15話
鬱蒼と茂る大森林は陽の光を断ち、立ち込める濃霧が視界を遮っていた。
──この場所は何かが変だ。
「魔女の森」──その響きから覚悟はしていたが、想像とは異なる奇妙な胸騒ぎがした。
──監視されている?
無数の視線に晒されているような、気持ちを落ち着かせない何かが、この森にはあった。
「……薄気味悪いな」
俺は独り言のように呟いた。
「古文書には想い人に裏切られた女性の情念が魔女を創造したと記されています」
──女性の情念。
バロウさんの言葉に胸が抉られる。
思い返せば前世での俺は童貞だった。
女性に憧れていただけで何も知らなかった。アイドル。高嶺の花。そんな風にしか考えられなかった。
だから俺は軽はずみに「世界で一番モテる能力」なんてものを手に入れてしまったのだ。
モテる能力を手にして分かった。女性の本性。
最初の頃は、女性を自分の都合の良いように利用していた。性の捌け口。メス。そして、ことある毎にヘラヘラと誤魔化して逃げてきた。欲望は面倒ごとを背負い込む。責任ってヤツがついてまわる。道具ではない。受け止める覚悟がなければ近づいてはダメだ。
べっとり纏わりつく感触。
じっとり張りつく感触。
俺には分かる。この気配は女性特有の愛憎──。
「勇者よ、何を怖気付いているのぢゃ。フェイル様がいることを忘れるでないぞよ」
バロウさんにはアマアマなくせに、俺には上から目線の、仮にも女性の端くれに愛想笑いをくれてやってから、
「バロウさん、何か嫌な予感がします。ここは一気に駆け抜けましょう!」
馬を走らせるための鐙を動かした、その直後、大森林の濃い緑が騒めき立ち、木々たちが突如として、地面に埋もれた自らの根を抜き出し、這うようにして歩き出したのだった。
トレント。樹木の姿をした魔物。モンスターランクはD、今の俺には恐るるに足りない。
嘶く馬から飛び降りるとプラチナソードを抜き、迫りくるトレントの懐に潜り込み──斬る。倒木を待つことなく次のトレントを更に斬る。周囲を取り囲もうとするトレントたちを、円を描くように立ち回り、続けざまに伐採した。
「素晴らしい剣技ですね!」
馬上から掛けられるバロウさんの声に顔を上げ、二人の安否を確認する。
「あれっ? 前に見た珍しい小鳥さんっ!」
訪れた静寂を示すかのように、フェイルの肩には一羽の小鳥がとまっていた。
「小鳥さん、どうしたのっ?」
フェイルは思わぬ訪問者に、幼女らしく嬉々とした様子で語りかけていた。小鳥と幼女。その絵面に場の空気が和んだ。
小鳥は小さく首を傾げ翼を動かしたかと思うと、それは巨大化していき伸張した羽翼を大きく広げた。その姿に束の間の休息が打ち破られる。
「えっ! どーいうことっ?」
フェイルの小さな肩は鷲掴みにされ、体がふわりと宙に浮いた。
「待って待って待ってぇーーーー!」
ジタバタ手足を動かし抵抗するフェイルだったが、小さな体は空へと連れ去られようとしていた。小鳥の正体はハーピー。半人半鳥の魔物だった。
「ちょ、ちょっとっ! いやぁーー!! 助けてぇーー!!」
フェイルのワンピースの裾が風を受けてヒラヒラと舞う。
「あーー、今アンタあたしのパンティーみたでしょっ? こ、これは貸しだからね! ゆ、勇者なら早く助けなさいよっ! いやぁあーー、あたしのパンティーみないでぇーーーー!!」
上空へ連れ去られそうになったフェイルの顔からは、涙、鼻水、よだれ。考えられるすべての液体が糸を引いて、ぶらんぶらんと垂れ下がり、振り子のように揺れていた。
「えっちっ! スケベっ! ど変態っ! 長旅のせいで、ちょっとパンティーにシミとかもついてちゃったりするからねぇーー! ひっ、ひっ、ひぇぇぇぇーーーー!!」
見るに耐えないフェイルの醜悪さに、顔を手のひらで覆い声が漏れる。なんだこの足手まといわ……。
俺は長いため息を吐いてから、覚悟を決めた──。




