婚約者
結局、サファイアのネックレスは首元に付ける事になった。
これから食事だっていうのに。汚さないようにしないと。ますます気を遣う。
案内された部屋には何人掛けかもわからない大きなテーブルに、燭台がいくつか並べられている。
三人でこのスペース使うのか。会食とかに使うべきだろう。
アンバーが椅子を引いてくれたので、大人しくその席に腰掛ける。
そこからは次々と料理が運ばれてくる。一品一品の量は少ないけど、数が多い。
女子にはキツイ。
しかし間違いなく高級食材を使った料理。残すなんて貧乏症な私には出来ない。頑張って食べ進めるのみだ。
殿下はともかく、フラックスからテーブルマナーについて非難が飛んでこないから、なんとかこなせてるんだろう。
フラックスと殿下の会話は終始和やかだ。
フラックスに多少ぎこちなさはあるものの、この前までの恨み節はない。
表向きはどうあれ、養父とは仲良くしてほしい。
親子関係について殿下の顔を見ながら考えていたら、ふと思い出した。
「そういえば、殿下には娘さんがいらっしゃったんですよね」
「ああ、そうだ。お転婆で可愛らしい娘だった」
クロッカス殿下は懐かしそうに目を伏せる。その表情は、何よりも大切で愛おしいと物語っているようだった。
でも娘さんは亡くなってるんだよね。ちょっと会話の選択を間違えたな。
「殿下のご息女は、俺の婚約者だったんだ」
「え、そうなんですか?」
フラックスの言葉に驚く。
でも娘さんが生きてたの10年前だ。フラックスも6・7歳くらいだろう。
そんな小さな頃から婚約者が決められるなんて、貴族って大変だな。
「お前の父親からその話を持ちかけられただけで、フラックスは会った事もないがな」
「会った事ないのに婚約者になるんですか」
「よくある事だ。私の娘の場合、政治的に微妙な立場だった私の事も鑑みてシアンが心配して持ちかけてくれた話だった」
しかし現実はシアン侯爵が反乱を起こして、結果的にフラックスの面倒は殿下が見ている。
「侯爵は、フラックスの事を殿下に任せるつもりだったんじゃないでしょうか。殿下は娘さんの婚約者だったら、尚更フラックスの事を見捨てたりしませんよね」
水鏡で息子の事はどうでもいいと言っていたシアン侯爵だけど、少しは親子の情があったと信じたい。
「父上は亡くなってしまっているので、真実はわからないが......そうだったら、少し救われた気持ちになるな」
フラックスが胸を押さえて目を閉じる。
まだ若いのに色々あって大変だ。ゲームの主要人物だから、波乱万丈な人生になるのは仕方ないのかもしれないけど、これから頑張って欲しい。
「そう考えると、殿下の娘さんが亡くなったのはシアン侯爵にとっても予想外だったのかもしれませんね」
「......そうだな」
フラックスが何か言いたそうな顔で私を見ている。
何かヘマしただろうか。今のところ、テーブルマナーも間違えてないはずなんだけど。
ドギマギしてたら、フラックスが妙に確信のある笑顔をクロッカス殿下に向けた。
「殿下のご息女が生きていたら、婚約者の話はまだ有効ですよね?」
「そうでもない。娘が了承しないなら、私はいつでも断るつもりだった。娘には私と同じく、好いた者と結婚して欲しかったからな」
「貴族の婚姻は契約と同じなんですよ。見本となるべき王族の殿下がそんな様子では示しがつかないのでは?」
「あの時、閑職に追いやられていた私にとっては批判が一つ増えるだけだ。大したことではなかった。そもそも娘は亡くなっているんだ。お前もおかしな事を言っていないで、自分で結婚相手を見つけてこい。家を再建するなら、それも重要な事だぞ」
「俺は自分の力でブルーアシードを復興させるので、ご心配なく」
和やかだった会話が、いつの間にか火花が散ってる気がするんだけど気のせいかな。
話題を振ったはいいものの私には関係のない話に飛び火しているので、気配を消して黙々と食べ進めるのみだ。
「そうか。......サクラ、お前はフラックスをどう思う?」
「え、私ですか!?」
急に殿下から話題を振られてビビる。
目を丸くする私にクロッカス殿下は気迫のある笑みを向けてくる。
「ああ、女性から見て、どう見えるか聞いてみたい。ちょうどサクラは私の娘が生きていたら同じ年頃だ。忌憚なき意見が聞きたい。正直に言ってくれ。どんな事を言おうが私が許す」
王族の娘さんと私じゃ天と地ほどの差があると思うんだけど、いいのか?
でも聞かれたからには答えなければ。最初に話題を振ったのは私だし。
改めてフラックスを見つめる。
「そうですね。フラックス様は見目麗しいですし、年齢の割に大人びた印象なので、私と同じ年くらいの女の子なら目を奪われてもおかしくないと思います。頭も良くて仕事も出来ますし、将来有望なので社交界でもこれから人気になりそうですね」
照れたように頬を染める。そういう所は年齢相応だ。
「後は女性に優しく出来れば文句ないと思います。私は初対面で喧嘩売られたので、お付き合いはしたくないですけど」
「そうか。ありがとう、サクラ。とても参考になった」
殿下が満足気に頷いた。対してフラックスが悔しそうに睨んでくる。
ついでに言えば、アンバーは隠れて肩を震わせているし、グレイ隊長は呆れている。
なんなんだ、一体。
フラックスは割と策士なので、殿下の前でサファイアを渡して反応を見てました。