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35話


 俺たちは深夜にダイヤモンドドラゴン討伐を決行した。洞穴はダイヤモンドの壁の先、エリア18へと通じていた。



 エリア18の夜空に光源が打ち上がる。

 破裂音を轟かせ上空に広がる照明弾は警報だった。魔水晶で作られた魔道具。侵入者を探知する警報器が仕掛けられていた。



「すぐに彼らがやってきます」



 降り注ぐ明かりに映し出されたマスターは、肘まである分厚い鋼鉄の手套しゅとうをはめていた。



「ダイヤモンドドラゴンは我々が討伐します。その間、彼らを食い止めて頂けますか?」



「構いませんが二人で大丈夫ですか?」



 世界で一番硬いとされるダイヤモンドを纏うドラゴン。マスターと少女だけで大丈夫だろうか? 単純に疑問が残る。



「ダイヤモンドの硬度が発揮されるのは摩擦や斬撃によるものです。反面、靱性じんせい耐久値はそれほど高くありません。斬りつけるではなく砕けばいいのです。あなた方の武器よりも我々の方が相性が良い」



「ミョルニル!」


「はぁ〜いっ! 主人ホストの夢のためにミョルちゃんはすべてを捧げるのだっ! げんこつミョルちゃんに、へ〜〜んしんっ!」



 名前を呼ばれた少女は大型の戦鎚せんついへと変貌した。その姿は鍛冶屋が鍛造たんぞうする鉄のように緋色に輝いていた。闇に浮かぶ深紅の戦鎚。地底から流れ出したマグマの化身にも見える。



「ミョルニル。別名をトールハンマーと言います。粉砕するものの意を持つ戦鎚。そして我々は熱属性です。ダイヤモンドは熱にも弱いのです」



 マスターが手に持つミョルニルは、煮えたぎるマグマのように息吹き、ジュウジュウとした蒸気を幾重にも立ち昇らせている。



 なるほど。マスターの魂胆が読めた。熱と戦鎚の打撃でダイヤモンドを砕くつもりだ。

 但し邪魔者が入る。押し寄せるギルドの衛兵。それを足止めするための手勢が必要だったという訳だ。



「その役目、引き受けた!」

 セイライさんがラブリュスを握る。



「いたぞ! 侵入者だ!」

 壁の上から声が聞こえ、瞬く間に人影に包囲されてしまった。


「それではここはお任せします!」

 戦鎚を持ったマスターはエリア18の奥へと走り去って行った。



「お前たちは所有者だったにゃ!?」


 コモドだった。防壁の上を覆い尽くす人垣の中心に獣人族の青年の姿があった。


「どうりで優秀だったわけにゃ! ここは禁猟区、ギルドに盾突くとはいい度胸にゃ! お前たちかかれにゃあー!」


 コモドがまばゆく光るアスカロンを振りかざすと、矛先からダイヤモンドの結晶が構築されて、防壁から降下する道が出来上がった。


 コモドの指示に衛兵やドラゴンスレイヤーたちの軍勢が防壁から雪崩れ込んでくる。



「うおおおおおっーー!」

 怒号とも言える雄叫びが巨大な塊となって襲いくる。


 まずいな。魔力によって操られている罪のない人たちが大半だ。無闇に傷つけたくはない。迫りくる襲撃を前に、俺は握りしめたプラチナソードを鞘から抜くことが出来ないでいた。



「これでも食らうにゃ!」

 防壁の上に数多のランスが浮かびあがる。連なるランスのカーテン。

 


「──── 『金剛石の豪雨』ダイヤモンドスコール────」



 ダイヤモンドのランスが降矢の如く間断なく降り注いだ。



「勇者さん! 軍勢は私にお任せ下さい! 勇者さんはコモドをお願い致します!」


「……わ、分かりました」


 


「────『電流の衝撃カレントスタン』────」



 セイライさんは雪崩れを打って押し寄せる大軍に雷撃を放った。水平に滑空する藤色の一閃が人の波にぶつかるや否や、電光がほとばしり群集はバッタバッタと気絶していく。




 俺は空から飛来するランスを掻い潜りながら「空間断絶ディメンションブレイク」を放ちコモドを手繰たぐり寄せた。


「な、なぜにゃ!?」


 防壁の上から引きずり出されたコモドが目をパチクリとさせて慌てふためいている。至近距離で動揺しているコモド目掛けてプラチナソードの斬撃を浴びせる。


 カキンッ! 硬い手応え。鈍い衝撃が両手に伝わり、ジンとした振動が襲った。確実に急所を捉えたはずのプラチナソードの刀身が真っ二つに折れていた。


 俺は瞬時に視線をプラチナソードからコモドに移す。

 目の前には全身ダイヤモンドと化したコモドが、不気味な光を放ち身構えている。ダイヤモンドの彫刻。人型の金剛石が拳を振り上げていた。


「ゆ、許さないにゃ!」


 しまった! 即座にバックステップを踏んで間合いを取ろうとしたが間に合わなかった。


 ドゴーンッ! ダイヤモンドの拳が俺の顔面を砕いた。ゼロ距離からの一撃。力任せに振り抜かれた拳によって勢いよくぶっ飛ばされ、尻もちをつく。


 い、痛てぇ……、咄嗟に手で顔を覆うとドクドクした血液が滴り、すぐさま手のひらが真紅に染まる。感覚がない。衝撃こそあったものの神経が麻痺してどこに何があるのかさえ分からなかった。



 そして突如、激痛が走る。

 グボッ! グボボボッ! どこからともなく大量の血が吹き出し呼吸すらままならない。ぐはっ! 嘔吐おうとするように血液を吐き出して気道を確保する。



 ハァ、ハァ、ハァ……、

 ダイヤモンドの鉄拳。

 そりゃあ、痛てぇはずだ……。



 何が起きたのかを理解した俺は焦った。

 プラチナソードはダイヤモンドによってへし折られ、コモド自身がダイヤモンドとなって推し迫る。


 ──絶対絶命。



「私のご主人様になんてことするんですかぁーー! 許しませんからねぇーーーー!!」



 血相を変えたカリバーが拳をかざしてコモドに立ち向かった。


 バカ! やめろっ! 相手はダイヤモンドだ。素手で殴るバカがどこにいる!?


 バチコーン! 

 カリバーの腕が、ぐにゃりとひん曲がった。

 ほら見たことか……。


 ──俺はその光景に絶句する。

 衝撃で骨が皮膚を突き破り、カリバーの肘からは白い物体が飛び出していた。見るに耐えない惨劇。垂れ下がった腕は重力に逆らうことなくぶらぶらと小さな円を描いていた。



 あ、あ、あああ……。

 血塗ちまみれになった俺の口から言葉になり損ねた声が泡となって溢れる。



 ──それでもカリバーはやめなかった。

 蒼白い光がカリバーの腕を修復し、再びコモドを殴る。

 ──治癒の魔力。



 バキッ! 結果は同じだった。腕がへし折れる凄惨な響き。カリバーは顔を歪める。拳は自らの血で真っ赤に染まり、血液がぶら下がった腕を伝って滴り落ちた。居たたまれなくなった俺は思わず目を背ける。



 バキッ! 負傷した右手を修復している間に、左手で殴る。

 バキッ! 殴る。修復。──その繰り返しが続く。

 むごたらしいほどのダメージを瞬時に回復させ、左右の拳を交互に使い連打を浴びせた。



「おらおらおらおらおらぁーーーー!」

 治癒の魔力で修復はしているものの一瞬訪れる痛烈なダメージにカリバーは顔を歪めながら、怯むことなく殴り続けた。



 殴っては折れ、また殴っては折れる。飛び散る血飛沫ちしぶきが巻き戻し映像のようにカリバーの体に吸引され、裂傷は瞬く間に癒合し出血を止めた。



 殴る。激痛。修復。殴る──

 一連の動作が止むことなく繰り返される。

 寸刻ながら確実に見舞われる激痛。それをものともせずにカリバーは一心不乱、鬼神の如く打ち据えた。



「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァアーーーーーーツッ!!」



 正気の沙汰じゃねぇ……。カリバーの魔力は治癒。修復の力。特段攻撃力を上昇させるものではない。いわば生身の拳をダイヤモンドに打ちつけているだけだった。ただの根性論に過ぎない。



「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァーーアッ!!」



 拳は砕け、支える腕さえもが衝撃に耐えきれず破損する。それを蒼白い光が修復して、すぐさま次の拳をダイヤモンドにぶつける。



 その光景を目の当たりにした俺は言葉を失った。



 頭をよぎったのはルビードラゴンとの戦闘だった。

 あの戦いで俺はカリバーに助けられた。ルビードラゴンが火球を放った時、俺はカリバーの蒼白い光によって守られた。



 ──勘違いしていた。あの時、意識を失い気付かなかった。蒼白い光はバリアーでもなんでもない。



 ──修復の力だ。

 俺はカリバー自身によって守られたのだ。

 カリバーは俺を抱き込み、自らの背中で火球を受け止めたに違いない。そして焼かれた。あの爆風、木っ端微塵になったとしても不思議ではない。致命傷ともいえるダメージを受け、それを瞬時に修復しただけだ。死の痛みをもって自分を盾にした。


 マ、マジか!? 魔力によって回復できたとしても痛みは確実に伴う。死にも直結する恐怖。

 それをいとも簡単に克服することができるものなのか? 痛みの記憶や恐怖の記憶は癒すことができるのか? 

 情景が目に浮かぶ。焼け焦げる肌に飛散する肉片。一度の修復で済んだはずがない。

 カリバーの魔力のことわりを理解した俺は、彼女の気概に打ちひしがれるほどの衝撃を覚えた。



 カリバーもエクスもどうしてそこまで俺に尽くすのだ? 俺が生み出した理想の女性だから? ──違う、こんなのフェアじゃない。俺たちは対等なはずだ。なのに、いつも俺は彼女たちに守られてばかりいる。彼女たちにかける言葉が見つからなかった。



 脈打つ鼓動が締め付けるように俺を揺るがした。愛されることとはこんなにも空虚なものなのだろうか? 彼女たちが好きだ。好きで好きでたまらない。今すぐ抱きしめて欲望のままに突き倒したい。愛おしい。胸の内側がえぐられるように軋んだ。吐き気にも似た自己嫌悪感がこんこんと湧き上がってくる。



「世界で一番モテる男」はどうしてこうなった? 笑ってしまう。ハーレムを夢見て手に入れた能力。それなのに惚れられるじゃなくて、惚れてしまった。しかも同時に二人の女性を。



 こんな気持ちになったのは初めてだった。

 与えられるんじゃない。──与えたいと、── 強く思う。


 俺は自分を叱咤しったするように拳を振りかざす。そして相対する恐怖を怒りの感情で打ち消し睨み上げた。

 



「────『超高ギア速移動マックス』────」



 マスターによれば圧倒的な硬度を誇るダイヤモンドも靱性は低い。斬撃には強いが打撃には弱い。

 俺は時間の流れを極限にまで早め、速度を加えることで衝撃力を高める。


 地面を蹴り上げた俺の身体はバックスイングをとったままテレポーテーションの如く瞬時にコモドの対面へと飛び込んだ。加速した力の伝導。高速の駆動から生み出されたエネルギーが最大出力として拳に変換される。



 トップスピードでの正面衝突。迷いはない。



「──砕けろ! 俺の拳!!」



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