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34話

 俺はセイライさんを連れて深夜の酒場を訪れた。賑わっていた店内は静まり返り、薄暗い店内でマスターがタバコの紫煙をくゆらせている。



 マスターの口から語られたのはこの街の歴史だった。



 人間と獣人族。元々彼らは手を取り合って街を開拓したそうだ。それがダイヤモンドドラゴンが討伐されると一変した。理由はピンクダイヤだった。ダイヤモンドドラゴンの瞳と呼ばれるピンクダイヤは、その名の通り二つある。

 人間と獣人族、それぞれが一つずつ所有していた。



 魅惑の魔力を宿す魔水晶。

 絶大な求心力は盲目的な忠誠心を生み、二つの派閥を作る要因となった。人間と獣人族の間に争いが起こる。いわゆる種族間戦争だった。


 争いに勝利した獣人族は人間たちが持つピンクダイヤを消滅させた。獣人族は一つとなったピンクダイヤの魔力をもって街を支配した。それが今の現状だそうだ。



「……ない方がいいのですよ。ピンクダイヤなんか……」



 マスターは話し終えると大きく煙を吐いた。浮遊するタバコの煙をカリバーは虫でも追い払うかのような仕草で蹴散らしていた。



「ムンムンムンムンムンッ!」



 渋い顔でパタパタと動き回る姿が幼な子のようで、なんて可愛いらしいんだと、鼻の下を伸ばしかけた矢先、



「……で、ダイヤモンドドラゴンが今も存在していると言うのは?」



 セイライさんがマスターの話を急かした。



「ピンクダイヤが二度と人間の手に渡らないように獣人族はダイヤモンドドラゴンの生息地、エリア18を封鎖したのです」



「あの防壁はそのためだったのか……」

 点と点が繋がり、俺の喉がゴクリと脈打った。


「世界で最も硬い硬度を誇るダイヤモンドの壁。立ち入れないどころか魅惑の魔力に犯された人間たちはその存在すらも知りません」



「……だとすると厄介だな……。ダイヤモンドドラゴンを討伐するにはギルドだけではなく街中を敵に回すことになる……」


 セイライさんが顎に手を当てて、深く考え込むように声を漏らした。



「私はね……、この街を救いたいのです。ご覧になられましたよね? 奴隷となった人間たちの惨状を……」



 マスターの言葉が震えていた。


「力を貸して頂けませんか?」

 タバコを揉み消したマスターの目が鋭く俺たちに向けられる。



「……でも一体どうやって?」


「こちらにお越しください」



 マスターに案内され俺たちは地下室に降りた。貯蔵庫にある棚をマスターが押し避ける。



 ──そこには漆黒の闇に塞がれた洞穴が存在していた。



 カツン、カツン、カツン、中から等間隔に響く金属音。何かを引きずるような音が近づいてくる。

 だ、誰かいるのか? 暗闇の奥で小さな灯りが揺らいでいるのが見える。次第に金属音と灯りが大きくなっていく。



 カ、カンテラの灯り? そして灯りが持ち上げられ、自らその正体を照らすと、声を上げたのは意外にもカンテラの持ち主の方だった。




「あっ! いつぞやのジェン士っ!」



 ジ、ジェン士!? 聞き覚えのある独特な表現。

 そこにはツルハシを持った少女が立っていた。 

 ──以前メシを奢ったあの美少女。



 華奢な腕には大きなツルハシが握られ、きめ細やかな肌には土埃がこびり着き、肉体労働者のように薄汚れていた。



「ジェン士は主人ホストの知り合いだったのっ? ちょーウケるんだけどっ!」



 あっけらかんとした屈託のない笑顔が弾けた。


 ──主人ホスト? 


 その響きに背後を振り返った。

 少女と同じ緋色の眼をしたマスターが口角を上げて言葉を告げる。



「……私も所有者なのですよ」



 えっ? えっ、ええぇーー!?

 カリバーが言うようにやっぱり少女は名のある武器だったのかっ!?



 だったらマスターはなんで酒場なんかやってんだよ!? 所有者なら普通はドラゴンスレイヤーになるでしょーが!? 水商売なんてやってねぇーで真面目に働けよっ!



 今考えれば、街の男性はマダム・アスカの魅惑によって奴隷と化していた。その中でマスターだけが平静を保っていたのはたしかに不可思議だった。



「私は私と同じ所有者が訪れることを待ち望んでいました」



主人ホストっ! 準備はバッチリンコですっ!」


「ミョルニル、今までご苦労だった。ついに叶うぞ! 長年の夢が!」


「はいっ! 主人ホストの夢を叶えるのが穴掘り女子ミョルちゃんのお勤めですっ!」



 穴掘り女子ミョルちゃん? 

 なんだそれ? 

 ホストに貢いでた動画配信者みてぇーだな……。



 てか、マスターはどんな女性の趣味してんだ? 少女はあんたが生み出した理想の女性のはずだろう? この少女、身体まで売ろうとしていたぞ!?



「洞穴はエリア18に続いています。彼女が長い年月をかけて掘り進めてくれた抜け道です」


「まさか、エリア18までの距離をこの少女が掘ったっていうんですか!?」



 おいおいマジか? 

 一体どれだけの距離があると思ってんだ? 

 重労働すぎるだろっ! 

 か弱い少女に何させてんだっ!



「過酷な労働を強要したことは心が痛みます。しかしながらそうまでしても我々はやり遂げねばならなかったのです。獣人族からの奴隷解放を!」


 マスターの口調に熱がこもる。


「……計画を詳しく話して頂けませんか?」


 寡黙なセイライさんが珍しく前のめりになって口を開いた。



「……はい。この街はピンクダイヤの魔力によって支配されています。すべての元凶はピンクダイヤ。そこで我々もダイヤモンドドラゴンを討伐してピンクダイヤを手に入れるのです。さすれば我々につく側の人間もでてきます。勢力が拮抗すれば獣人族も好き勝手にはできないでしょう。この街の構図が変わるはずです」



 マスターの目論みはピンクダイヤを入手することだった。

 

 ──名のある武器は所有者の好みの女性となって現れる。痛々しいほどに献身的なミョルニルの存在は彼の深層心理が具現化したものに他ならない。マスターの内に秘める熱き想いが彼女を通してひしひしと伝わってくる。


 女性を利用して目的を成し遂げる。いや、大切な人を犠牲にしてでも守らなければならないものがある。

 街を救うためには手段をも選ばないマスターの信念。夢を叶えたい者と支える者。それが二人の関係性だろう。


 俺はこの街の情勢が頭を巡り、マスターの熱意に、じわりと汗が滲んだ。



「手を貸すのには条件があります」

 セイライさんが切り出した。



「二つあるダイヤモンドドラゴンの瞳のうち、一つは私たちに頂けませんか?」



 げっ!? 

 こんな時になんちゅーがめつい人だ。

 俺は今、マスターと少女の関係性に感銘を受けていたところだぞ! 金、金、金。金の亡者セイライ。損得勘定で動く合理主義者。あんたに人の心はねぇーのかよ!



「かしこまりました。ピンクダイヤは一つあれば十分です。もう一つはあなた方に差し上げましょう」



「よし、商談成立だ!」



 前々から勘付いてはいたが、セイライ、てめぇーとんでもない守銭奴だな……。欲の皮を突っ張らせた強欲者じゃねぇーか!



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