16話
不測の事態にも、──落ち着いていた。
この世界は魔力が回復しない──が、レベルアップすることによって絶対値は増幅する。
──つまり、分母が増える。
兵士育成所卒業時の魔力145に対して、今の俺の魔力は763。五倍以上の魔力を保有している。
もう、枯渇人を恐れてケチケチする立場ではない。
──プラチナソードの刀身に漆黒の粒子が集結していく。時空魔法は時間と空間を自由に操ることができる。漆黒のオーラが揺らめいていた。
「────『次元断絶』────」
魔力を宿した斬撃を上空に向かって振り上げ、空間を切り裂きターゲットを手繰り寄せた。ハーピーと俺との「間」を詰めたのだ。
飛び立ったはずのハーピーが引き寄せられて射程距離に入る。
即座にバロウさんがフェイルに飛び掛かり抱き込むように奪取した。
俺は唖然としているハーピー目掛けて跳躍し、かざした剣先を、勢いそのままに突き上げた。プラチナソードがハーピーの胸を貫通する。
ギィエェェェーー!!
ハーピーの細く鋭い叫喚が響いた。
「うわぁ〜んっ! 怖かったよぉー! 先生助けてくれてありがとぉ〜!」
いや、助けたのは俺やろがいっ!
心の中でそう思ったが、わざわざ口にすることでもない。冷静さを保ちフェイルに優しく微笑みかける。
うんっ?
「………………」、なんだそのジト目はっ?
「………………変態っ!」
──はっ?
「先生、この人あたしのパンティーをのぞいたのっ!」
「ガキのパンティーなんて興味ねぇーわっ!」
思わず心の声を口に出してしまった。
「あー、今、ガキっていいましたよねっ? レディに向かってガキとはなんですかっ! ガキとはっ! 失礼しちゃうわねっ!」
「うるせー! パンツにまっきっきのシミつけたレディがどこにいるっ!」
可愛らしい幼女。バロウさんの武器。
今までそれに敬意を払って遠慮してきたが、もはや必要ない。
こいつはクソ生意気な、ただのガキだ。
「あーーーー! や、やっぱりみてるっ! ひ、ひどいっ! セクハラだっ! セクハラだっ! 先生、こいつセクハラですっ!」
「誰がセクハラじゃあー、こらぁー!」
「まあまあ二人共落ち着いて下さい。森に生息するすべての生物に魔力が宿っています。森自体が魔女の結界かもしれません。先を急いだ方が良さそうです」
たしかにフェイルにかまっている暇はない。魔物の気配をあちこちから感じる。モンスターランクはそれほど高くないが数が多すぎる。まとめて来られると厄介だ。
俺たちはわめき散らすフェイルを黙らせて、先を急いだ。
「セクハラ男、セクハラ男、セクハラ男、セクハラ男、セクハラ男、セクハラ男、セクハラ男、セクハラ男、セクハラ男、セクハラ男、セクハラ男、セクハラ男、セクハラ男」
前を走る馬上から、暴言の弾幕が流れてくる。バロウさんの肩越しに顔をせり出したフェイルが言葉の暴力を乱射していた。
うっぜぇー! フェイルの言葉責め。俺はそれを交わしながら苛立ちをぶつけるように手綱を扱いた。
すると前方から、更に耳障りな音が聞こえてくる。大気を振動させる無数の羽音。それが塊となって目の前に現れた。群れというよりも大群。一匹一匹がフェイルほどの大きさの個体。
巨大な蜂の魔物、キラービーの襲撃だった。
その数、数百、いや数千。行手を阻まんとばかりに一面を埋め尽くしていた。




