17話
あまりの数に足止めを食らった。
その隙をつかれ、新たなトレントやハーピーらも加わり魔物の軍勢に取り囲まれてしまった。
……まずいな。先程から感じていた無数の視線の正体はこれだったのか。
「フェイル、あなたの出番のようです」
バロウさんがそう言うと、フェイルは「かしこまりっ!」敬礼ポーズをとって弓の姿へ変化した。
初めてお披露目された、──その姿に瞳孔が開く。
──フェイルノート。
それは、小さなフェイルからは想像がつかないほどに重厚な大型の弓であった。全長は成人男性ほどの身の丈があり、湾曲したリムには敵弾を防ぐための装甲が施されている。完美な曲線に威圧感を併せ持つ造形は、まさに名弓の名に恥じないロングボウ。
バロウさんがグリップを握り弦を引く。
これまた学者ならぬアーチャーさながらの立ち姿。一連の動作は研鑽を積んだ狩人の如く無駄がない。
バロウさんが静かに、そして大きく一呼吸をついてから、──風属性の矢を射った。
「────『暴風の追跡者』────」
放たれた一陣の風は、たちまち大気を翻し、うねりを伴うと轟音を響かせながら巨大な竜巻となった。荒れ狂う風が幾重にも渦を生み出し、逃げ回る魔物たちを追従して殲滅させた。
立ち込める濃霧、生い茂る樹木、帯ただしい数の魔物。すべてが暴風の渦によって、跡形もなく上空へと放り出された。まさに一蹴。森ごと吹き飛ばしたのである。
野ざらしとなった大森林に陽の光が落ちる。
残されたのは、たった一匹の蜂であった。
草木で造られた玉座のようなものに腰掛け、頬杖をついた姿は動じることなく佇んでいた。
「我こそは魔女様より森を授かる番人にて、キラービーの女王。クイーンビーなるぞ」
──魔物が喋った!?
「勇者さん、お気をつけ下さい。魔力が高い魔物は人の言葉を操ります」
今までのキラービーたちとは異形な出立ち。
高貴な気品すら漂う風格に、俺はプラチナソードを握りなおした。
「……我に戦意はない。我が魔力は繁殖。すべての魔力を生産に費やし、キラービーの軍隊を作った。交配に交配を重ね産み出した、我が子供たちでもあり屈強な戦士たち。そして我の交配パートナーたちでもある。貴様らはそのすべてを奪ったのだ」
クイーンビーの声は、民を憂う慈愛に満ちた、まさに女王陛下の声だった。
ビッ、ビビビ、
地面に転がる一匹のキラービーが破損した羽を振るわせて立ち上がる。
「……タフガイ! お前生きておったのか?」
ビッ、ビビビ、
満身創痍であるはずのキラービーたちが、一匹、また一匹と立ちあがろうとしていた。
「テクニシャン!」
「ジョウネツ!」
「お、お前たちまで……」
ビッ、ビビビ、ビッ、ビビビ、ビッ、ビビビ、
死屍の山から次々と湧いて出るキラービーたち。
女王を守ろうと、ある者は木の枝を杖にして、またある者は、仲間に支えられて奮い立つ。
それは忠義を誓う誇り高き戦士たちの姿であった。その勇姿に呼応して、女王が彼らの名を讃える。
「ソーロウ!」「チロウ!」「ゼツリン!」「ゴクブト!」「ゴクボソ!」「ジブンホンイ!」「ニオイキョウレツ!」「ワキナメ!」
「お、お前たち……、も、もう良い。我々は敗北したのだ。無理するでない。命を大切にせよ! 命があれば、また繁殖することができる。ここは一旦ひいて立て直すぞ! 我は繁栄の名のもとに撤退を命ずる!」
そう言い残してクイーンビーたちは静かに飛び去っていった──。
はぁあ? なんじゃそりゃ。──どうでもいいけど、あの女王、戦士たちを交尾の特徴で個体識別してねっ?
ジブンホンイ。ニオイキョウレツ。ワキナメ。
ひどい言われようだ。性行為の癖をバラされるのは男として、つらいわ……。




