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22話


「戦斧神」──仰々しい通り名を持つ彼は、その名に反して、絶世の美青年だった。


 肩にかかる瑠璃色の髪は光沢を帯び、枝毛一つすらなく整えられている。透明感ある艶肌に藤色の眼が浮かび、奥底には崇高な光を宿していた。


 男の俺が雄としての道を踏み外してしまいそうになるほどの美貌。世界で一番モテる男が俺だとするならば、世界で二番目にモテる男はきっと彼だろう。



 彼は、所有者でもあった。

 背中に背負われた物々しい両刃の斧。その名をラブリュスと言った。前世での神話に基づけば、迷宮の怪物ミノタウロスが所持していたとされ、迷宮ラビリンスの語源にもなった戦斧。雷神ゼウスの武器ともいわれ、別名を雷神斧という。



「勇者さんはじめまして。セイライといいます」


 年上にもかかわらず、初対面での礼儀を重んじる姿勢に好感を持った。端正な顔立ち。わきまえた振る舞い。風来の変わり者と聞いていただけに、武骨な武人を想像していた俺は肩透かしを食らった。



「はじめましてっ! カリバーですっ! セイライさんよろしくねぇ〜〜!」


 カリバーは相も変わらず俺の肘に胸を押しつけて、ひらひらと手を振った。初対面での非礼に少し恥ずかしくなったが、セイライさんは動じることなく続けた。



「それでは早速、契約内容の確認をさせて頂いてもよろしいでしょうか? 契約期間は一年。討伐クエストでの懸賞金は一対二で私の取り分とし、それを報酬金とする。二階の一室を私の宿舎とし、今後一切の出入りを禁ずる。お間違いはありませんか?」



「……あ、はい。それで間違いありません」


 目を見据え淡々と紡がれる物言いに、気圧された俺の声がうわずった。感情を伴わない理路整然とした口調は、戦斧神と畏怖される威厳が垣間見える。



 ──セイライさんは、やはり、変わり者だった。



 キングスガードとして武功を挙げた騎士の末裔でありながら、兵士育成所を首席で卒業したのち、騎士団、Sランクパーティーすべての勧誘を断り、放浪の旅を続けていたらしい。彼は極度の人嫌いであった。


 簡単な挨拶と建前程度の世間話を済ませ、そそくさと自分の部屋に篭ってしまった。



「なんだか無愛想な方ですね……」

 セイライさんの淡白な素ぶりに呆れたカリバーが、愛くるしい瞳で俺を覗き込んだ。


 ……まあ、とりあえずはこれで安心。性格は二の次だ。セイライさんがいれば暗殺者も怖くはない。


 俺は安堵し、緊張の糸が切れたかのようにベッドに倒れ込む。ぼんやりと天井を眺めているとエクスの顔が浮かんでくる。



 王都を離れた俺たちは交易都市にあるマイホームへとその身を移していた。エクスが購入してくれた一軒家。

 カリバーとの生活を心苦しく思っていた。エクスとカリバー。彼女らは双子ではない。別々の人格者であり、それでいて同一人物だった。人間で言えば上半身と下半身。理屈では理解できなかったが、その意味合いは、はっきり感じとることができた。




「ご主人様っ! お湯が沸いたので体をお拭きになりますねっ!」


 カリバーの声に服を脱ぐ。温かく湿った布の断面が背中に押し当てられる。


「ご主人様っ! 今日もお疲れさまでしたっ!」


 蝋燭ろうそくの灯りだけが揺らめぐ薄暗い部屋の中で、俺は背中をカリバーに預けて、備え付けの棚に視線を送る。壊れたエクスを棚の奥にしまい込んでいた。灯りが届かないその場所でエクスは眠っている。



「……ご主人様っ、気持ち良いですか……?」


 カリバーが耳元で囁き、かかる吐息がくすぐったい。背後から首筋を這うように回されたしなやかな腕が腹筋をなぞり、胸部、脇の下へと温かい布が愛撫されていく。

 背中に感じる柔らかな感触の中に、エクスとカリバー、二人の鼓動を同時に感じていた。

 棚から視線を外した俺はそっと首を動かす。包み込んでくれるようなカリバーの瞳に俺の顔が映り込んだ。



「……カリバー、ありがとう。次はカリバーの体を拭いてあげるよ」


 俺が湿った布を受け取ると、カリバーは「……お願いします」と、頬を赤らめて、その視線を落とした。

 カリバーがドレスアーマーを脱ぐ。この装備も俺の趣向を反映したものなのだろう。

 フリルのついた裾がストンと床に落ちて、豊満な胸がたゆんと揺れた。下着を外したカリバーは胸を片腕で寄せるように隠して、ベッドに腰掛けた。



 不思議だった。エクスもカリバーも普段は、人目をはばからないほど大胆なくせに、いざその時となると恥じらいをみせる。潤んだ瞳を伏せ、つま先をモジモジとよじらせていた。


 俺は鼻の下を伸ばしに伸ばして、カリバーの背後に回り込み背中を拭いた。こんなエロい顔はいくら心を許した恋人にでさえ見られたくはない。


 纏め上げられた髪のうなじには、蝋燭の灯りを受けた産毛が黄金に輝いていた。元来、金髪のカリバーの体毛は光と同化して、消え入りそうなほどに空間に溶け込んでいた。薄明かりに濡れた白い肌は艶めかしい血管を浮き立たせ、毛穴の一つ一つまでもが、生身の人間、そのものだった。



 俺の肌が、カリバーの肌に触れる。絹のようになめらかに吸いつく感触。圧縮された欲望がカリバーの背中を突き立てていた。


「……ご、ご主人様、か、硬いものが……」


 かすれるような息づかいに漏れる声が、欲情を駆り立てる。

 獣に憑依されたかの如く、俺はカリバーを押し倒していた。

 シーツの上に横たわる完璧なまでの曲線美。その裸体は、俺を衝動のままに突き動かした。思いの丈をカリバーの身体に刻み込むかのようにぶつけた。


「…ご、ご主人さ……まぁ……ぁ、ぁ……あっ」


 動きと連動する嬌声きょうせいに、くぐもった声が重なる。


 どうしたんだい? カリバー。

 いつもより感じているじゃないか?


 ……うん? 重なる声?

 違和感は天井から降ってきた。

 ──な、なんだっ? うむむむむっ?


 くぐもってはいるが、あきらかに艶めかしい嬌声が、別の場所から聞こえてくる。

 俺は動くのをやめて天井を見上げた。

 喘ぎ声に呼応するように天井がミシミシときしんでいた。



「……ぷっ、ぷぷぷぷ」


 俺の下で恍惚とした表情を浮かべていたカリバーが吹き出した。二人は目を合わせて耳をそば立てた。


 甘美な嬌声の出所は二階の客室。

 セイライさんの部屋だ。

 露骨なまでに社交辞令だと分かる立ち振る舞いで、逃げるように去っていったセイライさんが、パートナーと激しく燃えている。


 名のある武器と所有者。

 冷淡にも映るクールな性格。凛とした風貌は、完全無欠の合理主義者をも匂わせる。そんなセイライさんが欲望に押し負け、情事にふけっている。



 俺とカリバーは込み上げる笑いをこらえ、しばらく息をこらしたのちに、再び、身体を重ね合わせた。武器と所有者は身体の相性も大事だ。


 降り注ぐ嬌声が闘争心に火をつけて、暖色に映える二人の影はより一層、激しく波打っていた。



 ──そういえば、セイライさんの武器。

 ラブリュスさんはどんな女性なのだろうか? 

 今日は挨拶することができなかったな……。


 漏れる甘い声から想像すると、美青年のセイライさんにも負けず劣らずの美女であろう。お会いするのが楽しみだ。


 尽き果てた俺は、カリバーの身体の上でそんなことを考えていた。


 あ、あ、あんっ……、、、

 ……あ、あっ、あっ、、


 天井から降り注ぐ淫らな雨はいまだ止むことなく、雨足は強まるばかりだった。

 俺たちは濡れた身体をお互いに拭き合い、いつまでも続くセイライさんとラブリュスさんの情事にほくそ笑んだ。

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