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第七章 達成編

03年度の全国フットサル選手権大会においては、本日2月7日から9日まで東京都世田谷区にある、駒沢体育館で国内の全16チーム約300名が参加する。4チームで形成されるグループリーグの勝者1チームのみが決勝トーナメントへ駒を進めることができ、そのたった一枠を求めて熾烈な争いが繰り広げられる。

バランサーズはキャプテンの保がクジを引き、Bブロックでの参加となった。

クジ引きの結果を見た蓮と友助は、互いの感想を話し合う。

「Bブロックは比較的に安全な感じがするね。ワールドカップでは、予選で弱いとこと当たったチームが優勝しやすかったりするし。幸先(さいさき)良い感じがするよ」

「ははは。隣りのAブロックじゃなくてよかったね。蓮はどこが来ると思う?」

「う~ん。サーティファイブ町田も強いけど、やっぱ本命は神戸ストイックスかな」

「そうなりそうだよね。初戦から飛ばして行くんだろうな。あそこは層が厚いし」

「対戦相手はーー中華蹴球?なんだコレ、聞いたこともないな。本当に全国出られるようなチームなのか?」蓮は耳慣れないチーム名に、その実力に疑念を抱いていた。

そんな感情を余所に、保は大会に向けて皆の指揮を上げようとする。

「さあここからが新世界だ!今までの奴らとは種類が違うぞ」

「よっしゃー、やったるぞー!!」

そう言った連には、合宿で見せたような気恥しさは既に無くなっていたようだ。

今回、バランサーズは予選では体力温存のため『ターンオーバー制』を敷いており、2チームに分けたプレーヤーを総入れ替えする作戦にしている。

「「「「ウイヤー!!」」」」

初戦の対戦相手の旭川ツイスターズは、橙と黒の縦縞が綺麗なチームで、矢鱈と声が大きく、この寒さの中で選手たちは低く唸るような声を上げていた。選手全員が吠えることで場内に響いたその声は、まるで地鳴りのようで不気味な怖さがあった。

ツイスターズボールで試合が開始されると、ツイスターズのピヴォ特化が角度のない所から撃った開幕シュートが、パウ(ゴールポスト)の横で惜しくも空を切った。

「おっ!絶好調だな。俺も負けてらんねえぜ」

 ここでツイスターズのエース(てい)()がインサイド、アウトサイドのフックを巧みに使い分けて突破して来た。彼は『フリック』と呼ばれる、ボールを足に引っ掛けて展開する技法が得意で技能型ではあるのだが、かなりの天然であり自分の物と人の物との区別がつかず、靴や傘、時に鞄などを間違えて持って帰ってしまうほどであった。

グングン加速する牴捂は、大きく横に広がった自慢の鼻と、フサフサの髭を揺らしながら絶妙にフェイントを織り交ぜ、急速に切り込んで来た。この『ラ・ボバ』はボールに対して引く、止める、急転という動作を行い、急加速して相手を置き去りにする技だ。

ゴール前でフリーになった牴捂は、渾身のシュートを放つが、惜しくも外れてしまう。

「ああ、イージーだったのに~」

それから両チーム攻めあぐねて0対0のままハーフタイムに入ると、牴捂はその独特のキャラクターでチームメイトを鼓舞しようとしたのだが、これにポニョの物的は少々困惑してしまったようだ。

「キンタマ縮こまってんのか?やったるぞ、コラ!!」

「テイくん、品がないよ!!」

「ひねり潰すぞーー!!」

「なさすぎるよ!!」

マネージャーの牛尾は牴捂から貰った貝の首飾りを外そうか一瞬迷ったが、彼の活躍を信じてそのままにしておいた。

後半が開始されると、ツイスターズは速い展開から牴捂が出した特化へのパスが、

エンドラインを割ったかのように見えた。だが実際は違っていて、牴捂はわざとバックスピンを掛けることによってボールがラインを割ることを防いでおり、ボールの行方が昴の予想に反していた為、牴捂を少し離してしまう形となった。それを見逃さなかった特化のクロスを牴捂がやや強引に押し込み初めて試合が動いて0対1となった。

そして、ここでツイスターズの守備に苦戦したものの、甘利が気の利いたループパスでバッチリ打開し、それを受けた友助が更に崩してバナナシュートを決めて、あっさり1対1として振り出しに戻した。

「も~、無失点の夢が潰えたちゃったな~」

ゴレイロの牧場は、ゆったりとした性格で細い目をしており1対1に強く、いつでもいい位置に居り、シュートを止めてからの再シュートにも難なく反応できているので、みんなから「いつ目開けてんの?」などと言われたりもしていた。

出で立ちとしては千と千尋のクモジイみたいに手足が長く、グーを中央に寄せるのが決めポーズで、チームカラーと同じ、ピンク色の絵の具にそのまま浸したような手袋とスパイクを纏っており、近所の小学生からピンクのおじさんなどと言われていた。

勢いづいたツイスターズはアラの犒労が、献身的なプレーが目立つ同じくアラの犠牲からパスを受け、ダイレクトボレーでシュートを決め切った。ゴルフの打ちっぱなしのようなシュートには、観客を沸かせるだけの強烈なインパクトがあった。

犒労は指を唇の前に当てて天に向かって上げるのポーズで喜びを表現し、犠牲と共にジャンプして互いの体をぶつけ合って喜んだ。

「へっ、そのくらいでいい気になんなよ」

そう言った友助は、またしても目を見張るようなスピードでルーレットを繰り出し、強烈なシュートを決め切って2対2とした。その後も試合は危なげなく進んで行って、勘九郎がポニョの物的と交差する際ややシミュレーション気味ではあったが大げさに倒れて見せたことでPKを獲得し、これを中が決めて首尾よく3対2とした。

その後ツイスターズは健闘したものの辛くも及ばず、ホイッスルが場内に鳴り響き、バランサーズは貴重な勝ち星を得ることができた。ツイスターズは、男臭いチームではあったが選手それぞれに目標、チームへの愛着を感じる人柄が印象に残った。価値ある一戦を終えた所で、保は思うところがあったようで昴に向かって語りかけた。

「チームってのは強くなってタイトルを獲るんじゃなくて、タイトルを獲って強くなるんだ。東海大会で優勝したことが、このチームにとって確かな自信になったな」

「そうかもね。ほんと強くなったよ、俺ら」この意見に昴も同感なようであった。

試合後にAブロックでは、神戸ストイックスと中華蹴球の試合が行われていた。

神戸ストイックスは緑色と黒の縦縞が小粋なチームで、選手同士で切磋琢磨するのが好きであり、時に顔を真っ赤にして掴み合いの喧嘩に発展したりするものの練習帰りに皆で銭湯に入って仲を深めるなど、気さくな人が多いチームでもあった。

いろんなチームに試合を申し込むのが好きで、他所の地域のチームを潰して回っては喜んでおり、体力が異常にあってイケイケであるため、相手チームがヘロヘロになってしまうことも多かった。5月に開催された地域チャンピオンズリーグの優勝チームで、その実力は折り紙付き、間違いなく作中最強クラスであると言える。次の試合までの

合間に興味本位で昴と試合を見に行った蓮が、試合結果を急いでを友助に報告しに来た。

「おい、ヤバいよ、ヤバすぎるよ。アイツら7対2で勝ちやがった!!」

「別に何も驚くことないだろ?それくらいやってもらわないと困るよ」

「違うよ!中華蹴球が勝ったんだ。藪さんが1点も取れないなんて、あの布陣で7点も取られるなんて、そんなことここ数年なかっただろ。なんなんだよアイツら」

衝撃的な結果に、蓮は妙に興奮していた。



2試合目の対戦相手である愛媛ユースフラーズはピンクとブラックの縦縞が華麗なチームで控えが25人居て大人数、感情を素直に表に出す選手が多く表情が豊かであり、かと言って大声を出さず爽やかにプレーするスタイルだ。

二人一組で活動し、バディとなる選手と互いのスパイクを片方ずつ交換して左右違う色のシューズを履くという遊びを楽しんでおり、それぞれの選手が付けている、香水の匂いが(ほの)かに香っていた。

 そして両チームアップを終えて試合が始まると、早速チームのエースであるピヴォの()()が仕掛けて来た。彼は『ウエッジトラップ』というボールを弾いてバウンドさせて制御する技法と、『クッショントラップ』というボールを引いてキャッチして制御する技法を得意とし、使い分けていた。一つ一つのプレーが丁寧であるにも関わらず、子供のように楽しそうな様子で、縦横無尽にピッチを駆け巡っているのであった。

「おっしゃ!みんな、張り切って行こうぜ!!」

そう言った鴉鷺は、パスを受けた後で軽くボールをタップして走った後で、一時緩く走ると急激に加速してシュートを放ってきた。シュートは惜しくも外れはしたものの、あまりの球離れの良さに保は肝を冷やした。これは『ロコモティブ』と呼ばれ、緩急をつけることで相手に減速させ、その隙をついて加速し抜き去るという技である。

 そして、このチームはアラが九人いるため、スタメンである鸊鷉、鷦鷯、控えである鸚鵡、鶤鶏、鶺鴒、鷓鴣、鶬鶊、鴟鴞、鵂鶹が目まぐるしく交代し、体力の続く限り、全力で走り回るというプレースタイルであった。

選手が回転するので、体力的には十分であるものの、実力的に拙い選手も多いため、結局はその弱点を突かれてしまい、前半8分と12分に、友助と勘九郎それぞれに1点ずつ決められてしまった。ここでハーフタイムに入ると、ユースフラーズの選手たちは悔しそうにチームメイトと話し合っていた。

「絶対に勝ちたいよ。なんたって今日は、アロっぺの誕生日なんだもん!」

「そうだよ。最高の勝ちをアロっぺにプレゼントしようよ!」

「こんな所で終われないよね、みんなで決勝トーナメントに行くんだ!」

「ありがとう。俺、みんなのためにも頑張るよ!」

鴉鷺はその縦に長く伸びた鼻の下を掻きながらそう言った。

 後半に入りフィクソの鳳凰がバランサーズのちょっとした連係ミスをつき、スペースのないところで上手くチーラして来た。鳳凰は巨体を活かして昴を振り切ってはゴール前まで出てゴールに蹴り込んでおり、昴は自分とボールの間に体を入れて来るという

プレーに苦戦したものの、得意のジンガで応戦していた。

この頃になるともう昴の自信は盤石なものがあり、少々のことでは揺るがないのであった。鳳凰の、相手とボールの間に体を入れるというプレーに苦戦しても、ユニを引っ張られて転けそうになったのに審判が気が付いていなくても、そのことで精神が乱れることはなく、余裕を持ってドライブシュートを放ち追加点を奪ったのであった。

「いいじゃん、あの選手!機敏な動きすると思ってたんだよね。負けてらんないな」

昴のその『姿』を見て奮起した鴉鷺が、とっておきの『バイサクルシュート』を放ち、それが見事に炸裂する。これはオーバーヘッドシュートを、ほぼジャンプせずに後ろに傾きながら放つものであり、欧州ではわりと一般的な撃ち方である。

得点に湧くユースフラーズの選手たちの中で、ゴレイロの鴛鴦だけプレーを見逃してしまったようだ。彼は優秀な選手ではあるのだが、最近できた彼女との仲が良すぎて

気になり、度々チラ見してしまうのであった。だが、選手たちはそんな彼を微笑ましく思い、決して咎めはしないのであった。

その後も試合は淡々と続けられ、後半ラスト5分となった所で4対1となり、辛損の多少強引なリードパスが光り追加点を奪ったバランサーズの勝ちは確定かと思われた。だがユースフラーズはタイムアウトを取り、鴉鷺を中心に自分たちを鼓舞した。

「決められたことをやるだけじゃつまんねえ。俺たちは人間なんだ、考える葦として、精一杯に自分たちのプレーをしようぜ」

「良いこと言うね、流石はアロッペ。頼りになるよ!」

「そうだよね、俺たちにはアロっぺが居るんだもん。諦めるにはまだ早いよ!!」

試合再開後、先ほどのミーティングで気持ちが乗った鸊鷉は、敵のDFを掻い潜り、鷦鷯はミスを犯さず、前線へとボールを繋ぐ。パスを受けた鴉鷺は軽快にリフティングしながら突破し、その凄まじい勢いに、昴は思わず足を出してしまい、それが掛かった鴉鷺はバランスを崩したが、そのまま走り込んで強烈なボレーシュートを放った。

 そのスライスでの逆回転シュートに、思わず蓮は面喰ってしまい、シュートがゴール左隅の僅かなスペースに突き刺さるのを、防ぐことができなかった。さらに先程はオンプレーであったため、審判の判断で流されたが、昴のプレーは悪質と見做(みな)され得点後にイエローカードが出されてしまった。

「やったねアロッペ!流石だよ!!」

「やっぱ頼りになるよね!感動したよアロッペ!!」

もはや時間は残されてはいないものの、その直向きな姿勢は、称賛に値するものであった。それを見ていた中は、チームの勝ちに直面しそうではあったものの、次々と活躍して行く選手たちを見て、その光景を直視できずに居た。度々下を向く中を見て、昴も勘九郎もそれは分かってはいたのだが、彼の気持ちを考え何も言わないでおいた。

2分後、試合は案の定4対2で、バランサーズの快勝で締め括られ、次の対戦相手のフォトグラフィクス博多は旭川ツイスターズと引き分けているため、決勝リーグ進出はほぼ確実であった。一方でユースフラーズの選手たちは、一頻(ひとしき)り泣いた後で笑い合い、それを見た友助は思うところがあったようで蓮に話し掛ける。

「なんであんな必死でやれるんだろうね。なんだかちょっと羨ましいな」

「必死でやんなきゃ誰もついて来ないよ。真剣にやってる人の所に人が集まるんだ」

「その通りだね。けど、泣いた後にあんなに笑顔になれるのもちょっと不思議だな」

「泣かないと笑えないんだ。人生っていうのはそういう風にできてるんだよ」

「ふ~ん、そういうもんなのかね」

「余裕ぶっこいて、すまし顔でできることなんて何もないよ。みんな歯を食いしばってそれでも必死でやってるんだ。そうやって強くなって行くんだよ」

「そうだよね。それに、マネージャーの女の子たちも男勝りで勝気なもんだよね」

「男が勝てるのは運動くらいだよ。恋愛だって勉強だって結局は女の子が勝つものだからね。殊勝だからって負けたフリしてくれたり、褒めてくれたりするものなんだ」

「最近なんか熱く語んじゃん。まるで昴さんみたいだよ」

「ははっ、そうかもね。知らず知らずに俺もいい影響を受けてたのかもな」

 二人がそんな話をしている一方で、予選Dブロックでは難波レクリエーションズVS立川アルバトロスの試合が行われていた。

難波レクリエーションズは、黄色と黒の縦縞が大胆なチームで、洒落た選手が多く、ベンチに入りきらない部員が33人も居た。気性が荒く、全員が髪の毛を染めており、赤青黄といったカラフルな髪色は彼らのシンボルでもあった。

一方の立川アルバトロスは、赤色と黒の縦縞が鮮明なチームで、アップ中であるにも関わらずやる気なく腰を下ろして休んでいる者や、キョロキョロと周りを見渡しては、気怠そうに欠伸をしている者も居た。試合中は常に相手を警戒して罵声を浴びせており、その態度は見ていて気分が良いものではなかった。

 結果としては5対1とそれなりの点差になっており、勝利したアルバトロスにとっては勝ちを急ぐような状況ではないため、躾は暴行には打って出ず、眼中にないといった様子であった。この結果を受けた笑原は、悔しそうに唇を噛むと、試合を観戦していた昴に「後は頼んだ」とだけ言い残し、会場を後にした。



予選Dブロックの試合を見終わったバランサーズの選手たちは、もう一つ気になっていたことに意識を集中させていた。それは昴のプロテストの結果であり、特に本人は、内心緊張しっぱなしであった。

“受かってるかな――いや、疑うのはもう止めよう。俺には『積み重ねてきたもの』があるじゃないか。俺ならやれる、自分を信じよう。今年ダメでも、また何度だって受けて勝ち取ってみせる!!”そう思った昴の意思は、相当に固いものになっていた。

ここで燥ぐように瑞希が結果を知らせに来る。

「受かってたって!!さっきプロモーターの澤村さんから電話があってーー」

「「おお!!」」仲間の吉報にバランサーズの選手たちは色めき立っていたのだがーー、

「でもディフェンスでの採用なんだって、視野の広さとフィードの速さを買われて」

「日本でコーチとしてやるか、タイに渡ってプレーヤー、しかもディフェンダーとしてやっていくか。迷う所だな、後悔のないようにな」保は人生の先輩として意見する。

「ディフェンスかーー、これは全然想定してなかった話だね」

「J2だが、コーチなら年収300万前後は貰うことができる。そこからチームが昇格したり、才能を認められて他のチームから引き抜かれてJ1のコーチにでもなれたら、600万前後くらいにはなる。監督になれたら、6千万くらいは貰えるんだが、そんな甘い夢はもう見てないよな。どうするんだ?」

「答えはもう決まってる。瑞希とちょっと話させてよ」

 昴は、友助や勘九郎、蓮や中、控えの選手とマネージャーからも祝福を受けながら、近くにあった木製のベンチに座って瑞希と話し合った。

「結局は『何を取るか』なんだよな。いろんなものに目移りしちゃって、あれこれ迷っちゃうんだけど、最後は自分にとって何が大事かってことなんだと思う」

「――どうするの?夢と現実、難しい選択ではあるよね」

「俺――全部捨てるよ、故郷もプライドも。瑞希と約束したんだ。プロになるって、

もう一回カッコイイとこ見せるって。だから俺――タイに行くよ」

「私も一緒に行く!彼女なんだし」

「いや、何年か経って生活が安定したら一緒に暮らしてほしい。必ず迎えに来るから」

「――うん、分かった」

「一緒に行くのが嫌なわけじゃないんだ。無駄な苦労をさせたくなくて」

「――そうだよね」

「人生って何度も失敗した後に、修正すべき所が改善されてやっと成功するんだな」

かのエジソンは電球を開発するための実験に一万回失敗し、その無駄を指摘された際『一万通りの失敗する方法を発見した』と言ったそうだ。前向きな発想や成功に対する意欲、それを持ち続けることで『誰にでも』成功する可能性は秘められている。

一万一回目で開く扉へのノックを一万回目で止めてしまえば、目的は永久に果たされないままなのである。どうしても諦めきれないのなら、是が非でも叶えたいことなら、それはきっと一生を()すに価する事柄なのである。

「今までホント色々あったもんね」

「そうだよね。これからいっぱい後悔すると思う。もっと早くプロになれてたらとか、あの時アレをやっとけば良かったとか、でも分かったんだーー」

昴は強く言葉に力を込めていた。

「過去を振り返ってもそこには悲しみしかない。けど、未来には喜びが溢れてる」

「昴くんーー」

「明るい未来。それを信じ続けることで、人は生きて行けるんだ」

「そっか、そうだよね。私たち、いつも昔のことばっか話してたよね」

「もう迷わない。これまで迷惑ばっか掛けてごめん!俺、瑞希のために変わるよ」

「うん、私――信じて待ってるよ」

それから一晩経ち、昴は試合があるため東京に残り、静岡へ一時帰る瑞希を見送る。

「それじゃ、行ってくるね」

「瑞希――」

「もう大丈夫だよ。気持ちーー伝わったよ」

 離れても心は一つ。二人はいつしか、そう思えるまでに成長していた。



2日目に行われる予選第3試合の対戦相手であるフォトグラフィクス博多は茶色と黒の縦縞が獰猛なチームで試合に妻子を連れてきており、ピクニックにでも来ているかのような雰囲気であった。好奇心旺盛でいろいろな練習を取り入れており、選手同士の仲が本当によく、創部以来一度の喧嘩もなかったことが自慢のチームだ。

試合前、友助、勘九郎、保が少々神妙な面持ちで昴に話し掛けて来た。

「昴さん、今日の試合のことなんですけどーー」

「ん?大丈夫、任せとけよ。ここまで来て、今さら手を抜いたりしないからさ」

「いやそうじゃないんだ。昨日イエロー出しただろ?だからこの試合は大事を取って、昴を欠場させようかと思うんだ。ターンオーバーでみんな体力を温存できるし」

「そうか~。分かった、前にテクニシャンズ戦で友助が居なくて痛かったしな」

「おお、妙に聞き分けがいいじゃねえか。いいことだよ」

「けど、いざとなったら2枚目覚悟で出るからね。準決行けなきゃ意味ないんだし」

「そうですね。そうならないように頑張りますけど、その時は宜しくお願いします」

「ああ、任せといてくれよな。本当は試合、出たいんだからさ」

 周囲はごねるかと思っていたが、昴は案外簡単に皆の要求を呑んでくれた。

5分後に試合が始まると、フォトグラフィクスの選手たちは豊富な運動量を活かしてスペースを広く使って攻めて来た。フィクソの象形が体躯を活かして浮き(ガンショ)でのパスを繰り出すとこれが通り、試合開始2分でピヴォの豪傑が早速得点を決めて来た。

だが喜んだのも束の間、塩皮のピヴォ当てから保が根性で1点を返し1対1とする。

 これに反応したアラの二人が、即興で何やら目配せをする。この二人は幼なじみで、昔から同じチームでプレーしており、常に呼吸が合っていた。毅然の出した速いパスを豨勇が軽く弾いて浮かせ、豪傑がそれをオーバーヘッドで押し込む。

「おらー、どうだコンチクショウ!!」

豪傑は、決して長身とは言えないその体から放つオーバーヘッドシュートで、数々のチームのゴールネットを揺らしていた。その活躍から、通称H・H、ハットトリック・ハンターとも呼ばれており、チーム1の点取り屋として、その名を馳せていた。

そしてここでノータイムとなったところ、苦氏が豪快なリードパスでガッツリ機会を作り出し、これを受けた勘九郎が、負けじとグラウンダーシュートで1点を返して、

そのまま2対2の同点でハーフタイムに入った。

だが、フォトグラフィクス側の子供たちは、あまり試合には興味がないようでーー

「飼ってるリスが懐かなくってさー」

「そんなの別にいいやん」

「鍵っ子だから留守番してる時に一人だと、寂しくて死にそうになるとよ」

「ウサギかよ。それなら外に出て遊べばええやん」

「え~嫌やわ。ペットは家族やもん」

 など試合とは関係ない話をしていたのだが、一人の子供だけは違っていたようだ。

「パパー、負けないで~」

「ああ、分かってるって。任せとけよ!!」

 (かん)(じょう)は娘からの声援を受け、選手たちに向き直って思いの丈を語った。

「もう決勝トーナメントは無理かもしんれんけど、この試合だけは負けらんねえよな」

「子供たちにカッコ悪いとこ見せらんねえもんな。俺たち、まだやれるよな?」

「ああ、やれるさ。サッカーは上背がなくてもできる所がいい所だろ?」

「そうだとも、まだまだこれからだ。絵になるプレーをしようぜ!!」

 話し合いと言うよりは、励まし合いに近いものであったが、選手たちにとっては、十二分に意味があったようだ。

後半に突入し、ここでも注目すべきは、やはりフォトグラフィクスのゴレイロ豢擾であり、その防御率は圧巻であった。『パントキック』の名手としても知られ、ボレー、サイドボレーと、ボールを地面に打ち付けるドロップの3種類を使い分けてもいた。

これはその方が相手が取り易いためで、豢擾の思いやりが感じられるプレーであった。

ここでPKを獲得した豨勇が落ち着いてシュートを決め、2対3とされる。

「みんなまだまだ行けるだろ?昴が戻って来るまで、しっかり踏ん張ってくれよ!」

「「「「おう!!」」」」

保の号令で勢いに乗るバランサーズはここで一気に畳み掛けるが、保が撃った強烈なミドルを、豢擾が渾身のファインセーブで弾き返した。豢擾のパワーは相当なもので、弾いたボールが前線の保の所まで戻って行ってしまうほどであった。

「悪りい、毅然」 

「おう、大丈夫!」

豢擾はキャッチが苦手なのだが、この毅然のフォローがあるお陰で安心して弾くことができていた。そしてこの日、蓮の代わりに出場した酸堂が、豨勇のシュートを防いでキッチリといい仕事をし、果敢に豢擾に対抗して行く。

後半ラスト5分となり、友助の得点にて3対3とされていたフォトグラフィクスは、豢擾が渾身のパワープレーに打って出る。通常ゴレイロはその負担を考慮してソレ用の選手が用意されているものだが、豢擾は自ら突破できるだけの能力を備えていた。

「な、なんだ、この技は!?」

動揺する塩皮を即座に抜き去った豢擾の『マジコ』は、スペイン語で魔法を意味し、足首だけを内側に(ひね)ることで急に曲がることができるフェイントである。神の手や5人抜きで知られアルゼンチン代表をWCで2度の優勝に導いたあのディエゴ・マラドーナも使用していた技である。

それから、3対4でビハインドの状況となった後半ラスト3分、あわや負け試合かと思われたが、味蕾の渾身のパワープレーがチームを救う。同点となり、速攻などで勝ちを狙ったが結局は時間に押し切られてしまった。土壇場での引き分けで、なんだか後味が悪い結果になってしまったが、決勝トーナメント出場を勝ち取ることができた。

この結果で、予選リーグを勝ち上がった4チームが出揃って、準決勝の組み合わせは『中華蹴球VS沼津バランサーズ』『アルフレッド新潟VS立川アルバトロス』となる。 

ひとまず落ち着きはしたが、同じ日に試合が行われるためバランサーズの選手たちは準決勝に向けて気持ちを切り替えるのに精一杯だった。

そんな時、保と友助がそれぞれの持論を展開していた。

「これで4強か。俺たち、強くなったよな」

「なんか不思議な感じしますよね。この前まで、静岡大会で勝ち上がれるかどうかって話してたくらいなのにーー」

「真の強さってのが備わったからだよ。今の俺たちには切っても切れない絆がある」

「絆かーー。そうですよね、なんか僕ら家族みたいになってますもんね」

「それがいいんだ。全国大会に来れずに負けた中にも強いチームはあったはずだ。岡山の韓流伝染とか、長野の信濃スノースターズとか。けど勝負は時の運もある。強さだけでは勝ち残れない時もあるんだ。そういう時こそ、仲間の存在が力になるんだ」

「僕ら最初はいがみ合ってばっかでしたもんね。ここまで来れたのはいろいろなことを乗り越えて来たからですよね」

「そうだな。みんな本当によく頑張ったよ」

「そう考えたら、全国に来れるかどうかって常に紙一重なんですね」

「まあアイツらの場合はちょっとテングになってたからな。しょうがねえのさ」

フリッカー(てい)()、トラッパー()()、パントキッカー(かん)(じょう)など強い相手を下すことでチームとしての自信が増してきたように見えた。次の試合に勝てば1泊し睡眠が取れ、あと1試合で優勝というのも心理的な負担を軽くしていたことだろう。ここで皆の思いに拍車が掛かっていた。

それから昼食を取って3時間ほど経った午後3時、全国大会準決勝が行われようとしていた。対戦相手の中華蹴球は紫色と黒の縦縞が優雅なチームで、出身地の関係なのか寒さに強く、威厳と風格は彼らのトレードマークであった。それぞれのチームがアップを始めている際、勘九郎は気になる選手を見つけたようで、中に話し掛ける。

「あの3番、凄いジャンプ力だな。1mくらい飛んでんじゃないか」

「あのバネはアフリカの部族並みだね。それにしても、なんかちょっと偉そうだな」

3番の髪は色素が薄く、光が当たると金色に見えた。金がないのかボロボロの薄手のコートを着ており、少々みすぼらしくもあった。好物なのか大きめの筍を頬張っており、その様はどこか威厳に満ちた風格が漂っていた。

(ウォー)(ヤン)(ジャン)()(ドン)(ダイ)(コン)()(イー)(ホウ)()(ジン)(サン)(ニエン)()(イー)(ジー)(ザイ)(シェン)(シュウ)

『待ちくたびれたぜ。あれから3年、()びちまうところだった』

彼の名は王 瞬栄(しゅんえい)、AFCで韓国代表チュルチュルと共に優勝を目指し合ったが、体調不良により、出場の機を逸していたプレーヤーだ。見ると六人いるマネージャーのうち四人が彼の世話をしており、他の二人がその他の選手のケアをやっていた。

彼は製薬会社で研究員として働いており、度重なる体調の悪化からこれまで3年間、練習と欠場を繰り返していたのであった。五人兄弟の長男であり、貧しい家族を支えるために遥々遠く中国の地から、日本にまで出稼ぎに来ていたのであった。世界の技術は『日進月歩』時代は常に移ろい行き、後戻りなど決してできないのである。

それから5分経ち、独特の緊張感の中での試合開始。中華蹴球は、アラの劉 舐布(なめぷ)がショートパス、同じくアラの張 齢増(れいぞう)がロングパスを繰り出すことから相手を翻弄し、フィクソの楊 聴良(ちょうりょう)がディフェンダーとして守りながらも、司令塔の役割を果たし、ピヴォの李 吸収(きゅうしゅう)がフィニッシャーとして得点を生み出す強力なスタイルだったが、ゴレイロの陳 (かん)が気を抜いたように目を閉じるのが少し気になりもした。

一方バランサーズが、ジンガ、ルーレット、マシューズとバランサーズ三種の神器で得点を重ねると、戦況は一気に3対0となった。劣勢だが中華蹴球側は、不利な戦況にあっても動揺した様子もなく、そのことで不気味な不安感を与えていた。

すると前半開始10分きっかりに、予定していたように中華蹴球側がタイムアウトを取った。昴、友助、保、蓮はこの状況に対して思い思いの私見を述べる。

「なんであんなリラックスしてんだよ、これじゃ、どっちが勝ってるか分かんねえな」

「今までにない感じですよね。真剣なのに必死さがないって言うか。変な感じだな」

「秘策があんのか?いくら何でも、あの3番が入ったくらいで、そんな変わんねえよな」

「焦りが見られないんですよね。敢えてシュートしてないようにも見えるような」

そんなことを話しているうちに時間となり、試合が再開されると、バランサーズ側は勝ちを意識したのか守勢に回り、攻撃の手を緩めてしまっているように見えた。

中華蹴球側の選手たちは常に前向きで、シュートが外れても手を叩いて味方を鼓舞したり、中国語で何か軽く冗談のようなものを言い合ったりしていた。ピヴォの李 吸収がゴール真正面からトーキックで救い上げたシュートを決め切ったものの、前半はそれ以外にこれと言って特筆すべき点もなく、何かを待ち望んでいるかのようであった。

ここで保が後ろから走り込み、豪快にヘディングで押し込んで見せた。フットサルはヘディングシュートが決まりにくいとよく言われるが、保のこのプレーは実に見事なものであった。これはフィードを出した塩皮もかなりよく見えていたと言え、スンナリと流れを創生してみせたのであった。相手選手との接触での危険をも厭わないプレーに、中華蹴球側のベンチがザワついたほどである。

試合が再開されてからは、珍しく中がタイムアウトを取り、追い打ちの得点を重ねておきたいと主張したが、中華蹴球側はここからは別のチームになったかのように、全員どれだけファールを誘ってもノーファールを貫かれてしまった。そして前半を終えると、先程と同じように、大して対策も練られないまま時間が過ぎ去ってしまった。

ハーフタイムが終わると、気怠そうに瞬栄がピッチに立って屈伸していた。そして、バランサーズボールで始まった後半わずか5秒、彼は隙を突いたかに見えた、友助から勘九郎へのアーリークロスを瞬時に奪い去り、急激にカウンターを仕掛けて来た。

その右足から放たれたシュートは、ゴール左上の隅の隅、キワキワのところへと吸い込まれて行った。まるでボールに糸が付いていて、それを引っぱっているのではないかと思わせる程の正確さであった。

『置きに行ったシュートは入らない』それが瞬栄の信条であり、そのシュートを見て、バランサーズの選手たちはリードした状態であるにも関わらず、相当な危機感を覚えた。

それからバランサーズボールで再開された後半開始30秒、ボールを奪取した瞬栄は、軽くボールをつついて位置取りを調節すると、鷹揚に構え、たった一言、静かに、だが力強くつぶやいた。

(ウォー)()(イー)(ティエン) (シー) (ニー)()(イー)(ユエ)(ウォー)(カン)(ニー) (ダイ)(シャオ)(シエ)(ブー)(トン)

『俺の一日(いっぴ)はお前の一月(ひとつき)。見せてやるよ、格の違いってやつをな 』

凄さを知った――。昴のサッカー人生の中で、一歩も動けなかったのは後にも先にもこの時だけだった。瞬栄のこの『ファルカンフェイント』は、利き足で転がしたボールを他方の足で跨いで受け止め、その後に逆サイドに振るという技である。

この名称は04年にFIFAフットサル最優秀選手に選ばれ、南米大陸選手権である『コパ・リベタドレース(解放者)』でチームの優勝に貢献したアレッサンドロ・ローザ・ヴィエラの愛称である、ファルカンからきている。

そこからは、もうほとんど覚えていなかった。4対1が4対7になったとか、そんなことはどうだって良かった。『圧倒的な実力』に触れ、昴は大きな喜びを感じた。

そして、中華蹴球に対して全体で崩しに掛かった後半ラスト2分、昴はディフェンスのズレを見逃さず、瞬栄に対して全力でジンガを仕掛けて行った。味方の力込みだが、これは完全に抜き去ったと言え、勢いに乗ったシュートはゴール右上に突き刺さった。

昴は初めて得点を取った日のように喜んで見せ、試合が終わっても、敗戦に落胆することなく表情を緩めていた。それを見た勘九郎と友助は少々呆れて感想を述べた。

「アイツなんで喜んでんだよ、1点取ったぐらいで。負けたんだぞ俺ら」

「嬉しかったんじゃないですか、やっと好敵手(ライバル)が見つかって」

「意外と現金なヤツなんだよな。気分の上下が激しいっていうか」

「最近分かったんですけど、なんか子供みたいなんですよね、昴さん」

「だからずっと夢を見ていられるのかもな。いい年こいて恥ずかしげもなく」

「ははっ、ほんとそうですよね」

不本意な敗戦ではあったが、二人ともなぜか悪い気はしていないのであった。



 試合が終わりダウンをしていると、昴と中の所へ瞬栄が来て話し掛けられた。

有人会説(ヨウレンフイシュオ) 中文(チュンウェン)()?(中国語を話せる人は居ますか)」

我会説(ウォーフイシュオ)」中は仕事で外交も担当しており、7ヶ国語を自在に操ることができた。

我想和(ウォーシャンフー) 十一名(シーイーミン)球員(チュウイン) 交換(ジャオファン)制服(ジーフー)在日本(ツァイリーベン)我第一次(ウォーディーイーチー) 被一対一超越(ベイイードゥイイーチャオユエ)

「なんだって?」昴も英語は堪能であるものの、中国語に関しては門外漢であった。

「昴とユニフォーム交換したいんだって。日本に来て初めて1対1で抜かれたって」

 瞬栄は自らが認めた選手のユニフォームを集めているようであった。

「僕らの町はとても貧しくてテレビを買うお金がないから『パブリック・リスニング』っていう、ラジオの周りにみんなで集まって試合を観戦する方法でしかフットボールを知ることができなかったんだ。それは一見不幸なことなんだけど、僕らはそのお陰で、フットボールにおいて大切な想像力を養うことができたんだ。観戦するためには、否が応にも必死で、その場面を想像しないといけないからね」

 瞬栄は昔を懐かしんだのか、少しの間を置いて顔の角度を上に向けた。

「このチームの選手たちが、軒並みサッカーIQが高いのも、度重なるパブリック・

リスニングで鍛えたお陰なんだ。貧困に負けそうになったこともあったけど、町に一つだけあるボールでやる友達とのフットボールがあったから、今日までヤケを起こさずに生きてこられたんだ。心から、フットボールに感謝だね。だって」

 そして、側にいた李 吸収も話したかったのか、こちらに話しかけて来た。

「瞬栄は来期から始まる中国サッカーの1部リーグである『スーパーリーグ』でプレーすることになってるんだ。日本に居るのは、お母さんの病気の薬代を稼ぐ為の出稼ぎで、本来ならここでプレーしてるようなレベルの選手じゃないんだよ、彼は。だって」

中国では04年からプロリーグである甲級Aを『超級』、甲級Bを『甲級』と改め、更なるレベルアップを図ろうとしていた。瞬栄は尚も熱弁を振るう。

「フットボールってのは、お金がなくても成り上がれる所が人気の理由だと思うんだ。貧困に(あえ)ぎながら暮らした幼少期から、身ひとつでそこから()い上がることができる。フットボールは、貧しい暮らしを強いられている人々に残された最後の希望なんだよ。お金も権力も家柄もなくても、ピッチの上では王様になれるんだ。俺は、社会では王になれなかったが、国に戻って力を蓄えて、必ず祖国をワールドカップで優勝に導きたいと思っている。君はこれを絵空事だと笑うかい?だって」

「まさか。立派な夢だと思うよ。人の夢を笑うようなヤツに自分の人生を頑張れてる人なんて居ないからね。お互い目指そうよ、世界の頂点」

それを聞くと瞬栄は少し涙ぐみ、まだあどけない少年のように笑った。

「昔コーチから聞いた言葉を特別に教えるよ。僕らはもう友達だからね。だって」

(ヨン)(ユアン)不要(ブーヤオ)低头(ディートウ)如果(ルーグオ)(ニー)(シャン)(シェン)(ウェイ)第一(ディーイー)

それを聞いた中は堪え切れなかったのか目に涙を浮かべ、言葉を詰まらせてしまった。

それは彼がまだ、フットボールに対する情熱を失っていないことを示していた。

「なんだって?」昴は時間が経ち、中が落ち着いてから催促するようにそう言った。

「決して下を向くな、いずれ一番になりたいのなら。だってさ」

昴は、その言葉に大きな感銘を受けたようだ。

「ありがとう。少しずつでもいい、必ず上り詰めてみせるよ」

それを聞いた瞬栄は嬉しそうに声を弾ませた。中が透かさず通訳する。

「2005年、ワールドカップアジア予選でまた会おう。だって」

「望むところだ。今度は絶対に負けないぞ!」

昴がそう言うと、二人はガッチリと握手を交わし、互いの健闘を讃えて、次の試合で使わない方のユニフォームを交換した。それを見た中は、対話とも、独り言ともつかぬ大きさの声で(つぶや)いた。

「目指してみようかなーーパラリンピック」

 後ろを向いて嘆くのか、前を向いて走るのか。どちらにしても、時間だけは無情にも過ぎ去って行くものなのである。涙するのは3度まで。悔やんでも仕方がないことは、早めに割り切る勇気が必要な時もある。



 一方瑞希は8日の朝、沼津にある自宅から静岡簡易裁判所まで電車を利用して向かい、後輩二人と合流していた。暫くすると筆跡弁護士が、一人の女の子を連れて来た。

「――クルミ!!」 

「大丈夫、僕を信じてーー」

露骨(ろこつ)に怒りの感情を見せた瑞希に対して、筆跡が割って入って(なだ)める。かなり不満はあったが、これまで世話になった手前無下(むげ)にすることもできず渋々納得した。気まずい沈黙が流れて、30分ほど経つと、法廷は厳かに開廷された。裁判長が冒頭の手続きと陳述(ちんじゅつ)を終えると、筆跡弁護士が早々に証人尋問を始める。

「今回は去年退職した従業員の方に、話を伺うことにしたいと考えております」

今年8月、石巻(いしまき)クルミはカールさせた長い髪を金色から落ち着いた茶色に変えていた。彼女は悠然と歩み出すと、徐に話し始めた。

「1年前、私が勤務していた頃の職場ではみんな仲が良く、仕事終わりに一緒にご飯に行ったりしていました。ですが、去年の3月に仮住店長から指示があったことで状況が一変したと記憶しています。本当に情けないことですが、私もそれに加担してしまっていました。店長に逆らえないと感じたのとーー山端さんが嫌いだったからです」

 そしてクルミは、一つ深呼吸をして言葉を繋いだ。

「けど、そんなのは間違っていたと今では分かります。退職してから大好きだった職場を台無しにしてしまったことに対して自責の念で一杯でした。佐川さんに対する関係の強要、山端さん、筑波くんに対するパワーハラスメントは、確かに存在していました」

 これを聞いて、これまで置物のように黙っていた裁判長が目を光らせる。

「仮住さん、これまでの証言と違うようですが、一体これはどういうことですか?」

「そ、それはーー」仮住は困ったように目を泳がせている。

 このままではマズいと判断した相手方の弁護士が、透かさず助け船を出す。

「それは石巻さんの虚言なのでは?これだけ多くの証人が居るわけですしーー」

 その言葉を受け、筆跡弁護士が待ち構えていたのか即座に反論を加える。

「周囲の人間は、原告3名に対し加害行為を行っていた人たちです。この方々は言わば共犯者とも言える人たちなのでは?発言の信憑性が低いものであると考えられます」

 この発言を受け、裁判長は裁定を下す決心がついたようだ。

「この証言を証拠として採用します。仮住さん、異存ないですね?」

「うっーー、そ、それはーー」

「それでは判決を言い渡します。株式会社ファショナル及び被告人仮住 優保(やさお)に対し、佐川サクラへ220万円、山端 瑞希へ50万円、筑波ツクシへ110万円の支払いを命じる」

「「「やったー!!」」」

判決を受けた瑞希ら三人は、互いに手を取り合って喜びを分かち合った。それから、法廷を出た瑞希は、この裁判での疑問をクルミにぶつけた。

「クルミ、どうして?」

「悪かったとーー思ったから」

クルミは、今にも泣き出しそうになりながら、絞り出すように言葉を発した。

「私も浮気されてみて分かった。瑞希がどれほど痛い思いをしたのか」

「クルミーー」

「ホントごめんね。あの時、断る勇気があれば良かった。欲に負けて、人を傷つけた

自分が恥ずかしい。謝っても許されないって、分かってはいるんだけどーー」

 クルミの気持ちに対し、瑞希は努めて優しく応えた。

「やっと、謝ってくれたんだね。私はそれで十分だよ」

「怒ってないの?」

「ううん、もういいの。過去は過去、そう思えるようになったから」

「瑞希――」

「私もう行かなきゃ、昴くんが待ってるからーー」

 そう言った瑞希の目には、もう以前あったような迷いは感じられなかった。

 それから瑞希は静岡駅まで向かい、新幹線の駅のロビーで昴に電話を掛け、勝訴の

報告をした。昴から勝訴の報告を受け、莉子と美奈は、早速(さっそく)互いの意見を交換する。

「高々セクハラごときで200万も貰えるなんていいなー。私もされたい」

「セクハラなら、高額の慰謝料が出て当然だよ!すっごく嫌な思いしたんだよ」

「けど、これって女性が訴えたら必ず違法になるって言ってるようなもんじゃない」

「そんなことないよ。瑞希も同僚の子も、みんな苦しくても戦ったからだよ」

「たぶん瑞希ちゃんは傷付いてなんかないよ。あの子、無神経そうじゃない」

その言葉を聞いた美奈の表情は、今まで見せたことがないような怒りに満ちていた。

「ああ、もう疲れた。何よソレ?最低じゃない。瑞希は真剣に悩んでたんだよ!!」

「美奈――ちゃん?」

「平成8年の名古屋高裁金沢支部の判例だと、職場において男性の上司が部下の女性に対し、その地位を利用して女性の意に反する性的言動に出た場合、これがすべて違法と評価されるものではなく、その行為の態様、行為者である男性の職務上の地位、年齢、被害女性の年齢、婚姻歴の有無、両者の其れ迄の関係、当該言動の行われた場所、その言動の反復・継続性、被害女性の対応等を総合的に見て、それが社会的見地から不相当とされる程度のものである場合には、性的自由ないし、性的自己決定等の人格権を侵害するものとして違法となるべきであるとされているの。――これくらい常識じゃない。必ず違法になるなんてことは、裁判では有り得ないことなの!!」

「で、でもーー」 

「自分が一番正しいとでも思ってるわけ?賢ぶって講釈(こうしゃく)たれるだけなら、バカにでもできるんですけど」

「そ、そんなーー」

「みんなそれぞれ背負ってるものがあって、必死で生きてるんだよ。ホームレスも人間なんだよ。誰だって同じなんだよ!!」

「ご、ごめんーー」

 ここで美奈は流石にちょっと言い過ぎたかと思い、語気を弱めた。

「莉子ちゃんは賢い子だと思うよ。けど、もっと相手のことを考えてあげないとダメだと思う。人を軽んじるような軽率な発言は、今後は(ひか)えるようにしてね」

「う、うん。今度からそうするね」 

 それから、2時間ほど経って瑞希が戻ってくると、昴は美奈に対して思う所があったようで、思いの丈をぶつけた。

「凄い剣幕だったよ豹変(ひょうへん)してさ。普段おとなしい子ほど、怒らせると怖いもんだよね」

「意外だったでしょ?」

「うん。それにまさかあの子から、あんな判例がスラスラ出てくるとは思わなかった」

「まあ、美奈は特別だからね」

「それが俺が天然って言われた理由?どう特別なの?」

「1年生の前期に司法試験に一発で受かっちゃったの。しかも満点でね。子供の頃から異常に記憶力が良くて、一度見聞きしたことは絶対に忘れないんだって。でもそれで、変人扱いされて悩んだことがあって、無知なフリをし始めたんだって」

「そうだったのか。全然気が付かなかったよ」

「あの子ホント頭いいからね。人を騙すのは、信頼するより簡単なんだってさ」

そう言った瑞希の表情は、以前よりもどこか晴れやかだった。

 それから昴が宿泊している部屋に帰ると、勘九郎はまだ戻っておらず先に戻っていた中に、気になる疑問をぶつけてみた。

「気になってたんだけど、あれから、あのモデルみたいな子とどうなったの?」

「ああ、あの子のことねーー。ちょくちょく彼女の家に行って半同棲みたいになってたからさ。別れ話したら凄く怒っちゃって。いつも彼がお世話になってますって職場に来たり、家財(かざい)遺留分(いりゅうぶん)って荷物が届いたりしてさ。僕が全部悪いんだけど、女の子は怒りを爆発させるから怖いよね」

「それは災難だったね。けどナズナさんにはバレてないから良かったんじゃない?」

「いや、バレてたみたいだよ。起きたら陰毛がボンドで固められてたりしててーー」

「ははは、それも怖いな~」

「笑い事じゃないよ。けど、ナズナは奇特(きとく)な子でさ。あの時の言葉を信じて、こんな僕でも支えてくれてるんだ」

「よかったじゃん。感謝しなきゃだよね」

「――うん」

 そして暫しの沈黙の後、中は、どこか少し思い詰めたように口火を切った。

「昴、ぼくフットサル辞めようと思うんだ」

「え!?どうしたんだよ、急に」

「瞬栄と話した時から調べ始めて、障碍者(しょうがいしゃ)サッカーをやることにしたんだ」

「障碍者サッカーかーー。今まで()えてやろうとしてなかったもんね」

「ナズナとも話してフットサルを続けるよりも、その方がいいんじゃないかって」

「そっか。よく決心できたね、辛い決断だったろ」

「失ったものを数えても、幸せにはなれないよ。僕にはそれが分かったんだ」

「アタリンーー」

「口先だけで誰かを(だま)すことは簡単だよ。けど、絶対に自分に嘘は()けないよ」

「いいの?大変な思いをすることになるかもしれないよ」

「うん。試してみたくなったんだ、自分の実力」

「そっか。今も捨てずに持ってたんだね、そういう気持ち」

「捨てられないよ、夢だったから」

「そうだよな。俺らスポーツマンだもんな。諦められるわけないよな」

「うん。大切なことは、自分がそれで納得行ったかってことなんだと思う」

「そうか、人に左右されるようなことじゃないよな。自分の人生なんだもん」

「その通りだよ。僕、パラリンピックで金メダルが獲りたいんだ!」

「金メダルかーー。大きく出たな。この年齢からだと、かなり厳しい戦いになるよね」

「どんなにダメだって、カッコ悪くたっていい。傷だらけでも僕は前に進みたいんだ」

「それで何かを失うことになっても?」

「うん。失敗はいつか経験に変わるよ、一番ダメなのは何もやらないことだ」

「そっか、いいこと言うじゃん!」

「だろ?挑戦こそが人生なんだ」

「いい顔してんじゃん!応援してるよ」

「ありがとう。今度は僕の番だ。見ててよ、きっと叶えてみせるから」

“そう言えば、昔はこんな風に喋る人だったよな”

 昴はこの時、普段と違う中の様子にハッとした。それは中が途切れ途切れではなく、流暢(りゅうちょう)かつ饒舌(じょうぜつ)に話し始めていたからだ。

“あの日から、やっと決別できたんだな”

苦難を乗り越えた親友の決意に、昴は大きく感銘(かんめい)を受けたのであった。

一夜明けての2月9日。友助が3位決定戦を前に、軽く挨拶をしておこうと、古巣のアルフレッド新潟の選手たちの元へ行くと、袴田が彼を見つけて話し掛けてくれた。

「お互い負けちまったな。まさか友助とやりあうことになるとはーー」

「これからは敵として対戦することになる訳ですもんね。なんか複雑だなーー」

「いや、これで最後だよ。俺、正式に移籍が決まったんだ」

「えっ!?そうなんですか?知らなかった。どこのチームなんですか?」

「ベトナムのハノイセントジェフスってとこでさ。昔から海外でプレーするのが夢で、念願叶ってのことなんだ」

「そうなんですね、おめでとうございます!けど、今回は勝たせてもらいますよ」

「いや、何度やったって俺たちの勝ちだ。それは譲れねえさ」

「ははっ、相変わらず勝気ですね。お手柔らかにお願いします」

 友助が挨拶を終えて戻ると、バランサーズはいよいよアップを始めようとしていた。少々時間が押している為、昴は友助を呼び込んで皆の輪に入れた。そんな中で美奈は、前日からの不和を解消すべく莉子に駆け寄ると、いつものように明るく、少しお道化て話し掛けた。

「莉子!アップの笛、お願いね」

「う、うん」

「今日は勝とうね。ホントこのチーム、マネージャーが声出さないとダメなんだから」

「うん。ありがとうーー美奈」

人間関係においては、その距離感が最も難しいものの一つであって、人は度々それを間違えてしまうものである。どうしても馬が合わない、お互いに気を遣い過ぎてしまうなど不和はつきものであり、変に工作するよりも、一度大きく喧嘩するくらいの方が、かえって上手く行ったりするものなのである。

ふと見ると観客席には滝川先生、鳥居、別記の他に、くるみ、さくら、つくしが応援に駆けつけてくれていた。かなり気合が入った保が皆に声を掛ける。

「もうみんな知っていると思うが、来期このチームから昴と中が抜けることになった。友助は元々は昴を頼ってこのチームに来たし、勘九郎は昴、中が居ないバランサーズには未練がないことだろうし、俺ももう歳だ」

 保は深く息を吸い込むと、発言に一層力を込めて話した。

「そこでだ。残念だが、今季をもって沼津バランサーズを解散しようと思う」

「ええっ!!」

衝撃的な提案に、一同は思わず驚嘆の声を上げる。

「昨日の晩にレギュラーメンバーで話し合ってな。試合前に言うべきか迷ったんだが、最後と分かった方が、皆も力が出せると思ったんだ」

「もちろん鳥居さんにも了承済みだ。このチームの創始者だからな」

「あとは皆がなんと言うかだ、これはまだ正式な決定じゃないからな」

それから皆の意見を聞いて行ったが、これに異を唱えるものは一人も居なかった。

そして昴、友助、勘九郎、保、中、蓮が試合に向けての抱負を述べた。

「いいチームだった。最高に楽しかったぜ」

「ほんとそうですよね。このチーム気に入ってたのに」

「せっかくお互いのこと分かり合えて来てたのにな」

「そうだな。世話の焼ける連中だったが、最初から最後まで大好きだったよ」

「ぼくも!このチームでサッカーができて幸せだった」

「いい思い出になりましたよね。凄く成長させてもらえました」

バランサーズはここへ来て漸く、それぞれの呼吸が一つになりつつあった。

甘利、辛損、塩皮、苦氏、酸堂、味蕾も胸中を語る。

「頑張ろう」「お疲れした」「楽しもう」「負けんなよ」「その通りだ」

「お世話になりました。僕はこのチームでプレーした経験を忘れません」

瑞希、莉子、美奈もそれぞれ思いの丈を語って行く。

「寂しいけど、元気出して行こう!」

「声出して行かなきゃだよね。最後なんだもん!」

「大好きなチームだったから、絶対勝って終わろうよ!」

 皆の意見を聞き終わると、保が話を締め括るべく発言した。

「まったく、お前ら喧嘩ばっかで解散するって時に漸くチームが纏まったようだな」

 それからチーム一丸となって円陣を組み、保の号令を待った。

「さあ、いよいよこれがバランサーズにとって最後の試合だ。みんな悔いのないように全力を出し切れよ。サッカー王国静岡の底力を見せてやろうぜ!!」

「「「「おおー!!」」」」

 決意を固めたバランサーズの選手たちには、もう一片の迷いもなかった。



 試合開始2分前。会場は、全国大会3位決定戦なだけあって、大きな盛り上がりを見せていた。ピッチの感触を確かめていた友助は、アルフレッド側に、先程は気が付かなかった見慣れない顔を見つけた。それはアルフレッド新潟の新エース(たもと) (わかつ)である。友助は袂を警戒して観察しながら、入念なアップを終えた。

 (おごそ)かに試合が開始されると、小手調べとばかりに新エース袂が、フェイクを交えて仕掛けて来た。袂は、このボールを両足で(はさ)んで(すく)う『インターポーズ・フェイク』を得意としており、その精度が極端に上がる為、手で掴んで投げるように制御できる技だ。 

これは07年のUEFAフットサル選手権で、最優秀選手に選ばれたリカルジーニョも使用している技である。

「そりゃ!袴田さん!」

フィードを受けた袴田は、袂から繰り出された正確無比のパスを、そのまま豪快に

ダイレクトボレーでシュートに変え、ゴールネットを揺らして見せた。最終戦の初得点だというのに当然といった様子で、冷静にチームメイトとハイタッチしてみせた。

バランサーズは、その後反撃の糸口を探すが、アルフレッドの強固なトライアングルディフェンスに阻まれてボールロストしてしまった。攻守が切り替わりアルフレッドは頼みの綱の袴田までボールが回ると、彼は今度はアシストに打って出た。

それを見た昴は、その鮮やかなボール(さば)きに興奮を覚えた。

“トリベラかーー。去年の練習試合の時には、やってなかったはずだよな”

『トリベラ』とは、ポルトガル代表のクアレスマも使っているアウトサイドキックを使ったクロスであり、予期できずDFにとって不意打ちとなるような技だ。フィードを受けたピヴォの襁褓(おしめ)は、即座にワンタッチでボールを転がして保を押しのけると強烈なシュートを決め、大きく咆哮してみせた。

「いいぞ、京介。ナイスシュートだ!!」

「ありがとうございます。袴田さんもナイスアシストです!!」

襁褓はゴリゴリの1on1と強烈なシュートが売りなのだが、珍名(ちんめい)であるため絶対に苗字では呼ばせないのであった。シュートの精度がピヴォの上手さ。そのことを再確認させてくれるようなプレーであった。

試合再開後、袂の執拗なプレスによって、友助がボールを奪われてしまい、またもやアルフレッド側にボールが渡ってしまう。アルフレッドの選手たちは、巧みにボールを回し続けタイミングを見計らった袂がフィニッシャーとして袴田までフィードを送る。

袴田が放った浮き球のシュートが枠を捉え、蓮がそれをパンチングでチーラしようと試みる。だが、ボールはマイナス方向へ流れてしまい、これが無情にもゴールへと吸い込まれてしまう。もう少し力を込めて弾いてさえいれば、枠外へ押し出せたシュートであったため、イージーミスと言って差し支えないプレーであった。

落胆の色を隠せなかった蓮であるが、決死の覚悟で止めに行ったことは、誰の目にも明らかであった。手痛い失点ではあるが、バランサーズの選手たちは、駆け寄って蓮を慰める。昴も当然、その輪に加わっていた。

「気にするなよ、蓮。誰にでもミスはあるもんだ」

「は、はい。ありがとうございます」

 周囲は、昴のこの思わぬ優しさに少々戸惑いながらも、そのお陰でより一層(いっそう)延び延びとプレーすることができるようになった。

センターラインから試合が再開され、襁褓のピヴォ当てを受けて、フィクソの裱裡が撃った強烈なミドルが、かなりの速さでバーを(かす)めた。身長180センチほどの裱裡が繰り出すパワフルなシュートに、バランサーズ側はかなり肝を冷やした。

その直後、ゴールキックの権利を得た蓮が、前線に向けて強烈なシュートを放った。

それがアルフレッドゴールに突き刺さる。これまで蓮が、そんなプレーをすることはなかったため、チームメイトも含め完全に不意打ちとなり、会場は大きく()き立った。

「「「「蓮!!」」」」皆が駆け寄って功績を(たた)える。

「やったよ、友助!!」

「覚えててくれたんだな。あの時の言葉」

「うん。シュートするの怖かったけど、友助の言葉が後押ししてくれたんだ」

「よかった、値千金だよ。これでまだ追いつける」

 1対3としたことで、嬉々としたバランサーズの選手たちであったが、アルフレッド陣営は焦燥感を得たようで、再開後に襁褓が少々強引にスライディングした際に保が、少々大袈裟に転けて見せ、珍しくPKを獲得した。この保が貰ったファウルのお陰で、昴に運ばれた中がすぐさま得点を決め、バランサーズは辛くも2対2の同点とした。

中は、この日の為に考えておいた、得点を決めた選手が周りの選手を刀で切るフリをして倒して行くというパフォーマンスを披露した。どんな反響になるか不安だったが、観客は思いの外これを受け入れてくれ、会場は大いに盛り上がった。

 流れが完全にバランサーズに傾いた所で、前半は終了し、緊張感を残したままハーフタイムを迎えた。アルフレッド側は試合が途切れたことで冷静さを取り戻して、袴田は最近は友助の代わりに信頼を寄せているのだろう、袂と互いの意見を交わしていた。

「この試合は実に面白くなりそうだな」

「そうですね、見どころはどの辺だと思います?」

「体術が強いうちのチームと、団結力が高いバランサーズどっちが勝つか、とかかな」

「個人の南米と、組織の欧州みたいな?」

「そうそう。こういうの対比させて考えるの好きなんだよね」

下馬評(げばひょう)ではアルフレッド優位と言われていた試合であるが、ここまで来れたチームとあらば、どちらが勝っても不思議ではない。



後半に入ると、(たもと)は今度はドラッグバックの後に、インターポーズ・フェイクでのループパスを放ってきた。上手い選手はボディバランスが良く自分で切り込んで崩せると言われるが、袂も御多分(ごたぶん)()れずそうであった。これを受けた裱裡は、そのガンショに対してくるりと反転して見せると、器用に頭で弾いて得点に変えてみせた。

「おっしゃ!ナイッシュー裱裡さん!」

「おう、ほんと頼りになるな!いい働きしてくれるぜ、袂」

 2対3とビハインドの状況となったが、バランサーズはすぐに反撃に打って出て、

昴のピヴォ当てを友助、勘九郎ともにスルーして、保が豪快なミドルを決め切った。

東海大会、本大会の予選を通じて、バランサーズはディフェンスの完成度が格段に

上がっており、そのことで保が積極的にゴールを狙いに行けたことが功を奏した。

「く~っ。これは予想外だったな~」

闘将としてPKもしっかり止め、スライディングでオフェンスを削りにも行っていた

ゴレイロの裾袖は悔しそうに声を上げた。この得点を受けてアルフレッドは、これまで温存していた、ポニョの補袱(ほふく)を投入して来た。

襁褓と交代で出場した補袱は、ディフェンスを背負った状態で足元でパスを受け、 動き回った後で振り向きざまに強烈なシュートを叩き込んだ。彼はボールを持ちすぎることで状況が悪くなること多々あって、大事に大事に得点を狙いすぎてしまうのだが、虎視眈々と狙いすましていたものが実を結んだようだ。

「あ~、厄介なヤツがまた増えたな」

「みんな上手いですからね。できれば敵に回したくなかったですよ」

昴が補袱のシュートを見て困ったように独り言を言うと、それに友助が呼応した。

試合が再開されると、昴をマークしている裱裡は、抜かれそうになりながらも、腕を絡めて執拗に纏わりつき、最後は指一本を掛けてまでも守り抜くという、漢気に溢れた騎士道精神を持っていた。だが少々やりすぎてしまったようで断続的にプレッシャーを掛けられた昴は、これをチャンスとみて少し大袈裟に倒れて見せた。

昴がファールを貰うと、運ばれて来た中が透かさずPKを行う。

「勘九郎!」

フックが掛かったキックでマイナス方向にパスを出し、それを受けた勘九郎が放ったダイレクトボレーが、見事アルフレッドゴールに突き刺さった。

この試合初の得点に歓喜した勘九郎は、少し声を上ずらせながら中に声を掛ける。

「流石だな。けど、自分で決めなくても良かったのか?」

「うん、僕はもう1点決めたからね。勘九郎にも得点してほしかったんだ」

「そうか、ありがとう、アタリン」

「ああ。この試合、絶対勝とうよ!」

 それから、試合が再開されると、袴田はここぞとばかりに畳み掛けて来る。ロナウドチョップからのトリベラで即座にフィードを出すと、パスを受けた袂はそこから華麗に展開して行った。放たれた『インターポーズ・シュート』は、加速がついているため

浮き球であるにも関わらず直線の軌道であり、それなりの速さのあるものであった。

流れに乗って体制が傾きながらも放った強烈なシュートは、ダイレクトに角に蹴り

込まれ、その精度は、針の穴を通すようなものであった。蓮は必死に追い縋ったが、

絶妙なコースであったため、これは頭上を通過し得点となった。

袂は大きく前方宙返りをして見せ、その喜びを存分に表現する。友助は悔しがる蓮に「任せとけ」とだけ伝え、即座にリスタートを切る。そして、フィードを出した保からリターンを受け、更に勘九郎へと渡し、瞬時に展開をイメージして行く。

「友助!」

 勘九郎は自身のマシューズに合わせ、アルフレッドのディフェンスが寄ったところを見逃さなかった。フィードを受けた友助は急展開に戸惑った袴田をルーレットで鷹揚に躱して抜き去り、豪快にシュートを放った。これが得点となり4対4の同点となる。

「入った!!ありがとうございます、勘九郎さん!!」

「おう、やったな!!友助を信頼してパスを出した甲斐があったよ」

 そう言うと勘九郎は嬉しそうに友助とハイタッチを交わした。味方の力も込みだが、これは完全に抜き去ったと言ってよく、この時友助は、大きな歓びを手にした。

「見くびられたもんだな。俺たちは、まだ負けねえぜ」

 袴田はそう言うと、自信ありげにハーフラインまで戻ると袂からパスを受けた。

アルフレッドボールで再開された試合は残り2分、袴田はロナウドチョップからの

1on1で緩徐に友助を抜きに掛かるが、どうしても振り切ることができず、苦し紛れに放たれたシュートは、枠を捉えたが蓮の手中に収まった。

そしてバランサーズはスクリーンからのマークチェンジで昴がアラ、友助がピヴォの位置に移り勘九郎に袴田、友助に裱裡、昴に袂が着く形となった。昴は、アラの位置でゴールを見据えた瞬間、高校県総体決勝のあの場面がオーバーラップしてきた。

“燃えて来た。もう絶対に諦めたりしないんだ。相手がどんなに強くったって、自分がどんなに不甲斐なくったって、挑み続ける限りチャンスはあるんだ!!”

 立ちはだかったアルフレッド新潟の新エース袂を前にしても、昴は全く動じてはいなかった。この展開に自然と勘九郎が声を出す。

「昴!!」

右手に見えた勘九郎へ何の迷いもなくパスを出し、前線へ走ってボールを受けた。

“やっと分かったよ――『信は力なり』これが答えだったんだ”

信頼に満ち溢れた勘九郎とのこのワンツーを、昴は生涯忘れることはないだろう。

力強く放ったシュートは、何の迷いもなくゴールへと吸い込まれて行った。

「やった!!!!」

「昴!!」

「昴さん!!」

 豪快にシュートが決まって、袴田が渾身のダッシュでリスタートを切ろうとするが、審判が時計を確認し、パスを出した瞬間、高らかにホイッスルが鳴り響いた。こうして沼津バランサーズ最後の試合は幕を閉じた。バランサーズの選手たちは歓喜に湧いて、皆が真の喜びを得た瞬間であった。

整列が終わると、瑞希は一目散に昴の下へ駆け寄り、労を(ねぎら)った。

「戦い、やっと終わったんだね」

「ああ。この試合では、サッカーの女神が微笑んでくれたのかもな」

「うん。立派だったよ、あの頃を取り戻せてた」

「ありがとう。忘れたくないな、この気持ち」

粗削りなため拙い所もあったかもしれないが、フィナーレとしては上出来であった。通常ならここで決勝を観戦するところだが、今回はチーム解散のタイミングとあって、皆でそれぞれ思いの丈を語って行った。2時間ほど経って、決勝戦の結果を見に行った勘九郎が、それを聞いた友助と話していた。

「案の定、中華蹴球が勝ったか――順当な結末だな」

「大丈夫だったんですかね、試合。怪我でもさせたら国際問題になりそうですけど」

「ああ、大丈夫じゃなかったみたいだぞ。やられたのは躾の方だけどな」

「えっ!?遂にやられちゃったんですか?」

「そう。なんでも王 瞬栄のヤツに返り討ちにされたらしい。中国人は日本人みたいに甘くねえからな。全治3ヶ月の重症だそうだ」

「それって、問題にならなかったんですか?大変な話ですよね」

「お(とが)めなしだったみたいだぞ。今までの素行が悪すぎたからな。本来なら一発退場なんだが、イエローカードで済まされたようなんだ。やっぱ大事だよな日頃の行い」

 その後、試合結果を聞いた昴と瑞希は、それぞれの想いを吐露した。

「もうみんなフットサルやんないんだよな」

「うん、なんか寂しいよね」

「なんか俺だけ義経みたいに生き延びちまったな」

「えっ!?源義経って、岩手で自害したんじゃなかったっけ?」

「日本について研究してたシーボルトって人がいて、義経は実は生き延びてて、チンギスハンになったんじゃないかって言ってるんだ。似顔絵が凄く似てるとか、アイヌの伝承でそう伝えられてるとか。まあ俗説だから確かなことは分からないんだけどね」

「そうなんだ!昴くんってやっぱ博識だよね」

「よせよ。褒めたって何も出やしねえぞ」

「ううん、ほんとに。そう思うよ」

 昴が照れて笑うと、そこにはいつしか、あの頃のような穏やかな時間が流れていた。

「なんだか名残惜しいよな、このチームで7年もやってたんだし」

「役目を終えたのかもね。なんにでも必要な時期ってあると思うしーー」

「そうだね。それに、このチームはそれぞれの願いを叶えるためにあったのかもな」

「願いかーー」

「俺はプロになる、友助は袴田に勝つ、勘九郎は友情を取り戻す、保さんはチームから落ちこぼれをなくす、蓮はレギュラーとして定着する、アタリンは得点を決める、味覚五人衆は試合で活躍する、味蕾は得点を決める、瑞希は浮気されない彼氏にする、莉子は彼氏に暴力を止めさせる、美奈は自分を理解してくれるような人を見つけるっていう、それぞれの願いが叶ったよな」

「だったらーーだったら、まだだよ」

瑞希は少し泣きそうになりながらも、昴に訴えかける。

「まだって、なにが?」

「覚悟――できてるよ」

「えっ!?」

「私――いつも昴くんの言うことに従ってばかりだった。けど、今回は違うの」

「瑞希――」

「私、強くなったよ。もう大丈夫だよ」

「うん」

「昴くんの足手まといになんかならない、心配かけたりしない」

「うん」

「私も一緒にタイに行く!!」

 そう叫んだ瑞希の瞳には、以前にはなかった強い意志が込められていた。

「そうかーー分かった」

 それを聞いた昴は、静かに頷いた。

「俺、今までずっとなんでも一人で決めて来たと思う。けど、今回は違うーー」

「昴くんーー」

「俺と、これからもずっと一緒に居てほしい」

「――うん」

「もう離さない」

「もう――泣かさないでって言ったのに」

 そう言った瑞希を、そっと抱き締めてキスをした。

その後、何度も思った。この時が――永遠に続けば良かったと。

勝利とは過去の自分を越えること。折れた心を支えてくれる人が居れば、人を信じられるようになれば、未来はきっと明るいはず。夢はきっと、実現できるはずなんだ。

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