強制力を侮るなかれ
「そうか、教皇がな」
グレイ隊長の報告にクロッカス殿下が優雅に足を組みなおす。
ここはクロッカス殿下の執務室だ。
私はというと、殿下の対面で静かに紅茶を啜っている。
なんで私がいるかと言えば、昨日の今日で普通に出勤して、普通に仕事をして、仕事終わりにフラックスと一緒に殿下の執務室まで書類を届けに行ったら『丁度良かった』と言われて、執務室に引きずり込まれた。
何が丁度良かったんだ。別に私は要らないだろう。なんせ、昨日は一言も喋ってないし、問題は起こしてないぞ。
これもフラグの強制力なのか?
そんなわけで執務室に引きずり込まれたわけだが、なぜだかフラックスも一緒に執務室に入ってきてくれた。
今は私の隣で一緒に紅茶を飲んでいる。
同じ茶器で同じものを飲んでいるはずなのに、なぜだか気品を感じる。これが生粋の貴族って奴か。
「フラックス様は帰ってもいいんですよ……?」
私が声を潜めて話しかけると、フラックスは片眉を上げた。
「殿下に関することなら俺も聞いておいて損はないだろう。何か弱みに付け込める話を聞けるかもしれない。それにサクラは放っておくと問題に巻き込まれるみたいだからな。必要以上、首を突っ込みすぎないように一緒に聞いておいてやる」
偉そうだけど、一応私の心配してくれてるのか。
後、殿下に関しても口では『弱み』とかなんとか言ってるけど、心配してるんだろうな。
素直じゃない奴め。
私とフラックスのやり取りを横目に、グレイ隊長の話は続いている。
「俺に声かけてくるくらいだ。お前も何か言われた事あるんじゃないか、アンバー」
「ええ。『困ったことがあれば是非教会へ』と言われたことはありますが、私は大体自分で解決できます。そもそも私は殿下の傍にいることが多いので、大っぴらに近づいてはきませんよ」
アンバーは肩を竦めて答える。
普段の言動はどうあれ、アンバーはクロッカス殿下の忠臣だ。グレイ隊長と同じで裏切ったりはしないだろう。
なんせゲームでもこの二人と和解するには『クロッカス殿下の助命』が第一条件なので。
「どうするんですか?」
フラックスの問いに殿下が静かな目を向ける。
「どうもしない。教皇が女王陛下に面会に来るのも、息子のフォーサイシアを近づけようとしているのも知っていたが、特に邪魔をする理由はないだろう」
「いいんですか?」
フラックスは目を丸くしている。
「そもそもアイリス―――女王陛下の後見は、王族が私しか残っていなかった。国を立て直したらすぐに他の者に譲ろうと思っていたんだ。そうすれば私が死のうがどうしようが、国に影響をもたらさないからな」
自分から権力を捨てられる人って中々いない思ってたけど、ここにいたわ。
本当に私欲のない人だ。
だからこそ、フラックスの父親はこの人が王に相応しいって思ってたのかもしれない。
「しかしどうも上手くいかなくてな。問題が見つかって失脚していくものだから、逆に私に実権が集中することになってしまった。まったく、どうしてだろうな」
そう言ってクロッカス殿下は側近二人に視線を向ける。
「いやぁ、どうしてですかね」
「運がないのはいつもの事じゃないですか、殿下」
白々しい笑顔で側近二人が答える。
ひょっとして、殿下に死んでほしくないから二人して相手方の問題点を調べたり暴露したりして失脚させたんじゃないだろうな。
「穏便に進めてくれるならそれでもいい。今の教皇は敬虔な方だ。各地の慈善事業や魔物の盗伐も力を貸してくれている。民にも人気が高い。貴族側と折り合いをつけるのは大変だろうが、元々教会の力は強い。女王陛下とフォーサイシアが婚姻すれば、勢力図も変わるだろう。……その中でもお前なら生き残れるだろう? フラックス」
「……やってみせますよ」
その回答にクロッカス殿下は満足そうに頷いて紅茶を口にする。
しかしフラックスは複雑そうな表情だ。
せっかく和解したのに養父は権力から降りる―――というより、死ぬ気満々だもんな。複雑にもなる。
「穏便にって言っても、教皇様はクロッカス殿下を敵視してるみたいですけど、どうしてですか?」
昨日の言葉からして、グレイ隊長を引き込む気満々だったし、アンバーにも声をかけている。引きずり下ろす気満々に見えるし、その分敵意が透けて見える。
私の疑問に側近二人が嘲るような笑みを浮かべた。
「惚れた女を殿下に盗られたと思ってる、ただの勘違い野郎だよ」
「男の嫉妬は醜いですね。未だに『リリー様』なんて呼んで気持ちの悪い……失礼、未練がましい方です」
側近二人の言い分が酷いんだけど。