2話
エクスは王様を前にしても、絡ませた腕をほどく気はないようで、俺の肘には膨よかな胸が押し当てられていた。
「……君は何者なのかね?」
王様は俺たちのいちゃつきぶりを気にしながら訝しげに尋ねた。
「はい、私は世界で一番モテる男です」とは、言えるはずもなく、俺は自分の生い立ちをこと細かく話した。
枯渇人の街で生まれ、養護施設で育ったこと。
兵士育成所での成績は中の中だったこと。
とても魔王を倒せる器ではないこと。
もちろん、転生のことは信じて貰えるはずもないのでしてはいない。
ひと通り話し終えると王様は、
「うーむ、聖剣エクスカリバーが、かのような美女だったことにも驚きだが、聖剣を引き抜いた者は勇者の証。魔王を滅ぼす力を持つという言い伝えがある故、いかなるものか……」と、頭を抱えた。
そこでとりあえず、俺たちは王国騎士団の監視下に置かれることになった。無罪放免とはいかなくても、保護観察処分だった。
あぶねぇー。
いきなり魔王を倒して来て下さいって言われるのかと思ったよ。そんなの無理無理無理。ていうか、魔王と戦う気なんて、さらさらないんだけど……。
兵士育成所を卒業したらモテる能力を使って、ハーレム生活を送ろうと企んでいたんだが、どうしてこーなった?
そうだ。コイツのせいだ。ちらりとエクスに視線を送る。
弾けるような笑顔が返ってきた。
か、かわぇー! 無罪放免。
かわい子ちゃんに罪はない。
「魔王なんて、わたしがボコボコにしてやりますからっ!」
うん? ちょっと待てよ。
ふと、疑問が湧いた。俺の戦闘能力はともかく、エクスって強いのか? 仮にも聖剣エクスカリバーだしな……。
──はて? はてはて?
そうこうしていると、王様からあてがわれた部屋に騎士団の方がやってきた。
「勇者様、お初にお目にかかります。王国騎士団第二師団、団長、クレイ・モアと申します」
礼儀正しく頭を下げる女性は、褐色の肌にサファイアのような青い瞳。ベリーショートの白髪はこの世界でも異国情緒に溢れている。
王国騎士団士官の象徴である白銀の鎧から伸びたしなやかな肢体。随分と腰高で脚の長い女性だな……。それが第一印象だった。
ドンっ! エクスが肘で俺を突いた。
小顔でモデルのようなスタイルの良い女性士官に、見惚れてしまっていた。隣で膨れっ面が睨んでいる。プンプンという擬音が頬っぺたから飛び出してきそうだった。本人はかわい子ぶってるつもりはないのだろうが、むくれた顔もまた、とびきり可愛い。
怒ったエクスと凜とした士官の顔を交互に見比べていると、クレイと名乗る士官は張りのある声で、
「それでは今から、エクス様に決闘を申し込みます!」
──えっ? 決闘??
今、決闘って言いましたよね?
どーいうこと?
俺の不安をよそにエクスは、怒りの感情そのまま、
「望むところよ! 受けて立ちます!」
両足を肩幅以上に広げ、腕組みをして迎えうった。エクスの眉は可憐な美女にはそぐわないほどにV字を描いていた。
*
俺たちは深夜の闘技場にいた。
煌々とたいまつが焚かれてはいたが、月のように浮かぶ複数の惑星が、この世界の夜を照らしている。
エクスとクレイさんの決闘。どーしてこうなる?
「手加減はしませんからね!」
エクスが鼻息を荒くすると「お互いさまです」クレイさんが返した。
美女対美女の決闘。俺はどうすることもできず、ただただ祈るように見守っていた。
静寂を破ったのはエクスだった。
「いっきまぁーす!」
姿勢を低くして駆け出したエクスが飛び上がり、バックスイングを大きくとった拳を殴りつけた。クレイさんが交差した両腕でガードする。押されたクレイさんは後退りしたものの、バックローリングで回避し、即座に立ち上がって殴り返した。
エクスも負けじと迎え討つ。クロスカウンター。クレイさんの拳がエクスの頬に。エクスの拳がクレイさんの頬に。美女二人の顔が歪んだ。絡み合う二本の腕。頬にめり込む二つの拳。
そこで、俺は小首を傾げる。
──えっ? あれ? ちょっと待って?
決闘って、もしかして──殴り合いなの?
──剣とか魔法は⁇
ここはファンタジーの世界。前世の日本とは違う。
十八年間、真剣勝負の決闘とは縁もゆかりもない生活を送ってきた俺ですら、この世界ではもっと血生臭い場面に遭遇してきた。切り裂かれた死体に、魔獣に喰い散らかされた肉片。日本では到底お目にかかることのない残酷な光景。
王国騎士団団長と聖剣を名乗る者。いわば戦いの専門職。その二人が、今まさに、殴り合いのケンカをしている。そう、これは決闘ではなく、ケンカだ。美女二人の殴り合い。
火照った美肉が踊り、ぶつかり合う。エクスのドレスアーマーがはだけ、食い込んだ純白の下着が卑猥な筋を立てる。──思わず顔がニヤけた。
「やったなぁ!」髪を引っ張るクレイさん。
「やりやがったなぁ!」腕にかじりつくエクス。
アチョー! ワチョー!
ドカドカドカ! ポカポカポカ!
しばらく続いた二人のケンカは一本背負いのような投げ技で、エクスに軍配が上がった。
「完敗です……。聖剣エクスカリバー様にお間違いはありません。このクレイが体をもって証明いたしました」
「えっへん! どんなもんだいっ!」
大の字になって天を仰ぐクレイさんに、見下すように仁王立ちするエクス。美女たちのキャットファイト。俺はもっと観ていたい、という変態じみた衝動にかられながらも、二人の健闘に精一杯の拍手を送った。
二人はめちゃくちゃ強い。
めちゃくちゃ強いのだが、想像とはかなり違う。
なんだ? この違和感。
クレイ・モア。──その響きに聞き覚えがあった。
記憶を必死に辿る。そうだ、前世でやっていたファンタジーを舞台にしたゲームだ。
クレイモアとは大剣の名前だ。
そこでようやく気づく。
まさかクレイさんは、──大剣クレイモア?