私の家族
和やかなような、そうでもないような食事会が終わり、ようやく解放された。
明日休みで良かった。気力と体力と精神力の諸々を消費した気がする。
とっととドレスを脱いで退散しようと思ったが、その前にわざわざ追いかけてきたフラックスに呼び止められた。
「サクラ。ちょっといいか」
そう言う彼の手には『真実の水鏡』が握られている。
「どうかしましたか?」
また何か問題でも起きたのだろうか。今度こそ巻き込まれたりしないからな。
警戒感を強めて反応を伺っていると、フラックスは少し躊躇い気味に私に水鏡を差し出した。
「お前は昔の記憶がないんだろう? この『水鏡』なら、お前の過去も見せてやれるかもしれない」
意外な提案だ。
でも確かにこのチートアイテムなら、私が覚えていない今世の過去も見せてくれるかもしれない。
でも私も今世の親や、『私』の過去になにがあったのか気にならないといえば嘘になる。
「確かに私も気になりますけど……家宝なんでしょう? そんな個人的な事で使ってよろしいんですか?」
「構わない。『水鏡』の扱いは侯爵家に一任されている。……最もどんな映像が流れるか、絞り切れずに未確定になると思うが」
提案したフラックスも少し躊躇いがちだ。なんせ幼い私は記憶が消えるくらいの出来事に遭遇しているはずなので、両親の事と一緒にその原因となった映像も流れる可能性がある。
確かにアネモネの件を考えると躊躇いはある。
でも私にとっての両親はやっぱり前世の両親だし、今世の家族は孤児院の皆だと思っている。
例え過去の映像を見ても、今の私のベースはあくまで前世の私だ。中身も30代なので、あくまで他人事として、それほどショックを受けないんじゃないだろうか。
それにまずそうな映像が流れそうだったら、水鏡から手を離してしまえばいい。そうすれば映像が消えるのはクロッカス殿下が証明済みだ。
「見ます。私もずっと知りたかったんです。……もし私の反応がまずそうだったら殴ってでも鏡から離してください」
「……わかった」
一応映像にショックを受けて動けなくなる可能性も鑑みて、フラックスに先に頼んでおく。
彼も気を引き締めた表情で了承してくれた。
覚悟を決めて、『真実の水鏡』に触れる。
水面のような鏡が波立って光輝き、見えたのは―――
『お姉ちゃん!』
前世の妹の元気いっぱいの笑顔だった。
それだけではない。
妹の後ろには新聞を広げたお父さんがいる。食事の支度をするお母さんもいる。いつもの自宅の風景。
もう思い出の中にしか存在しなかった、二度と見られないはずの『私』の家族。
「……大丈夫か? 俺には何も見えないが……」
フラックスの気遣うように声に我に返る。そこでようやく頬を伝う涙を自覚した。
「大丈夫……です。すみません……」
みっともなく鼻を鳴らしながら涙を拭おうとしたら、フラックスがハンカチを貸してくれた。
申し訳ないがありがたく使わせていただく。後で洗って返すから。
「何か、見えたのか?」
「はい。今の私の家族についてはわかりませんでしたが、一番見たかったものが見れました」
フラックスに見えなくて助かった。前世の現代日本の映像なんて、この世界の人になんて説明したらいいかわからない。
もう一度、水鏡に視線を下す。
私がまだ手に触れているせいか、映像はまだ続いていた。
にっこり笑顔の妹が、画面外から何かを取り出した。
ゲーム機。
そしてその画面には『恋革』のゲーム画面。
『次の攻略対象は教皇の息子のフォーサイシアだよ! 頑張ってね、お姉ちゃん!』
その言葉の通り、ゲーム画面には長い金髪の愁いを込めた美青年が映し出されていた。
「は?」
先ほどの涙はどこへやら。感動とか哀愁とか全部吹っ飛んで呆然と水鏡を見つめるしかない。
しかし時間切れとでも言うように水鏡が波立ち、サムズアップした妹が水鏡から消える。
後はいくら触れても何も映らない。ただの鏡のようだ。
噓でしょ。こんなところでフラグ立つことある……?
「お、おい。本当に大丈夫か?」
頭を抱えて蹲ってしまった私に、フラックスが心配そうに声をかけたり肩を揺すったりしてくれているが、こちらはそれどころではない。
妹よ、悪いけど今度こそ絶対に巻き込まれないんだからな……!
次章からは『フォーサイシア編』が始まります。慈悲などない。