて立っていた。
な、なんで⁇
──もう一度、試みる。
「いやぁ〜〜ん! ご主人様っ! そんなにニギニギされたら、もうエクスカリバー!」
とろんとした目で、毛先を指でくるくる巻いている。
──もう一度。
「いやぁ〜〜ん! ご主人様っ! そんなにニギニギされたら、もうエクスカリバー!」
涙目のエクスは、産まれたての子鹿のようにプルプル震えていた。
結果は何度やっても同じだった。
どうやら、柄を握られるとくすぐったいらしい。
サモアさんが怪訝な顔をした。
「うーむ。勇者のあんちゃんはエクスから選ばれた人間のはず……。受け入れてもらえないのは道理に反してるんだがな……」そう言って、じっと俺の顔を見つめる。
「……お前たち、あっちの方はもう済ませてるんだろうな?」
「はい?」
「ほら、夜の営みだよ! その相性も大事なはずだからな! そうだよな? 子猫ちゃん!」
子猫ちゃんと呼ばれたクレイさんは真っ赤な顔をして「まあ……」とだけ小さな声を発した。
俺は恥じらう目の前の美女が、胸筋マッチョのサモアさんに突かれている姿を想像してしまった。女豹さながらのしなやかな身体が、熊のような大男にガシガシと。
……マジか。下半身が猛烈に疼き、人目を避けてこっそり腰を捩らせた。
「まだ済ましてないとは言わせんぞ!」
「そっちの相性は大丈夫なはずです!」
下半身の拍動をはぐらかすように声を張り上げる。
俺とエクスは出会ったその日にことを済ませ、毎晩、激しく燃えあがっていた。それに関しては、自信を持って相性がよいと言えた。
「もう、ご主人様ったら、バカバカバカっ!」
エクスが照れ隠しなのか俺の身体をポカポカ殴り、頬っぺたを膨らませて拗ている。
「と、すると……」
サモアさんが神妙な面持ちで俺の顔を指差した。真剣な眼差しに背筋が伸びる。
「おい! あんちゃん! お前その眼帯とってみろ!」
ドキリとした。
俺は訳あって右眼を、──眼帯で隠している。
サモアさんがギロリと鋭い眼光を尖らせた。
迫る視線に気圧されて、俺は眼帯を外した。
「やはり原因はそいつだな……」
サモアさんの低い声が、静かに響いた。
俺の右眼は、──「白眼」だった。