就職は大事
院長が降りると、馬車がゆっくりと動き出す。
恐らく目的地に向かうのだろう。
院長~! 守ってくれるんじゃないんですか~!?
一人心の中でさめざめと泣いていたらグレイが声をかけてきた。
「あいつが守るって言ってるんだ。嬢ちゃんは絶対に大丈夫だよ」
やたら確信に満ちた発言に、改めてグレイと向き合う。
「あの、院長って何者なんですか?」
「それは言えないな。嬢ちゃんも他人にあいつのこと口外しない方がいいぜ」
本当に何者なんですか???
院長について謎ばかりが増えていく。
一方グレイは頭を掻きながら申し訳なさそうな顔になる。
「俺も嬢ちゃんを脅して悪かったな。殿下のことだから嬢ちゃんを解放してくれるとは思ってたけど、あの二人について噂立てられるとこっちは困るからさ」
確かにアイリスとロータスが城から逃げ出そうとしていた、なんて世間に知られたら一大事だ。
「いや、でも、私はあの二人が誰なのか知らないですし……」
慌てて言い訳を口にしたら、グレイの口元に笑みが浮かんだ。
「それだったらあの二人についてなんで俺に何も聞いてこないんだ? 明らかに訳ありそうな感じだったろ」
「……興味なくて……」
「興味ないのにわざわざ止めたのか? 嬢ちゃん、気づいてるんだろ?」
ラスボスの側近、頭がいい~!!
剣が使えるだけの筋肉馬鹿じゃ勤まらないってことですか。
「そういう訳で、無事に帰っても何も言うなよ。嬢ちゃんは頭良さそうだし、理由はわかるだろ」
「女王陛下が逃げ出そうとしてるなんて知られたら、他の貴族たちも女王陛下の処遇を巡って口出ししてくるかもしれないし、殿下の立場が悪くなるかも知れないからですね」
「そういうこと。てか、やっぱり女王陛下って気づいてるじゃねーか」
「ああ……!」
思わず言ってしまった。
頭を抱える私にグレイが笑い始める。
「いいね。詰めは甘いけど頭も悪くないし、さっきの一撃は中々だった。良かったらウチに来ないか?」
「え?」
顔をあげるとグレイは楽しそうにこちらに手を差し出した。
「俺は殿下の護衛が主だけど、他にも色々任されててな。さっきみたいな王都の治安維持なんかもそうだ。ウチは城の中で威張ってるだけの近衛騎士団と違って実力主義だからな。あいつに鍛えられてる嬢ちゃんならかなりいいところいけると思うぜ?」
まさかの就職のお誘い。
でもこの人が言ってるのって、さっきの兵士さんみたいな働き方になるのかな。
「でも結構危ないこともあるんじゃ……?」
「そりゃあな。その分危険手当と傷病手当と医療費の補助が充実してる。給料も普通に働くよりいい方だ」
「検討させて下さい……!」
将来の食い扶持が確保されるのはいいけど、危ないことは怖い。
再び頭を抱えた私に、グレイは笑って腕を引っ込める。
「嬢ちゃん、まだ未成年だろ? もう少し考えて、良ければウチに来いよ。歓迎するぜ」
「ありがとうございます!」
なんだ、この人めっちゃいい人じゃないか。