妖精の加護
「今更ですけど、話に出てくる妖精の加護ってなんですか?」
話に区切りがついたところで、私は手を挙げて質問してみる。
妖精なんて御伽噺にしか出てこない伝説上の生き物だ。実際に『妖精を見た』なんて言ったら速やかに病院に連れていかれるだろう。
「リリーが願えば草木も実らぬ彼枯れ地に花が咲き、汚染された湖が浄化される。魔法では再現できないそれらを、彼女は『雪の妖精の加護』と称していたんだ」
私の質問にクロッカス殿下が答えてくれた。
更に補足するように、アンバーが口を開く。
「その力があるから、教会も『奇跡を起こす聖女』として祭り上げようとしていました。今の教皇が奥様に近づいたのも、最初はそれが目当てだったのでしょう。……最も、その力以上に彼女に魅了されてしまったようですが」
話しながらも、アンバーの顔には嘲りが浮かんでいる。
リリーさんに近づいた理由はどうあれ、好きになってしまったならしょうがないじゃないか。それを馬鹿にするなんて、相変わらず性格が悪い。
しかし、二人の話を聞いている内に、院長が教えてくれた事を思い出した。
院長が言うには遥か昔に『妖精術』と言われる物はあったそうだ。妖精から力を借りて、自分が魔法を使えなくても妖精の力を間借りして使える術だったらしい。
その術は魔法が発達した今は廃れてしまい、人間が妖精と対話できるどころか見ることさえできなくなってしまったから使えなくなってしまったとか。
ひょっとしたらリリーさんは妖精が見えていて、力を貸してもらっていたからそれを『加護』と称していたのかもしれない。
そんな事を考えていたら、フラックスが納得したように頷きながら話し出した。
「そんな特別な力があるなら、自分の陣営に取り込みたいと思う人は多いでしょうね。殿下もそれを知ってご自分の騎士にしたのでしょう?」
「いや。私は彼女を王都に連れてくるまで、全く知らなかった」
「そんなことあります? それならなぜ平民をわざわざ騎士にしたんですか」
フラックスが思わず真顔になる。
対して殿下も至極真面目に頷きながら答えた。
「単純に凄く強かったから騎士としてスカウトしてきたんだ。ドラゴンを一撃で屠れる女はリリーだけだ」
「ドラゴンを!?」
思わず叫んでしまった。
ドラゴンなんて『恋革』のゲーム中でもボス戦や隠しボスの代名詞と言われるくらいの最強種だ。それを一撃で、なんてゲーム中でも至難の業である。
「それも『妖精の加護』のおかげなのでは……?」
フラックスが困惑しながら尋ねたが、殿下は首を横に振る。
「いや、違うぞ。あれは単純にリリーの実力だ。戦い方はサクラと全く同じだったからな。サクラも『妖精の加護』なんて使っていないだろう?」
確かに私の戦い方は妖精とは全く関係ない。
院長との修行の成果である。
「はい。まったく同じならリリーさんの実力ですね!」
「サクラもこのまま精進すれば、2・3年後にはリリーみたいにドラゴンくらい一撃で倒せるようになるさ」
クロッカス殿下が目を細めて私を見る。
ドラゴンと戦う予定はないけど、せっかく期待されてるのだから出来る限り強くなりたいとは思う。
一撃は厳しいと思うけど、せめて勝負になるくらいには出来るだろうか。
「はい! 頑張って強くなりますね!」
「殿下! 嬢ちゃんに変な事を吹き込まないで下さい!」
拳を握りしめて宣言したら、なぜかグレイ隊長からストップがかかった。
「それ以上強くなってどうするんだよ。何を目指してるんだ!?」
「せっかくなら限界まで強くなりたいじゃないですか」
真面目な顔で答えたら、グレイ隊長は頭を抱えてしまった。
でもクロッカス殿下だって同意するように頷いている。
「最近物騒だからな。自衛の為に強くなるのはいいことだと思うぞ」
「自衛を通り越してるんですよ! おい、アンバー。お前もそう思うだろう!?」
「強くなるのはいいことでは?」
アンバーも不思議そうに顎に手を置いて首を傾げている。
グレイ隊長は両手で顔を覆ってしまった。
「味方がいねぇ……おかしいのは俺なのか……?」
グレイ隊長は呻いているけど、隣にいるフラックスだって、ゲーム中にボス戦でドラゴンを倒せるくらい強くなれる。
異世界に転生するくらいだ。人生、何が起こるかわからない。
『加護』も主人公補正も持っていないモブは実力で強くなるしかないから頑張ろうと思う。